戦闘
「わかったろ? この新開発区はイカれた街だ。あんたみたいな人の良い兄ちゃんが来る場所じゃない。けど、あたしと明日香は仕事で怪異を狩る仕事人だ」
舞奈は俺に、そう言った。
「だから、あんたはこの街のことも、怪異や異能力のことも綺麗さっぱり忘れて、明日からは普通の高校生に戻るんだ。最後にちょっとしたショーを見てからな」
言い残し、2人は俺が隠れた廃ビルから少し離れた壁の陰まで移動する。
身を低くしながら、慣れた様子で音もなく走る。
その姿が、彼女たちが俺とは別の生き方を選んだ人間であると雄弁に物語っていた。
俺は武装した式神に守られ、ビル壁の陰に隠れながら、思う。
千佳を守り小夜子を励ますヒーローになりたかった。
でも俺はただの高校生で、慣れた調子で怪異を狩る彼女たちはヒーローだ。
舞奈は銃を持っていて、明日香は異能力をも超えた魔法を自在に操る。
だから、少女たちが戦う後ろで物陰に隠れているのは仕方がないことなのだ。
そう自分に言い聞かせる。
「いくぞ、明日香」
「オーケー」
明日香は崩れた壁の陰から身を乗り出し、呪文を唱えて一語で締める。
魔道士の指先から尾を引く稲妻が放たれ、泥人間の群を薙ぎ払う。
轟音とともに放たれた光の弾丸は、数匹の泥人間を飲みこんで消し炭へと変える。
一方、舞奈も負けてはいない。
コンクリート壁から飛び出し、拳銃を片手で構えて乱射する。
――否、乱射にあらず。
如何な妙技によるものか、6発の弾丸は泥人間どもの頭をあやまたず撃ち抜く。
2人の容赦ない先制攻撃が怪異どもを次々に屠る。
怪異は溶け落ち、汚泥と化して地面を汚す。
その時、鋭い何かが飛来した。
横に跳んだ舞奈の残像を、鋭利に尖った木杭が穿つ。
そのまま地面に突き刺さった木杭から、爆ぜるように枝が伸びる。
無数の枝が舞奈を捕らえようと襲いかかる。
だが舞奈は立ち上がりざまに跳び退って避ける。
目標を捕らえ損ねた枝は萎びて枯れ、木杭は1枚の符と化して燃え尽きる。
「気をつけて! 敵にも魔道士がいるわ!」
明日香が鋭く警告する。
魔道士!?
明日香みたいな魔法使いが、敵にもいるってのか!?
俺は恐怖する。
「ああ、わかってる! あいつだ!」
だが舞奈たちは、それすら想定内らしい。
つられて見やった廃屋の上に、1匹の泥人間。
全身にサイケデリックなペイントが施されていて、他の泥人間より格段に不気味だ。
そして、その額に輝く赤い石。
「あの野郎! デコっ禿に石を埋めこんでやがる!」
舞奈が叫ぶと同時に、泥人間は符をまき散らす。
そして怪異が叫んだ途端、それぞれの符が尖った木の葉となって降り注ぐ。
舞奈は崩れかけたコンクリート壁の陰に転がりこむ。
明日香の前に氷の壁が起立する。
刃のような木の葉の雨は、壁に阻まれて地に落ちる。
そんな事も魔法でできるのか!?
ビルの陰に身を潜めた俺の足元にも葉の1枚が飛来する。
これも魔法でできているのだろうか?
もっとよく見てみようと手をのばそうとしたら、
「馬鹿野郎、引っこんでろ!」
怒声に思わず身をすくめる。
目の前に式神が躍り出ると同時に、木の葉が爆発した。
「五行相生、木行を火行に転換して爆発させる術です! 無事ですか!?」
「な、なんとか……」
俺はへたりこみながら答える。
「野郎! いつまでも好き放題にさせるかよ!」
舞奈は崩れて斜めになった廃屋を駆け上がり、泥人間に肉薄する。
泥人間が雄叫びをあげる。
だが、その叫びが意味を成す前に、拳銃が火を吹く。
同時に明日香が一語を唱え、廃屋の上の怪異めがけて魔法の稲妻を放つ。
泥人間の醜悪な頭が撃ち抜かれ、胴は雷光に飲みこまれて消える。
そして最後の泥人間を屠った稲妻は、光のラインになって消えた。
「明日香の奴、石まで消し炭にしてないだろうな」
舞奈は笑う。
その圧倒的な戦いに、俺は度肝を抜かれた。
舞奈自身が言った通り、彼女たちは俺とは違う。
彼女たちはヒーローで、俺はただの高校生だ。
そう思ったその時、漂ってきた焦げた悪臭に顔をしかめる。
次の瞬間、連なる銃声。
あわてて見やる。
式神が短機関銃の背でカギ爪の一撃を防いでいた。
シャツをだらしなく着崩した醜い団塊男が、ヤニ色の双眸を見開いて奇声をあげる。
泥人間ではない。
ゾンビのような容姿の泥人間とは異なり、正気を逸した人間にしか見えない何か。
「何だ!? おい、兄ちゃん、無事か!?」
舞奈が背後の異変に気づいて声を張りあげる。
俺を襲わんとしている怪異に舌打ちしつつ、廃屋から素早く飛び下りる。
「糞ったれ! 屍虫だ! なんで、こんなところに出てきやがる!?」
その叫びに、思い出す。
奴は先ほどまで2人が戦っていた泥人間じゃない。
先日に街中で俺を襲い、2人に倒されたのと同じ怪異だ。
舞奈は素早く弾倉を交換する。
その背後からも、別の屍虫が迫る。
「舞奈!」
だが舞奈は振り向きざまに股間を蹴り上げる。まるで見えていたかのように。
そして屍虫の眉間に素早く銃口を突きつける。
銃声。
屍虫の額に風穴が開く。
だが屍虫はよろめくのみ。
至近距離で撃たれてなお。
さらに屍虫の額に開いた風穴が消えた、まるで傷がひとりでに癒えるように。
「畜生! こっちは屍虫じゃないぞ! 大屍虫だ!」
めずらしく焦った口調で舞奈が叫ぶ。
銃痕が消えたということは、銃では致命傷を与えられないのだろう。
前回と同じように、頼みの綱は明日香の魔法か。
そう思って明日香の姿を探す。
だが明日香も、瓦礫の上を転がりながら別の屍虫のカギ爪を避けていた。
喉元を狙った大振りの一撃を、掌の先に展開した雷球で受け止める。
カギ爪は放電する魔法の盾にそらされ、少女の首の真横に突き刺さる。
呪文をとなえる余裕はなさそうだ。
それでも明日香は隙をつき、護身用とおぼしき三角形の小型拳銃を撃つ。
だが至近距離からの容赦ない連射は、ヤニでただれた皮膚に埋まるのみ。
対して舞奈を襲う大屍虫は、護衛の式神と戦う屍虫と比べて遥かに強く、素早い。
さすがの舞奈も目の前の敵の攻撃を凌ぐのに必死だ。
そうするうちにも、俺を守る式神は屍虫の猛攻を的確に防いでいる。
だがカギ爪を防ぐのが手一杯で、反撃に転ずることはできそうにない。
ふと俺は気づいた。
明日香がピンチなのは、彼女を守るはずの式神が俺を守っているためだ。
彼女がこれほど有能な護衛に守られていたなら、たぶん苦も無く魔法の呪文を唱えて大屍虫を焼き払うことができたはずだ。
悔しい。
自分の無力さに、唇を噛みしめる。
この前だって、俺は怪異に襲わた。
震えるほど恐ろしかったし、死を覚悟した。
なすすべもなく窮地に陥っていたところを彼女らに救われた。
だって俺に戦う手段なんてないから。
だから仕方がない。
そう思って諦めてきた。
だが、今はそれだけではない。
俺を守るために、はるかに年下の――小学生の少女が窮地に陥っているのだ。
「明日香!?」
悲鳴のような舞奈の叫び。
だが彼女自身もタフな大屍虫を相手に苦戦している。
俺はヒーローになりたくて、でも本物のヒーローに出会って格の違いを見せつけられて、自分にそんな力はないのだと諦めていた。けど!
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
気がつくと、俺はコンクリート片を両手で拾い上げていた。




