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隣町は魔物ひしめく廃墟。俺は彼女のヒーローになる  作者: 立川ありす
第2章 SAMURAI FIST ~選ばれし者の証
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舞奈、千佳、小夜子

 俺は舞奈に連れられて、新開発区の方向へととんぼ返りした。


 灰色の軍人街を抜け、廃墟の通りを進む中、


「そういえば、舞奈ってランクはいくつなの?」

 何となく舞奈に聞いてみたところ、


「ん……Aランク。明日香もな」

「ええっ!?」

 普通に帰ってきた答えに、俺は驚いた。


「……んな驚くようなことじゃないよ」

 だが舞奈は面白くもなさそうに、ぶっきらぼうに言い加える。

 あまり触れられたくない話題なのか?


 ふと、支部で出会った屈強なBランクの言葉が脳裏をよぎる。

 Aランクは、上司に媚を売るのが得意な奴らだと。


 舞奈や明日香がそうだとは思わない。

 だが彼女たちが小学生だからという理由で、何かが優遇されているのかもしれない。

 巣黒(すぐろ)支部を統括しているというフィクサーは冷徹に見えるけれど、そういった部分では情に厚い女性のような気がする。


 けど、舞奈たちがそれを不満に思っているとしたら?


 だから、俺は早く一人前の執行人(エージェント)になりたい。

 彼女らと並び立って、文句なしのAランクだと胸を張って名乗らせてあげたい。

 そのために、がんばらなきゃ!


 そんな決意を固めていると、不意に風が吹いた。

 埃まみれの乾いた風に、俺は思わずゲホゲホと咳きこむ。


「だいじょうぶか? 兄ちゃん」

 舞奈が気づかうように俺を見上げた。


 ……がんばらないとな。


 と、まあ、そんなこんなで俺たちは舞奈の目当ての場所についた。


 崩れかけたビルの隣に建っている、派手なネオン看板の店だ。

 看板の『画廊・ケリー』と書かれたネオンは『ケ』の字の横線が消えかけている。


「こんな場所でお店開いても、客が来れないんじゃ?」

「ここいら辺はいちおう人里だから、昼間なら安全だよ」

「人里って巣黒すぐろ市のこと……? っていうか、昼間以外は安全じゃないんだ」

「夜道が危ないのは、どんな街でも同じだろ? おーいスミス! いるか!?」

「あら、まあ、志門ちゃん! いらっしゃ~い」

 身をくねらせながら何かが店の奥からあらわれた。


 水色のスーツを着こんだ筋骨隆々のハゲマッチョだ。

 岩のように割れたアゴには青々とした剃り残しが広がっている。


 目のやり場に困るビジュアルに、思わず俺は困惑する。

 マッチョは満面の笑みを浮かべる。


「志門ちゃんったら男の子なんか連れ歩いちゃって、おませさんなのね」

「そんなんじゃないよ。それより看板直せよ。ノリーになるぞ」

 舞奈の軽口に笑みを返し、


「冷たいレモネードでもどう?」

 マッチョは商談用とおぼしき丸テーブルにグラスを並べた。


「さんきゅ」

「すいません、いただきます」

 舞奈と俺はレモネードで喉を潤す。

 甘酸っぱくて冷たいレモネードが、肉体労働と戦闘で疲れた全身に染み渡る。


 言葉通り、冷たいものをおごってくれた。

 舞奈の知人が。


「そういえばスミス。今晩、酸性雨が来るってさ」

「あら、ここんところ妙に晴れてたし、そろそろだとは思ってたわ。必要なものがあったら奥から適当に持っていって。お代は今度でいいから」

「すまない。ちょっと行ってくるよ」

 舞奈は店の奥へと消える。

 その後姿を見ていた俺に、マッチョは優しげに微笑んだ。


「志門ちゃんのこと、よろしくね。あの子、ああ見えて寂しがり屋なのよ」

 穏やかに、俺にしか聞こえないくらい静かに言った。


 舞奈が、寂しがり屋?


 俺にとって、舞奈は力と技を兼ね備えたヒーローだ。

 寂しさや劣等感なんかとは無縁の存在だ。

 そう思った。


 だから2つの単語が頭の中で結びつかなくて、俺はあいまいにうなずいてみせる。


 そうやってしばらく待っていると、


「スマン、待たせたな」

 舞奈が戻ってきた。


「気にしないでよ、店の物とか見せてもらってたところだし」

 俺は誤魔化すように、あわてて手近なアクセサリーを物色する。

 その途端、


「あっ……!?」

 俺は思わず声をあげた。

 わりと乱雑に陳列されたアクセサリーの中に、小さなストラップを見つけたからだ。


「どうした兄ちゃん?」

「これ、シロネンちゃんのストラップだ」

「そういやぁ同じ面してるな」

「妹がこれ、欲しがってたんだ」

 舞奈に説明しながら、思わず笑う。


 シロネンのケーキは買えなかったけど、代わりに欲しがってたというストラップをプレゼントしたら、千佳も喜んでくれるだろう。


「すいません、これ買います。あと、こっちも」

 シロネンちゃんといっしょに、隣にあった色違いのマスコットを購入した。

 そちらはプリンの代わりに黒いコーヒーゼリーが乗っている。


「……色違いか? また、せっこい商売してるなあ」

「シロネンちゃんの友だちのクロシロネンちゃんだよ」

「白いのか黒いのかハッキリしろよ……」

 言って舞奈は苦笑する。


 舞奈もハンカチとかキャラクターものを使ってるのに、知ってるのとそうでないのがあるのかな? そんなことを考えていると、


「そのシロじゃないわよ」

 マッチョが舞奈にツッコんだ。


「シロネンっていうのは、元はアステカの神さまの名前なのよ」

「そりゃご高説をどうも」

「そうだったんですか……」

 ツッコまれたのが面白くないのかむくれる舞奈の横で、俺は思わず感心した。


 変わった店名だと思っていたけど、そんな意味があったのか。

 チョコレートを始めて食べ始めた(っていうか当時は飲むものだったらしい)のがアステカなんだっけ。


 ふと、小夜子の魔法も古代アステカ文明に由来するものだという説明を思い出した。


「そういうのに興味があるんなら、これもどうかしら?」

 そう言って、マッチョは小さな銀色のペンダントを手に取る。


 装飾代わりの小ぶりな鈴がシャラリと鳴った。

 表面は黒曜石の鏡になっていて、裏には壁画のような不思議な絵が彫刻されている。

 綺麗だけど、けっこう高そうだなあと思う。


「メキシコで仕入れたペンダントよ。描いてあるのもアステカの神さまで、テスカトリポカっていうんですって」

 説明を、舞奈は胡散臭そうに聞いている。

 けど値札を見やると、なんとか手の届く値段だ。だから、


「これも買います」

 そう言って、ポケットに仕舞ったばかりの財布を取りだした。


 自分の魔法と同じ由来を持つペンダントを贈ったら、小夜子は喜んでくれるかな?


 けど舞奈は俺が浪費家に見えたのか、なんか「ふふっ」って感じで笑っていた。


 ……別にいいだろう?


 そしてマッチョの店を後にして、その後は特にトラブルもなく俺の家に向かった。


「あ、お兄ちゃん! おかえり!」

 家に帰ると、待ち構えていたように千佳が飛んできた。


「ねね、彼女さんは?」

「だから、彼女じゃないよ」

 どうやらケーキの約束は忘れたらしい。

 俺はほっとしながも、複雑な心境で妹を見やる。


「そうだ。千佳にプレゼントだよ」

 ポケットから2つのストラップを取り出し、千佳に差し出す。

 そういえばプレゼントなのにラッピングをしてもらうのを忘れてしまった。


 けど千佳はそんなの気にならない様子で、跳び上がらんばかりに驚いてくれた。


「お兄ちゃん、すごーい! シロネンちゃんとクロシロネンちゃんのお揃いだ!」

 ストラップを大事そうに手にしてはしゃぐ。

 そんな千佳の顔を見て、奮発して買って来て良かったと思った。


 すると千佳はストラップの片方を差し出してきた。


「エヘヘ、お兄ちゃんとおそろいにしよう!」

 満面の笑みを浮かべた千佳に言われ、クロシロネンちゃんのストラップを受け取る。

 千佳とおそろいのストラップか。悪くないかも。

 そんなことを考えた途端、


「日比野さん、なに騒いでるの……? あ、お邪魔してます」

 奥から黒髪の少女が出てきた。

 そういえば千佳が友人を招くと言っていたな、と今さらながらに思いだして、


「あっ、君は……」

 ビックリする。

 彼女は【掃除屋】の片割れである明日香だった。


「あのね、友達に勉強を教えてもらってたの! 同じクラスの安倍明日香さん! 安倍さんはすっごく頭がよくて、何でも知ってるんだよ!」

「そういうわけなので、今後ともよしなに。日比野さん」

 実は会うのは2回目なのだが、さすがに千佳の友達だけあって、それを言っても面倒になるだけだろうと判断したのだろう。明日香はそれっぽい挨拶をしてきた。なので、


「あ、ああ、よろしく」

 俺も適当に返事を返した。


「安倍さんよろしくね!」

「おまえはもう友達なんだろう?」

 なぜか冗談めかして挨拶に混ざろうとしてくる千佳に苦笑する。


「ちーっす」

 舞奈も入ってきた。

 一緒に来たのに、今まで何やってたんだろう?


「お、チャビーじゃないか。それに明日香まで。こんなところで何やってるんだ?」

「日比野さんに勉強を教えてたのよ。休みがちで授業がわからないって言うから」

「え? ……ああ、千佳のことか」

 俺はなんとなく察した。


 舞奈も明日香も、千佳のクラスメートだったんだ。


 千佳がたくさんの友達に囲まれていることを再確認して、思わず笑みが浮かぶ。

 そのとき、俺と舞奈を交互に見やっていた千佳がニヤリと笑った。


「わかった! お兄ちゃんの彼女って、マイだったんだ!!」

 こっちの話題はぐいぐいツッコんでくるなあ!


「そうじゃないんだ、聞いてくれ千佳」

 俺は誤解を解こうと弁解を試みる。


 一方、舞奈と明日香は、


「彼女なの?」

「そう見えたのか?」

 途端に明日香が吹きだす。


 それだけの会話で誤解を解いたらしい。

 なんか互いを理解している感じでうらやましいなと思った。


「つまり、兄ちゃんとチャビーは兄妹ってことか。なあ、明日香さんよ」

「なによ?」

「兄妹を両方とも日比野さんって呼ぶの、やめてやったほうがいいんじゃないのか? 兄ちゃん、さっき困ってたぞ」

「そりゃ、そうだけど……」

 明日香はひとしきり困った後で、


「…………陽介さん?」

「あ、ああ。なんか面倒をかけたみたいで、ごめん」

「そっかー。マイってば、運動神経バツグンで超強いけど、ケンカっぱやいし家事とか苦手そうだもんね! お兄ちゃんと良いカップルかも!」

「おいおい、お前から見て俺はそんな兄なのか。っていうか、違うから。ほら、舞奈だって困ってるだろ?」

「だいじょうぶ! マイは困らないから! マイは何があっても堂々としてて、どんなトラブルでも力技で解決しちゃうんだよ!」

 まあ、俺もそう思うけど。


「チャビー……。おまえから見ると、あたしはそんななのか」

 舞奈はやれやれと苦笑した。


 そんな風に千佳と漫才していると、


「陽介君……」

 玄関の外に小夜子がいた。


 ネガティブ思考の幼馴染の耳に「彼女」という言葉が入ったのだろう。

 小夜子は舞奈と俺の顔を交互に見やって、ジトーッとした目つきで俺を睨んだ。


「ち、違うんだ……違うんだ……」

 余りのタイミングの悪さに顔面蒼白になった俺は、うわ言のようにそう繰り返すことしかできなかった。


「兄ちゃんも、けっこう大変なんだな……」

 舞奈がボソリとひとりごちた。


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