表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣町は魔物ひしめく廃墟。俺は彼女のヒーローになる  作者: 立川ありす
番外編 AVENGERS ~ヒーローの条件

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/30

太陽を継ぐ者

 脂虫の掃討作戦が続くオフィス街で、神術士の少女はふと天空を仰ぎ見る。


 天地に満ちる魔力を操る彼女は、自身とフィクサーの危機を救ったナワリ呪術師の危うさに気づいてた。

 圧倒的な強さを誇り、想い人の魂を開放すべく決意を秘めた小夜子。

 だが狂気のように鋭利に研ぎ澄まされた心の刃は、鋭い故に脆い。


 だから彼女は祈った。


 自身の力の源である森羅万象に祈った。


 ――あの強く儚い少女を、どうか御守りください。


 その頃、小夜子は地下にある一室にたどり着いていた。

 地下室の中央には、巨大なクリスタルの塊が鎮座している。

 クリスタルに映った影が、誘うようにゆらめく。


『コノ水晶ガ、奪ワレタ異能力(チカラ)ニヨリ、汝ガ敵ニ異能力(チカラ)ヲ与エテイル』

「……うん」

 小夜子はガトリング砲(M134 ミニガン)の銃口をクリスタルに向ける。


 クリスタルには陽介の異能力が封じこめられて力の源になっている。

 だから、クリスタルを破壊すれば奪われた異能力を開放することができる。


 だが突然、1本の鉄剣が飛来した。

 剣はガトリング砲(M134 ミニガン)の銃身を貫き、少女の手からたたき落とす。


「――させないよ」

 小夜子の前に、流麗な少年が姿をあらわした。


「キム君……」

 得物を失い、クラスメートだった少年を前にして小夜子は立ち尽くす。


 キムは新たな符を取り出して口訣を唱える。

 すると符は最初に炎と化し、土塊と化し、そして鉄剣に変わる。


「キム君も【火霊武器(ファイヤーサムライ)】だったんだね。陽介君と同じ」

 小夜子は寂しげに笑う。

 仙術は異能力を魔力の源とする魔法だ。


「そうだよ」

 キムは涼やかな笑みを返す。

 だが、それが整形で貼りつけた虚ろな笑みであることを小夜子は知っている。


「キミにこれを壊させるわけにはいかないんだ」

 キムは語る。


「異能力者の異能力を増幅して相応しい者に送る魔法装置。あの方が――ボクに人間の名前を居場所をくれたあの方が永遠の力を得るために必要な――」

 だがキムの言葉は途切れた。

 小夜子のカギ爪――【虎爪気功(ビーストクロー)】に相当する身体強化の魔力が身体に収まりきらずに刃と化したサイコクローが少年の胸を抉っていたからだ。


「何を……!?」

 キムの傷口に手首をねじ入れる。

 そして引き抜く。


 汚泥にまみれた小夜子の手には、先ほどまではなかった1丁の拳銃が握られていた。


 武骨なフォルムの大型拳銃(デザートイーグル)

 だが銃身の下側にはウェイトを兼ねたチタン製のカギ爪が取り付けられている。

 可動式の5本の刃が魔力の燐光に包まれて蠢く。

 小夜子が接近戦で敵を屠るための改造拳銃(グリムイーグル)である。


 カギ爪で斬り裂く。

 避ける間もなく、キムは体液を垂れ流しながら吹き飛ぶ。

 手から離れた鉄剣が符に戻って燃え尽きる。


 そのまま撃つ。

 超大口径弾(50AE)が麗人の肩口を抉り、片足と片腕を吹き飛ばす。


 さらに無慈悲な乱射。

 陽介がいない世界でなら、クラスメートを蜂の巣にするのも平気だった。

 守らなければいけない人も、ものも、モラルも、もう何もない。


 だから弾切れになった改造拳銃(グリムイーグル)を、そのまま放り落とす。

 不自由になった四肢を駆使して立ち上がろうともがくキムの側にしゃがみこむ。


「……ねえキム君。この石、陽介君から奪った異能力でできてるんだよね。こめられた魂を解放するにはどうしたらいいの?」

「ダメだ……!! この石は、あの方に必要なものなんだ、この石から送りこむ魔力によって、あの方は無敵の――」

 またしてもキムの言葉は途切れた。

 再び傷口にねじこまれた小夜子の手が、今度は心臓を引きずり出したからだ。

 淀んだ魔力から生まれた泥人間の心臓は、泥の色をしていた。


 小夜子は心臓を軽く掲げて力をこめる。

 かすかな抵抗と、何かが潰れる音とともに、泥色の飛沫が飛び散る。

 少女の白い腕を汚泥がしたたり落ちる。


 そして、キムの心臓を構成していた汚泥が不自然に揺らいだ。

 汚泥は人の顔を象るように歪み、歪な口で語る。


『魔力ニヨリ作ラレタ石ハ、非常ニ高イ硬度ヲ持ツ。ダガ強力ナ打撃デ破壊可能ダ』

 小夜子の得た洞察を、魔力の端末たる煙立つ鏡(テスカトリポカ)が代弁する。


 小夜子ほどのナワリ呪術師になると、問いに対する答えは必要ない。

 問うた相手の心臓を潰し、飛び散った飛沫に魔力をこめることによって超常的な洞察を得ることができるからだ。

 怪異の身体を形成していた偽物の臓器でも、心臓には違いない。


 だから小夜子は、声に従い立ち上がる。だが、


「させな……い……」

 小夜子の足を、キムがつかんだ。

 片手と片足をもがれ、心臓をえぐり出されてなお執念のように小夜子を阻む。


 小夜子はキムを見下ろす。

 その口元に、不穏な笑みが浮かぶ。


「すごいね、キム君。気功で命を繋いでるんだ」

 小夜子は自身の足首にかかるキムの手首に手をかける。


「……陽介君も、そうやって生きててくれたらよかったのにね」

 ひとりごちる。


 絶叫。


 小夜子はキムの手首を握りつぶしていた。

 怪異が操るまがいものの気功と、十分すぎる贄を得て魔力を蓄えたナワリ呪術師の魔法では、単純な身体強化にすら天と地ほどの差がある。


 千切れた手首が汚泥と化してローファーを汚す。

 だが小夜子は構わず、キムの残された足をつかんで持ち上げる。


「そうだ。気功、もう少し続けててね」

「小夜子ちゃん、何を――」

 答える暇すら与えずキムの身体を持ち上げる。


 力いっぱい振り回す。

 そのままの勢いでクリスタルに叩きつける。


 おぞましい打撃音、苦悶、肉が潰れ骨がきしむ音。

 麗人の顔面が固いクリスタルに激突したのだ。


 小夜子は再びキムを振り上げる。

 そして叩きつける。何度も。


「キム君! キム君! キム君!」

 渾身の力で振り回し、叩きつける。何度も、何度も、何度も。


「今ね、やっとわかったよ! 学校に来てからずっと異能力者を探してたんだね! 最初はわたしだと思った! でも陽介君に秘められた異能力に気づいた!」

 こらえていた何かが爆発するように、叫ぶ。

 キムを叩きつけながら叫ぶ。


 クリスタルが、キムの秀麗な顔が、気功によって強化されているはずの身体が、打撃音と悲鳴とともに少しずつ削れる。


 実はホームルームでキムを見たその時から、小夜子は彼を不快だと思っていた。

 けれど陽介にクラスメートの陰口を言う女だと思われるのが嫌で、曖昧な警告を発することしかできなかった。


 小夜子は思う。


 もっと陽介を信用していれば良かった。


 キムを警戒していれば良かった。


 彼の身辺を調べ、正体を暴いて排除していれば良かった。


 だが、今となっては何もかもが手遅れだ。だから、


「だから陽介君に近づいた! 屍虫をけしかけて異能力に目覚めさせた! 身の危険を感じて目覚める人って多いものね!」

 小夜子はキムに怒りをぶつける。

 整形で貼りつけていた秀麗な顔が剥がれ、醜い泥人間の姿が明らかになる。


「やめ……。たすけ……」

 キムは小夜子の手を逃れようと身をよじる。

 だが、そんなキムを振り回しながら、小夜子は叫ぶ。


「そして【火霊武器(ファイヤーサムライ)】に目覚めた陽介を、儀式の生贄にした!」

 その言葉への釈明を、キムは口にすることができなかった。

 クリスタルに叩きつけられた背骨がへし折れたからだ。


 キムはひしゃげた顔を恐怖に引きつらせながら何かを呟こうとする。

 だが彼のうめきが言葉になる前に、その身体は汚泥と化して溶け落ちた。

 そんな彼の最後を、小夜子は見てすらいなかった。


 キムの飛沫で汚れた手をだらりとさげたまま、目前にそびえるクリスタルを見やる。


 クリスタルは猛打にひび割れながらも、壊れてはいない。


 小夜子は輝くカギ爪を振り上げ、叩きつける。

 だが強固なクリスタルは魔力のこもった斬撃にすら耐える。

 乾いた音をたててカギ爪が折れる。


 小夜子は魔法に集中して新たなカギ爪を生やし、渾身の力で殴りつける。

 だが効かない。


 小夜子の顔に怒りがみなぎり、そして寂しげな笑みへと変わる。

 ガトリング砲(M134 ミニガン)が使えれば良かったのだが、鉄剣の一撃を受けて壊れてしまった。

 それ以上の威力を持つ魔法は小夜子は知らない。

 小爆発にもかまいたちにも、重火器ほどの威力はない。


 ――否。

 屍虫の殲滅に用いた大爆発は、気功で強化されたキムより、自身のカギ爪より、ミニガンよりはるかに強力だ。クリスタルを破壊する最後の一撃には十分すぎる。


 けれど生贄に使う脂虫がいない。

 調達してきた心臓は使い切ってしまったし、地下室にいた屍虫たちの心臓は焼き払ってしまった。


 だが、生贄に捧げる心臓は必ずしも脂虫のものでなくていい。

 人間の心臓で代用できなくもない。

 生贄用に調整された脂虫と比べて効率が悪いし、人間を生贄にするわけにもいかないから普段は意識していなかったのだ。


 ……だけど。


 小夜子は自分のセーラー服の胸元を見やる。

 小ぶりな胸を、もはや残念に思う必要もない。

 陽介はもう、いないのだから。


 小夜子は思う。

 自分の心臓をえぐり出し、最後の魔法を使おうと。

 その恐ろしい行為を、不思議なほどすんなりと受け入れることができた。

 陽介がいないこの世界に、守りたいものなどないから。

 人も、ものも、そして自分自身も。


 小夜子は自身の身体に宿る魔法に力をこめる。

 身体強化の魔法は、いわば気功の上位互換だ。

 キムが気功で命を繋いだように、小夜子も心臓をなくしてもしばらくは活動できる。


 小夜子の太陽は消えてしまったから、小夜子の世界も終わる。

 終わらせればいい。


 そう思って、口元に虚ろな笑みを浮かべる。

 頬を涙がつたう。

 そして指先から、生涯で最後になるであろうカギ爪を生やした。その時、


 ――あの強く儚い少女を、どうか守ってください。


 神術士の祈りに応じて、少しだけ世界が揺れ動いた。

 世界に溶けたはずの欠片が一瞬だけ、日比野陽介の――俺の魂を形作る。


 俺は小夜子がさげていてくれたペンダントを媒体に、語りかける。

 彼女を導く煙立つ鏡(テスカトリポカ)がそうしているように。

 かつて俺の拳に宿った左のハチドリ(ウィツィロポチトリ)がそうしてくれたように。


 ――泣かないで、小夜子!


「……えっ?」

 小夜子は驚きに目を見開く。


 周囲を見回す。

 誰もいない。


 けれど、その一言で、小夜子は気づいてくれた。

 だって小夜子は真面目で勤勉だから。


 ナワリ呪術師は天地に満ちる魔力を借りて魔法を使う。

 それは世界に溶けた魂から力を借りることと等しい。だから、


「……そっか。わたしはずっと、陽介君と一緒なんだ」

 そう、小夜子は悟った。


 俺は死んで、その魂は世界に溶けた。

 ならば天地に満ちる魔力を操るナワリ呪術師は、常に俺とともにある。

 俺はいつだって小夜子の隣にいる!


 だから小夜子は笑う。

 自分自身を苛む姿を、泣き顔を、世界に――陽介に見せたくない。

 そう思って、くれたから。


 だから小夜子は、次なる魔法を行使するべく集中する。


「陽介君! わたしに力を貸して!」

 世界に溶けた魂の欠片をかき集めるように叫ぶ。

 俺と過ごした時間と記憶を離すものかと握りしめるように、拳を振り上げて叫ぶ。


 その拳に、炎が宿った。

 まるで俺の【火霊武器(ファイヤーサムライ)】のように。

 否、まるで太陽そのものが小夜子の拳に宿ったかのように。

 俺の魂が小夜子の手に宿ったかのように。


 今や俺の異能力は、滓田妖一が欲した力は、握りしめた小夜子の手の中にある!


「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 かつて初めて異能に目覚めた俺がそうしたように叫びながら、小夜子は輝く拳をクリスタルの裂け目に叩きつける。


 魔道士(メイジ)の技術によって増幅されたその光は拳の形にすら収まらなかった。

 突き出した拳から、まるでレーザー光線のように放たれた。

 それは太陽の御力の奔流だった。


 だからガラスが割れるような細い音とともに、クリスタルは抵抗もなく砕けた。


 その破片が輝き、光の蝶へと変化する。

 蝶の群れは淀んだ地下室をたゆたい、そして天井に溶けるように昇っていく。


 ナワリ呪術が栄えたアステカにおいて、死者の魂は蝶になって天へと昇ると信じられていた。


「これで陽介君は……解放されたんだね……」

 ひとりごちる小夜子の前で、蝶の群れは集まって少女の姿を描き出す。

 それはウェーブのかかった髪をツインドリルに結った小柄な少女だった。


 ――千佳のこと、よろしくね。


「そっか、そうだよね……」

 小夜子は嬉しそうに、寂しそうに、笑った。


 次の瞬間、俺は舞奈と明日香のいる場所を見ていた。


 滓田妖一は俺から奪った【火霊武器(ファイヤーサムライ)】で舞奈たちを追い詰めていた。

 だがクリスタルが破壊されて力を失い、形勢は逆転した。


 ――舞奈、今だ!


 俺は後押しするように叫ぶ。


 舞奈は拳銃(ジェリコ941)の銃口を滓田に定める。

 その口元には乾いた笑みが浮かぶ。


 魔法を使えない舞奈に、世界に溶けた魂の声を聞く術はない。

 なのに、まるで俺の声が聞こえたかのように、舞奈は拳銃(ジェリコ941)を乱射する。


 否、如何な妙技によるものか、5発の弾丸はひとつの塊になって男に向かって飛ぶ。

 まるで魔法のように。


 ――ああ、そうか!


 炎が描かれた弾倉(マガジン)にこめられたあの弾丸は、魔法的に加工された特別製の弾丸だ。

 マッチョの店主が俺の指の骨から作ってくれたものだ。


 舞奈が滓田を討てるように。

 そして、もう一度、俺が舞奈を救えるように。だから!


 ――うわぁぁぁぁぁぁ!


 声にならない声で叫びながら、銃弾に拳を重ねて力の限りに殴りつける。


 俺がなりたかった、悪党を打ち倒すヒーローのように。


 邪悪な加護を失った男は、炎の拳を避けることも、防ぐこともできなかった。


 そして再び地下室。


 蝶の群れがすっかり消えた後、小夜子は飛沫にまみれた地下室に立ち尽くす。


 そんな小夜子の背後に、空気からにじみ出るように男があらわれた。

 瑞葉から奪った【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】で身を潜めていた四男が、長ドス抜く。


「死ね! バケモノ……!!」

 叫びに気づいて振り返る寸前、男の体重と勢いの乗った凶刃が小夜子の腹を穿った。

 小夜子は目を見開く。

 四男は笑う。


 だが男の渾身の一撃は小夜子を傷つけることなどできなかった。


 男が手にした大屍虫の力では、ナワリ呪術師の魔法を貫くことなどできない。

 だから煙立つ鏡(テスカトリポカ)は彼について警告しなかった。

 彼がハエほどの脅威にすらならないからだ。


 小夜子は男を引きはがし、無造作に殴る。

 カギ爪が男の腹をえぐる。

 体液は流れない。

 新たな力を得てレーザーの如く熱量を得たカギ爪が傷口を焼いたからだ。


 腹に焼け焦げた傷跡をつけた男は尻餅をつき、這うように後ずさる。

 小夜子はゆっくりと男に歩み寄る。

 戦闘タクティカルローファーが床に転がる長ドスを踏む。

 小夜子が気にも留めぬまま体重をかけると、男の心のよりどころだった凶器はあっさりとへし折られた。


「た、助けてくれ……」

 男は命乞いする。

 裂かれた腹の痛みなど気づかぬように、怯える瞳で小夜子を見上げる。

 小夜子は無言で見下ろす。


「か、金ならいくらでもある! そ、それとも女か? 男か? い、いや……酒でも食い物でも、宝石でも服でも、何でもくれてやる! だ、だから、命だけは……!!」

 小夜子は男の顔をじっと見つめる。


 ヤニと金と欲にまみれた、文字通り虫ケラのような男だ。

 彼が持っているものも、与えられたものも、奪ったものも、男に差し出せるものの内で小夜子が欲しいものは何もなかった。

 小夜子がいちばん守りたかったものは、もうないから。

 けれど小夜子は、穏やかな笑みを浮かべて男を見やる。


「――でもね、わたしにも、まだ、やらなくちゃいけないことがあるから」

 ひとりごちる。

 そっと男の傍らにしゃがみこむ。

 男の吐息に混じるヤニの悪臭も、気にならぬ様子で微笑む。


「たすけて……くれるのか……?」

 男の顔に安堵が浮かぶ。


 卑屈に笑う男に向かって小夜子は手をのばす。

 男が小夜子に差し出せる唯一のものを受け取るために。


「――を繋げ、我に門を開け、天と地の所有者イルイカワ・トラルティクパケ

 ナワリ呪術師はカギ爪を両手に展開し、裂かれた男の腹にねじこむ。

 そして、こじ開いた。


 その頃、脂虫の掃討がほぼ終わった街中。


「大屍虫を1匹、追跡中! 速いデス! 増援求むデス!」

 ロシア美女は胸元の通信機に叫ぶ。


 ベルトからドリル刃を抜いて、前方を走る背広男の背中に向かって投げる。

 細い螺旋状の刃が美女の魔法によって空間を跳躍する。


 だが真後ろに出現したドリルを、男は横に跳んで避けた。

 ドリル刃は虚しくビル壁を抉る。

 次いで男の頭上から、稲妻が襲いかかる。だが男は落雷をも避ける。


「確かにすばしっこいわね」

 息を切らせながら駆けつけた巫女服が玉串を構える。だが、


「しまったわ! このままじゃ市民病院に……!?」

 背広の行く先を見やって叫ぶ。


 続けて放たれたドリルと落雷を避け、男は病院の垣根を飛び越えて敷地に侵入する。

 窓ガラスを突き破り、病室に侵入する。


「まさか、あの病室は!」

 悲鳴のように誰かが叫んだ。


 背広が跳びこんだのは、小奇麗な個室だった。

 病室の傍らにはベッドが置かれていて、幼い少女が寝息をたてている。

 それは千佳だった。


 男の見やる前で、千佳はゆっくりと目を覚ます。


「お兄ちゃん……?」

 寝ぼけて、微笑む。


 そんな無垢な少女めがけて、男はカギ爪を振り上げる。

 そして――


 ――その身体が弾けた。

 男の身体はヤニ色をした破片になって飛び散り、そのまま塵になって消えた。


 その中心に小夜子がいた。

 魔法によってビルの地下室から瞬間移動したのだ。


「あのね、怖い夢を見てたの」

 千佳は小夜子の胸に顔をうずめる。


「お兄ちゃんがいくなっちゃう夢。お兄ちゃんも、小夜子さんも、マイも、みんな、みんないなくなっちゃ夢」

 そんな千佳の背中に、小夜子は腕を回す。


「でもね、よかった。小夜子さんが来てくれたもん」

 千佳は小夜子にしがみつく。


 そして小夜子も千佳を抱きしめる。

 自分はここにいるのだと伝えるように。

 自分の腕の中に、陽介と血を分けた無垢な少女がいることを確かめるように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ