14 初見さん
ファースの街の東門から抜けた俺たちは、さっそくイッカクウサギと初心者がやりあう草原に出る。
草原は街の北東を囲うように広がっているらしい。
途中、満身創痍でポーションを飲みながらイッカクウサギの群れから逃げ惑うレンジャーに出会った。
「まずい、まずい、しくじった!」
ときどき距離を見計らって弓矢で牽制射撃を加えるが、明らかにジリ貧である。
アバターはあどけない顔の少年で、こちらに気づくとすがるような表情でこちらを見た。
代わりに倒すのはたやすいが、現実ではなく、これはゲーム。
状況をみてどう判断し乗り切るかは人それぞれであるがゆえ、トラブル防止のため他人が戦っているモンスターには手を出さないのが鉄則である。ヘタをすれば、狩りの妨害ともとらえられてしまうからだ。
「ヒール!」
ニアがレンジャーの少年に回復をとばす。それに気づいたは少年ちらりとみやると、急停止し、足元でごそごそと地面をいじり始めた。
「回復助かったよ。ねーちゃん、イケメンだな!」
大声で言った直後、イッカクウサギが一斉にとびかかり、少年は傷つきながらもその場を離脱。
直後、少年のいた場所に爆発が起こった。自身も爆風の余波を受けていたが、イッカクウサギの群れは一匹残らず爆死した。地雷を設置する、レンジャーのスキルだ。
やればできる子だった。
少年はペコリとこちらに会釈した。
いわゆる辻斬りならぬ辻ヒール。
敵対していないプレイヤーに向かって、突発的にヒールをとばすことは、概ね好意的に受けられることが多い。
ニアはウインクしながら、グッと親指を立てて少年に応えた。
草原は徐々に丘陵になり、下っていくと右手前方に海が見えてきた。
初期スポーン地点では海側は崖だったが、こちらから降りられるようになっていたらしい。
砂浜の海岸だ。ゴミひとつない綺麗な砂浜と、どこまでも続く水平線に感動する。小学生のとき、友達の家族と海でバーベキューをしたときを思い出す。
あの頃は何人か仲のいい友達がいたよな。
そのクラスメイトはわがままだったが、妙に人望があり、行動力がすごかった。夏休み前、昼休みの教室で 『海いきたいひとー?』 などと言ったかと思うと、手を挙げたクラスメイト全員を海に連れて行った。
正確には、海に連れて行ってくれたのはその子の親なのだが。前日に準備をしていると、莉和が私も行きたい! と言い出したが、いーじゃん来なよとふたつ返事だったくらいだ。
今ではそいつがどこで何をしているのかも知らないが。
俺がもの思いにふけっているとき、しゃがんでヒトデをつんつんしていたニアが立ち上がり、
「いこっか」
とつぶやいた。
歩き始めたと同時に、猛禽のモンスターが空高くから急降下してくるのが視界の端に見えた。タイミングを合わせて大剣を振り上げると一撃で撃墜され、砂浜に溶けた。
まだこの辺のモンスターは弱いな。二人は並んで砂浜の道をゆく。ちょくちょく鳥の空からの急降下攻撃があるが、ニアのホーリースラストですら一撃で沈む。
歩いているとふと、妙なものを見つける。好奇心で近づかないようにニアを片手で牽制した。
「あれ、なんだと思う?」
「2本の黒い……棒? 漂着したゴミじゃないの?」
「いや、ここまでこの砂浜には全くゴミなんてなかった。ということはイベント上必要なオブジェクトもしくは……モンスターだ」
「あれが? 弱そう」
「検討はついてる。仕留めきれなかったらサポート頼んだ」
「りょーかい」
俺は大剣を下段に構え、走って駆け寄る。棒の近くに差し掛かったとき、砂が盛り上がる。姿を見せる前に、俺は大剣を振りかぶった。
《ガードブレイク》
メシィ!と硬いものが潰れる音がして黒い棒は消えていた。
「見たか。これが初見殺しというものだ」
「初見どころか一見もしてないんだけど。なんかでっかいのが砂の下にいたのだけは分かった」
「ただの予想だが、多分カニだ。黒い棒は目。リアルにもいるんだよ、ああいうの。急に襲い掛かって冒険者を一度はびびらせてやろうって制作の魂胆が透けてみえてた。カニとしたら多分硬い。隠れて待ち構えてるってことは基本は鈍足で、他に特化してるとみて間違いない」
「メタ読みが過ぎる……運営涙目でしょこんなの」
「多分、いまの俺らからしたらそこまで強くない。向こうにもそれらしきものが見えるから、正体を確認してみようか。分かってて引っかかるのが癪だっただけで、俺だって気になる」
わざわざモンスターの真上まで近づくこともない。ほどほどのところで、ニアが黒い棒に向かってホーリースラストを撃ったところでビクンと目が引っ込んだ。
居場所がばれて開き直ったのか、ズズズと砂が盛り上がり、深紅の丸々とした象のように大きなカニが姿を現した。甲羅はテカテカな光沢があり、異常なほど発達した漆黒の爪が恐ろしい。
ひとまずガードブレイクは封印だ。舐めプというほど手を抜くつもりはないが、戦闘訓練に付き合ってもらおう。
赤ガニが正体を現した直後、ニアが放ったホーリースラストは、とっさに爪で前方を覆われたおかげで微かなひっかき傷を作っただけだった。なるほど、ガードに使うということは、胴体より爪の硬さに自信アリ……と。
赤ガニが反撃にでる。ニアに向かって突き出した爪は、予想以上にリーチがある。あえて突っ込まず警戒していた俺はニアの前に立ち、爪の軌道を大剣で斜めにそらす。
想像以上の衝撃があり、砂の足場は踏ん張りがきかずニアと衝突した。
ニアは転びそうになるが、そのままバックステップで距離をとる。
「ニアは間合いを意識して俺のバックアップに専念!俺は爪の可動範囲を意識しつつ接近戦をしかける!」
「定石通りだね!」
赤ガニの爪による薙ぎ払いを、姿勢を低くして滑り込むように接近しつつ下にかわす。
すかさず向かってきた反対の爪による刺突をかわそうとしたが、態勢が崩れているうえ、砂に足をとられて背中を裂かれた。
かなり鋭いとは思うが、レベル差によるVITが違う。
さらには隙をみたニアのヒールがとんできて、瞬時に全快した。
狙うは爪の根本。
真下から突き上げられた大剣は寸分の狂いなく関節の隙間に差し込まれ、巨大な爪が宙を舞った。
赤ガニはガタガタと不規則に悶え、暴れまわる。
巨体の動きが読めず、蹴り飛ばされる危険を感じた俺は距離をおく。
近接攻撃ができなくなった俺はとりあえずのブラッディカッターを放ってみたが、HP 100%状態での威力はあまりに貧弱で軽々と甲殻にはじかれた。態勢を立て直した赤ガニはぶくぶくと泡を吹いている。
再び斬りこもうとしたところ、赤ガニは口から強力な水流を放った。とっさに大剣で受け止め、水圧で激しく後退する。放たれた水流はそのまま薙ぎ払うように軌道を変え、ニアに向かう。
《ミラージュカウンター》
ニアに突き刺さるように向かった水流は激しい飛沫とともにニアの直前で渦となり、渦から放たれた水流は一筋の光のような勢いで赤ガニを貫いた。
水流がレーザービームになりやがった……
赤ガニは、体内の組織構造が分かるほど鋭利な空洞を開け、崩れ落ちると地面に吸い込まれていった。
実質的には俺たちの圧勝ではあったが、正直カニの動きは思った以上にキレがあり、基礎能力の低いうちに挑んでいたら勝敗は分からなかったと思う。
これだけレベル差がありながら意外と手数をかけてしまった。
そのまま俺たちは、ガードブレイクでカニのドロップを集めながら砂浜を進んでいった。




