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隣町は魔物ひしめく廃墟。俺は彼女のヒーローになる  作者: 立川ありす
第1章 WITCHES AND GUNS ~夜闇に踊る少女たち

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新開発区

 そして次の日も、俺はひとりで下校していた。

 初等部の千佳はとっくに帰宅しているし、小夜子は今日もバイトだ。


 なので俺は買い物をして、他にすることもないので早めに帰ろうと足を速めた。


 だが、すぐに立ち止まる。

 通りの向うに見覚えのある人影を見つけたからだ。


 小さなツインテールの少女と、長い黒髪の少女。

 間違えようもない。

 あの日、バケモノに襲われた俺を助けてくれた少女たちだ。


 声をかけて礼のひとつくらいは言うべきだろう。


 だが、少女たちが向かう方向を見やって首をかしげた。


「この方向……統零(とうれ)町?」

 そこはいちおう隣町なのだが、施設も住人もどことなく物々しく近づきがたく、普通の人は近づこうとしない。

 そんな街に、いったい何の用事だろうか?


 正直なところ俺も行ったことはなく、できれば行きたくない場所だった。

 だが彼女らの行き先が何だか不穏なものに思えて、見て見ぬふりをするのも、声をかけるのも躊躇われる。

 だから、少し距離を取って後を追った。


 鞄の中のハンカチを少し意識する。


 なんだかストーカーみたいだけれど、幸いにも見咎められることはなかった。

 なぜなら女子小学生を尾行する俺が霞むくらい、統零(とうれ)という街が異常だったからだ。


 威圧的なコンクリートの建物と、他の街のそれとは明らかに異なる雰囲気のいかついガードマンが交互に並んでいる。

 昼間なのに人通りも少ない。

 たまにすれ違う人々も、目つきの鋭い訳ありそうな男ばかりだ。


 俺が住んでいる町の隣に、こんな恐ろしげな場所があったなんて!

 俺はビクビクしながら、それでも軍の施設みたいな通りを進む。


 正直なところ、何かを期待していなかったと言えば嘘になる。

 彼女たち――見惚れるばかりに強く、不思議な力すら持ったヒーローの行く先が、俺の知らない何処か――ヒーローの世界に繋がっているように思えてならなかった。


 だが少女たちは、そんな俺の予想すら超える方向へと進んでいった。


「この方向って、まさか……」

 思わずそんな言葉が、口をついた。


 彼女たちの後を追ううちに人通りはなくなり、周囲は街ですらなくなっていく。


 無人とおぼしき崩れかけた建物が目立ち始める。

 まるでゴーストタウンだ。


 そういう場所が近くにあると、話に聞いたことはある。

 だが近づかないように厳重に注意されていたし、もちろん行ったことなどない。


「まさか、あの子たち、新開発区に……!?」

 ひとりごちる。

 そして自分の言葉に恐怖し、ゴクリとつばを飲みこんだ。


 新開発区。


 その街の存在は、幼い頃から昔話のように聞かされていた。

 こんな廃墟の街なのに、その歴史は意外にも浅いらしい。

 事の始まりはバブル華やかりし頃だそうな。


 俺たちの住む巣黒(すぐろ)市は、陳腐化と停滞にあえいでいた。

 そんな現状を打破すべく、隣にレジャータウンを作ろうという計画が持ち上がった。

 住民や各種団体の反対を押し切り、手付かずだった古い森を切り開いたらしい。


 新しい街は巣黒市から名を借りて、出巣黒須(ですくろす)市と名付けられた。

 そして希望をこめて新開発区と呼ばれるようになった。

 対して古臭い巣黒市は、旧市街地と呼ばれるようになった。


 だが、ロクな計画もなしに強行された都市計画には様々な障害が立ちふさがった。

 関係者の何人かが不可解な理由で消息を絶ったりもした。


 そしてバブルがはじけると、開発計画も立ち消えになった。

 区画整理もそこそこに乱立し、半端に入店・入居が決まったビルの数々を残して。


 街として機能した期間がないせいか、この街を本当の名前で呼ぶ人はいない。

 俗称である新開発区という名前でのみ、その街のことを表現する。

 まるで本当の名前を口にすることを恐れるように。


 そんな危険な新開発区は、もちろん立ち入りが禁止されている。

 こっそり忍びこんだ不良や酔っ払いが戻ってこなかったなんて噂もある。


 彼女たちがそこに向かっているのだとしたら……止めたほうが良いかもしれない!


 だが俺が躊躇するうちに2人は廃墟を進んでいた。

 新開発区への通路は、装甲車を伴ったガードマンが封鎖している。

 噂通り、まともな場所じゃない!


 だが2人は慣れた調子で挨拶しながら先へ進む。


 しまった! 決断するのが遅かった!


 俺はもう一瞬だけ迷ってから、後を追うことに決める。

 俺は高校生で、あの子たちは強いとはいえ小学生なんだ!


 だが彼女たちと同じようにガードマンに会釈して脇を通り過ぎようとしたとき、ガシッと肩をつかまれた。


「ちょっと君、ここから先は立ち入り禁止だ」

 緑色の迷彩服に身を包んだ、スキンヘッドの大男だ。

 アサルトライフル(89式小銃)肩紐(スリング)で肩にかけている。


 間近で見ると凄い威圧感だ。男も、銃も。

 あの子たちは、こんなのと普通に話してたのか!?


「いや、でも……」

 それでも勇気をふりしぼり、さっきの2人は通したのにと反論しかける。


 その時、装甲車から人が出てきて何やら合図をした。

 その途端、厳ついガードマンは飛び退る。


「こいつは失礼しました。お通りください」

「あっ、はい」

 彼らの行動の意味がわからない。

 けど、それより、あの2人だ。


 俺は先を急ぐ。

 彼女たちが歩いて行った方向は、もう完全に廃墟だった。


「ええっと、どっちに行ったんだろう……?」

 見渡す限り廃ビルばかりで、彼女らがどっちに行ったのかわからなくなった。

 ヘタに進むと俺が迷いそうだし……。


 そうやって困っていると、ふと気配を感じた。

 振り返る。そして、


「うわあっ!?」

 目前に迫る何かに、あわてて頭を抱えてうずくまる。


 頭上で異音。

 金属製の何かがビル壁を砕いた音だ。


 降り注ぐコンクリート片に驚いて頭上を見やる。

 そこに、鉄パイプを振りかぶった何者かがいた。

 ボロを身にまとい、腐った肉にただれた皮膚を張りつかせた、ゾンビのような何か。

 そいつは俺を、睨んでいた。


 襲撃者は叫ぶ。

 すると、手にした凶器が紫電をまとう。


 俺は思わず目を見開く。

 その現象が明らかに常識を逸していたから――


 ――否、その現象を見たのが2度目だったから。


 以前は屍虫とかいうバケモノから俺を救った超常の力。

 だが、今回は俺を害そうとしている。

 俺の命を……奪おうとしている!


 襲撃者はパチパチと放電する鉄パイプを振り上げ、残忍な笑みを浮かべる。


 だが情けないことに、俺は腰が抜けて動けなかった。

 そして、先日に2人の少女に救われる以前、ずっと昔にもその様子を見たことがあると思い出した。

 それが何時の事だったか思い出す間もなく――


 鋭い音。


 襲撃者の腐った頭に大穴が開く。

 次いで身体が溶け、汚泥と化して崩れ落ちる。

 鉄パイプが瓦礫の上を転がる。


「あんた! だいじょうぶか!?」

 声に見やると、2人の少女が駆けてきた。

 あの少女たちだ。


 またしても俺は彼女たちに救われたらしい。


「あ、ありがとう……」

 震える唇から礼の言葉をしぼりだす。

 そして少しだけ動くようになった口で、問いかけた。


「今のはいったい……?」

「……ん? 泥人間。異能力を操る最下級の怪異だ」

 小さなツインテールの少女が、ジャケットの裏に何かを収めながら答える。


 その手慣れた仕草に見惚れていて、少女の言葉が何を意味しているのかさっぱりわからなかった。

 ふと先ほどの音が、映画の銃声とそっくりだったと思った。


 そんな俺に、黒髪の少女が問いかける。


「こちらからも質問をよろしいでしょうか。出巣黒須市への一般人の立ち入りは禁止されているはずですが、貴方はどうしてここに?」

「それは、その、この前のお礼をしようと思って……」

 詰問めいた口調にしどろもどろになりながら、俺はへたりこんだまま答える。

 新開発区に向かう彼女たちが心配だったなんて、この状況じゃ言えない。


「この前って、どの前よ……?」

 ツインテールが小首をかしげる。

 忘れてる!?


 彼女はしばし悩んだ後、


「ああ! 旧市街地に屍虫が出た時の兄ちゃんか」

 思い出してくれたようだ。


「元気そうで何よりだ。けどお礼言うくらいで新開発区(こんなとこ)まで来るこたないだろ? 下手したら死んでたんだぞ」

 苦笑する。


「それに、あの時、ハンカチ落としてたから返そうと思って」

 俺は鞄からハンカチを取り出し、彼女らに差し出す。


「誰のハンカチだ……?」

 言って2人して首をかしげてから、

「……って、あたしのか」

 ツインテールが受け取った。


「ちょっと、大丈夫なの?」

「心配ない。この兄ちゃんにあたしの持ち物は掏れないよ。落としたんだ」

 そんなことを疑われてた!?

 だが黒髪はショックを受ける俺には構わず友人を睨み、


「だから! その落としたことに対して大丈夫かって聞いてるのよ」

 友人に冷ややかな視線を向ける。

 その視線から逃れるように、ツインテールがこちらを見やる。


「通路に見張りが立ってたはずだが、止められなかったのか?」

「異能力者と勘違いしたんじゃないかしら?」

「勘違いって……。ご自慢の能力(PK)チェッカーはどうしたよ?」

「封鎖してるのは普通の兵隊なのよ? 学校の制服を着てれば素通りよ」

「ったく、雑な仕事しやがって。それじゃ見張りの意味ないだろ」

 ツインテールは舌打ちして、やれやれと俺に向き直る。


「しゃあない。あたしたちはちょっとこの先までバイトに行くんだ。見てくかい?」

「何考えてるのよ!? 一般の人を巻きこむ気じゃないでしょうね!?」

「じゃ、この兄ちゃんひとりで旧市街地まで帰らせるのか?」

 黒髪に向かって言い募る。


「すると仕事を片づけて帰る途中で、今みたいに怪異に襲われて食い散らかされた兄ちゃんを見つけるだろうな」

「そんな決めつけなくても……」

 俺はか細く抗議する。

 だがツインテールはジト目を向ける。


「すまんが事実だ。あんたひとりじゃ検問まで帰れない。泥人間(さっきの)が複数出たら逃げられないし、新開発区(この街)にはもっとヤバい奴だっている」

「それは……」

「そうだけど……」

 黒髪と一緒に言い返されて、ぐうの音も出ない。

 ツインテールは気にせず黒髪に向き直る。


「それでも気分よく金を受け取って、美味い晩飯が食えるのか?」

「……はいはい、わかったわよ」

 黒髪は肩をすくめると、へたりこんだままの俺を見やる。

 俺のせいで口論になって彼女が言い負かされるのは、これで2度目だ。


「なんか、ごめん……」

「それはいいですから、以降はわたしたちの指示に従っていただきます」

「うん、わかったよ」

 俺は黒髪の手を借りて立ち上がる。


 妹以外の女子小学生の、細い指の感触にドギマギした。

 もし小夜子に見つかったら、冷たい視線じゃ済まないかもしれない。

 ……まあ小夜子がこんな危険な場所に来るわけはないが。


「僕は日比野陽介。この近くの、蔵乃巣(くらのす)学園の高等部に通っている」

 邪念を振り払うように、俺は自己紹介する。

 健全な交友関係は健全な挨拶から始まる。


「奇遇ですね」

 黒髪も笑みを浮かべる。


「わたしは安倍明日香。貴方と同じ蔵乃巣学園の初等部の4年生です」

「あたしは志門舞奈だ」

 小さなツインテールの少女もニヤリと笑う。


「よろしく、舞奈ちゃん、明日香ちゃん」

「舞奈……ちゃん……」

「ごめん、嫌だった?」

 少し馴れ馴れしかったかと反省する。


「嫌って訳じゃないんだが、何か緊張感がないというか気が抜けるというか……」

 幸い嫌がっている風ではない。

 だが眉にしわを寄せて悩んでいる。


 ひょっとしたら年上と接する機会が少ないのかもしれない。

 同級生からちゃんずけで呼ばれる雰囲気でもないし。


「だいたい、あたしはあんたより強いだろ」

「じゃあ、舞奈さん?」

「……呼び捨てで頼む。いや、呼び方にこだわりがあるんなら構わないが」

 ボソリと言ってから、少し気を使ったように付け加える。


 だが俺としては特にちゃんずけにこだわりはない。

 彼女たちが呼ばれやすい呼び方が良いと思う。だから、


「それじゃあ、よろしく、舞奈、明日香」

「ああ。よろしくな、兄ちゃん」

「よろしくお願いします、日比野さん」

 彼女たちは呼び方にこだわりがあるらしい。


 それはともかく、俺と舞奈と明日香は、そうやって廃墟の街に似つかわしくない挨拶を交わしてから、目的地に向かって歩き出した。


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