異能力、怪異、魔法、そして……
「霊や呪い、低俗なオカルトと呼ばれて存在を疑問視されている超常現象のうちいくつかは、実は政府や各種機関によって存在を隠蔽されているだけで、実在します」
新開発区の寂れた廃墟を歩きながら、明日香が鈴の音のような美声で話す。
廃墟の街を歩きながら、彼女たちは彼に様々なことを教えてくれていた。
この街で生き残るのに必要な事柄のうち、俺が知らなくて、彼女たちだけが知っている事が多すぎたからだ。
「中でも、最もポピュラーなのは異能力と呼称される一種の超常能力です」
「あんなに嫌がってたのにノリノリだな。さっすが説明大好き明日香様だ」
「うるさいわね」
茶化す舞奈を睨み、明日香は話を続ける。
「人間の中で異能力を使えるのは、男性だけです。その理由については諸説があるのですが、己が身体に宿った魔力に形を与えて行使するために、男性特有の強固な意思が必要だからというのが定説です。異能力を使う男性は異能力者と呼ばれています」
「それじゃ、僕もその、異能力を使えたりするのかな?」
「男にしか使えないってのは、男なら使えるってのとは意味が違うよ」
「そうだよね……」
舞奈の言葉に苦笑する。
「そして人間以外の異能力の使い手……つまり異能を操る害獣は怪異と呼称されています。怪異は異能力同様に科学的な立証が困難なため、歴史の陰に、社会の裏側に潜み、古来には荒らぶる神と呼ばれ、現代においても物陰に潜んで人間を害し続けています」
俺に構わず、明日香は言葉を続ける。
なんだか楽しそうだ。
説明とかするのが好きな子なのかな。
「特に、この出巣黒須市――新開発区は怪異が多く確認されており、安全のために結界によって隣接地域と隔離され、立ち入り禁止区域に指定されています。以前に陽介さんを襲ったのも、先ほど襲ったのも怪異です」
その言葉に、俺はゴクリとつばを飲みこむ。
この前に俺を襲ったカギ爪の男。
そして先ほど溶け落ちた、放電する鉄パイプの男。
彼らは人に似て人ではない怪異なのだと彼女らは言う。
「君たちは、その、怪異を倒してお金を稼いでいるんだよね? ひょっとして、警察官とか自衛隊員だったりするの?」
だが舞奈は口元を笑みの形に浮かべ、
「まさか。警察や自衛隊が、子どもに武器持たせて怪異を狩らせたりなんかしたら大騒ぎだよ。だいたい奴らは、公的には存在しない怪異に手を出せない」
「え、それじゃキミたちは……?」
「もちろん、怪異による被害は無制限に見過ごされているわけではありません。超常現象の調査と対処を目的とした【第三機関】と呼ばれる超法規機関が存在します」
明日香が割りこんできて答える。
「【機関】は条件を満たした者に武装する権限を与え、怪異への対処を委託します」
「で、あたしたちがその仕事人だ。チーム名ってことで【掃除屋】を名乗ってる。これでも、その界隈じゃ、ちょっとした有名人なんだよ……っと」
2人は立ち止まり、あわてて俺も止まる。
「見てみな。あいつらが怪異だ」
舞奈が指さした方向は、公園跡とおぼしき廃墟の広間だった。
そこに人型の何かが群をなしていた。
腐った肉にただれた皮膚を張りつかせ、錆びた刀や鉄パイプを手にしている。
「あいつは泥人間。淀んだ魔力が固まって人の形になって、ニセモノの命を得ることで生まれた怪異だ。だから死ぬと泥に還って消える」
「異能力こそ所持しているものの、動物並の知能しか持たない低級の怪異です。なので群れで行動して人を襲い、結界の外にも出られません。ですが、まれに人間並みの知性を得た個体が発生し、整形によって人間に成りすます事例が確認されています」
「さっき兄ちゃんを襲ったのも、あいつの仲間だ」
「あれが、怪異……」
人の形をしているが、人とも獣とも根本的に異なる、武装した何か。
これが2人の討伐対象であるという、怪異だ。
「あたしたちの今回の仕事は、あの腐れ野郎どもの退治だ。……正確には、奴らを退治して、奴らが持ってるはずの隕石の欠片を回収することだ」
言いつつ舞奈は顔をしかめる。
さすがの彼女も、あのバケモノを見て不愉快だくらいには思うのだろう。
だが俺はそれどころではない。
不気味な怪異を目の当たりにして、そこから目をそらすことすらできない。
先ほど襲われた時は、それどころではなかった。
それを、こうしてまじまじと見ていると、人に似て人じゃないその姿に背筋が凍る。
だが明日香は涼しげに微笑む。
舞奈の口元にも、今や余裕の笑みが浮かんでいる。
それ程までに慣れているらしい。
「聞いていたより少ないわね」
「さっきみたいに徘徊してるんじゃないのか? とっとと片づけて石を探すぞ」
「その前に」
明日香は地面に散らばる瓦礫をブーツで蹴り掃く。
空いた場所に金属製のドッグタグを並べ、中央に紙片を置いて呪文を唱える。
そして一語で締める。
するとタグと紙片がひとりでに燃えあがり、陽炎のように何かがあらわれた。
黒い影がそのまま立ち上がったような、影法師だ。
手には短機関銃が携えられている。
「……!?」
俺は声もなく驚く。
だが明日香は慣れた様子で、
「彼の護衛を」
影法師に向かって命ずる。
『了解しました、閣下』
影法師は脳内に直接響くような声で答える。
「これは……?」
「術で召喚した式神です。彼らに貴方を護衛させます」
「しょ、召喚!?」
俺は思わずまじまじと、銃を携えた式神を見やる。
式神と呼ばれた影法師は、俺を守るように立ち尽くしている。
俺は驚いた。
異能力ってのは、こんなことまでできるのか。
「念のための護衛です。戦闘は私たちにまかせて、貴方は物陰に隠れててください」
だが明日香にとっては召喚できることなんて当然なのだろう。
気にせず念を押してきたので、俺は大人しくうなずく。
「まったく、用意周到なこった」
舞奈はやれやれと肩をすくめる。けど、
「あ、あれ?」
俺はふと、先ほど彼女たちから聞いた話を思い出す。
「異能力は男にしか使えないって、さっき……?」
「ああ、こいつのは、ちょっと違うんだ」
首をかしげる俺に舞奈が答える。
「あたしも明日香も、異能力なんて持っちゃいないさ。異能力を手に入れられるのは魔力から生まれた怪異か、魔力をその身に宿した若い男だけだ」
「うん」
うなずく。
明日香は不満げに舞奈を睨む。
自分で説明したかったんだろうな、と、何となくわかるようになっていた。
舞奈はそんな友人を涼しい顔で見やり、
「だが大昔のヒマな天才が、そいつを知恵と技術で無理やりに真似た。つまり異能力の秘密を解き明かし、そいつを再現する手段を会得したんだ」
「そして、その技術は宗教や神秘思想と合体して体系化し、広まりました」
やはり明日香が無理やりに割りこんできた。
俺は思わず苦笑する。
「その技術は魔法と呼ばれて、魔法の使い手は魔道士と呼ばれています」
その言葉に、ふと思い出す。
最初に助けてもらった時、明日香が放った雷光や炎を、舞奈は『魔法』と呼んだ。
「魔法には多々の流派があります。中でも、わたしの流派は戦闘魔術。大戦中に枢軸国軍と旧帝国陸海軍が共同開発した特殊な流派です」
明日香は不敵な笑みを浮かべて言葉を続ける。
「陰陽道をベースに真言密教の強大なパワーとルーン魔術の正確さを兼ね合わせた戦闘のための魔法で、熱や電気・冷気を操る【エネルギーの制御】、そして今しがた作りだした護衛をはじめとする【式神の召喚】を得意とします」
見間違いでも記憶違いでもない、あの現象は魔法なのだ。
俺は目を丸くして明日香を見やる。
異能力と祖を同じくする人工の奇跡を、こんな幼い少女が使えるのかと羨望した。
そんな視線に気づいたか、明日香は少し誇らしげな笑みを浮かべる。
「ってことは、明日香は魔法少女なんだ」
「いや魔道士だ、魔道士」
舞奈がツッコむ。
「魔法少女というのは、非常に高度な魔法で創られたドレスをまとうことで身体強化された存在を指します。魔法使いの意味じゃないですよ」
「ごめん、別の意味があったんだね」
明日香が苦笑しながら教えてくれる。
俺はバツが悪くなって頭を掻く。
「その性質上、魔法少女があらわれることは稀です。巣黒市近辺で直近に目撃された魔法少女は3年前のチーム・ピクシオン。巣黒支部の100人規模の異能力者をもってしても敵わなかった敵組織を、3人で壊滅させました」
「そんな……!?」
俺は驚愕した。
数字の桁が違いすぎる。
異能の力の使い手が100人もいたことも驚きだ。
だが、そんな彼ら100人より強い3人。それはもう伝説だ。だが、
「別に大したことじゃあないだろう」
舞奈はボソリと言った。
「ええっ!? いや、まあ、舞奈たちからすればそうなんだろうけど……」
俺は度肝を抜かれて、それでも納得しようとする。
話のスケールが大きすぎて、もう何が何だか。
そんな俺を、舞奈はとらえどころのない笑みを浮かべて見ていた。
「ねえ、ひとつ聞いていいかい?」
俺は彼女に問いかける。
「なんだ?」
「俺も勉強すれば、異能力が使えたりするのかな?」
別に魔法のドレスを作って着たいわけじゃないけど、100人の抽選に漏れて異能力を使えない俺でも、努力次第で異能の力が使えるかもしれない。
それはスゴイことだと思う。だが、
「だから魔法だ、魔法」
舞奈はやれやれとツッコんだ。
「魔法を使えるのは天才だけだよ」
苦笑しながら答える。
「作り物の異能をその手につかめるのは、100点満点のテストで5000点取るくらい筋金入りのキチガ……天才だけだ。努力する異能力みたいなもんだな」
「つまり、普通の人には無理なのか……」
それもそうだよな。
そう思って、まじまじと明日香の横顔を見やる。
眼鏡の彼女はたしかに生真面目で賢そうで、ちょっと……なんというか、魔法を使えても不思議じゃない雰囲気を醸し出している。
そして不思議に思って舞奈を見やる。
彼女が魔法を使うところなど見ていない。
なにより、彼女が学校のテストで良い点を取っているようには見えない。
「それじゃ、舞奈ちゃんちゃんはどうやって奴らと戦うの?」
「こいつだよ」
言ってジャケットの内側に手を入れ、慣れた様子で何かを取り出す。
黒光りする鋼鉄でできた精悍なフォルムのそれは……
「拳銃……?」
俺は、かすれた声で答えた。
「ええっと、IWIのジェリコ941、かな?」
「お。兄ちゃん、こういうの詳しいのか?」
「まあ、そういう映画とか好きだから」
その言葉に、舞奈は嬉しそうに笑ってみせる。
「そっか。それなら知ってるだろうけど、こいつは中口径弾が撃てる。脳天に何発かぶちこんでやらあ、異能力を使う怪異だろうとお陀仏だ」
そう言って、ごく自然に拳銃を構える。
その、小学生がするにはあまりに不自然な動きを見て、ゴクリとつばを飲みこんだ。
彼女らは本当に、怪異を相手に戦っているのだ。
否、俺を何度も死の淵に追いこんだ怪異たちを、それすら上回る力量をもって日常的に狩っているのだ。




