ある老人の終わり・あるいは次への旅立ち
俺は、気が付くと真っ白い世界にいた。足元から、見渡す限り、地平の彼方まで真っ白な世界に。
その白には、欠片も冷たい雰囲気はなく、どこまでも暖かな白の世界。
足元をよく見て見ると、その白は花だった。花弁も、おしべも、めしべも、茎から葉に至るまで真っ白な花。こんな花は見たことがなかった。
しかし、ここはどこだろう。俺は、どうしてここにいるのだ?
そう思い悩んでいると、目の前の花から、小さな光がふわりと浮かんできた。そして、光は人の形となり、ふわり、ふわりと白いふわふわの長髪に紅い目をした少女の姿をとる。
俺は、その少女をよく知っていた。なぜなら、彼女こそ――
「お兄様、お疲れ様でした」
俺の妹、愛しい、どこまでも愛しい妹。彼女が、俺の目の前に。だが、なぜ。
そなたは、確かに死んだはずなのに。
「ふふ、何も不思議なことではありませんわ。私はお兄様が来るまで、ここで待っていたのですもの」
上品に、手の甲を口に当て、軽く笑う妹。その笑顔を見て、思い出した。
――そうだ、俺は死んでいた。そなたと、同じように。
その言葉に、軽く頷き、彼女は話を続ける。
「ええ、そうです。お兄様は、現世で亡くなられました。そして、私はお兄様が死んだ後、迷わないように待っていたのです」
俺が迷わないように?俺には、迷うことなどない。
そう俺が言うと、彼女は少し憂いを帯びた表情になる。
「いえ、お兄様はきっと迷われます。だって、貴方は、まだ生きたかったはずだから」
いや、俺は。そなたが死んだ日から、いつ死んでもいいと思っ――
そこで、俺は生前の事を思い出す。愛娘と、息子のような存在、そして、孫がいたことを。
あぁ、確かに――
思い出すと、このまま逝くのを迷いそうだな。
「でしょう?まったく、お兄様は少し抜けている所があるんですから」
だが、俺は人生に後悔はしていない。自分のした選択に、後悔はしていないよ。
「ええ、そうでしょうとも。では、お兄様。お手を」
そう言って、妹は手をそっと出した。俺は、その手を優しく包む。
すると、目の前に、白花でできた道が作られていく。その先には、淡い光が。
「お兄様。あの光が、次の世へ輪廻転生する扉です」
――ふ、俺のような者でも、来世が用意されているのだな。
その言葉に、妹は優しく笑む。
「ええ。もちろんです。お兄様は、現世で十分頑張りました。だから。次の世は、のんびり過ごしてください」
――ああ。善処しよう。そなたも、一緒に来てくれるのか?
「はい。お兄様についていきます。そういえば、次の世では、お兄様は何をしたいですか?」
――そうだな、次の世、望めるなら。そなたが、俺と共に健康に過ごせたらいいな。
「まあ、お兄様ったら。相変わらず私に甘いのですから」
そして、俺と、妹は光へと向かって、歩いていく。もう後ろは、振り向かなかった。