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隣町は魔物ひしめく廃墟。俺は彼女のヒーローになる  作者: 立川ありす
第3章 SACRIFICE ~蛮勇の代償
17/30

俺と小夜子と仲間たちの日常

「ごめんね、陽介君。手伝ってもらっちゃって」

「気にするなって。2人で運んだ方が楽だし」

 休憩時間にプリントの山を抱えながら、俺は小夜子と並んで歩く。


 先日は小夜子に舞奈との関係を誤解されて、あわや修羅場になりかけた。

 けど必死に説得して、なんとか、なだめることに成功した。


 本当は舞奈が仕事人(トラブルシューター)だということ、小夜子が執行人(エージェント)だということを互いに紹介できれば良かったのだけど、少しでも穏便に話を収めたかったので割愛した。


 なので、千佳の友人が家を追い出されたから暫く泊めるということになっている。

 小夜子はそれで納得してくれた。

 舞奈も事情を察してくれたか特に何も言わなかった。


 そして翌日には小夜子の機嫌もすっかり直っていた。


「でも担任にも困ったものだよ。押しが弱いからって小夜子ばっかり雑用やらせて」

「いいの、誰かがやらないといけないことだから」

 小夜子は控えめに笑う。


 誰よりも波風の立たない平穏な暮らしを望んでいる彼女が【機関】で危険な仕事をしている理由も、それが魔道士(メイジ)である彼女にしかできないからだろうか?


 小夜子は俺が知らぬ間に執行人(エージェント)になっていた。

 それでも小夜子は、俺がよく知る押しの弱い幼馴染だった。

 そんな彼女に少しほっとして、そして可愛いと思った。


「あのね、陽介君」

「なんだい?」

「キム君と、あれから何か話した?」

「ううん」

「そっか、よかった」

 小夜子は小さく微笑む。


 ……以前にかけられた嫌疑がまだはれていないのか?

 俺は微妙に不安になる。


「あの人には気をつけて。なんだか嫌な予感がするの」

「わかったよ。気をつける」

 不安げな小夜子に、そう答えて笑う。


 疑惑ゆえにしろ、心配性にしろ、俺を想ってくれているのだ。

 その気持ちが嬉しかった。だから、


「いつもありがとう」

 俺はボソリと言った。


「……え?」

「だって小夜子は、今までずっと俺たちのこと、守ってくれてたんだろ?」

 怪異から人々を守る【機関】の執行人(エージェント)として。

 その意味に気づいた小夜子は、思わず立ち止まる。


「ごめんね、今まで黙ってて……」

「気にするなって。怪異や異能力なんて、いきなり言われても信じなかったと思うし」

 俺は小夜子に笑いかける。


「それに、これからは小夜子だけに苦労かけさせないよ。俺だって執行人(エージェント)なんだ」

 その言葉に小夜子は驚いて、困った顔をして、そしてうつむいて、


「ありがとう……」

 消え入りそうなくらい小さな声で、言った。

 俺が思わず小夜子を見やると、


「そ、そういえば、【機関】から連絡、見た?」

 小夜子はあわてて話題をそらした。


「ああ、次の作戦のミーティングをするんだよね。今日だっけ」

「うん……」

 けど、それ以上話題が続かず、互いに黙って歩く。


 ちょっと顔が熱い。


 それに、なんだか嬉しかった。

 小夜子と俺の立場が違っても、同じでも、彼女は俺を慕ってくれる。

 その事実が嬉しくて、そんな彼女がたまらなく可愛く思えて、そういえば新開発区で買ったプレゼントがポケットに入っていることを思いだす。その途端、


「よ、兄ちゃん。学校でも元気でやってるか?」

「先日はどうも」

 舞奈と明日香が通り過ぎた。


 2人ともダンボールを抱えているから、何かの機材を運んできたんだろう。

 俺はにこやかに2人を見送り、そして小夜子に向き直る。

 だが……。


「陽介君、知り合いの女の子みんなと仲がいいんだね……」

 小夜子はすっかり拗ねて、じっとりした目で俺を睨んでいた。


 ……そんなこんなで次の授業が始まり、そして午前の授業が終わった。


「やれやれ、やっと終わった~」

 俺はうーんと伸びをする。

 別に勉強が苦手なわけじゃないけど、4時間目の終わりなんだから気も抜けるさ。


「刀也、飯でも食いに……って、休みなんだっけ」

 そう。刀也は今日は休みだった。

 理由は腹痛らしい。

 まったく、平和そうで何よりだ。


 小夜子もまた担任に雑用を押しつけられて、行ってしまった。


 なので俺は弁当の入ったバッグを持って食堂に向かう。

 弁当があるんだから教室で食べてもいいかなとも思う。

 けど、いつも学食の刀也につき合っているから、食堂で食べるのが習慣なのだ。


 そういうわけで、俺はひとり渡り廊下を通って食堂に向かう。


 俺の学校の食堂は、中等部と高等部が共同で使っている。

 初等部は給食があるからここでは食べない。

 けど中高6学年分の生徒が集まるものだから、広い食堂は生徒でいっぱいだ。


 皆は券売機で食券を選んでカウンターで受け取っている。

 けど俺は弁当だから、そこはパスして座れそうな席を探す。

 そのとき、


「やあ、陽介君じゃないか」

 声に見やると、丸々と太ったポークが手を振っていた。

 テーブルには特盛カレー。


「あ、ポーク。奇遇だね」

 言いつつ彼の隣に座り、手製の弁当を広げる。

 夕食の残り物を詰めただけの簡単なものなんだけどね。


「そういえばポーク、今日は弁当じゃないんだ?」

「いんや、弁当はあるよ」

 言われて見やると、カレーの隣には可愛らしいサイズの弁当箱。


 ――否。弁当の大きさは俺のと同じくらいだ。


 カレー皿が大きすぎるのだ。

 高等部の生徒でもちょっと食いきれないだろうという超巨大サイズだ。

 なんで学食にそんなチャレンジメニューがあるんだ!?


 っていうか、せっかく妹さんが作ってくれた弁当をどうするつもりなんだ?

 困惑する俺に構わずポークは幸せそうにカレーを頬張る。


「可愛い妹の手料理を、空腹を調味料にして食べたくはないからね」

「そ、そうなんだ……」

 俺はちょっと引き気味に相槌を打つ。


「ハハハ、君と一緒だよ」

「……いや、俺は自分の弁当だけで十分だよ」

 苦笑しながら出汁巻きをつまむ。


 今は弁当なのは俺だけだから、けっこう適当だったりする。

 けど千佳が中等部にあがったら、もっとちゃんとした弁当を作ってあげないとな。

 そんなことを考えていると、


「あ、陽介先輩」

 今度は線の細い美形の後輩がやって来た。

 瑞葉だ。


「やあ、瑞葉君も一緒だったんだね」

「僕は学食だけだけどね」

 瑞葉はポークの2連カレーを見て俺と同じようなことを言いつつ、向かいに座る。

 テーブルに置かれたのは普通のサイズのハンバーグ定食だ。


 その間にも、ポークはカレーをモリモリ食べる。

 見ているだけで腹いっぱいになりそうだ。


 そして超大もりカレーを片づけた彼は、ようやく隣の弁当に手をつける。

 その中身を見やり、


「カレーの後に……カレー!?」

 俺は仰天した。


 学食のアツアツの辛口カレーの後で、弁当のカレー!?

 それは美味しく食べられるのか?


 だがポークは動揺する俺を見やり、


「学食のカレーは汁気の多い辛口カレーなんだ。具もポーク(食材)とじゃがいもがたっぷり入ってるから、食べ盛りの僕としてはありがたい限りだ」

 言いつつ弁当箱いっぱいのご飯の上に、小さめの弁当箱に入ったカレーをかける。

 少しでも残すまいとスプーンで丹念にかき取る。


「けど」

 言いつつスプーンをぺろりと舐めて、肥えた顔に満面の笑みを浮かべる。


「妹のカレーはちょっと甘口で、弁当箱から漏れにくいようにとろみが多いんだ。それに僕の健康に気を使って、ことこと煮こんだ野菜がたっぷり入ってるんだ」

 そして手元の弁当箱のカレーとご飯を適量すくって、口に運ぶ。


「だから辛口カレーでハッスルした胃にも優しい、いわば珠玉のデザートなのさ」

 言いつつ、それはそれは幸せそうにカレーを頬張る。


「そりゃよかった……」

 俺は瑞葉と一緒に苦笑した。


 おっと、ポーク(友人)が喰うのを見るのに夢中で自分は食べてなかった。

 気づいてあわてて鳥のささみをつまむ。


「ところで、陽介先輩もお弁当なんだね」

「ああ。夕食の残り物だけどね」

 何気に答えた途端、瑞葉は目を丸くして驚いた。


「もしかして、自分で作ってるの!?」

「そんなに驚くようなことじゃあ……」

 大仰に驚かれて俺も戸惑う。

 親が留守気味だから必要に迫られて作れるようになっただけだ。


 けど瑞葉はうーむと考える。


「料理かー」

「どうかしたのかい?」

「いやね、上の姉さんは頭が良くて、下の姉さんはスポーツ万能なんだけど、2人とも料理とかは全然だめなんだ」

「あの桂木楓と桂木紅葉にそんな弱点が……」

 才色兼備の美女だと思っていた彼女らの一面を知って、ちょっと驚く。

 けど瑞葉はそれどころじゃない様子で、


「僕が料理を覚えたら、姉さんたちに、こう……」

 勝てるかな?

 喜んでもらえるかな?


 瑞葉がどちらのつもりで言ったのかはわからない。

 けど瑞葉は笑っていた。


 彼が料理を作れるようになったら、姉たちはさぞ喜ぶんだろうな。

 千佳だって、俺の料理を大好きだって言ってくれるから。だから、


「よかったら、今度何か教えようか?」

「いいの?」

「ああ、お安いご用さ」

 思いがけず、そんな約束をしてしまった。


 そして、その日の夕方。


 俺は授業が終わってすぐに支部に向かった。

 小夜子は別の用事があるので先に行ってしまった。


 なので俺は灰色の街をひとり歩く。その途中、


「やあ、明日香。君も支部に用事?」

 見知った黒髪を見やって声をかけた。


 ……別に知人の女の子全員と親密になりたいというわけではないんだ。

 けど、素通りするのも失礼だろう?

 そんな俺の内心など気にもせず、明日香は礼儀正しく一礼する。


「こんばんは、陽介さん。……あ、こちらは執事の夜壁です」

「お初にお目にかかります。今後ともよしなに」

 側の小男が慇懃に一礼する。


 明日香に紹介された彼は、異様な風体をしていた。

 痩せていて酷い猫背で、腕はひょろ長くて、真新しい白衣を着こんでいる。

 薄い髪は落ち武者のような長髪で、頭頂は禿げている。

 そして、ぎょろりとした双眸で俺をぬめつけている。


 だが、それより気になったのは、明日香が彼を「執事」と呼んだことだ。

 俺の家も決して貧乏ではないが、それでも執事なんて別の世界の人だと思っていた。

 それを明日香は普通に連れているなんて。


 ……ひょっとして彼女、すごいお嬢様なのか!?


 俺は思わず明日香を見やる。

 そして再び執事さんを見やって、


「どうも、こちらこそよろしく」

 頭を下げる。


「そういえば、君も支部に用事?」

 気を取り直して明日香に尋ねる。


「この近くの病院に用があるんですよ」

「誰かのお見舞い? でも、こんなところに病院なんてあったっけ?」

「いえ、親が経営しているんです」

「明日香って、お嬢様だったんだ。じゃ、ご両親の手伝いなの? 大変だなあ」

「いえいえ、病院付属の研究施設に仕事道具の作成を依頼していたので、様子を見に」

「研究施設……? 仕事道具……?」

 オウム返しにひとりごちる。

 病院と研究施設と仕事道具という単語の繋がりが理解できなかったからだ。

 けど明日香はそれを、解説を求めていると解釈したらしい。


「前回の戦闘で予想外の苦戦を強いられたため、魔力の増強を計画していたんです」

 瞳を輝かせて語りだした。


「前回って、泥人間を倒した後に屍虫が出てきたあれだよね? あれって、君の式神が俺を護衛してなかったら、ピンチにならなかったんじゃ……」

「たとえ原因が何だろうと、ピンチはピンチです。何の対策もしなければ、次に誰かを守った時に死ぬかもしれない。それは御免こうむりたいですからね」

「なるほど……」

 明日香は用心深いんだなあ。

 けど、それこそが、彼女が腕利きの仕事人(トラブルシューター)であり続けられる理由なのだろう。


「そこで、ルーンを刻んだドッグタグを大量に使用することによる大規模魔法を開発していたのですが、魔力の確保という問題に行き当たりまして」

「魔力って、異能力の源になるっていう? 魔法でも使うんだ」

 話題がどんどんずれて広がっていく気がする。

 けど明日香は説明がしたいし、執事さんも黙って聞いてるし、魔道士(メイジ)を幼馴染に持つ俺も興味がないわけじゃない。なので、


「ええ、魔法は異能力を擬似的に再現したものですから」

 明日香は答え、気持ちよく説明を続ける。


「魔力を入手する手段は流派によって様々で、例えば、以前の泥人間が使っていた仙術は異能力の源となる魔力を利用します」

「異能力を魔法に? それって、俺も魔道士(メイジ)になれるってこと!?」

 まさかと思いながら、それでも口走る。


 怪異と同レベルというのが気になりはするが、それでも小夜子や明日香のように多種の魔法を使いこなせれば素晴らしいと思う。


 対して明日香は俺の顔をじっと見やる。

 繊細な顔立ちの少女に見つめられてドギマギする。

 そんな俺に、明日香は「そうですね」と前置し、


「ご存じの通り、人間で異能力を使えるのは男性だけです。内なる魔力を異能力の形にして顕現させるには男性特有の強固な意志が必要になるからです」

 明日香の言葉に、俺はうなずく。


「ですが、魔力を多種の魔法として操るには、それとは対極な繊細さが要求されます」

「それじゃ、異能力者は魔法を使えないのか……」

 うーん、残念。

 まあ、わかってて聞いたことなので落胆はしない。

 けれど、


「普通はそうなんですが、陽介さんは繊細ですし、見こみはあるかもしれませんね。よろしければ師について学んでみますか?」

 明日香は何気にそんなことを言った。


「できるの!? ……まさか泥人間とかじゃないよね? その師匠って」

「さすがに怪異に友人はいませんよ。台湾の魔道士(メイジ)によって結成された組織が、怪異によって用いられていた仙術を研究・再構成してより強力な流派へと作り替えたんです」

 ここでも始まった明日香の説明を、礼儀正しく拝聴する。


「仙術は【エレメントの変換】を得意とし、火行を土行へ、土行を金行へ、金行を水行へ、そして水行を木行に変換することにより多種の術を行使することが可能です」

「へえ……」

「台湾人の道士に知人がいますし、その気があるのでしたら声をかけてみますよ」

 明日香は言った。

 俺は息を飲みつつ瞳で先をうながす。


「早ければ……そうですね、3年もあれば基礎的な術を使えるようになると思います」

「さ、3年!?」

 言われて俺は考える。


 俺は今、中等部の3年だ。

 3年たった後には高3か、あるいは大学生だろうか?

 いや、千佳の治療費を少しでも稼ぐために就職したほうが良いのだろうか?


 将来のことを真面目に考えたことなどなかったから、どんな進路もピンと来ない。

 だから、


「もうちょっと考えてみるよ……」

 そう答えてお茶を濁した。


「どこまで話しましたっけ」

 明日香は気にした様子もない。そして、


「……そうそう、魔力の話でしたね。そして、ナワリ呪術と呼ばれる流派では天地に宿る魔力や、生贄を屠ることによって発生する魔力を利用します」

「生贄!?」

 俺はオウム返しに尋ねる。


 ナワリ呪術というのが、小夜子が用いる魔法の事だと知っていたからだ。


 あまりの驚愕に、将来の悩みも吹き飛んだ。


「ナワリ呪術の最大の特徴です。通常ならば綿密な詠唱と高度な精神集中を必要とする大魔法(インヴォケーション)を、脂虫の心臓を使って簡単に行使することができるんです」

 それが小夜子のことだと知らぬまま、明日香はにこやかに答える。


「たしか【機関】にもひとり在籍していて、ずいぶんと重用されていると聞きます」

 明日香の話を聞きながら、俺は小夜子のことが心配だった。

 あの気弱な小夜子が、人から変化して人として暮らす怪異を平気で屠れるのか?

 俺にはそうは思えない。


「それらと異なり、理性と想像力のみを魔力と源とする戦闘魔術(カンプフ・マギー)は魔力を効率的にパワーに変換できる反面、大量の魔力を発生させるのは不得意なのですよ。そこで、魔力を発生させる効果を持ったアイテムを作成し、常備することによって――」

 そうやって明日香が説明を続けたので、俺は日が暮れるまで聞く羽目になった。

 だが、その間ずっと、小夜子のことを考えていた。


 明日香が解説を堪能した後、会議の時間が迫っていることに気づいた。


 なので俺は、支部まで全力で走った!


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