21 主人公補正
試合開始とともに、まっさきにリゼが煙玉を投げる……と思いきや、そんなことはなかった。
たけし軍団は前の試合から続けての連戦。クールタイムで使用を制限されているだろう。
だからリゼは過去の戦いで猛威を振るったと思われる、悪い視界でも動ける魔眼の指輪をあえてベットに入れて、手の内を見せてきたのかもしれない。
俺は大剣レーヴァテインで前方をガードしつつ、後ずさる。
それと同時に三矢の連撃が放たれ、俺の大剣に金属音を打ち鳴らしつつはじかれた。ニアは俺と背中合わせでリゼの奇襲に警戒。
レンジャースキル【鷹の目】
視界の悪影響を無効化し、目をつむることで鳥のような大空からの俯瞰視点を得ることができる
こいつがあるせいで隠れようが、後ろに回りこもうが、全てはたけしにお見通しだ。たけしは弓を構え、引き絞り始めた。
そのタイミングでリゼは小柄な黒装束の身体をさらに低くし、緩急をつけたりジグザグに動いたり、変則的な走りでこちらに駆け寄ってくる。
『ホーリースラスト』
隙を見てニアが牽制を差し込もうとするが、勢いを衰えさせることもなくスラリと躱して迫ってきた。
狙いはニアではなく、俺だ。
俺は腰を落とし、大剣の低めの横なぎで迎撃を試みる。
上に跳んでかわすと思いきや、リゼは地面と振られる大剣のわずかな隙間に、猫のように滑り込んで身体をくぐらせ、俺の足元へ。
無防備な俺の腹部に数発の連撃を刻み込んだかと思うと、短剣の強力な斬り上げが入った。パリッと黄色いエフェクトが出る。
アサシンスキル、パラライズナイフか。
すぐにニアが俺にヒールをかけたが、……身体が痺れて動けない。
「……ふふ、効いたみたいだね」
リゼは脇に構えた短剣の刀身に、反対の手の指をスッとなぞらせる。
短剣が紫色の光をまとったと思った瞬間、リゼは逆袈裟に短剣を振り終えていた。
『アサシネイション』
無防備な相手ほど大ダメージを与えるアサシンの最大火力スキル。
剣筋すら見えない、超速の一撃。
脇腹から肩にかけて、胴体が千切れるかと思うほど深い斬撃を受け、一拍遅れて派手な血しぶきが噴き出す。
「ぐああぁああああ!!」
「…………バーサクまだなんだ、惜しい…………タフなんだね」
そう呟くと、リゼはその場を横に飛びのく。バーサクで軟化していたら、そのまま畳みかけられてお陀仏だっただろう。
「リゼ、よくやった!! 最高の配置だぜぇ!」
たけしの弓はまばゆい光を放ち、はちきれんばかりに引き絞られている。最初からずっと溜め続けていたのか……! これほどまで溜める時間を作らせてしまったら……!
『アローレイン』
『リフレッシュ』
アローレインが放たれるのと、ニアのリフレッシュで麻痺が解けたのは同時だった。
すでに相当体力が削られている。直撃すれば死は免れない。
俺たちの上空に放たれた矢は、弾けるように光の筋に分裂し、滝のように頭上から降り注いだ。
離脱する余裕はない。しゃがんで腕と杖を構え、少しでもダメージを抑えようとするニアと、その前に立ち大剣で1本でも多くの矢を防ごうとする俺。とてもじゃないが、防御面積が足りない。
ガガガガガガガガ!! と凄まじい音がして大剣に弾かれると同時に、剥き出しになった肩が千切れそうになるくらいの光の矢が突き立つ。
なるべく射線を塞いだつもりだったが、俺とニアの受けたダメージは甚大だ。
俺はバーサク状態が発動し、満身創痍になっていた手に力がこもる。痛みはもう分からない。
自傷ダメージで自滅する覚悟でブラッディカッターをリゼに放つ。
狂気の裁断は込めるHPが足りない。どうせ追撃されたら全滅する。
横からトドメの攻撃を加えようとしていたリゼは身をよじって躱そうとしたが、最大まで強化されたブラッディカッターの刃は巨大でよけようもない。
腰のあたりを大きく引き裂かれたリゼはよろめき、片膝をついた。
『エリアヒール』
ニアがすかさず回復をいれたが、ズドドドドと、矢の連射が俺たちに突き刺さりリゼへの追撃のチャンスを逃す。
『スリープミスト』
水色の霧が立ち込める。範囲睡眠を付与するアサシンのスキルだ。ニアはLUKで対抗できるかも知れないが、俺には……意識が消える前に……
スキルを放っ………──────────
『』
ハッ、と目が覚めた。
ニア、たけし、リゼが俺の近くに立っていた。全員が神妙な顔でこちらを見ている。
「……そうだ!試合! あのあとどうなった!?」
ニアがそれに答える。
「あのあとね、ヤマちゃんが寝ちゃったあと。私、かなり迷ったの。回復する? それだとその詠唱の隙に、たけしの矢とリゼの攻撃に対応できる人がいない。二人とも殺される」
「……それで?」
「私がホリスラでリゼ倒した」
「…………」
リゼがうつむいて答える。
「……ボクね、ニアさんはリフレッシュとかヒールで絶対回復すると思ってた。迷ってたとか言ったけど、本当に一瞬。攻撃してくるなんて思いもよらなかった」
リゼ、ボクっ娘だったのか。たけしがさらに続ける。
「まぁ俺もそう思った。勝利を確信してただけに相当焦った。でも、俺がニアにパワーショット撃ったら一発で倒れた。それで眠りこけてる瀕死のヤマタにトドメさして終わり。どの道詰んでたんだな」
「俺たち、負けたのか…………」
「実際のところな、職の相性ってのがあるが、俺の中ではレンジャーとアサシンのペアは対人戦最強。自慢とかじゃなくて、いろいろ見てきた客観的評価としてな。3人、4人パーティじゃわからんし、相手にもよるぞ? 少なくとも、バーサーカーとヒーラーみたいな、鈍足で搦め手の少ない脳筋パーティなんか完封できると思ってた。だけど、戦ってみたらなんだよあの連携。動きもキレありすぎ。勝負では勝ったが、プレイヤースキルじゃ勝った気しねーな。……あっ、やべっ司会忘れてた!」
たけしは慌てて闘技場中央に戻ると、勝敗結果と、閉幕のあいさつを始めた。
失ったもの。334万G、ルーンダガー【幻影】。
得られなかったもの。瑠璃色の宝玉、魔眼の指輪。優勝賞金300万と追加の114514G。
うわあああああ!!!! 世知辛い! 世知辛すぎる!! 現実!これが現実なのか!!