07 草も生えない
クエストの依頼書をとった俺たちは、ファースの街から北の平原に向かった。
目的地に到着したら昼飯まで全力でレベリングをする予定だ。
ただし情報源は便所の落書きとも揶揄される掲示板である。
自分なりに情報を取捨選択したつもりではあるが、真偽だとか実際の道のりの様子までは行ってみなければ分からない。
俺はスルーしたのだがファース北の平原は、ここはルーキーたちの修行の場にもなっている。
見回すと、何組かのパーティグループが一定距離を保ちつつ、イッカクウサギを狩っている。
ウサギといえど、鋭利な角を持った大型犬ほどもある立派なモンスターだ。
最初の街から出てすぐいるモンスターとはいえ、意外と殺されるプレイヤーは多い。
ストレスフリーで誰でも簡単に狩れるのはクレイゴーレムくらいだろう。
イッカクウサギのポジションはゲームの先生役と言われている。
パーティを組む大切さや、立ち回りの基本を学ぶ重要なポジションである。
センスのある人や、VRゲーム経験者ならなら一対一で狩れるが、普通の人は慣れるまで死に戻りを繰り返したり、パーティを組んで数の利で攻めたりする。
逆に複数のイッカクウサギを同時に相手にすることになることもあるので、攻めるか逃げるかの駆け引きも肝心だ。
ニアは興味深そうにキョロキョロしながら俺についてくる。
他のパーティの邪魔をしないよう注意を払いつつ、邪魔なイッカクウサギは歩きながら一刀両断していく。
もはやお散歩感覚だ。
ニアは「はえー」とか「ほえー」とか間抜け面で感嘆の声を漏らしている。
しばらく進んでいくと、緑一面だった平原は徐々に草が減っていき、地面には焼け焦げたような跡が見え始める。
モンスターの気配が薄くなったところでニアが隣に駆け寄って問いかけた。
「ここって炎モンスター出るとこじゃない? 何がでるの? ドラゴン? サラマンダー?」
「待て、前に出ると焼き殺される。HP減ったらヒール頼む。相手は……火吹き草だ」
「火吹き草……草ぁ? 草の癖に火を使うんだ」
遠くに何匹かの火吹き草が見える。根元に数枚の大きな葉を茂らせ、人の背丈くらいまで太い茎が伸びている。
なにより厄介なのは先端にあるすぼまった花弁の部分である。
こちらに気づいていない火吹き草は蕾のようにまとまっているが、俺たちの動向を窺っている個体は少しだけ先が開き、隙間から火の粉が漏れている。
「ちょっとした雑学なんだが、アメリカの山脈に自生しているジャイアントセコイアという大木がある」
「あー……、世界で一番大きいとかテレビで言ってた気がする」
「実はその木、デカいだけじゃないんだな。まず、ジャイアントセコイアは山火事に耐え、他の競合する植物が焼き尽くされたところに種子までばらまき堂々と居座る。火が生存戦略になってるわけだ」
「火吹き草もそうなの?」
「そうだったら面白いなって話だ。これより一帯の火吹き草を刈り尽くす」
一番近くにいた火吹き草に向け、俺は一直線に駆け出した。
それに合わせて火吹き草は茎をもたげ、花弁を漏斗状に開くと強烈な火炎放射を浴びせてくる。
あっつ! あっつ!
走り寄るうちにもみるみる内にHPが削れていくがニアを信じて突っ込む。
『ヒール』
Lv1のニアの魔法の回復量は決して多くはないが、俺を火吹き草の根本までたどり着かせるのには十分だった。
花弁の噴出孔の死角まで滑り込んだ俺は、その勢いのまま火吹き草の茎を一刀両断した。
ずさり、と重い音を立てて花が崩れ落ちるとともに、残った根本もろとも地面に吸い込まれるように消えていった。
「思ったより火力あったな。指輪の魔法防御とヒールがなかったら焼き殺されてたかも知れん」
「見てるだけでも怖かったよ。よくあんな火の中突っ切れるねぇ」
「俺も怖いけど、ゲームと割り切っていれば何とかなるもんだ。レベリングだからな、どんどんいくぞ」
火吹き草の分布は不規則だったが火炎放射の射程を把握し、位置関係にさえ気を付ければ十分に各個撃破が可能だった。
度々火吹き草がリポップしたが、プレイヤーのすぐ近くには新しく湧かない仕様らしい。
「こんなもんで十分か」
「安全なところからヒールとばしてるだけってのもヒマだねぇ」
火吹き草とはレベル差があるため俺は3しか上がらなかったが、ニアはレベル10に達し、エリアヒールとホーリースラストを習得した。
ニア【ヒーラー】Lv10
HP 107
STR 10
VIT 24
DEX 21
INT 45
AGL 19
LUK 71
───《スキル》───
・ヒール
中距離単体回復
・エリアヒール
中距離範囲回復
・ホーリースラスト
中距離単体聖属性攻撃
「攻撃スキル! 私、ホーリースラスト試したい!」
などとニアが言い出したが、遠くに新しく生えた火吹き草をみて黙った。猛火に焼かれながらホーリースラストを連発する自分を想像したのだろう。倒せるかもしれないが、ただの苦行である。
「よし次いこう。次のエリアは死なない、死なせないを守れば自由に動いていい。ただの通り道だしな」
火吹き草でのレベリングは、とりあえず即死しないための基礎能力上げのつもりだった。
レベル1のままでは、いつどんな死に方をするか気が気でない。
いまだスキル習得のシステムが分かっていないのがネックであったが、先ほど習得したエリアヒールさえあればこの先のリスク軽減、効率上昇が約束される。
最悪なくてもと考えていたが、ラッキーだった。
焼けただれた荒野を抜けると、徐々にゴツゴツとした岩場が広がってくる。
「そろそろゴーレムの生息域に入ったと思う」
「初期地点のゴーレムは土だったから、今度のは岩のやつかな?」
「そう、ロックゴーレム。物理より魔法の方が効くらしいから好きなだけホリスラ撃っていい」
「ふっ、ついに私の時代が来てしまったか……。そこの物理職くん、怖ければ私の背中に隠れていなさい」
「すぐ調子のる……殴られたら相当痛いと思うぞ」
「やられる前にやればいいのだよ」
こいつ本当にヒーラーか?