23 便所のラクガキ
「これからの方針を決めたいと思う」
セコンの街に戻った俺たちはギルドの酒場で席を囲んでいる。俺の言葉に3人がこちらを向く。
「リベンジしたい敵がいるんだ。ファース北の洞窟で戦ったんだが、完封された。さらに奥にはもっとヤバい奴がいるらしい」
「あなたたちが完封される……? 想像できないわ」
「相手は3人組のアンデッド。厄介な術と連携でほとんど何もできなかった。まだ余力があったとみて間違いない」
「……ボクは行ってもいい。それでもこのメンバーなら勝てそうだと思う」
話を聞いていたニアが首をかしげている。
「うーん、私はその前にどっかでメンバーの相性の確認とか、連携の強化とかしたいかなぁ。相手の戦力もよく分からないし、こっちが何できるかも分からないんじゃあね」
「……言われてみればそうかも。ごめんなさい…………」
泣きそうになったリゼを、ニアがなだめる。
「あーっ! ごめんね、ごめんね。そんな責めるつもりはなかったの。よしよし」
……決勝戦のときと、リゼが入れ替わってる説浮上。こんな繊細な悪魔、いるはずがない。
「それなら肩慣らしにモンスターを討伐をしつつ、探索をしたいところだな。俺とニアはまだセコンに来たばかりで、あまり地理に詳しくない。どこかいい場所はないか」
「そういうことなら私に考えがあるわ。決勝戦でたけしが提示していた瑠璃色の宝玉があるでしょ? それの組み合わせになる素材を手に入れにいくの」
そういえばたけしが決勝戦前にそんなことを言っていたな。片方は断念したとか。
「エルダートレントってやつの素材か。宝玉のほうはどこで手に入ればいいのか知らないし、金もほとんどスってるぞ」
「お金なんかどこでも稼げるわ。だけど、闇雲に動いたところでアイテムのほうは自分が望むものが手に入るかわからない。私がレーヴァテインを持て余していたようにね」
「なるほど、宝玉は金を貯めて、たけしから買い取ればいいか」
「そういうことね。たけしとはフレンド登録してるし、遠征や狩りとき以外は大体ギルドの酒場にいるから、待ち合わせのほうは問題ないわ」
口に手を当てて考え込んでいたニアが口をはさんだ。
「杖はウィザードとヒーラー兼用らしいけど、どうするの?」
「……うーん、私とニア、どっちが装備するかはあとで相談ね。より性能を引き出せそうな方が使いましょう」
「よし、夜も遅くなったし、今日のところは解散するか」
翌朝、愛澤さんと莉和との3人で朝食をとり、莉和は友達と遊びにいくとかで早々に家を出た。
4人とも、夜にまた集合しようとパーティメンバーで示し合わせている。
SROにとりあえずログインしようかとも思ったがリゼかアイリスがログインしていたとしても、ニアがいないとちょっと気まずくなりそうだ。
彼女らにはたいした関わりがなかったし俺にはそこまでのコミュ力はない。それに新パーティ結成早々メンバーが揃わないなかプレイするのもあまり有意義ではないだろう。
よし、掲示板で情報収集でもするか。
昨日のトーナメントの話題でだいぶスレッドが消費されているので、適当に流し読みしていく。
俺は当然基本ROM専だ。ヘタに書き込むとどんな言いがかり、レッテル貼りをされるかわかったもんじゃない。精神衛生上、外から眺めているだけの方が安心だ。
なんだこれ、『パンダさん組の中の人美少女説』? あるわけねーだろ。おっさんか、よくてお兄さんだ。
あと、目につくのはロント信奉者とアンチの対立だ。
普段の傲慢な態度に嫌気がさしている人もいれば、雄姿に見惚れ、あまつさえ神格化さえしている人もいる。
どこまで本気なのかも分からないが、この煽り合いこそ掲示板の伝統芸能という感じもある。
一方、俺たち『にゃまたのおろち』はおおむね好意的に捉えられているらしい。
『バーサーカーって感じの戦い方じゃなかった』
なるほど、そもそもバーサーカーは火力でゴリゴリ押し切るイメージがあるが、実際のところSROで火力を求めてバーサクを活用しすぎると事故死率も激増する。
デスペナルティの厳しさも相まって、ダメージコントロールを極めた上級者と、デスペナ無間地獄に入り込んだ人達と、代償にビビって無難に狩ってる人とで、結構な格差がある。高レベルバーサーカーの数は意外と少ない。
ヒールが必要かどうかの加減が難しく、連携が取れないうちはパーティを組んでもお荷物になりうる。
SROにおけるバーサーカーは理性をなくした狂戦士ではやっていけない。
責め時と引き際を瞬時に見極める冷静さこそが強さを引き出すカギとなっているのだ。
そのまま適当に掲示板のレスに目を通していく。
『最強ナイトメイン盾に30万』 『ロントうざすぎ』 『このトーナメント、やべーやつしかいない』 『悔しいがロントが一番強いと感じてしまってる』 『にゃまたはバサヒラのお手本のような立ち回り』 『お手本通りに動けた時点で人外』 『ニアちゃんみたいなヒーラーとパーティ組みたいだけの人生だった』 『にゃまたのおろちは対戦相手の脱力を狙うためのネーミング、汚い』 『パンダさん組は、名前はかわいいし、強いし、癒しまでできてズルい』 『たけし自分で主催して、自分で優勝してて笑う』 『ちくわ大天使』 『場外賭博場で全財産賭けたら810Gが931Gになった』 『はぁはぁリゼちゃんかわいいよ』 『ギルドで決勝戦の3人と、準決勝のおねーさんが席を囲んでるのをみた』
有名になるとゲーム内で面倒なプレイヤーに絡まれてプレイに支障がでるのが嫌なだけで、盛り上がっているのを見るだけなら気分はいい。
そもそも、相手が常識ある対応をしてくる人だけならこそこそする必要もない。
普通に声を掛けられるくらいならむしろ喜ばしいのだが。
ダルい絡みをしてくるのは大体がライトユーザーだ。仮に上位陣の変な奴でも、ロントのような有名なヤツは名も知れ渡ってるので地雷を踏みにくい。
ライトユーザーとの行動範囲もずれてきているし、トーナメントの後でも普通に活動している分には大きな悪影響はでないはずだ。
別にライトユーザーを馬鹿にするわけではないが、ゲーム内での絶対数がまず多い。
常識人が大半でも、嫌な奴が100人中一人二人いるだけで全体では結構な人数になる。
まぁ、そういうヤツらも含めて、まったりやるのもそれはそれで楽しいんだが、今の目的である最速攻略とは違う。
そして、ゲームシステムについても考察が進んでいるようだ。
確定ではないが、スキル習得はレベルシステムとは別に項目別隠し経験値のようなものがあるらしい。適応した動作、経験で上昇し、規定値に達すると習得に至ると。
濃い経験をすれば、短時間での習得が望めるという説だ。
いずれこういう研究が進み、誰もがテンプレに従いスキル習得をしていく時代がくるのかもしれない。
俺は攻略サイト各種でその他最新情報をチェックしてふと窓の外を見る。
日が暮れてきたな。パソコンの前で伸びをする。今日も充実した1日を過ごしてしまった。