幼馴染と小学生とドキドキお泊まり会2
楽しい食事会は終わった。
後片づけは、ほとんど園香ちゃんがやってくれた。
小夜子と明日香も手伝った。
千佳はみんなにちょっかいをかけたり、舞奈と遊んだりしていた……。
そして俺は、舞奈と一緒に園香ちゃんと小夜子を家まで送った。
まあ、小夜子の家は隣なんだけどね。
明日香も自宅から迎えが来て帰った。
興奮していつまでも寝ない千佳は、舞奈と一緒に寝かしつけた。
そして今夜の作戦に備えて仮眠をとる前に、水を飲もうと台所に向かった。
するとリビングに誰かいるのが見えた。
「舞奈……?」
舞奈は窓から夜空を眺めていた。
新開発区の方向を見ているようだ。
遠くの空は、夜目ですら不自然なほど漆黒の雲に覆われている。
今頃あの雲の下は、毒の雨が降り注いでいるのだろう。
「眠れないのかい? 兄ちゃん」
舞奈が振り返った。
まるでこちらが見えていたかのように。
「ごめん、驚かすつもりじゃなかったんだ」
俺は言いつつ舞奈の隣に立って、話題を探す。
「ねえ、千佳って学校ではどんななの?」
いろいろ迷った末、やっぱり千佳のことを尋ねてみた。
「能天気で、うるさくて、余計なことばっかりしてるよ。この前だって、あいつが流行らせたハリセンで叩かれまくったんだ」
散々な言われようだと思った。
だが舞奈の口調は穏やかだった。
「あいつはクラスの人気者さ。あいつのバカみたいな話に乗っかるの、みんなけっこう好きなんだ」
「そっか、よかった」
千佳はたまにしか登校できない学校で、皆とうまくやっているようだ。
それが嬉しくて、笑う。けど、
「あいつ、中等部の話とか、制服の話とかしたことある?」
ポツリともらす。
舞奈は答える代りに、無言で先をうながす。
「……家でもしないんだ。それに、あいつ、約束破っても怒らないし」
思い切って、話してみた。
それは、病弱な千佳が、いつか自分も約束を――朝起きたらそこにいるという口に出すまでもない不問律を――破る日が来ることを予感しているからだ。
そう思えてならない。
そう考えると、普段の奇想天外な言動も、初等部を卒業した後の進路が中等部ではなく、誰かの夢へ繋がっているのだと思っているからだという気もしてくる。
だから刹那的に、享楽的に日々を楽しもうとしてるのだと。
千佳がそんな風に考えているとしたら悲しいし、別の考え方を示してあげられない自分が不甲斐なく思える。
それを、舞奈になら打ち明けてもいいと思った。けど、
「あたしもチャビーも、まだ4年生なんだ。そんな先のことなんてわかんないよ」
舞奈も普段の千佳と同じように、どこか夢見るような口調で答えた。
窓にうっすらと映りこんだ舞奈の表情は見えない。
「だいたい、あいつ、成長期だってまだなんだ。今からセーラー服を買い揃えて、2年後に買いなおすのが嫌なんじゃないのか?」
そう言って、振り返って俺を見た。
舞奈は笑っていた。
それは、いつもの感情の読めない笑みだった。
「それにさ、あいつ、あんたが思ってるよりしっかりしてるよ」
「そうかな……」
「そうさ。病気であんまり学校来られないし、親御さんも留守がちみたいだし、普通ならふさぎこんでても良さそうなものだ。でも、あいつはそうじゃない。あいつは裏表なく明るくて、素直だ」
そこで、ふと言葉を切って、ちらりと再び俺を見やる。
「兄ちゃんの部屋のドアからちらっと見えたんだけど、千羽鶴がかかってたよな」
見られてたのか。
さすがに目ざといなあ。
「あれ、チャビーのために作ってるんだろ?」
「まだ作りかけだけどね。だから、まだ千佳には内緒にしててくれると嬉しいな」
「わかってるって。バラすなんて野暮なことはしないよ。けどな――」
舞奈は笑う。
「チャビーの奴、気づいてるよ。兄ちゃんが、いっつも自分のこと想ってるって。自分のこと無条件に愛して、受け入れてくれてるって。だからあいつは、いつも笑ってる」
「そうかな」
俺は問う。
「そうさ」
舞奈は答える。
こそばゆい気持ちがして、ふと窓に目を向けた。
舞奈も夜空を眺める。そして、
「……死ぬなよ、兄ちゃん」
ボソリと言った。
まるで今夜の作戦のことを見透かしているように。
「組織の中で魔道士の知り合いを作って、作戦中はそいつのケツの後ろを離れるな。言っとくが、強い異能力者じゃなくて魔道士だぞ。あんた、そういうの得意だろ?」
諭すように言った。
舞奈は生き残るための秘訣を語っているのだ。
けど釈然としなくて、俺は口をへの字に曲げる。
異能力者と逆の資質を要する魔道士の大半は女性だ。
女の尻に付き従えと言われれば、いくら俺だって愉快な気分ではいられない。
「舞奈が、明日香の尻にひかれてるようには見えないけどな」
「年季が違うからな。この仕事を3年続けるって、スゴイことなんだぞ」
頭に血が上って精一杯の皮肉を言ったのに、舞奈の口元には笑みすら浮かぶ。
だから俺は言い募る。
「俺だってヒーローになりたいんだ。君みたいに、どんな敵にも立ち向かって、誰かを守れるようなヒーローに」
「買いかぶり過ぎだ。あたしに誰かを守るような力なんてないよ」
舞奈は穏やかな口調で答えた。
「あたしだって、怪異と戦い始めた頃は弱かった。けど、その頃のあたしの隣にはヒーローがいて、母ちゃんみたいに甘えさせてくれる人がいた」
舞奈は再び窓の外を見つめながら、語る。
その表情は、中学生と小学生の身長差のせいで陰になって見えない。
「そいつらの背中を見ながら、守られながら、あたしはサポートに徹してた。それ以上できることなんてなかった」
その声色が、何故だか寂しげに聞こえた。
先ほどはちょっと大人げなかったな……。
そう思ったから、わざと場違いな明るい口調で問いかける。
「舞奈は、その人に鍛えられて今みたいに強くなったんだね」
「いんや。そりゃ2人とも稽古はつけてくれたし、おかげで素人より強くはなったさ」
帰ってきた答えは、意図したものとはちょっと違っていた。
それでも舞奈の声色が先ほどより少し明るかったから、ほっとした。
「けど、あたしがあいつらに肩を並べられるくらい強くなることはなかった。たぶん満足してたからだろうな」
舞奈は過去に想いを馳せるように、静かに語る。
「あいつらの後ろから銃で狙って、建前だけは3人で怪異どもを倒して、3人で戦うのが楽しくて、それ以上なにかを変えようだなんて思いつきもしなかった」
「それじゃあさ、その人たちって今はどうしてるの? ひょっとして【機関】にいたりするの?」
「さあね、忘れちゃったよ」
そう言った口元に、乾いた笑みが浮かぶ。
俺は失言を悟った。
ふと新開発区にある朽ちかけたアパートの舞奈の部屋の、剥された表札の下に拙い字で名前が書かれていたことを思いだした。
舞奈のかつての仲間は、もういないのだ。
「――けど、あいつは言った。強くなれって――自分を倒せるくらい強くなれってさ」
それでも舞奈は、静かに昔のことを語る。
「今ならわかるんだけど、あいつは強い奴と戦うのが好きだったんだ。だから、強くなったあたしと戦いたかったんだと思う」
言いながら俺を見やる。
「だからさ、あたしは自分を鍛え続けてる。あいつに勝てるくらい強くなれたかどうかなんて、もうわかんないけどな」
そう締めくくって、自嘲気味に笑う。
俺は、舞奈の部屋にあった額縁のことを思い出した。
屈託のない笑顔の舞奈と並んで、2人の少女が映っていた。
舞奈が強い理由は、いなくなった昔の仲間への執着か思慕なのだろうか?
あるいは、かつて弱かった自分への後悔なのだろうか?
争いのない世界で、誰も失うことのない世界で生まれ過ごしてきた俺は、小学生の彼女がそんな生き方をするのが悲しいことだと思った。
まだ幼い彼女に、もういない誰かのためではなく、自分のために生きて欲しかった。
自分も、そのために何か手伝えればいいのにと思った。
けど、どうしたらいいのかわからなくて、そんなことをぐるぐると考える。
その時、不意に舞奈が振り向いた。
「――楽しみだな」
「え?」
「雨が止んだら、いっしょに虹を見る約束だよ。忘れたわけじゃないだろ?」
「ああ、そっか。楽しみだね」
俺は笑って、今度は舞奈がつられて笑った。
舞奈は寂しがり屋だって、言ってたな……。
彼女と親しげだったマッチョの店主の言葉を思い出す。
聞いたときには信じられないと思ったが、今ならば納得できる。
幼い少女が、不敵な笑みの下で、眠たげなまでに穏やかな瞳の奥で、悲しみや寂しさと戦っているのがわかる。
彼女がどんなに強くても、まだ小4の子供なのだ。
仲間をなくして、廃墟の街のアパートにひとりで暮らして寂しくないわけがない。
俺は、舞奈のヒーローになれるかな。
彼女を寂しさから救ってあげられるようなヒーローに、いつかなれたら良いと思う。
舞奈の隣で新開発区の夜空を見やる。
そうしながら、俺は窓に映った舞奈に向かって笑って見せた。
その後、舞奈は千佳の部屋に戻って眠りについた。
大きめのベッドに千佳と並んでそうしていると、舞奈も年相応に見える。
そんな舞奈を起こさないよう、俺は静かに自室に戻る。
そして部屋の明かりをつけると、窓にコツリと小石が当たった。
小夜子だ。
「今日はありがとう、楽しかった。大事な作戦の前にごめんね」
窓を開けながら答えると、ラフな格好に着替えた小夜子がいた。
出かける前に着替えるつもりだろう。
「陽介君も参加するんだよね? それまでしっかり休まなきゃだめだよ」
「うん、わかってる」
舞奈に続いて小夜子にまで母親のようなことを言われてしまったけど、それがなんとなく嬉しくて笑みを返す。
けど、それ以上の話題もなくて、
「それじゃあ、また今夜ね」
「うん、また今夜」
そう言ってお互いに窓を閉め、音量小さめで目覚ましをセットして仮眠をとった。
そして俺は、忘れていた昔の夢を見た。
夜闇の中、俺は小夜子の手を引いて走る。
たしか中1の頃のことだ。
俺は恐怖に駆られて必死に走り、小夜子は何度も背後を見やる。
俺たちは追われていた。
「だ、だいじょうぶ、俺が小夜子を守るから!」
「陽介君……」
言葉をかけるけど、小夜子の不安げな表情は変わらない。
「あの人たち、何なの!? なんで、わたしたちが!?」
「わからないよ!」
俺も不安に耐えられず、思わず叫ぶ。その瞬間、
「きゃっ」
小夜子が不意に倒れこんだ。
「小夜子!?」
「ごめん、陽介く……イタッ」
立ち上がろうとして、痛みに思わずへたりこむ。足をくじいたらしい。
俺が歯噛みした途端、背後でガチャリと音がした。
恐怖にかられて振り返る。
そこには、時代錯誤な剣や斧を振りかざした何十もの甲冑が迫っていた。
俺はせめて小夜子を庇おうと抱きしめたまま、甲冑を睨みつける。
甲冑たちは各々の得物を構える。
先頭の1体が戦斧を振り上げ、俺の脳天に狙いをさだめる。
幅広の凶悪な刃がギラリと光る。
そして、振り下ろす。
「陽介君!?」
小夜子の悲鳴を聞きながら、俺は思わず目を閉じる。
金属が何かにぶつかる甲高い音。
だが覚悟していた痛みは訪れなかった。
おそるおそる目を開けると、ひとふりの和杖が斧を受け止めていた。
細い和杖が巨大な斧を受け止め、ビクとも動かない。
その現実に驚く。
杖を手にしていたのは真紅のコートの後姿。
俺よりずっと小さいのに、それなのに頼もしさを感じさせる、不思議な背中。
ポニーテールが夜風に揺れる。
「戦うすべを持たぬ男が身を挺して女をかばうか。ハハハ、笑わせてくれる」
落ち着いているが年若い少女の声。
俺たちを救ったのは、当時の俺たちよりなお年若い小学生ほどの少女だった。
「――だが悪い気分ではない」
少女が楽しげに笑う間にも、甲冑たちは得物を構える。
そんな様子を見やり、コートの少女の相棒らしいツインテールの幼女が声をあげる。
「おまえたち、はやく安全なところに――」
「――逃げる必要はない。奴らはすぐにいなくなって、ここは安全な場所になる」
コートの少女は鮫のような笑みを浮かべ、和杖を構える。
「そうだろう、舞奈?」
「ああ! カズキの言うとおりだ!」
次の瞬間、2人は疾風になった。
コートの少女は和杖で甲冑を叩きのめす。
しかも呪文を唱えて何かを放り、炎矢と化して甲冑の群れを焼き払う。
そんな彼女に後れをとらぬとばかり、幼女は小さな身体に不釣り合いな拳銃を操って甲冑を1体ずつ仕留める。
コートの少女は、強さと正義を兼ね備えた、紛れもないヒーローだった。
俺は、そんなヒーローに憧れた。
けど、年月を経るうちにその時の気持ちを忘れてしまって、けど今、思い出した。
俺はヒーローになりたかった。
この時から。




