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隣町は魔物ひしめく廃墟。俺は彼女のヒーローになる  作者: 立川ありす
第2章 SAMURAI FIST ~選ばれし者の証

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新たな出会い

「あーあ、なんか面白いことねーかなー」

 朝のホームルーム前の教室で、刀也があくびを噛み殺した。


 俺が2人の少女と再会し、怪異や魔法、異能力が実在する恐るべき世界があることを知り、死闘の中で異能力に目覚めた翌日のことだ。

 何とも平和な話である。


「平和で何もないのがいちばんだと思うけど……」

 いつものぼやきに、いつものように小夜子が答える。


「そうだねー」

 俺も普段と同じように、ぼんやりと答える、

 けど、そうしながら、先日の新開発区での出来事を考えていた。


 怪異のこと。

 魔法のこと。

 そして拳に宿った異能力のこと。


 でも自分の中ですら考えがまとまらない。

 だから刀也にも、小夜子にも話していない。


 そんな風に3人でぼんやりしていると、ドアをガラリと開けて担任があらわれた。

 禿げたミイラのような担任は、普段通りに滑り気味なギャグを交えて挨拶する。

 いつもと同じホームルームの風景だ。


 だが、次いで、真新しい制服を着た見慣れない少年があらわれた。


 クラスの女子がざわめく。

 転校生が、柔らかな笑顔を浮かべた麗しい男子だったからだ。


「はじめまして。キムです」

「キム君は海外からの留学生だ。この国の言葉とか、習慣とか、わからないことも多いと思うので、お前たち、親切にしてあげるように」

「みなさん、よろしくお願いします」

 転校生の流麗な仕草に、女子が黄色い声をあげる。

 そんな様子を、キムはニコニコしながら見わたす。


 ふと気になって小夜子の横顔を見やる。

 人見知りなはずの幼馴染は、キムの端正な顔をジッと見やっていた。

 ちょっとショックだった。


 そして俺の視線に気づき、気まずげに眼をそらした。

 怪異とか、異能力とかとは全く別の次元で、俺はわけもなく不安になった……。


 そして放課後。


「キミ、如月小夜子ちゃんだっけ。ステキな名前だね」

 キムが流麗な笑みを浮かべながら、小夜子の席までやって来た。


「あ、どうも。それで何ですか……?」

「小夜子ちゃん、これから時間とれるかな?」

「えっ……!?」

 転校生に言い寄られ、小夜子はちょっと困った顔で答えた。


 周囲の女子が、小夜子に羨望の表情を浮かべる。

 麗しい転校生は、早くも女子たちの話題の中心になっていたからだ。


 声をかけようか迷った。


 だが逡巡する。

 転校生は同性の自分から見ても格好良い。

 この場で彼の邪魔をする行為が、幼馴染を取られたくない醜い嫉妬に根差しているように思えたからだ。けど、


「ごめんなさい。わたし、バイトあるから……」

 小夜子は手早く勉強道具を鞄に詰め、逃げるように教室を飛び出した。


 俺は堪えきれず、気づくと勝ち誇ったようなイイ顔で笑っていた。


 ネガティブな小夜子は、とにかく面倒なことを嫌う。

 面識のない男子が近づいてきたら警戒するし、他の女子が見ている前で誘いに乗るなんてありえない。


 本当に面倒くさい性格だなと思いながらも、正直なところほっとした。

 幼馴染が見知らぬ男と仲良くするのが面白いわけはない。


 そんな邪念に気づいたか、キムはちらりと俺を見る。

 内心を見透かされたような気がして、あせる。

 だがキムは俺を一瞥すると、別のメガネの女子に声をかけた。


 なので俺は意気揚々と、去った小夜子を追いかけた。


 小夜子にはすぐに追いついた。


「ねえ、小夜子! これから本屋でも寄って帰らない?」

 こういう時には安心できる幼馴染がそばにいたほうが良い。

 俺はそう思った。だが、


「ごめんね陽介君、これからバイトが……」

 バイトなのは本当らしい。


 真面目で成績もいい小夜子だが、バイトにも精を出している。

 だが小夜子が何のバイトをしているのかは、実のところ俺も知らない。

 尋ねても、いつもはぐらかされてしまう。


「そっか、邪魔してごめん」

「ううん。陽介君、また明日ね」

 そう言って小夜子は去って行った。

 気のせいか、さっきのキムの時と歩き去るスピードが同じ気がする……。


 ひょっとして、自分で思ってるより小夜子と距離があるのだろうか?

 わけもなく不安に思う。


 そんな俺の肩を、誰かがポンと叩いた。

 刀也だ。

 腐れ縁の友人ががあまりにもイイ顔で笑っていたので、殴りたくなった。


 仕方ないので、俺もいつも通りに下校した。


 実は陽介とも家は近いから、部活がないときは一緒に帰ることもある。

 だが今日は俺はひとりで歩いていた。

 というか家に向かっていなかった。


 俺はひとり、コンクリート壁に囲まれた灰色の通りを歩いていた。


 新開発区で怪異たちと戦ったあの日、明日香から1枚のメモをもらっていたのだ。

 そこには【第三機関】という組織の連絡先が書かれていた。

 それは、異能力者を束ねる組織だという。


 メモに書かれていた電話番号に連絡し、オペレーターに事情を話した。

 すると支部に来るよう指示された。


 俺は異能力のことを、小夜子や刀也ではなく、この組織に相談しようと思った。


 もちろん2人を信頼していないわけではない。

 だが、怪異と源を同じくするこの異能力を、日常に持ちこみたくなかった。

 俺が異能力に目覚めたことが皆に知れたら、千佳や小夜子は心配するだろう。

 それに刀也を危険に巻きこむかもしれない。


 ……などと、以前に舞奈から言われたようなことを考えて口元に笑みを浮かべる。


 今や俺はヒーローだ。

 日常ではなく非日常の側の人間だ。


 メモには走り書きのような地図まで書かれていた。

 それによると、【機関】の支部は巣黒(すぐろ)市の外れに位置する統零(とうれ)町にあるらしい。


 新開発区に隣接する統零町は、威圧的なコンクリートの建物といかついガードマンが交互に並ぶ物々しい街だ。

 以前に通った時と同様に人通りは少ない。

 たまにすれ違う人々も目つきの鋭い訳ありそうな男ばかりだ。

 銃を手にしたガードマンが、射抜くような視線で俺を見やる。


 あの人が持ってるのって短機関銃(ステアー TMP)!?

 本物なのか?


 じっと見ていると、睨み返された。

 ひいっ! ごめんなさい!


 っていうか、あらためて見渡してみると、この街だけ外国みたいだ。

 町全体を覆うピリピリした空気が少し怖い。


 不意に薄汚い背広を着こんだくわえ煙草とすれ違う。

 相変わらず嫌な臭いだなあ。


 以前から決して好きな臭いではなかったが、ここ数日、怪異に襲われる前にはたいていこの悪臭を嗅いでいた。

 そんなの気のせいだろうとは思うが、緊張せずにはいられない。

 けど偶然だよな、そんなの。


 ……ん?


 ふと視線を感じたような気がして周囲を見渡す。

 するとガードマンが睨んできた。

 思わず身を縮こまらせる。

 しまった、不審に思われてしまった。


 スパイか何かと間違われたらたまらない。

 俺は足を速める。


 そのとき、ふと背後が騒がしくなった。


 不吉な既視感に、思わず振り返る。


 ……先ほどの背広がガードマンと戦っていた。


「ええっ! なんで!?」

 背広は3人いるガードマンのうちひとりに斬りかかる。

 その両手からのびているのは、いつか見たのと同じ鋭いカギ爪。


「えっと、脂虫? ……いや、屍虫って奴?」

 俺は以前に舞奈たちから聞いた情報を思い出す。


 屍虫とは、脂虫が何らかの魔法によって変化した怪異だ。

 泥人間と違って異能力こそ使わないが、身体能力が非常に高い。


 そんな屍虫が振り下ろしたカギ爪を、ガードマンは得物(TMP)の背で受け止める。

 さすがはプロ。

 だが怪異相手では力不足か、背後のコンクリート壁に背中から叩きつけられる。


「ああっ!? ガードマンが!?」

 俺は思わず叫ぶ。


 だが残る2人は慣れた動作で短機関銃(TMP)を構える。


 連なる銃声。


「街中で銃撃戦!?」

 おいおい!? 躊躇なくぶっ放したぞ!

 銃刀法もどこ吹く風の治外法権っぷりだ!


 だがフルオートで掃射された小口径弾(9ミリパラベラム)は宙を切る。


 ガードマンたちは怯え、正気を失っていたのだ。

 相手が人に似て人ではない化け物だからか、同僚が一瞬にしてやられたからか、あるいは他の理由があるのか。


 だが、どちらにしろ、そんな状態のガードマンが怪異に敵うわけはない。


 屍虫のカギ爪が、残るガードマンの片方を襲う。

 ガードマンは両腕でブロックするも、鮮血をほとばしらせながら吹き飛ばされる。


 さらに建物の陰から、カギ爪を振りかざした2匹の屍虫があらわれた。


 そんな!

 このままじゃ、ガードマンたちは間違いなくやられる!

 どうすれば……!?


 だが迷いは一瞬。


 俺は怪異を何度か見ているから、今さら正気を失うほど怖くはない。


 それに今の僕には力がある。

 戦う力が!

 彼らを守る力が!

 そう、怪異との戦いの中で目覚めた異能力【火霊武器(ファイヤーサムライ)】が!


――主ヨ、殺セ。敵ヲ殺セ。


「うわぁぁぁぁ!」

 俺は内なる声にこたえるように拳を握りしめ、新たな敵めがけて走り出した。


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