覚醒
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
俺は重くて大ぶりなコンクリート片を、両手で拾い上げる。
屍虫の猛攻を防いでいる式神の脇を潜り抜ける。
そのまま屍虫の背後に回りこむ。
こっちのバケモノは、舞奈が相手してる奴より弱いはずだ!
薄汚い背広の背中に、せめて一撃喰らわせようと振り下ろす。
だが、渾身の力で殴りつけた屍虫は、わずかにのけぞるのみ。
逆に振り返りざまにカギ爪をふるわれ、俺の手の中のコンクリート片は砕け散った。
なんて威力なんだ!?
それでも!
「うわぁ! うわぁ! うわぁぁぁぁ!」
「やめろ、兄ちゃん! 死ぬぞ!!」
拳を振り上げ、目をつむって無我夢中で叩きつける。
どうせ、このままじゃ舞奈と明日香がやられる!
そうしたら、どうせ俺だって助からない!
ならば、やってやる! 徹底的に、とことんやってやる!
――殺セ。
頭の中に声が聞こえる。
あう!
俺は屍虫に蹴り倒され、地面を転がる。
屍虫は俺の脳天めがけてカギ爪を振り上げる。
式神は屍虫の足を払って転倒させる。
倒れた屍虫に短機関銃を向け、至近距離から無数の銃弾を叩きこむ。
それでも屍虫を倒すには至らないらしい。
屍虫は飛び上がるように立ち上がると、俺に背を向けて式神に襲いかかる。
俺はふと我に返って、驚く。
怪異を攻撃して、でも自分はまだ生きている!
そんな微かな希望と高揚感が、俺の闘志を燃え上がらせる。
――主ヨ、殺セ。敵ヲ殺セ。
声に答えるように立ち上がる。
ふと思い出す。
以前に街中で襲われた時にも、同じ声を聞いた。
当時はとんでもないと思ったけど、今ならば――
俺は激情を取り戻し、屍虫の背中を殴りつける。
俺の心を怒りが支配していた。
身体にアドレナリンがみなぎる。
俺に倒せるのか?
殺せるのか?
ああ殺せるさ! 倒してやる!!
殺らなきゃ殺られるんだ! 俺も、舞奈も、明日香も!!
俺のパートナーは熟練の護衛。
だが俺自身は、戦闘訓練などしたことがない。
小夜子や千佳に心配をかけたくないからケンカすら避けてきた。
そんな素人の、貧弱な拳。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
それでも絶叫し、無駄だと知りつつも目をつむって、渾身の力で殴りつける。
――主ヨ、殺セ。敵ヲ殺セ。
頭の中に声が響く。
けど、そんなことすら構わず殴る。
殴る。
殴る。
だだをこねる子供のように殴る。
お前が誰だか知らない!
けど異能力に、魔法に関係があるのなら俺に力を貸してくれ!
あの2人を守る力を!
敵を倒す力を!
そう念じた瞬間、目の前が白く光った。
――我ハ汝ノ内ニ在ル。
見えなくなっても殴る。
目をつむって殴る。
殴る!!
……不意に手ごたえがなくなった。
「え……?」
思わず目を開けて、見やる。
屍虫の薄汚いシャツの背中に、煮え立つ孔がパックリと口を開いていた。
屍虫は倒れる。
そして動かない。
殴りつけた自身の拳を見やる。
俺の拳が、燃えていた。
「異能力だと!? 兄ちゃん、今、異能力を!?」
舞奈の声に、我に返る。
そしてアドレナリンで身体中が煮えたぎるのを感じながら、式神に向かって叫ぶ。
「お前の本当のご主人様を守るんだ!」
『了解しました』
式神は銃を構えて走る。
俺もいっしょに、燃え盛る拳を振り上げて走る。
その気迫に、明日香に馬乗りになっていた屍虫が思わず怯む。
明日香はその隙を逃さない。
清楚な容姿からは及びもつかない蹴りで大屍虫を蹴り上げる。
そして顔面に小型拳銃を向け、ありったけの弾丸を叩きこむ。
さしものの大屍虫も顔面を蜂の巣にされて平気ではいられない。
その隙に呪文を唱え、一語で締めて電光を放つ。
明日香に覆いかぶさろうとした屍虫は放電する光束に飲みこまれて消えた。
舞奈と戦っていた大屍虫も、仲間を倒されて動揺したか動きが鈍る。
その顔面めがけて乱射。
怯んだ隙にハイキック。
大屍虫は身体をくの字に曲げて叫ぶ。
その口腔に、ジャケットの裏から取り出した何かをねじこむ。
「手榴弾でも喰うかい? ヤニカス野郎」
言って勢いよく蹴り飛ばした直後、歪んだ顔面が内側から爆ぜた。
頭部を失った最後の大屍虫が、その場でどうと崩れ落ちる。
そして俺たちが見つめる中で塵と化し、風に吹かれて消えた。
そうして、怪異たちはいなくなった。
廃墟の街には俺たち3人だけが残った。
3人そろって、生き残ることができた。
我に返った俺は、安堵と疲労で骨抜きになったまま、へたりこんだ。
そんな俺に、舞奈はニヤリと笑みを浮かべる。
「スマン、恩に着るよ」
その笑みに、俺も満面の笑顔で答えた。舞奈の笑顔が庇護対象に向けるそれでなく、ヒーローが仲間に向ける笑みだったから。
「それにしても、たまげたよ。あんた、異能力者だったんだな」
「あ、ああ、俺もビックリしたよ……」
自身の右手をかざし、燃え盛る炎を見つめる。
「おそらく、武器に炎を宿らせる【火霊武器】の異能力です。でも直接に拳が発火するのは珍しいですね。熱くないですか?」
明日香が戻ってきた。先ほど舞奈が倒した泥人間の汚泥を調べていたのだ。
黒髪の少女は赤い石を手にしている。
「依頼人が欲しがってた隕石も無事よ」
手にした赤い宝石を見やり、舞奈の口元に笑みが浮かぶ。
だが俺は、大変なことに気づいてしまった。
「ねえ、これ、どうやって消すの!?」




