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05 ゲーマーの習性

 SROリリース当日の朝7時。

 莉和(りわ)は猛の部屋のドアを開け侵入してから、建前とばかりに軽く事後ノックする。


「タケちゃん……寝てるぅ? ゲームやってるかと思った」


 新作ゲームの発売日は1日24時間までのプレイをモットーにする彼のプロニートっぷりを鑑みれば、開幕数時間で(とこ)につくなど信じがたい暴挙である。昨日のうざいくらいのテンションはなんだったのか。

 せっかくの無防備なニートで遊べる機会だが、建前として一応はそっと起こした(てい)を装う必要がある。

 莉和はか細い声で囁いた。


「……タケちゃん起きろー」

「…………」


 そして手始めに莉和はタケルの鼻に洗濯バサミを設置。


「むぐっ、フゴッ!」

「あはっ、起きた? 朝ごはんもう出来てるってー」




 はぁ、最悪の目覚めだ。

 普段は熟睡中であろうとも莉和の足音を察知し飛び起きるスキルを身に着けていたのだが、今回は後手に回ってしまった。

 こいつの起こし方は毎度こんな感じだ。起きないとどんどんエスカレートするのでもたもたしてると大変なことになる。

 普通に起こせ。

 時計を確認して青ざめる。昨日はたかだか4時間でログアウトしてしまった。

 レベル1でルーンベアに勝てたことは奇跡に近い。

 しかし、俺が寝ていた3時間も含めぶっ続けでプレイ中と思われるガチ勢の進行度はそんなもんじゃないだろう。

 


 そのまま洗面所で顔を洗いながら考える。

 一刻も早く、攻略サイトと掲示板を確認してとっととログインしたいところだが、そもそもリアルのコンディションが一定以下だとログインすらできないらしい。

 メシ行くか。

 フレンチトーストをかじりながら、愛澤さん、莉和と3人で食卓を囲む。

 毎食なるべくそろって食事をとる習慣のおかげで、ニートの割には生活規則は正しいほうかもしれない。


 愛澤さんは家政婦ではあるが、家事でエプロンを付けたりはするとき以外はラフな格好をしていることが多い。

 今は白い長袖シャツにジーパンで、セミロングの暗めの茶髪を後ろで一つにまとめている。

 この人が不機嫌そうなところは滅多に見ない。いつも優しげで俺にとっても母のような存在だ。

 現在はあくまでも俺が愛澤さんを雇用している形なのだが。


 莉和はピンクのパジャマのままだ。肩までかかった黒髪を二つに結び、先のほうだけ緩く巻いていて、目つきは少しクールな印象がある。


 タブレットでSROの掲示板で情報収集をしつつ、食後のコーヒーをすすっていると莉和が声をかけてくる。


「ところでタケちゃんさー、SRO始めたでしょ? 職業はなんにしたぁ?」

「バサだけど。莉和もやってた?」

「夏休みの宿題最速で終わらせたから、今日からやるぅ。私さぁ、ヒーラーやろうと思ってるんだけど、ソロだと厳しそうなんだよね。経験値吸わせてよー」

「自分で稼げ」

「ニートのタケちゃんに言われたくないかなー」


 返す言葉もない……。だが、正直この先ソロで攻略を進めるのはあまりに無謀だ。

 実を言えば、バーサーカーとヒーラーは組めば最強コンビになれる可能性を感じている。

 いい感じのプロヒーラーがいれば勧誘するつもりであったが、莉和はあれで意外とゲームセンスがある。

 これは渡りに船と言えるかもしれない。

 そこでタブレットで先行組の情報を確認していた俺は、興味深いものを見つけてニヤリとする。


「じゃあ莉和のキャラクリが完成次第、レベリングするか。準備ができたらキャラクターネーム『ヤマタ』にフレンド申請な」

「ほい」


 莉和がキャラクリエイトを終える前にこちらにも準備がある。

 眠気ざましのエナジードリンクを一気飲みして、さっそくSRO(ロールズ)にログインをした。

 スポーン地点は森のど真ん中。


「あー……、これはまずいな」


 前回は満身創痍でルーンベア戦を終えてすぐログアウトしていたことを思い出す。

 ログイン直後ですでにHPはミリ単位。

 ルーンベアがいなくなったことで森にはモンスターが戻ってきており、不意打ちの一発でも食らえば即教会送りである。


『お家に帰るまでが遠足です』古事記にもそう書いてある。


 戦々恐々としながらポーションを即死ラインから脱するまでがぶ飲みし、距離を詰めてきていたレッドボアにブラッディカッターでちょっかいをかける。

 その直後、戦闘状態へ移行した俺はバーサクが発動。

 その俊足を生かして一気に森を抜け、街まで駆け抜けた。

 我ながらイメージ台無しの酷いスキル乱用だとは思うが、いちいち雑魚の相手をするのも面倒だ。


 宿のベッドに寝転がった瞬間、体力は全快した。

 案外寝心地がいいのでこのままルーンベア戦の戦利品を確認だ。

 レベルは15。パーティ前提の格上モンスターの経験値をレベル1で総取りしたのだ。まぁこんなもんだろう。



ヤマタ【バーサーカー】Lv15

HP 158

STR 68

VIT 32

DEX 28

INT 17

AGL 25

LUK 9


───《スキル》───

・バーサク

戦闘時HP30%以下で自動発動。攻撃力・俊敏上昇、防御低下


・ブラッディカッター

HPが残り少ないほど威力が上がる中距離攻撃。HPを少量消費して発動する


・ガードブレイク

敵のガード状態を打ち砕き、ダメージを与える。また、防御力の高い相手ほど威力が上がる


・狂気の裁断

バーサク状態でのみ発動可能。HP20%を消費して、中範囲高威力攻撃


───《所持アイテム》───

・最下級ポーションx3

・ルーンベアの鋭爪

・聖銀の指輪(毒無効、魔法防御力上昇)



 聖銀の指輪。これいいな。毒を使う敵とはいつ遭遇するか分からないが、俺のLUK(状態異常耐性)は泣けるほど低い。

 HP管理が肝心なバーサーカーの特性上、そのときが来ればその恩恵は相当なものだろう。

 魔法防御力上昇はINT低めのバーサーカーの弱点を補える。とりあえず装備しておく。

 莉和(りわ)との待ち合わせの前に済ませておきたいことがある。

 俺はとっとと宿を出た。

 宿は無料開放されているが、ヒーラーがパーティにいたらお世話になることは多分ない。



 次はクエスト報告だ。

 受注した時点ではそもそも勝てる自信もなかったので、報酬は未確認だった。

 受注時に貰ったクエスト依頼書を確認すると、すでに赤いギルドの紋章が浮いている。

 なるほど、これが自分がクエストを達成した証拠になるわけか。



 冒険者ギルドに入ると、中は冒険者たちの喧騒であふれていた。

 この建物は古風な木造建築物で、かなり天井の高さがある平屋構造である。

 冒険者が立ち入れるのはここの大広間のみ。

 最奥にクエストカウンターがあり、手前にある酒場は結構な広さがある。

 味のある木製の四人掛けテーブルがいくつも用意され、冒険者たちの交流の場として利用されている。


 飲食物の販売もあるが、味はあっても全く腹は膨れないし、のども潤わない。

 おそらく技術的にはゲーム内でそれを満たすのは可能だが、あえてそういう仕様になっているのだろう。

 VRでの食の追及は危険度が高すぎる。栄養失調や脱水症状が起こってからでは遅い。

 ゴールドさえ払えばカロリーゼロでそこそこ美味しいものを食べ放題ととらえることもできるが、それでどこまで満足感が得られるかは人によるだろう。

 それによって現実で飢えようものなら強制ログアウト待ったなしである。

 俺はべつにカロリーに気を遣っているわけでもないし、普段から愛澤さんの作る美味しいものを食べているのであまり興味がなかった。


 クエストを受けるのは外のクエストボードから依頼書をはぎ取るだけでいいが、報酬受け取りはギルド内のカウンターで行われる。

 一人一件までしか受注できないが、四人パーティなら共同で四件まで同時にこなせる。

 アイテムや金銭の分配はパーティ内で相談となる。メンバー同士で具体的な取り決めがなされているのであればその通り自動分配になるのだが、ある程度の信頼関係がなければもめることにもなりそうだ。


 紋章付きの依頼書はそのままクエスト報酬との引換券となった。

 報酬内容は12万Gと帰還の書。

 この帰還の書はPT単位で最後に利用した街に瞬時に移動できるらしい。交換、譲渡不可で何回でも使えるそうだ。

 これが序盤で手に入ったのは非常にありがたい。


 この資金を元手に、装備を新調したいところだ。確か、3万くらいで切れ味係数1.1の大剣が売っていたはず。

 たかだか一割の火力と侮ることなかれ。

 RPGでは攻撃力2倍だとかが当たり前だが、アクションでは一割の差が勝敗を決することが少なくないのだ。

 商店は取引所と鍛冶場が一体となっていて、アイテムの鑑定を依頼することで素材の用途が分かったり、そのまま売却もできる。

 必要な素材がそろっていれば装備の作成もできるらしい。

 店主は浅黒い、筋肉質のハゲたおっさんだ。鍛冶場の親方として、これはもはや様式美だな。

 さっそくルーンベアの鋭爪をカウンターに出して話しかける。


「こいつの鑑定を頼みたい」

「ほぉ、ルーンベアの鋭爪か、このあたりじゃ珍しいな。そういえばこないだ襲撃があったか」

「売却額と用途は?」

「買い取りなら8万だな。素材としちゃあ結構な代物なんだが、何せ博打(ばくち)みたいなところがあってなぁ」


 店主は意味深にこちらを見るが、何が言いたいのかいまいちわからない。


「この爪は加工すればそのまま短剣の素材になるコストパフォーマンスのいい素材なんだが」

「じゃあそのまま売ってもいいか。知り合いにアサシンはいない」

「いやいや、ちょっと待て。実はもう一つ面白い話がある。聞いてくれ」


 武器を作るのに面白いとかあるのだろうか。そういえば博打とか言ってたな。


「ルーンベアは個体によって多様な魔術に適正を持つモンスターだ。爪を加工した場合、その主とは別に特殊なスキルや効果がでることがある」

「それはバーサーカーでも使えるのか? 短剣は装備できないし、魔法の心得もないぞ」

「そこは問題ない。アクティブスキルなら構えて祈るだけで誰でも使える。ただしついてくるスキルの質は保証できねぇ。ヘタすりゃマイナス効果がつくし、とんでもないレアスキルがでるなんてこともあるかもしれねぇ」

「ちなみに加工賃は?」

「10万Gだ」

「8万」

「ウチは値切りしない主義でな」


 俺はリアルでギャンブルの習慣はない。やってもせいぜい堅い投資くらいだ。

 期待値マイナスの投資などなんの魅力も感じられない。

 ここで売れば所持金が20万、負ければ2万。

 これはもう決まっている。


「加工お願いします……」

「毎度! 10分くらいでできるから、またあとで来な!」


 ガチャには勝てなかったよ……


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