11 絶望の淵で
ネクロマンサーの命令とともに、激しい戦闘が幕を開ける。
「あの話はなんだったんだ! 襲うならいつでも襲えた! ジジイの意図が分からん!やれるだけやって、危なそうなら例のアレで撤退する!」
口からポイズンミストを吐き出しているスミスに真正面から突撃をしながら叫ぶ。
毒無効の聖銀の指輪を装備している俺にしてみれば、隙でしかない。ニアもホーリースラストをスミスに放ちつつ、それに応える。
「了解、騙されたのだけは間違いなさそう! ムカツクなぁもう!」
ネクロマンサーは黄金の杖を振り上げると、足元に陣を張る。
途端に俺の歩みが遅くなり、スミスの丸太のような腕のラリアットをモロに受けて吹き飛んだ。あまりに予想外の展開にガードも受け身も出来なかった。
「何なのよこいつら……」
目くばせをするとニアは即座に俺にヒールを飛ばしてくれた。分かってくれたらしい。 バーサーク前提の作戦はナシだ。
フリーになっているカロリーナは、難なく上級呪文の詠唱を完了させた。
グランドスパーク。地面に高圧の電流を継続して流す広範囲攻撃呪文だ。
焼け付く痛みと、反射で筋肉が痙攣する苦しみに耐え、なんとかブラッディカッターをカロリーナに飛ばし、呪文を中断させた。
「こいつら戦い慣れてる! いったん退こう!」
バックステップで距離を取り、ネクロマンサーが追撃で飛ばしたアイシクルランスを大剣で弾く。
「ダメっ、おかしい! ヘブンズゲートの一つ目のポイントが消されてる!」
来る敵来る敵、なんなんだよこいつら、退路を塞ぐことに慣れすぎなんだよ!
一瞬周囲が強く光った。
「場所は……うぐっ」
ライトニング、発動の早いカロリーナの落雷のような攻撃呪文に一瞬硬直する。
その隙をついたネクロマンサーのアイシクルランスが俺の脇腹を抉った。
「いぅっ! 場所は適当でいい! ヘブンズゲートで居場所を撹乱して各個撃破する!」
矢継ぎ早の連撃に耐えかねてさらに距離をとったが、敵は追ってこなかった。
「ニアは何してる!? ヘブンズゲートはまだか!?」
その直後、俺が見たニアは、鈍化の陣の影響でスミスに捕まり、地面に叩きつけられる瞬間だった。
「タケちゃ、助け……っ!!」
血の気が引いた。俺が逃げたからだ。
そもそも敵からしてみれば、まっさきに処理したいのは火力職よりヒーラー。
無限に回復して突っ込んでくる火力職とまともにやりあうはずがない。当然の理である。
連携コンボで俺を遠ざけ、ニアと分断させる戦略にまんまとはまってしまった。
驚異的なAI。無駄のなさすぎるコンビネーション。
いいや、まだ終わるものか。俺はいつだってピンチをチャンスに変え、強大な敵を乗り越えてきた。次の手を考えろ。
起死回生のバーサクは……? いや、HPが中途半端すぎる。ブラッディカッターのHP消費で調整できるレベルじゃない。
この距離から突っ込んでニアを救出? カロリーナとネクロマンサーの攻撃をかいくぐり、さらには鈍化の陣を進むのはどう考えても無謀だ。何か手は!?
何か……アイテムは……? そうだ!ルーンベアのクエスト報酬で手に入れた帰還の書がある!
適応範囲はパーティ全体。これを使い、ニアと街に撤退する!
『帰還の書は戦闘中使用できません』
…………。詰んだ…………。
いや、まだ諦めない!こういう時こそ新スキルが、新しい力が……!!
あるわけがなかった。ルーンベア戦でうまくいったのは狙ってできたものではない。ただ、運がよかっただけ。たまたまなんらかの習得条件を満たしただけ。
現実は非情である。
俺が後方でもたもたしているうちに3体の敵にタコ殴りにされて、なすすべもなくニアのHPは全損。くたりと動かなくなった。
「もう…………、ダメだ……………………」
戦意を喪失し、茫然と膝から崩れ落ちる俺に魔法攻撃の嵐が吹き荒れる。
意識が消える直前、ネクロマンサーのローブが捲れ、ちらりと顔が見えた。
皮膚が爛れ落ち、剥き出しになった歯茎。狂気に満ちた三白眼。
冒険者だとか言っていたが、こいつ自身もアンデッド……、ただのモンスターだったのだ。