12 我が家
ハッと我に返った。
酷い動悸で頭がクラクラとする。
真っ暗な視界と、頭部の圧迫感でようやく現実に帰ってきたことを実感した。
震える手でVRヘッドギアを外すと、自分の部屋から飛び出し、莉和の部屋に向かった。
あれはゲームの中なんだ。それは分かってる。
しかしあまりの生々しい絶望感で、安否を確認せずにはいられなかった。
「莉和!」
ノックもせずドアを開けると、女の子らしい整頓された部屋のパソコンの前で、ぐったりとした莉和がVRギアを机に置いてこちらを振り返った。
「タケちゃん、ごめん……もうちょいいけると思ったんだけど結局なにも出来なかった……」
「……俺だって最初から最後までヤツらの手のひらの上だった」
莉和はおもむろに椅子から立ち上がると、ボフッとベッドの上に身を投げる。うつ伏せで顔をまくらにうずめていて表情は見えない。
俺は莉和の椅子を借りて、ベッドの前に座る。
「タケちゃんはあいつらに負けて悔しかった?」
「負けたことより、仲間を守り切れなかったことが悔しかったかな。ニアが行動不能になったとき、途中までソロでやってきたはずなのに、何もかもおしまいだ、一人じゃなにもできないんだと感じた」
「リアルでもお母さんとか私がいないと何もできないもんね」
「うっさい」
「ふふっ、でもいいの。私だって、一人じゃなにもできないのは同じ。タケちゃんがいるからお母さんも仕事ができるし、私も充実した生活ができてる。それに、私とタケちゃんとお母さん、みんな揃って家族だって感じがする」
改めて言われるとすごく照れる。莉和は妹のようであり、親友のようであり、幼馴染のようであり、どういう関係といわれるとちょっと困る。確かに言うなれば、家族というのが一番しっくりくるかもしれない。
なんと返していいのか答えあぐねていると、ノックのあとに愛澤さんが入ってきた。
「あら、2人ともここにいたのね。ご飯よ。降りてきなさい」
その日、夕食をとりながら、3人でとりとめもない雑談に花をさかせた。
莉和の担任の先生の毛量がある日を境に激増したとか、愛澤さんのママ友の裁縫スキルが超人的だとか。(本業ではないが、完成品をネットオークションで出して、目玉が飛び出るような高値がついているそうだ)
俺は、宇宙の匂いがどうとか、ビー玉一個が何億トンにもなる中性子星の話とか、ウケのよさそうな雑学を披露した。ニートには日常ネタがないんですよ。
風呂上がり、パンイチでキッチンに向かうと、莉和がキッチンのテーブルで紅茶を飲みながらジャンブを読んでいた。
莉和はこちらを一瞥したが、すぐに漫画に目を落とす。
愛澤さんに頼んで買っておいてもらったアイスがあったはずだ。夏の風呂上りはアイスに限る。
冷凍室を開けると、中には保冷剤や冷凍食品がつまっている。
この辺に確かに……、パッと振り返ると、莉和がとっさに目を落とした。
まさかこいつ……。
俺は無言のまま、おもむろに莉和の向かいに座り顔を凝視した。
「……………………」
圧力に屈した莉和はジャンプをパタンと閉じると、声色を変えて語り掛けてきた。
「あなたがなくしたのはストロベリーのアイスですか? 抹茶のアイスですか?」
「両方俺のだ」
「正直者のあなたには最新号のジャンブを差し上げましょう」
こいつ……、抜け目ないな。俺の生態を知り尽くしている。
どうせこの後借りに行く予定ではあったが、今拒否して受け取らなければ借りる機会を逃す。
わざわざキッチンで読んでいたのも作戦のうちだろう。待ち伏せて、勝手に食べたのを怒られる前に先手を打つためだ。
きたないな、さすが莉和きたない。
「不思議な力によってアイスが消えてしまったのは仕方がない。莉和このあと風呂入るよな? SROは、ちょっと休憩して九時スタートでオーケー?」
「おっけー」
俺は自室に戻り、ゴロゴロとベッドで漫画を読みふけったり、SRO情報サイトや掲示板を巡回したりして時間をつぶした。
なるほど、ルーンベアの討伐報告はある程度あがってるな。
あそこで討伐しなくても、森の最深部にいけばボスとして立ちはだかったらしい。
道中を含めて、パーティプレイ前提の難易度設定なのだろう。ワンパンで倒せたとか、くだらない書き込みはあるがそれらしいソロ討伐の報告はなかった。
一番気になったネクロマンサーの情報だが、皆無である。そもそも洞窟までたどり着ける人が少ないし、スケルトン大量湧きを抜けられる人がいない。
そもそも現状において攻略前提のマップではないという意見がほとんどだった。
実は洞窟の奥はアプデ実装予定で未完成説が浮上していたり、進みすぎて帰るのに困った人のための死に戻り支援設備などとも言われている。
オープンワールドゆえ、プレイヤーの進む方向は人それぞれ。じっくり取りこぼしなく攻略を進めるひともいれば、ガンガン先へ行動範囲を開拓する人もいる。
英語版のサイトにも目を通したが、それほど堪能なわけではないのでめんどくさくなって途中でやめた。
少なくとも、この短期間で日本との大きな格差が生まれているということはなさそうだ。
そろそろ時間だな。
頃合いを見計らってVRギアを被った。




