俺と妹と幼馴染の日常2
「なんかさ、こう、パーッと事件でもおきないかな」
退屈そうに大あくびしながら言ったクセ毛の名は、三剣刀也。
腐れ縁の友人だ。
俺と小夜子は、千佳と別れて高等部の自分のクラスにやって来た。
だがホームルームまで少し時間がある。
なので、いつもの朝と同じように、席の近いこいつとバカ話に興じている。
「今朝のニュースで、新開発区のほうに隕石が落ちたって言ってたよ。面白そうじゃないか? 妹も大はしゃぎしてたし」
「お前、口を開くと妹の話ばっかりだな」
「いや、そういうわけじゃ……」
不本意なので否定したのに、後ろの席で一限目の準備をしていた小夜子が、じとーっとした目つきで睨んできた。
「も、もちろん小夜子の話もしてるよ!」
仕方がないのでフォローする。
そんな面倒くさい小夜子に構わず、刀也は剣道部で習ったらしい型を真似て見せる。
「それに、そんな子供が喜ぶようなヤツじゃなくてさ、もっと、こう、オレの剣の腕を活かせるような派手な事件がおきないかなーって話をしてるんだ!」
その台詞があまりにも間が抜けて聞こえたので、陽介は苦笑する。
俺は先日、バケモノに襲われた。
そして魔法を使う2人の少女に救われた。
だが、そのことを刀也にも小夜子にも話していない。
もちろん少女たちに口止めされたのもある。
それより、魔法だなんて言っても笑われるだけだろうと思った。
俺自身も、あの異常な出来事が平和な教室の一角と地続きだと心の底から信じられてはいないと思う。あれは夢だったと告げられれば、信じてしまう程度に。
……それに女の子に救われたなんて言ったら、小夜子が面倒だし。
だから誤魔化すように窓の外を見やる。
「学校がテロリストに占拠される、みたいな?」
「そうそう、そいつらを俺の剣の技でパパパーッと――」
「――テロリストって銃持ってるよね? 普通に射殺されるんじゃ……」
小夜子がボソリと言った。
そしたら今度は刀也が悔しそうな泣きそうな顔でプルプルしはじめた。
2人そろって面倒くさいなと思いながらも、どうフォローしようかと思案を巡らす。
「僕もさ、ヒーローになりたいんだ。みんなの心の支えになれるような」
ふと思ったことが口に出た。
病弱な妹の、そして気弱な幼馴染を勇気づけられるような、ヒーローになりたい。
ずっと昔から、そう思っていたのは本当だ。
「ヒーローか。ある意味おまえらしいよな、子どもっぽくて」
言いつつ刀也は笑う。
いや、おまえの希望だって変わらないだろう。
「……陽介君はヒーローって感じじゃないよ」
一方、小夜子は目をそらして窓の外を見やる。
「もっと、こう、平和に、普通に暮らすほうが、陽介君らしいと思う……」
そう言って、そのまま押し黙った。
「そうだね」
そう答えた途端、始業のチャイムが鳴った。
高校生としては真面目な部類に入るクラスメートたちが各々の席に戻ると同時に、ドアをガラリと開けて担任教師があらわれた。
世界史の講師を兼ねる禿げあがった壮年の担任だ。
担任は滑り気味なギャグを交えつつ挨拶する。
そして何事もなく授業が始まり、何事もなく授業は終わった。
ちなみに刀也は剣道部だ。
小夜子は俺と同じ帰宅部だけど、バイトがある。
だから俺はいつも通りにスーパーで食材を買いそろえ、特にトラブルもイベントもなく下校し、無事に家までたどり着いた。
まあ、先日みたいな恐ろしい出来事が、度々あったらたまらないが。
それにしても、この前のあれは何だったのだろう?
いきなり襲いかかってきた男。
そいつを圧倒した少女。
男が変化したバケモノ。たしか屍虫とか言ったっけ。
それに、魔法。
何もかもが常識からかけ離れていて、わけがわからない。
ひょっとしたら、本当に夢でも見ていたのか?
それともテレビ番組のドッキリ?
あるいは手のこんだイタズラ?
俺はふと、子供っぽいキャラクター柄のハンカチを見やる。
彼女たちが去り際に落としていったものだ。
それは、あの出来事が夢なんかじゃない証拠だ。
まあ、ドッキリやイタズラの可能性を否定できるものではないが。
上の空でドアを開ける。すると、
「あ、お兄ちゃん! おかえりー」
可愛らしい足音と共に、千佳の笑顔が出迎えた。
初等部の授業が先に終わったから先に帰っていたのだ。
よかった。
無邪気な千佳を見ていると、何となく嬉しくなる。
そうだよな。
俺にとって大事なのは、バケモノじゃない。
千佳や小夜子だ。
だから気持ちを切り替えて笑いかける。
「学校はどうだった?」
「すっっっごく楽しかった! ゾマもみんなも、元気だったよ!」
屈託のない妹の笑みを見やり、俺もつられて嬉しくなる。
「あのね、クラスにマイって子がいて、女子のお尻とか触ってくるんだよ。ゾマも触られちゃって、そうしたら安倍さんがマイのことハリセンでね――」
千佳は楽しそうに学校の事を話す。
「お、女の子のお尻さわるって……。今時、そんな男子いるんだ?」
ちょっとビックリした。
俺が初等部の頃ですら、そんな奴いなかったのに。だが、
「ううん、マイは女の子だよ」
千佳の返しにますますビックリ。
「女の子!? そりゃ、いったいどんな子なんだ……?」
「マイはねー、すごく強くて、カッコイイの!」
千佳はニコニコ笑顔で言った。
まあ、その様子からすると、そんなに悪い子ではなさそうだが。
「えっと……お話の『長くつ下のピッピ』にでてくるピッピみたいな感じー?」
「ああ、街はずれの住んでる怪力の野生児の話だっけ」
このご時世にそんな子がいるのか。
それにしても、強くて格好いい女の子か。
俺の脳裏を、ふと先日の出来事が脳裏をよぎる。
でも、そんな偶然があるわけないと思った。
そんな風にしばらく千佳と話をしてから、着替えをするために2階へ上がった。
自分の部屋に戻って、学ランをハンガーにかけて、ラックに吊るす。
その隣には、色とりどりの色紙で折られた千羽鶴が吊られている。
俺は心臓を病んだ千佳を見守ることしかできないから、せめて千佳のために何かしたいと少しづつ作り足してきたのだ。
その鶴が、もうすぐ千羽になる。
完成したら千佳にプレゼントしようと思った。
折り紙の鶴は魔法のように病気を治してくれたりはしない。
でも、千佳は俺が千佳のためにすることを喜んでくれる。
俺は、そんな千佳の笑顔を見るのが大好きだ。
ふと、久しぶりの学校から帰ってきた妹の満面の笑みが脳裏をよぎる。
下に戻る前に、ひとつだけ鶴を作り足していこうと思った。




