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隣町は魔物ひしめく廃墟。俺は彼女のヒーローになる  作者: 立川ありす
終章

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終章

「いよいよ今日が手術か、がんばれよ」

 市民病院のロビーで、舞奈は千佳に笑いかけた。


「うん!」

 白い病院着を着こんだ千佳は無邪気に笑う。

 けど、その瞳は無意識に遠くを彷徨う。

 そんな千佳に、舞奈と明日香の傍らにいた福沢と名乗るサングラスの女性――フィクサーが微笑みかけた。


「手術前の不安なときにお兄さんに合わせてあげられなくて、すまない。彼には遠方での重要な仕事ができてしまったので、しばらく手が離せないのだ」

 その台詞に一瞬だけ、舞奈の唇に乾いた笑みが浮かぶ。

 だが、すぐにいつもの曖昧な笑みが覆い隠す。


「代わりと言っちゃ難だが、出張中の父ちゃん母ちゃんが帰ってくるそうじゃないか」

「それに、ご両親とも、これからは出張の少ない仕事をされると聞いたわ」

 そう言って、舞奈と明日香がフォローする。

 千佳の治療費が必要なくなったから、両親も無理な仕事を続ける必要はもうない。


「エヘヘ、病気も治って、パパやママもいつも一緒で、いいことばっかりだね」

 千佳は屈託なく笑う。


「福沢さん、お兄ちゃんをお願いします。ちょっとドジなところもあるけど、すごくいい人なんです」

「無論だ」

 フィクサーも微笑みを返す。


「あの、千佳ちゃん、そろそろ病室へ戻らないと……」

 おどおどと時間を気にする付き添いの小夜子に急かされ、千佳は病室に戻った。


「これでよかったのか?」

「……ああ」

 フィクサーの言葉に、舞奈は頷く。


「滓田妖一を排除したのはあたしじゃない。【火霊武器(ファイヤーサムライ)】の拳だ。その金をあいつが何に使うって言ったら、妹の治療費くらいしかないだろう?」

「千佳君の手術費用については、デスメーカーからも多額の資金提供があった。それに君は家賃と飲食店へのツケが溜まっていると聞いているのだが?」

「そっちはボチボチ返すさ」

 曖昧に笑う。

 生き残った舞奈には、それが可能だから。


「そうか。ではわたしも失礼する。そろそろ彼女の親御さんが到着する時間なのでな」

「面倒なことを押しつけてすまない」

 千佳に兄のことを話さなくとも、両親にまで息子の死を隠すことはできない。

「彼の殉職は我々の落ち度によるものだ。わたしは自分の責務を果たすに過ぎない」

 そう言ってフィクサーは去って行った。


 舞奈と明日香も病院を出る。

 そしてぶらぶらと街を歩く。


「いつもより空気がうまいな」

「そりゃ、この前の事件で、ここら一帯の脂虫はひとり残らず駆逐されたもの」

 笑う舞奈に明日香が答える。


 この街で屍虫へと進行する可能性のある脂虫たちは執行人(エージェント)たちが狩り尽くした。

 だから煙草を吸う者はいない。

 現に足元を見ても吸い殻のひとつも落ちていない。


「悪いことばかりじゃないってことか」

 舞奈の口元に乾いた笑みが浮かぶ。


「そういえば、脂虫の掃討作戦のこと、大規模なテロってことになったらしいわね」

「ああ、ニュースで言ってたな」

 他人事のように答える。


 人間が喫煙によって変化した脂虫は、屍虫と化して人を襲う怪異だ。

 だから排除された。

 だが一般に怪異の存在が伏せられている現状においては人間としての身分を持つ。

 その落差を埋めるため、【機関】は本件には関係ないテロリストの名を持ち出した。


「何とかカイダーって言ってたっけ」

「……どこの変身ヒーローよ」

「違ってたか? ま、ヒーローみたいなもんだろ。所構わず悪臭ガスをまき散らすテロリストを、人知れずやっつけたんだからさ」

 言って軽薄に笑う舞奈の前を、喪服の一団が通り過ぎる。

 ほとんどが女性や子供だ。


 排除された脂虫はテロの被害者として合同葬にされた。

 ちょうど今日がその日だった。


 だが葬儀の帰路にしては雰囲気が明るい。

 遺族には【機関】の息がかかった関連団体から相当額の見舞い金が支払われていた。

 それに、たとえ脂虫の正体を知らずとも、臭くて身勝手な同居人に思うところはあったのだろう。彼女たちも、こうした結末を望んでいたのだ。


「本当に、あれでよかったの?」

「さっきフィクサーと何を話したか、聞いてなかったのか?」

 舞奈は軽薄な声色で答える。だが、


「……何も、今すぐ話さなきゃいけないわけじゃないだろ?」

 観念したように、何かに堪えきれなくなったように、語る。


「手術が終わって心臓が治れば、あいつも普通に学校に来れるようになる。チャビーの奴、ああいう性格だから、今まで以上にクラスの人気者になるさ」

 口元に乾いた笑みを浮かべる。

「そうやって学校に根を張って、居場所を作って……それからでも遅くないだろ、あの甘ちゃんな兄貴とはもう会えないなんて、糞ったれな現実を知るの」

 言って遠い目をする。


 そう。かつて仲間を失った彼女自身が、この世界に順応したように。


「そりゃそうだけど」

「それに、あいつだって、そのほうが寂しくないさ」

 空を見やる。

 新開発区にかかっていた虹は、もう見えない。


「あ、この店やってるのか」

「あら本当、改装終わったのね」

 話しながら商店街にやって来た舞奈は、見覚えのある女の子の絵が描かれた看板に気づいて足を止める。


「でも珍しいわね、貴女がこういう店に興味持つなんて」

「あたしだって女の子だぞ。ケーキぐらい食うさ」

 舞奈は看板に可愛らしい文字で描かれた『シロネン』という店名を見やる。

 一瞬だけ、口元に寂しげな笑みが浮かぶ。

 そして軽薄な笑みを作って明日香を見やる。


「……なあ、ちょっと寄ってかないか? おまえのおごりで」

「この前の仕事の報酬、まだ残ってるでしょ?」

「人の金で食うのがうまいんだよ」

「はいはい。ちなみに、わたしのおすすめはフルーツケーキ。ふわっふわのクリームの上にシロップで甘みを増したイチゴとキウイと――」

「へえ、チョコレートケーキってのは、こいつか」

「……人の話を聞きなさいよ」

 それは千佳の好物だった。

 始めは陽介が好きだったのだが、彼が甘党の妹へのお土産として何度も買っているうちに千佳も好きになったのだ。


 それをあの日、舞奈とともに店を訪れた陽介は買おうとした。

 だが店は改装のために閉まっていて、陽介が再び店を訪れる機会はなかった。


「千円もするのか。朝飯食ってきたんだけど、食いきれるかな?」

「小さいショートケーキよ。いくつ食べるつもりなのよ?」

「……てことは、これ原寸大なのか? 千円だぞ、千円」

「店内で食べるメニューだから、これでも安い方よ。贈答用のはもっと高いんだから」

「なんだって!?」

「だいたい、高いからって値段分の分量が出てくるわけないじゃない。なら一万円のカレーを頼んだらバスタブで出せって言うの?」

「そいつもいいかもな。楽しそうで」

 そう言って、何かを思い出したように口元に笑みを浮かべる。

 そして、そんな気持ちを覆い隠すように店に飛びこんだ。


 この先ずっと、舞奈はチョコレートケーキを好物にして生きていくのだろう。

 とりたてて甘いものが好きなわけでもないのに。


 そうやって看取った誰かの数だけ心に印を刻みながら、弔い人のように、けれどそんな重荷を気取らせぬよう軽薄に笑いながら、舞奈は生きていく。

 不器用な彼女には、そういう生き方しかできないから。


「まったく、どっちが寂しがってるのよ」

 明日香は肩をすくめると、友人の後を追って店に入った。


 そして数日後の、うららかな休日。

 いつか陽介が舞奈たちと出会った、とある路地。


「チャビーちゃんのお兄さん、急に海外留学が決まったんだって」

 スーパーのビニール袋を両手に提げて、園香ちゃんが別の友人と並んで歩く。

 日比野家同様に両親が留守がちな真神家では、彼女が家族の食事を作ることが多い。


 社会の裏側に潜む闇と接点を持たない園香ちゃんは、陽介がいなくなった本当の理由など知りようもない。


「お別れ会くらいしたかったね」

 園香ちゃんは少し寂しげに語る。

 友人は無言でうなずく。


「あのね、この前、みんなでチャビーちゃんの家に泊まりに行ったとき、お料理を手伝ってくれたんだよ。チャビーちゃんが大好きな甘口カレーの作り方教わっちゃった」

 そう言って笑う。

「お兄さん……あのね、陽介さんっていうんだけど、男の人なのにすごく優しくて、料理だけじゃなくて家のこと何でもできて、すごいんだよ。わたしも見習わなくちゃ」

 楽しげに語る。

 思い出の中の彼から、何かを受け継ごうとするかのように。


 それまで表情のなかった友人が、少しだけ笑った。


 同じ頃、再び商店街の大通り。


「あ、アニキだ!」

 ボーイッシュな妹が、でっぷり太ったポークこと大田北斗に声をかけた。


「やあ、友だちと一緒に買い食いかい?」

「いや、アニキじゃないんだから……」

 千佳や園香ちゃん同様に裏の世界のことなど何も知らないポークの妹は、学校の友人と3人で買い物をしていたところだ。

 買っていたのはポークと違って食いものじゃないが。


「っていうか、アニキこそその大荷物はなにさ?」

「ああ、これかい? ちょっと小腹がすいたんで、そこのハンバーガー屋の絶品特大デラックスバーガーでもと思ってね」

「小腹!?」

 妹はポークが両手に下げた袋を見やって驚愕する。


 バーガーと名こそついているものの大ぶりなそれは夕食くらいのボリュームがある。

 それを7つだ。正気の沙汰ではない。


 ふわふわ髪を三つ編みに結った気弱そうな友人が、袋を見やって顔面蒼白になる。

 食の細そうな彼女が1週間は食いつなげそうなほどの分量だからだ。だが、


「ははは、僕ももうすぐ高校生だからね」

 ポークは普段通りに朗らかに笑う。


「わけがわからないよ!」

「ははは、それじゃあまた晩飯時に」

 妹のツッコみを背に手を振りながら、ポークは大通りを歩く。


 そして公園にやって来た。

 人気の少ない小丘にレジャーシートを広げて座る。

 シートのまん中に巨大なバーガーの入った袋を置く。

 そして、ひとつ取りだして袋を剥ぎ、大胆にかぶりつく。


「どうだい、なかなか食いでがあって美味いだろ?」

 巨大なバーガーをパクつきながら、ひとり語る。


 雲ひとつない空を見上げて、笑う。

 そこに何かの答えを見つけ出そうとするように。


「食わないんなら貰うよ」

 そう言って2つ目を喰らう。


 まるで何時か仲間とした約束を、無理矢理に決行しようとするかのように。

 まるで世界に溶けた魂と対話する手段を持たない彼が、今は亡き仲間と語り合おうとするかのように。


 陽介。

 瑞葉。

 スパーク。

 スティール。

 アトラス。

 あとはまあ、ソードも。


 6人の仲間と交わした7つのバーガーを、ひとり喰らう。

 まるで弔いの儀式のように、喰らう。


「ははは、また太っちまうな……」

 仲間を笑わせようと思って考えたジョークを、ひとりごちた。


 そして同じ頃、千佳の病室。


「千佳ちゃん、気分はどう?」

「絶好調! これなら手術も大丈夫だね!」

 千佳は病室のベッドに腰掛けたまま、満面の笑みを浮かべる。


「そっか、よかった」

 答えつつ、小夜子は花瓶に花を生ける。


 千佳はサイドテーブルの上に置かれた千羽鶴を手に取る。

 陽介が千佳の健康を願って折っていた鶴だ。


 千佳は最後に作られたと思しき2つの鶴をそっとなでる。

 ひとつは定規で計ったように精密に折られていて。

 最後のひとつは角が尖るくらい力強く折られていて。

 どちらも、優しくてどこかツメの甘い兄の折り方とは全然違っていた。


 千佳は窓の外を見やる。


 兄と小夜子と舞奈たちと食卓を囲み、その晩に発作で倒れ、目を覚ました病室の窓からは虹が見えた。

 それももう消えていた。


 千佳にはなんとなくわかっていた。

 兄はもう帰ってこないのだと。

 そのことを、おそらく千佳以外のみんなが知っているのだと。


 なぜなら小夜子が、舞奈たちが、そして兄のバイト先の上司だという福沢と名乗る女性が、千佳を慰めるように笑いかけてくれたから。


 その埋め合わせのように、突然に決まった心臓の手術。

 両親がいつも家にいる暮らし。


 それらをつかみ取ったのは千佳ではない。

 千佳は何もしていないからだ。


 だから、それを成したのは、兄のまわりにいた人たちなのだろうと思った。

 舞奈や、明日香や、小夜子や、千佳が会ったこともない誰か。


 そして、兄が彼女らにそうさせた。

 おそらく何かを引き換えにして。


 兄が何をしたのかをうかがい知ることはできない。

 聞いても誰も答えてくれないだろう。


(だけど)

 千佳は思う。


 死してなお人々を動かし、何かを成さしめる者。

 ずっと人々に語り継がれ、心の中で生き続ける者。

 そういった存在が何と呼ばれているか、千佳は知っている。


「ねえ、小夜子さん」

 ふと声をかける。


 千佳の隣で空を見ていた小夜子が振り向く。


「お兄ちゃんは、みんなのヒーローになったんだね」

 笑顔のまま、その言葉を口にすることができた。


 そんな千佳の傍らで、小夜子が泣き崩れた。

 堪えていた感情が吹きだしたように、千佳の膝に顔をうずめ、嗚咽を漏らす。

 そんな小夜子の髪をすきながら、千佳は思う。


(お兄ちゃんの代わりに、わたしが小夜子さんを守ろう)

 ずっと兄の隣にいた、後ろ向きで気の弱い少女。

 太陽に照らされて輝く月。


 そんな彼女を、これからは自分が照らそうと思った。

 ヒーローだった彼の、魂の欠片を受け継ぐように。


 兄のように眩しく輝く太陽にはなれないけれど、あたたかな日差しで照らすお日さまにはなれるはずだから。


 そう、思ってくれた。


 千佳は再び窓の外に目を向ける。

 虹が消えた後の、雲ひとつない空には、太陽の光がさんさんと輝いていた。


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