デスメーカー
「我が身に宿れ! 左のハチドリ!」
小夜子は呪文を唱え、大空へと舞い上がる。
希少な異能力である【鷲翼気功】と同様の魔法。
だが、それすら魔道士にとっては数ある手札のひとつだ。
『我ガ主ヨ』
小夜子に声が語りかける。
『敵ト同胞、ソシテ太陽ハ、コノ先ニアル石ノ塔ニ集ッテイル』
煙立つ鏡は黒いもやのようなおぼろげな影となり、小夜子を導く。
滓田妖一が儀式を行う、その場所へと。
移動中に急降下して脂虫を1匹、確保しながら影の導く何処かへと向かう。
そこは執行人が脂虫を狩り立てる狂乱の商業地区の一角にある、賃貸ビルだった。
小夜子はその向かいにあるアパートの上空に制止する。
魔法で視覚を強化し、向かいのビルに目をこらす。
そして影の導きによって、すぐさま舞奈と明日香の姿を見つけた。
少し遠くのビルの窓越しに、2人は何者かと対峙していた。
相手は3人。
巨漢、甲冑、日本刀を持った着流し。
彼らが陽介たちを罠にかけたキムと共にいた5人の男のうちの3人であることを、小夜子は知らなかった。だから問う。
「……奴らは何者?」
『敵ダ。汝ガ同胞ノ力ヲ奪ッタ者タチデアル』
声が小夜子を真実へと導く。
その答えに相槌も返さぬまま、小夜子は両者の動向を見やる。
舞奈は男たちにむかって手榴弾を投げる。
巨漢と甲冑は身をかがめ、着流しは跳び退る。
その隙を逃さず舞奈の改造ライフルが火を吹く。
執行人スパークから【雷霊武器】の異能を奪った着流しは、ぼろ切れのように引き裂かれて頭を吹き飛ばされ、床を転がった。
巨漢は兄弟のあっけない死に慟哭する。
甲冑の表情はわからない。
そんな様子を見やり、小夜子の口元に薄笑いが浮かぶ。
小夜子は手にした脂虫を屋上の床に叩きつける。
ヤニ臭い背広を着こんだ脂虫は、うめき、小夜子を見上げ、わけのわからない何事かを叫びながら立ち上がって逃げようとする。
小夜子は素早く脂虫の側に着地すると、その薄汚れた背中を光のカギ爪で切り裂く。
長くのびる断末魔をあげる脂虫の傷口に両腕をねじこむ。
そしてそこから、彼女の身長ほどもある対物ライフルを引き抜いた。
生贄の身体から物品を取り出すナワリの魔法だ。
そうするうちにも、明日香の式神が甲冑を牽制する。
以前より増えて4体になった式神が重機関銃の掃射を集中させる。
スティールから【装甲硬化】を奪った甲冑は傷つくことはない。
だが弾丸の嵐に圧されて身動きが取れない。
その隙に明日香は不気味な人頭のオブジェを取り出し、呪文を唱えて一語で締める。
するとオブジェの双眸が輝き、冷凍光線が放たれた。
圧倒的な魔力によって甲冑が――正確には甲冑をまとっていた生身の肉体が凍る。
そして倒れて粉々になり、溶けてヤニ色の肉片になった。
2人の仕事人は仇敵を滅するべく新たな力を得、それを使いこなしていた。
だが巨漢が明日香に殴りかかる。
アトラスから奪った【虎爪気功】によって、主人をかばった2体の式神が消える。
舞奈は改造ライフルを乱射して牽制する。
だが巨漢はものともせず、舞奈を壁に叩きつける。
勝利を確信して笑う。
だが次の瞬間、衝撃に目を見開いた。
ゆっくりと自身の胸を見下ろす。
決して傷つかないはずの肉体に埋まった、1発の弾丸。
黒曜石でできた儀式用の弾丸は、傷口の周囲を侵食して黒曜石に変えていく。
ナワリの魔法の弾丸だ。
生贄を解体して心臓を取り出す効果を持つ。
小夜子は硝煙立ちのぼる対物ライフルの、スコープ越しに巨漢を見やる。
巨漢は薄汚れた床に仰向けに倒れる。
身体の異変に気づいた巨漢は怯え、命乞いするように天に向かって手をのばす。
そんな彼を舞奈と明日香は無言で見下ろす。
怯える巨漢がゆっくりと黒曜石に変わり、解体されていく。
その様を、小夜子もまた薄笑いを浮かべながら見ていた。
アトラスから異能力を奪った男を、アトラスがそうしていたのと同じように笑いながら仕留めた。
そんな彼女の背後に、肥えた人影が降り立った。
「……デスメーカー、新しい脂虫を持ってきたよ」
でっぷりと太ったポークだ。
「アトラスみたいに上手にはできなかったけどね」
彼にしては珍しく沈痛な面持ちで言いながら、手にした2つの何かを放り落とす。
小夜子は無言で顔を上げる。
その表情を見やり、だがポークは何も言わず、用済みの対物ライフルを受け取る。
銃の重さに思わずよろめく。
小夜子はそれほどまでに重く巨大な対物ライフルを、身体強化によって易々と持ち上げていたのだ。
無論、猛禽の目をもってすれば狙撃すら容易い。
ナワリ呪術師とは本来、それほどまでに圧倒的な存在だった。
「……あいつらは僕に言ったんだ。異能力を持っていない僕は不要だとね。でも、そのせいで僕だけが生き延びた」
小夜子に背を向け、ポークは語る。
「悔しいよ。でも僕には奴らに対抗する力はない。だから君のために生贄を運ぶよ。それが彼らの……陽介君たちのためにできることだから」
そう言い残し、対物ライフルを抱えたままポークは空へと飛び立った。
残された小夜子は、足元に転がる脂虫を見やる。
シャツをだらしなく着こんだ中年男と、薄汚い背広の男だ。
どちらも手足が切り落とされ、傷口はぞんざいに焼き潰されている。
小夜子はこういう脂虫を生贄にして魔法を強化する。
かつてフィクサーは彼に、ナワリは天地に満ちる魔力を用いると言った。
そして【エレメントの変成】と【心身の強化】を得意とするのだと言った。
それは嘘でも間違いでもない。
だがナワリ呪術が最も得意とする術は、それとは別にある。
即ち【供犠による事象の改変】。
犠牲者を屠り魔力と成す魔法。
小夜子は思った。
このおぞましい行為を陽介が知ったら、彼は小夜子を嫌いになっただろうか?
だが答えはでない。
彼はもう、いないのだから。
生贄から抽出した命を魔力に変換することによってエレメントの破壊力は倍増し、身体強化の効果は上昇し、その効果を同胞たちすべてに及ぼすこともできる。
なのに小夜子は贄をあげることを躊躇した。
そのせいで陽介は死んだ。
陽介が死地に飛びこむのを止められなかった。
間に合わなかった。
だから陽介の魂を開放するため、贄を惜しまずに使おうと思った。
そんなことに、もう意味はないけれど。
それで陽介が戻ってくることなどないけど。
取り返しなどつかないけれど、それでも贄をあげようと思った。
『奪ワレタ異能力ノウチ、残リハ別ノ場所ニアル』
魔道士に超常的な洞察をもたらす煙立つ鏡の声。
オカルティストからはアカシックレコードとも、あるいはスピリチュアルマスターとも呼ばれる存在。
それは世界に溶けた幾千幾億の魂と魔道士を結ぶ、魔法的なインターフェースだ。
「それはどこにあるの?」
『地下ダ』
小夜子はうなずく。
自棄になって罵り声をあげるシャツ中年の首をつかみ、空高く放り投げる。
すばやく拳銃を抜き、天空めがけて撃つ。全弾。
断末魔とともに、脂虫の胴を黒曜石の弾丸が分解する。
ヤニ色をした肉片交じりの体液が小夜子の頭上に降り注ぐ。
小夜子は薄笑いを浮かべて生贄の魔力を吸収し、強化された防御の魔法をかける。
そして必死に命乞いする背広を見やりながら、両手に光るカギ爪を生やす。
身体を強化する魔力があふれ出た、魔力のカギ爪。
「腸と腸を繋げ! 我に門を開け! 天と地の所有者!」
泣き叫ぶ贄を頭から股下まで両断する。
そしてヤニ色の肉できた門の中に滑りこむ。
――え、えっと、あ、そうだ、小夜子もできるの? さっきみたいなの。
小夜子の脳裏を、いつか交わした会話がよぎる。
その問いに、当時の小夜子は答えられなかった。
小夜子もテレポートすることはできる。
だが特殊な電磁波で空間を歪めて移動するプロートニクとは違う。
ナワリの魔法による転移は、屠った生贄を媒体にして空間を渡り、同族の身体から出現する。
この魔法は脂虫と人間を結ぶことはできない。脂虫は人間じゃないからだ。
だが脂虫を引き裂いて入り口にし、屍虫の腹を破って出口にすることはできる。
だから次の瞬間、小夜子は通路にいた屍虫の身体を引き裂いて出現した。
アパートの屋上から一瞬にして地下通路まで移動したのだ。
そこは窓のない廊下だった。
蛍光灯が薄暗く照らすのはコンクリートの床と壁と、屍虫の群。
仲間の残骸からあらわれた小夜子に向かって、屍虫や大屍虫たちが襲いかかる。
振りかざしたカギ爪がギラリと光る。
だが太陽の光が届かない薄暗がりに目が慣れるより早く、小夜子は煙立つ鏡の啓示のまま光のカギ爪を振るって手近な1匹の心臓をえぐり取って天に掲げる。
「焼き払え! 喰らい尽くせ! トルコ石の蛇!」
ヤニ色の心臓が膨れ上がって破裂する。
次いで廊下が爆発する。
贄によってパワーアップした小夜子の魔法が空気を火に変え、廊下の内側を形成する空間そのものを爆発させたのだ。
その凄まじい光と熱に、屍虫は一瞬で灰になって消える。
大屍虫も塵になって消える。
黒く焼け焦げ、動くもののなくなった廊下を、小夜子だけが無傷なまま歩き出す。
爆熱を上回る防御の魔法によって守られているからだ。
必殺の炎の魔法すら、小夜子の身体を傷つけることはない。
だが廊下の一角でくすぶる炎が、陽介の拳に灯る炎に少し似ていて、顔を歪める。
小夜子は怪異との戦闘が恐ろしかった。
脂虫の臭いが嫌いだった。
彼らの命乞いや、屠られる寸前の罵倒を聞くのが嫌だった。
異能力者や武道者の妬みの視線が嫌だった。
市井の人々とも、異能力者とも異なる魔道士としての立場が、責任が煩わしいと思っていた。
けど、それらすべてが陽介を、陽介が住む世界を守っていると思うことで頑張れた。
今更ながら、小夜子は陽介の優しさにもたれかかっていたのだと気づいた。
否。今でさえ、陽介から奪われた異能力を開放するという目的にすがっている。
日比野陽介という少年の存在は、それほどまでに大きかった。
散発的に跳びかかってくる屍虫や大屍虫をカギ爪で屠りながら、小夜子は進む。
ゆっくりと歩を進めながら、思う。
もっと素直になっていれば良かった。
隠し事などしなければ良かった。
それなのに……。
失ってから、悔やむ。
後悔しながら、次々に大気を爆発させて屍虫どもを焼き尽くす。
そんな小夜子の様子を、廊下の奥からひとりの男が窺っていた。
滓田妖一の四男である。
彼は優秀だった兄たちのように社長にはなれず、企業グループの裏仕事を引き受ける暴力団の組長になっていた。
構成員は、父親が難民を装って密入国させ、整形で人間に偽装した泥人間だ。
無論、彼も倉庫ビルの儀式に参加した。
そして大屍虫の強靭な肉体と、瑞葉の【偏光隠蔽】を手に入れていた。
だが彼は得たばかりの力を信用していなかった。
だから父のために地下室にしつらえた祭壇を守る彼が頼るのは、手にした長ドス。
そして自分の手足のように動く泥人間たちが持つ小型拳銃だ。
儀式によって作られた屍虫や大屍虫は地下室の入り口に立たせてあった。
だが彼らは小夜子が圧倒的な力で焼き払った。
驚愕する四男の前で、少女は胸からペンダントを取り出して見やる。
『コノ先ノ部屋デ、奪ワレタ【能力】ガ利用サレテイル』
「……わかってる」
四男は凄惨な少女の笑みに総毛立つ。
そして泥人間を操るための符を振りかざして叫ぶ。
「お前たち、撃て!」
命令に従い、人間に偽装した泥人間たちが一斉に跳び出す。
そして発砲する。
少女の全身を無数の弾丸が襲う。だが、
「な……に……?」
小夜子は軽くのけぞるのみ。
戦闘セーラー服はもとより、その白い手足にすら傷一つついていない。
贄によって強化された防御の魔法の賜物だ。
小夜子は銃で武装した怪異の群を前に、無造作にしゃがみこむ。
先ほど焼いたばかりの屍虫の胸を無造作に突き破り、腕をねじ入れる。
そして引き抜かれた手には、機関銃を束ねたような銃砲の怪物が抱えられていた。
「ガトリング砲だと!?」
四男は驚愕に目を見開く。
小夜子は華奢な身体からは想像もできぬ怪力でガトリング砲を構える。
6本の銃身が束ねられた砲口を泥人間の群れに向け、撃つ。
荒れ狂う爆音。発火炎。
6本の銃身が回転し、大口径ライフル弾が奔流と化して通路の壁を削る。
泥人間など紙切れのように引き千切られ、砕かれて四散する。
「な、なんだありゃ……」
四男は異能力で身を隠し、手下を盾にして命を繋ぎながら、恐れおののく。
彼にとって、銃とは人を脅すものか、せいぜいが抗争に用いる程度のものであった。
だが目の前の少女が持ち出したものは、まるで――
「まるで、戦争じゃねぇか……」
四男は恐れおののきながら身を潜める。
小夜子は屍の門からガトリング砲の外部バッテリーを引きずり出す。
次いで空気を操って宙に浮かべる。
そして平然と発砲して扉を粉砕し、部屋に入っていった。
そんな小夜子に、
『厄介ナ相手ガイル。警戒セヨ』
ペンダントの鏡に映った影が警告した。




