俺と新たな仲間たちとの日常
執行人になった俺の初仕事は、拗ねていた千佳のフォローだった。
食卓につっぷして寝ていた千佳を見つけた俺は、あわてて夕食を作った。
そして千佳を起こし、なだめすかしながら食べさせて風呂に入れ、今度は眠れなくなった千佳を寝かしつけた。
ごめん、千佳。この埋め合わせはいつかするよ……。
その後、2階の自室で宿題を片づけていると、窓にコツリと何かが当たった。
小夜子だ。
我が日比野邸の隣は如月さんの家で、俺の部屋の向かいには小夜子の部屋がある。
だから部屋にいて話したい時は、互いに窓に小石を投げて挨拶することにしていた。
2人だけのささやかな夜の秘密だ。
だからノートから顔を上げてのびをして、カーテンを開いて窓を開ける。
「陽介君……」
そこにはパジャマ姿の小夜子がいた。
少し不安そうな表情をしている。
ネガティブで心配性な彼女のことだ、先程はあんなにいろいろなことがあったのだから、言いたいことのひとつやふたつはあるだろう。
だから俺は、そんな小夜子を励ますように笑いかける。
「やあ小夜子。宿題で煮詰まってたところだから丁度良かった」
「えっ、わからないところあったの? どこ?」
何となく話題をと思って言ってみたら、そんな答えが返ってきた。
……小夜子は頭もいいもんな。
煮詰まってたのは本当だが、できないからって何でも人に頼るのは良くない。
俺だって男の子だ。ちょっとくらい意地はある。だから、
「もうちょっと自分で考えてみるよ。……わからなかったら明日、聞くね」
「うん……」
そう言って、何となく互いに黙りこくる。そして、
「これからも、よろしくね。小夜子」
俺が笑いかけると、小夜子はビックリした表情になった。
けどすぐに、照れたように微笑んだ。
魔道士でも、【機関】の執行人でも、小夜子はやっぱり小夜子だ。
だから気が弱くてネガティブな彼女を、安心させるのは俺の役目だ。
今までは表の世界の悩みに対して。
そして、これからは裏の世界の困難にも。
「……うん。よろしくね、陽介君。危ないこととかあったら言ってね」
小夜子はそう言って笑った。
それにしても、これから小夜子は執行人の先輩かあ。
これからは勉強だけじゃなくて、【機関】の仕事のことでも頭が上がらないなあ。
けど、そんな小夜子の気持ちが嬉しくて、俺は小夜子を見つめる。
「うん、よろしく頼むよ」
そう言って、2人で見つめあって、何となく笑った。
小夜子と俺の間の秘密が、ひとつ増えた。
その翌日も、俺たちは普段通りに登校した。
「わーい、ブランコ、ブランコ」
一晩眠った千佳の機嫌は、朝にはすっかり直っていた。
だから俺と小夜子は、千佳の両手を持ち上げながら校門をくぐる。
「おいおい、千佳。みんな見てるぞ」
「見ててもいいもーん」
本人と一緒にツインドリルを揺らして千佳は笑う。
ここのところ心臓の調子も良く、そのせいか普段にも増して楽しげだ。
先日、俺は正式に【機関】の執行人になった。
その際に、対刃/対弾機能を持つ戦闘学ランなんてものを支給された。
なので、今日は早速それを着ている。
今までの制服より少し生地が厚いけど、動きにくいほどじゃない。
しかも高等部指定の学ランと完璧に同じデザインなので、着たまま登校できる。
それに、この服は小夜子の戦闘セーラー服とお揃いらしい。
小夜子と共通の秘密を着て、以前より距離が縮まったような気がした。
だから千佳の頭越しに、顔を見合わせて笑う。
そうするうちに初等部の校舎が見えてきた。
「それじゃあね、お兄ちゃん!」
「お友だちと仲良くするんだぞー」
「はーい! あ、ゾマだ!」
「あ、チャビーちゃん、みなさんもおはようございます」
園香ちゃんがこちらに気づいてペコリとお辞儀する。
ちょうど同じタイミングで登校してきたらしい。
「園香ちゃん、千佳をよろしくね」
「はい」
「千佳も園香ちゃんの言うことをちゃんと聞くんだぞ」
「もー、お兄ちゃんったら心配ばっかり!」
「ははは、ごめん」
むくれる千佳に軽く謝り、2人を初等部に送り出す。
2人は楽しそうにおしゃべりしながら歩いて行った。
俺たちも自分の教室に向かおうとして、
「もうっ、姉さんたちはいつも心配ばっかり!」
声にふと、立ち止まった。
その声に聞き覚えがあったからだ。
見やると中等部の校舎の隅に、少女が2人と、少年が1人。
「あれって、C組の桂木楓じゃないか、いっしょにいるのは妹の紅葉さんかな?」
「陽介君、女子のこと詳しいんだね」
小夜子がジト目で見てきた。
「ひ、酷い……。だって、ほら、本人も成績優秀で、妹さんもバスケ部のエースだって有名なんだよ。詳しくなくても知ってるよ」
疑わしそうに睨んでくる小夜子の視線から逃れるように縮こまる。
それに、気になったのは楓たちではない。
本当だってば!
「……あ、いっしょにいるのは執行人のバーストだね」
小夜子は今気づいたみたいにそう言った。
まあ、異能力者は100人もいるのだから、親しくなければそんなものか。
そう、見覚えがあったのは彼だ。
俺は先日、【機関】の支部に行く途中に屍虫と戦った。
その際に小夜子と、近くに居合わせた他の異能力者と共闘した。
彼はその時の異能力者のひとり、短剣家の少年だ。
異能で姿を消し、爆発するような勢いで奇襲を仕掛けて屍虫を倒していた。
あの時は戦闘後にすぐに【機関】支部に行ったから、彼の名前を聞きそびれていた。
コードネームはバーストと言うのか。
2人と別れた少年は、俺たちに気づいたようだ。
「やあ、あのときの君!」
軽く手を振りながら走ってきた。
男子ながら線が細くて綺麗な少年だ。
走る姿も凛としているのは、秀才とスポーツマンの2人の姉の影響だろうか。
「デスメーカーのお知り合いだったんですね」
「……ええ、まあ」
まずは同僚だからか小夜子に挨拶する。
小夜子、【機関】では皆に頼りにされてるのかな。
俺はちょっと嬉しくなって笑う。
「君と直接話すのは初めてだね。中等部1年の桂木瑞葉です。よろしく」
そして声を潜めて、
「コードネームはバースト。異能力は【偏光隠蔽】だよ」
あの姿を消す異能力は【偏光隠蔽】と言うのか。
おっと、俺も自己紹介しないと。
学校では後輩なんだから、怖がらせないようにしないとね。
「俺は3年の日比野陽介。異能力は【火霊武器】。コードネームは……まだなんだ」
「でも先輩だね」
「執行人としては君の方が先輩だよ」
そう言って笑顔を向けあう。
「……陽介君、いちおう【機関】に関する情報は機密事項だから、ほどほどにね」
小夜子が心配そうに見てきたので、
「わかってるよ。そういえば瑞葉、お姉さんがいるんだね」
話題を変えた途端、小夜子がすごい目つきで睨んできた。
そりゃないよ小夜子……。だが、
「見られてたのか……」
瑞葉もちょっと嫌そうにそっぽを向いた。
「姉さんたち、いつもああなんだ。いつまでも僕のこと子ども扱いしてさ」
むくれた感じでそう言った。
そっか。
俺は長男だし、小夜子は一人っ子だ。
だから末っ子の、しかも優秀な姉を2人も持った彼の苦労はわからない。
……待てよ。
ひょっとしたら、千佳も俺のこと、そういう風に思ってるかもしれないってことか?
「ねえ、瑞葉。お姉さんのこと、そういう風に思い始めたのって幾つくらいから? 小4くらいの頃は大丈夫だった?」
「え!? なぜそんなこと?」
「いやその、気になって……」
いかん。思わず質問攻めにしてしまった。
けど瑞葉は気分を害した様子ではなく、
「他の人にこういうこと言うと『お姉さんは君のこと心配してるんだ』とか言い返さるんだけど、君は違うんだね」
そう言って笑った。
「……陽介君、何でも千佳ちゃんと関連付けて考えるね」
小夜子が睨んできた。
「千佳ちゃん?」
「ああ、俺の妹なんだ。今は小4なんだけどね……」
その言葉に、彼は先ほどの俺の反応に合点がいった様子だ。
そうやってしばらく瑞葉と話しこんでいると、
「やあ、君たち」
よく肥えた男子が手を振りながらやってきた。
「あっ、君は……」
彼も先日に共闘した執行人だ。
異能力で飛行しながらボウガンで牽制していた。
でっぷりと太った彼が宙を舞う絵面があまりに印象的だったので、よく覚えている。
「君と会うのは2回目だね。僕は太田北斗。中等部の3年生さ」
「よろしく。俺は日比野陽介。君と同じ中3だよ」
「こちらこそ、よろしく」
そう言って、彼は脂肪たっぷりの愛嬌のある顔をほころばせる。
「異能力は【鷲翼気功】で、【機関】のコードネームはポークだ」
「ポーク……」
丸々と太った彼につけられた二つ名に、思わず絶句する。
小夜子と瑞葉は苦笑する。
だが本人はとりたてて気にしていない様子だ。
「名前覚えにくかったら、業務外でもポークでいいよ。そういうの本当は推奨されないんだけど、異能力と直接関連しないコードネームなら黙認されるから」
良いのか!?
思ったより自由なんだなあと【機関】の意外な一面に驚いていると、
「いたいた! アニキ!」
中等部の制服を着たボーイッシュな女の子がやって来た。
「お弁当忘れてるよ。アニキったら、人一倍食べるんだから忘れたらダメだろ!」
「すまんすまん、おかげで飢えずに済んだよ」
丸々とした彼とはまるで似てないスレンダーな妹は、兄に風呂敷包みを押しつける。
そして俺たちに一礼すると、小走りに去って行った。
「ま、瑞葉君のお姉さんと比べて僕が勝っているところがあると言えば、妹に劣等感を与えないでいてやれることかな」
「自分で言うのか……」
朗らかに笑うポークに、俺はハハハと苦笑する。
「ひょっとして、今の話を聞いてたのかい?」
「いんや? けど瑞葉君はいつもそういう話をしてるからね」
そう言って笑う。
その気さくさは紛れもない彼の長所だと思った。
こうして俺は、異能力者の仲間たちと思わぬ再会を果たした。
それぞれの姉や妹との関係は様々だ。
だが異能力者の仲間たちは、みんな気のいいやつらばかりのようだ。
そして俺と小夜子は2人と別れ、自分のクラスにやって来た。
瑞葉は1年だし、ポークも別のクラスだ。
なので、いつもと同じホームルーム前。
「やあ」
「……あ、キムじゃないか。学校には慣れたかい?」
美麗な転校生が俺の前にやって来た。
女子は相変わらず黄色い声をあげる。
そういえば彼が転校してきたのは昨日のことなんだっけ。
その昨日が、ずいぶん昔のことのように思える。
昨日の1日で、いろいろなことがありすぎたからだ。
小夜子は先日のこともあってか居づらそう――というか嫌そうに身を縮こまらせる。
悪いなキム、小夜子は人見知りなんだ。
と、わけもなく優越感に浸るが、
「キミ、日比野陽介君だったね」
彼は俺に用があるようだった。
「僕に何か用かい?」
「キミは妖怪じゃないだろ?」
キムの返しに、女子の間にどっと笑いがおこる。
「……失礼。この国の言葉にまだ慣れてなくて」
麗人は照れ笑いを浮かべながら、
「キミのこと、気になるんだ」
「えっ?」
「君みたいな人、他にもいるのかい? もしいるのなら会ってみたいな」
キムの言葉に狼狽する。
そんな俺を見やり、キムは肩をすくめて笑みを浮かべる。
「それじゃ、また」
そう言って去って行った。
彼なりのジョークのつもりなのだろうか?
あるいは、まさか僕の異能力のことを……?
あるいは【機関】のことを……?
正直なところ、俺には何もわからない。
出会ったばかりの彼のことも、目覚めたばかりの異能力のことも【機関】のことも。
だから、どうしていいのかわからなくなって、思わず小夜子を見やる。だが、
「陽介君、両刀使いなんだ……」
小夜子はジトッとした目つきで睨んできた。
俺はどうしようもなくなった。




