最初の悪魔
魔法少女というのは、簡単にいえば掃除屋だ。
警察でも適わない、まぁ実際には闘ったことないだろうから分からないが、そんな異能の生物を狩るのが魔法少女。
世の中に知られず、平和を保つのが主な務めだ。
平和を乱す異能の生物『悪魔』は、人知れず人々に悪いことをする。
殺したり、殺さなかったり、しかしそれでも迷惑なのには変わりない。
そんな悪魔を倒せる力、それが魔法少女なのだ。
「と、俺が優しく説明してやってるってのに......」
ここで話すのもなんだからという理由で、園姫の家に行くことになったのだが......
「あの、そろそろ離してくれませんかね」
俺は頭をがっちりと鷲掴みに、アイアンクローされている。
いたたたたたた。
妖精の体は、基本的には人間の頭より少し大きいくらいのサイズだ。
それにとても柔らかい。
だから、軽いし掴みやすいのは分かる。
だが、会って間もないのにアイアンクローをされる覚えはないぞ。
「離せって、自分で浮けるから」
「あんま喋らないで。気付かれるわ」
え?
あー、これ勘違いしてるな。
「もし周りを気にしているなら大丈夫だ。魔力を使って姿形音を消すことが出来る」
「あら?そうなの?」
「まぁ、長時間だと魔力を消費し過ぎるから、あまり長くは使えないけどな」
魔力は、魔法少女が魔法を使うのに必要となる。
そして、その魔力は妖精と共有のため、使い過ぎには注意が必要なのだ。
「魔法少女は、変身にも戦闘にも魔力を使うからな。俺のことよりそっちに優先したい」
「へぇ」
そんなこんなで家に着いた。
ふむ。マンションなんだな。
というか、中学生でマンション一人暮らしか。
「家族は?」
「いるわよ。ただ、ここにはいないわ」
「それは知っている。理由だよ、俺が聞いているのは」
「......」
言いたくないってか。
園姫は、ベッドに座ったまま固く口を閉ざしている。
「なぜ、私が魔法少女なの?」
「さぁな。何となく決めたから分からねぇ」
「雑ね......」
「かもな」
園姫は、相変わらず笑わない。ニコリともしない。
嬉しそうにしない。
やっぱり興味が無いのか。
「ねぇ、それで私は具体的に何をすればいいの?」
「だからそれは───────
突然、視界が変わった。おかしくなった。
目の前の景色が反転したのだ。
まるで天地がひっくり返ったかのように、この部屋ごと逆さまになったのだ。
俺は常に宙に浮いているが、重力は感じている。
だが、重力はいつも通り下に向かっている。
そう、部屋の天井に向けて───────
「園姫!」
と、心配したのだが、園姫は両手両足を天井に付けて耐えた。体制は崩れていない。
流石だ。
「大丈夫よ。それよりこれは?」
さっきまで床に足を付けていた園姫が、天井に張り付いている。
俺から見ても、床が上にあるように見える。
部屋がひっくり返ったようだ。
しかし重力は下向き。
ということは、この部屋が攻撃されていると予想できる。
「悪魔だ」
自由に空を飛べる俺が、部屋の窓を開けた。
「とりあえず外に......」
そう思い、窓を開けた。
そして少しだけ手を出してみる。安全確認は大事だ。しかし、
「マジかよ......」
手が下、つまり空に向かって引っ張られた。
外に出たとしても、空に落ちるだけ。
俺達はそのまま大気圏を出て、宇宙に放り出されておしまいだ。
どうやらひっくり返ったわけではなく、
「重力が上に向かっているのか」
そう、地球に向かっていた重力が、地球の周りに出来たと考えるのが正しい。
それか、地球から押し出されている。
俺達がS極で、地球がN極。またはその逆でもいいが、とにかく空に吸い込まれるような、そんな感じだ。
「まずいな......いきなりこんなラスボスみたいな奴かよ」
「初戦の相手にしては凄い能力ね。悪魔ってみんなこんな感じなの?」
「いや、もっと地味だ」
それに、街の人の様子をみると、撃されているのは俺達だけのようだ。
勘のいい悪魔に、いきなり出会ったようだな。
「地味とは失礼な奴ダ」
笑い声が聞こえた。
園姫のものでは無い。
それは、いつの間にか部屋の床に張り付いていた。
俺達は見上げる。
「凄い負のエネルギーを感じると思ったら、変なハエが飛び回っているからな。気になって付けてきたらビンゴ!魔法......しょじょ?とかいうものになって、オレ達を殺スつよりダったのかァ?」
「魔法少女だ」
チッ、聞かれていたか。
まさかリスキルを食らうとは......そもそも、こっちはまだ魔法少女にすらなっていないんだぞ。
「相当勘のいいやつだ。それに、賢い」
「お褒めに預かり光栄だネ。でも残念だけどお前いらにはシんでもラうよ」
「ねぇ、こいつらって変身しないと触れなかったりするの?」
「? いや、普通に触れるが......」
「ふーん」
なんでいきなりそんなことを聞くんだ?
たしかに、スタンドみたく生身の人間には触れないというような感じの可能性もあったわけだ。
それは分かる。
だが、そんなことよりさっさと変身しなければ倒せないだろ。
「園姫、変身だ!」
「間に合わない」
は?
「このまま行く」
そう言うと園姫は、机に置いてあった金属の棒?を手に取った。
そして、その棒をなんかクルクル回すと、中から刃物が出てきた。
「な、なんだそれ!?」
「バタフライナイフよ。あんた見たこと無いの?」
そりゃあ、人間界に来て間もないし。
そういう武器とかにはあまり詳しくないし。
「って、園姫!変身!」
「いらない」
園姫は、そのまま走って敵の方に向かっていった。
走ってと言っても、部屋なのでそんなに距離は無い。
だから、高速で近づくことが出来た。
重力が反転しているにも関わらず、まるで蜘蛛のように天井をかけ登った。
その素早さと身体能力と、落ち着きように、こんなに焦っている俺も敵ながら悪魔も、驚いていた。
そして、人くらいのサイズの悪魔の後ろを、あっさりと取ってしまい......
「チェックメイト」
喉元にナイフを押し当て、引いた。
見事に首を掻っ切った。
「ぐお......お、お......」
「ほ、本当に変身せずに倒しちまった......」
こいつは......才能がある。
殺しの才能が。
「うわ、最悪。悪魔の死骸って残るの?」
首からドバドバ血を流す悪魔の死骸。
その表情は、驚きに満ちていた。
「まぁな」
「うえ......じゃあまさか、この大きなゴミと血を処理しろって言うの?私、魔法少女一日目で牢獄行きね」
「そのために俺がいる」
「あんたが弁護してくれるってわけ?」
「んなアホな。俺の魔法でこの死骸を消すんだよ」
そう。そのための妖精だ。
俺は、死骸に近づく。
大きく、とても大きく口を開ける。
そして......
「食べた!」
「ぐ......」
なんでそんな嬉しそうなんだ。
まるで動物に餌を与えた時みたいな喜び方しやがって。
「血は、死骸が消えれば自然と消滅する。俺の腹に入っちまえば数秒で死骸も消え去る」
「へぇ」
「気持ち悪がらないのか?」
「なんでよ。美味しそうに食べてると思うけど......?」
「......」
美味しくは......無いことも無いことも無い。
実は悪魔によって味が異なるのだ。
「思ったんだけ、初めからそれで悪魔食べちゃえばいいんじゃないかしら?」
「出来ればな。生きている悪魔に、妖精なんか歯が立たないのさ。だから、魔法少女の力を借りるしかない」
「まるで狩りの道具ね」
「否定はしない。だが、お前にも利益はあるだろ?生き返れたわけだしよ」
「死人なら、どう使っても構わないのもね」
「......」
こいつ......
「ところで、お前強いな」
「そう?この程度の相手なら、誰でも倒せそうなものだけれど」
「いや、普通は変身しなければ倒せないものなんだよ......」
まぁ、どちらにせよ倒せたならいいか。
別に魔法少女じゃなくても触れるわけだしな。
「あ、本当だ。血が消えてる」
「ん?あぁ、そうだろ。それじゃあ、明日には早速仲間と合流するからな」
「仲間?」
「お前には必要なさそうだが......まぁ、秘密を共有するものってのが、人間は必要らしいからな。精神的に」
お前は要らなそうだけどな。
とは言わなかった。
人を殺しておいて。
あれだけの人を殺して、殺し屋を名乗っておいて誰かにそれを話しているだなんて。
そんなことはありえないからだ。
「安心しろ。お前も知っている人だ」
「愛稲と麗葵ね」
「......」
驚いた。
ドンピシャだ。
「そりゃあそうよ。だってあの二人意外私と中のいい人はいないもの。知っているだけなら腐るほどいるけれども、というかみんな腐ってるようなものだけども」
何言ってんだこいつと思いながらも、なかなか鋭いやつだと思った。
これぐらいなら普通に分かるものなのか。
どうや、女子中学生というものを甘く見すぎていたようだな。
「それで、悪いんだが......」
「なによ」
「住むところが無いんだ。飯も風呂もいらん。だが、落ち着く所がない。ここに居候させてくれないか?」
「......へぇ」
なぜか、園姫はニヤニヤとし始めた。
やっと笑ったと思ったら、嫌な奴だ。
「なんだよ」
「いや?結構ちゃんとしてるなーって思って」
「勝手に居たら、俺が殺されるかもしれんからな」
「ふむ。まぁお金はかからないみたいだし、いざとなったら姿消せるし、そもそも私の部屋に誰かが来るなんてことは無いだろうし、ここペットオッケーだし、いいよ」
「あ、ありがと......ぅ」
最後のは気に食わないがな。
誰がペットだ。
「それじゃあ改めてよろしくね。ガノフ」
「あぁ」
こうして、俺の中学生との新たな生活が始まったのだった。