01 Six Roles Online
2040年イエローストーン社がリリースしたVRゲーム、Six Roles Online【シックス・ロールズ・オンライン】。
一般的にはSROと称されるが、日本の愛好家からは「ロールズ」の愛称で呼ばれている。
大手ゲームメーカー、イエローストーン社の時代を超越したとも思われるハイクオリティのデモムービー発表を機に、SROはリリース前から空前絶後の期待を背負い、社会現象とまで言われた。
SROリリース前から専用VRヘッドギアの品薄が相次ぎ、転売屋によって定価の10倍以上に吊り上げられた出品すらも売り切れる始末であった。
当時の技術としてすでにフルダイブ型のバーチャルリアリティは存在していたが、あくまで個人が臨場感ある景色を楽しむなど、オフラインでのゲームや映像などにとどまっていた。
そんななかで発表されたSROは、オーソドックスなファンタジーアクションというジャンルを取りつつ、多人数参加型のオープンワールド。
さらに脳波計測による感覚的な操作感まで加わった画期的なゲームであった。
山口猛はニートである。
開業医であった両親は、事あるごとに金をせびる強欲な親族に愛想を尽かしていて、 猛が物心ついた頃には絶縁状態だった。
両親はいつも忙しそうで、ゆっくり話す機会も中々なく寂しくもあったが、辛くはなかった。
大好きなゲームはいくらでも買い与えて貰えたし、夫と死別し住み込みで働く家政婦の愛澤さんと、その娘の莉和がいい話し相手になってくれた。
顔を合わせることすらない日も多い中、人の命と健康に全てを捧げる両親の生き方には強い憧れを抱いていた。
猛は、厳しくも優しい両親の背中をみて育ち、自身も医者になるべく必死に勉強をして国立大学医学部に進学したのだった。
そんな大学2年の夏期休暇に、父が旅行へ行こうと言い出した。
今まで家族の時間がつくれなかったことをずっと気にしていたらしい。
猛は、初めての家族旅行を夜も眠れないほど楽しみにしていた。
事件は旅行2日目の高速道路で起きた。
居眠り運転の大型トラックが対向車線からはみ出し、山口一家の車に正面衝突。
猛は奇跡的に軽症で済んだが、両親は即死だった。
人のために働き続けた人間への応酬がこれなのか。社会とは、世界とは、こんな理不尽なものなのか。
猛の中の「人のために働く」という将来像は音を立て崩れ去った。
莫大な遺産を相続した猛は、大学を辞めた。
仕事なんてすることはない。外聞だってどうでもいい。好きなことをして生きていこう。
働く意義を見失った猛は、いつも以上に広く感じる家に閉じ籠り、ゲームに没頭するようになった。
留守番で無事だった愛澤さん親子は毎日家事をしてくれている。
事故の後の暗い雰囲気も次第に和らぎ、今も仲は良い。
食卓を全員で囲んで食事をとるのが家族の決まりごとだ。
その日の猛はいそいそと夕飯を済ませ部屋に戻ると、1分ごとに時計を見たり漫画を開いては閉じてを繰り返したりしながらじりじり待ち続け、ついに待ちわびたその時を迎えた。
8月1日午前0時。パソコンの前で専用VRヘッドギアを装着した猛は、SROのリリースとともに意識を吸い込まれていった。
宇宙だ。
白いタイルがどこまでも続く平面に、プラネタリウムのごとく星々が広がっている。星空なんてみたのはいつぶりだろうか。長らく外に出ていない。
ゲームのやりすぎで衰えた視力では、窓からは月と数えるほどの星しか見えなかったのに。
輝く夜空に見とれていると、後ろから少女の声がした。
「VRMMO、Six Roles Online【シックス・ロールズ・オンライン】の世界へようこそ。開始前サポートをさせていただくシルルと申します!」
紺色のドレス。腰まで伸びたストレートの黒髪に、神秘的な蒼い瞳の少女だが、快活そうな印象を受ける。
「キャラクターネームを決めてください」
「ヤマタ、でお願いします」
本名、山口猛をもじった、他のゲームでも使っているいつものやつだ。
「ヤマタさんですね。シックス・ロールズ・オンラインでは、ゲームの開始時に6種類の職業のうち、ひとつを選びます。途中で変更はできません。ご注意ください」
実は事前情報からすでに職業は決めているが、一応一通り目を通してみよう。
「うぉっ、びっくりした」
突如、シルルと名乗る少女が6人に分身し、俺は取り囲まれた。
驚いたものの、シュールな光景に思わず少し笑いがこみ上げる。
シルル達の顔は全員同じなのだがそれぞれが違う装備をまとっている。
まずはナイト・シルルから職業の確認をする。
ナイト・シルルは白銀のドレス風アーマーに、剣と盾を構えた堂々とした様子で立っていた。
ナイトに向き直るとステータスの目安が表示され、どこからともなく響くシルルの声による解説が始まる。
『この目安は職業としての特色です。これを基本として本人の資質やプレイスタイルによって個性が現れます』
【ナイト】
攻撃力★★
射程 ★
俊敏 ★★★
防御 ★★★★★
『ナイトは高い防御力と、攻守のバランスのとれた近接攻撃を得意とします。その防御は自身のみならず、味方を護る盾となるでしょう』
次は、バーサーカー・シルル。
黒をベースに燃え上がるような赤のアクセントの鎧だ。シルルは身の丈ほどもある大剣を軽々と振り回す。
剣先がちょっと髪をかすめた。あぶねーな!
【バーサーカー】
攻撃力★★★★★
射程 ★★
俊敏 ★★
防御 ★★★
『バーサーカーは、その身を糧に強力な攻撃を繰り出すことができます。命が尽きる直前、激しく燃え上がり敵を撃滅するでしょう』
陰鬱な殺気を漂わせ、フード付きの漆黒のマントを身にまとっているのはアサシン・シルルだ。
腰を落とし、反りのあるナイフを逆手に構えている。
アサシンは突然宙返りしたかと思うと、姿が消え、黒いマントだけ落ちていた。
【アサシン】
攻撃力★★★
射程 ★
俊敏 ★★★★★
防御 ★★
『アサシンは状態異常と隠密行動に特化した近接タイプです。術中にはまった敵はなすすべなく命を刈り取られるでしょう』
ステータスが虚空に浮かんでいるが、もうアサシンの姿はない。なんなんだこれ。
あたりを見回しても出てくる気配がない上に、マントすら目を離した隙に消えていた。
ウィザード・シルルはゆったりとした紫色のドレスに、赤い宝石が埋め込まれた螺旋状に捻じれた杖を持っている。向き直ると、くるりと身を回し杖の先に浮かんだ魔法陣から火球を放った。俺の顔の真横を通り過ぎた火球は対極にいたナイトの盾にはじかれた。
【ウィザード】
攻撃力★★★★
射程 ★★★★
俊敏 ★★
防御 ★
『ウィザードは遠距離からの範囲攻撃を得意とします。また、地に描かれる敷設型の魔法陣は味方に微笑み、敵には牙をむくでしょう』
ナイトがウィザードを睨みつけるが、当のウィザードは謎のドヤ顔である。
次のレンジャー・シルルは羽付き帽を浅く被り、緑がかった革のベストに赤いマフラー、そして弓をつがえている。
レンジャーは、すばやく矢を引き絞るとナイト・シルルにむかって放つ。
しかし瞬時に構えられたナイトの盾に矢が突き立った。
なぜか黒い布まで一緒に縫い留められている。
さっきからナイトがサンドバッグにされているが、それでいいのかナイトさん。
気が付くとアサシン・シルルが黒い布を引っ張っていた。
この布、アサシンのマントかよ……ナイトとレンジャーの間にいたのか。
下着同然の姿のアサシンをみて、思った。……意外とあるな。
【レンジャー】
攻撃力★★
射程 ★★★★★
俊敏 ★★★★
防御 ★★
『レンジャーは遠距離攻撃と接近を阻むトラップを得意とします。高い視力は敵の動向を見逃すことなく追い詰めるでしょう』
マントを羽織りながら定位置に戻るアサシン・シルルを横目に、ヒーラー・シルルの確認をする。
清楚な白のワンピースドレスに青のインナー。輝く光を模した装飾が先端についた杖。
不覚にもドキッとしてしまった。一番似合ってる気がする。
【ヒーラー】
攻撃力★
射程 ★★★
俊敏 ★★
防御 ★★
『ヒーラーは基本的な攻撃能力こそ低いものの、味方を回復、支援する能力に長けています。パーティプレイにおける戦闘での影響力は計り知れません』
全6職。
俺の職業はバーサーカー。
どうせ俺はたいして人と面識もない。アバターのベースはリアルとほとんど変えず、ちょっと普段の黒髪を逆立てて、目の色は茶色。
このくらいいじっておけば中の人がバレそうになってもシラを切れるだろう。
俺がこのゲームで目標とするのは運営が提示した褒賞、『黄金徽章』。
医学への道を途中で諦め、趣味とはいえ今まで本気で取り組んできたゲームですら「限界まで努力した天才」にはどうしても一歩敵わないでいた。
場所と内容は秘匿されているが、ゲームを進めていくことで開放される『ワールドクエスト』を最初に制覇した者に贈られるのが『黄金徽章』なのである。
二番手は『白銀徽章』、三番手は『青銅徽章』だ。
これらはゲーム内データだけでなく、登録した住所に実物が直接運営から郵送されるらしい。
四番手以降の『赤鉄徽章』はゲーム内データのみの授与となる。
これらを手に入れたところでゲーム内で優遇されることはなく、あくまで名誉を示すものだと運営から明言されている。
だとしても、学業もゲームも上位でありながらいつも「一番」にはなれなかった俺としては喉から手が出るほど欲しいものだ。
これには金では買えない価値がある。
ガチゲーマーの本気、見せてくれよう。
今度こそ、俺が一番になる。
そうして俺はSROに初ログインを果たした。