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隣町は魔物ひしめく廃墟。俺は彼女のヒーローになる  作者: 立川ありす
第2章 SAMURAI FIST ~選ばれし者の証

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俺と新たな仲間たちとの日常

 執行人(エージェント)になった俺の初仕事は、拗ねていた千佳のフォローだった。


 食卓につっぷして寝ていた千佳を見つけた俺は、あわてて夕食を作った。

 そして千佳を起こし、なだめすかしながら食べさせて風呂に入れ、今度は眠れなくなった千佳を寝かしつけた。

 ごめん、千佳。この埋め合わせはいつかするよ……。


 その後、2階の自室で宿題を片づけていると、窓にコツリと何かが当たった。


 小夜子だ。


 我が日比野邸の隣は如月さんの家で、俺の部屋の向かいには小夜子の部屋がある。

 だから部屋にいて話したい時は、互いに窓に小石を投げて挨拶することにしていた。

 2人だけのささやかな夜の秘密だ。


 だからノートから顔を上げてのびをして、カーテンを開いて窓を開ける。


「陽介君……」

 そこにはパジャマ姿の小夜子がいた。


 少し不安そうな表情をしている。

 ネガティブで心配性な彼女のことだ、先程はあんなにいろいろなことがあったのだから、言いたいことのひとつやふたつはあるだろう。


 だから俺は、そんな小夜子を励ますように笑いかける。


「やあ小夜子。宿題で煮詰まってたところだから丁度良かった」

「えっ、わからないところあったの? どこ?」

 何となく話題をと思って言ってみたら、そんな答えが返ってきた。

 ……小夜子は頭もいいもんな。


 煮詰まってたのは本当だが、できないからって何でも人に頼るのは良くない。

 俺だって男の子だ。ちょっとくらい意地はある。だから、


「もうちょっと自分で考えてみるよ。……わからなかったら明日、聞くね」

「うん……」

 そう言って、何となく互いに黙りこくる。そして、


「これからも、よろしくね。小夜子」

 俺が笑いかけると、小夜子はビックリした表情になった。

 けどすぐに、照れたように微笑んだ。


 魔道士(メイジ)でも、【機関】の執行人(エージェント)でも、小夜子はやっぱり小夜子だ。

 だから気が弱くてネガティブな彼女を、安心させるのは俺の役目だ。

 今までは表の世界の悩みに対して。

 そして、これからは裏の世界の困難にも。


「……うん。よろしくね、陽介君。危ないこととかあったら言ってね」

 小夜子はそう言って笑った。


 それにしても、これから小夜子は執行人(エージェント)の先輩かあ。

 これからは勉強だけじゃなくて、【機関】の仕事のことでも頭が上がらないなあ。

 けど、そんな小夜子の気持ちが嬉しくて、俺は小夜子を見つめる。


「うん、よろしく頼むよ」

 そう言って、2人で見つめあって、何となく笑った。


 小夜子と俺の間の秘密が、ひとつ増えた。


 その翌日も、俺たちは普段通りに登校した。


「わーい、ブランコ、ブランコ」

 一晩眠った千佳の機嫌は、朝にはすっかり直っていた。

 だから俺と小夜子は、千佳の両手を持ち上げながら校門をくぐる。


「おいおい、千佳。みんな見てるぞ」

「見ててもいいもーん」

 本人と一緒にツインドリルを揺らして千佳は笑う。

 ここのところ心臓の調子も良く、そのせいか普段にも増して楽しげだ。


 先日、俺は正式に【機関】の執行人(エージェント)になった。


 その際に、対刃/対弾機能を持つ戦闘(タクティカル)学ランなんてものを支給された。

 なので、今日は早速それを着ている。

 今までの制服より少し生地が厚いけど、動きにくいほどじゃない。

 しかも高等部指定の学ランと完璧に同じデザインなので、着たまま登校できる。


 それに、この服は小夜子の戦闘(タクティカル)セーラー服とお揃いらしい。

 小夜子と共通の秘密を着て、以前より距離が縮まったような気がした。


 だから千佳の頭越しに、顔を見合わせて笑う。


 そうするうちに初等部の校舎が見えてきた。


「それじゃあね、お兄ちゃん!」

「お友だちと仲良くするんだぞー」

「はーい! あ、ゾマだ!」

「あ、チャビーちゃん、みなさんもおはようございます」

 園香ちゃんがこちらに気づいてペコリとお辞儀する。

 ちょうど同じタイミングで登校してきたらしい。


「園香ちゃん、千佳をよろしくね」

「はい」

「千佳も園香ちゃんの言うことをちゃんと聞くんだぞ」

「もー、お兄ちゃんったら心配ばっかり!」

「ははは、ごめん」

 むくれる千佳に軽く謝り、2人を初等部に送り出す。

 2人は楽しそうにおしゃべりしながら歩いて行った。


 俺たちも自分の教室に向かおうとして、


「もうっ、姉さんたちはいつも心配ばっかり!」

 声にふと、立ち止まった。

 その声に聞き覚えがあったからだ。


 見やると中等部の校舎の隅に、少女が2人と、少年が1人。


「あれって、C組の桂木楓じゃないか、いっしょにいるのは妹の紅葉さんかな?」

「陽介君、女子のこと詳しいんだね」

 小夜子がジト目で見てきた。


「ひ、酷い……。だって、ほら、本人も成績優秀で、妹さんもバスケ部のエースだって有名なんだよ。詳しくなくても知ってるよ」

 疑わしそうに睨んでくる小夜子の視線から逃れるように縮こまる。


 それに、気になったのは楓たちではない。

 本当だってば!


「……あ、いっしょにいるのは執行人(エージェント)のバーストだね」

 小夜子は今気づいたみたいにそう言った。

 まあ、異能力者は100人もいるのだから、親しくなければそんなものか。


 そう、見覚えがあったのは彼だ。


 俺は先日、【機関】の支部に行く途中に屍虫と戦った。

 その際に小夜子と、近くに居合わせた他の異能力者と共闘した。


 彼はその時の異能力者のひとり、短剣家の少年だ。

 異能で姿を消し、爆発するような勢いで奇襲を仕掛けて屍虫を倒していた。


 あの時は戦闘後にすぐに【機関】支部に行ったから、彼の名前を聞きそびれていた。

 コードネームはバーストと言うのか。


 2人と別れた少年は、俺たちに気づいたようだ。


「やあ、あのときの君!」

 軽く手を振りながら走ってきた。


 男子ながら線が細くて綺麗な少年だ。

 走る姿も凛としているのは、秀才とスポーツマンの2人の姉の影響だろうか。


「デスメーカーのお知り合いだったんですね」

「……ええ、まあ」

 まずは同僚だからか小夜子に挨拶する。


 小夜子、【機関】では皆に頼りにされてるのかな。

 俺はちょっと嬉しくなって笑う。


「君と直接話すのは初めてだね。中等部1年の桂木瑞葉です。よろしく」

 そして声を潜めて、

「コードネームはバースト。異能力は【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】だよ」

 あの姿を消す異能力は【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】と言うのか。


 おっと、俺も自己紹介しないと。

 学校では後輩なんだから、怖がらせないようにしないとね。


「俺は3年の日比野陽介。異能力は【火霊武器(ファイヤーサムライ)】。コードネームは……まだなんだ」

「でも先輩だね」

執行人(エージェント)としては君の方が先輩だよ」

 そう言って笑顔を向けあう。


「……陽介君、いちおう【機関】に関する情報は機密事項だから、ほどほどにね」

 小夜子が心配そうに見てきたので、


「わかってるよ。そういえば瑞葉、お姉さんがいるんだね」

 話題を変えた途端、小夜子がすごい目つきで睨んできた。

 そりゃないよ小夜子……。だが、


「見られてたのか……」

 瑞葉もちょっと嫌そうにそっぽを向いた。


「姉さんたち、いつもああなんだ。いつまでも僕のこと子ども扱いしてさ」

 むくれた感じでそう言った。


 そっか。

 俺は長男だし、小夜子は一人っ子だ。

 だから末っ子の、しかも優秀な姉を2人も持った彼の苦労はわからない。


 ……待てよ。

 ひょっとしたら、千佳も俺のこと、そういう風に思ってるかもしれないってことか?


「ねえ、瑞葉。お姉さんのこと、そういう風に思い始めたのって幾つくらいから? 小4くらいの頃は大丈夫だった?」

「え!? なぜそんなこと?」

「いやその、気になって……」

 いかん。思わず質問攻めにしてしまった。

 けど瑞葉は気分を害した様子ではなく、


「他の人にこういうこと言うと『お姉さんは君のこと心配してるんだ』とか言い返さるんだけど、君は違うんだね」

 そう言って笑った。


「……陽介君、何でも千佳ちゃんと関連付けて考えるね」

 小夜子が睨んできた。


「千佳ちゃん?」

「ああ、俺の妹なんだ。今は小4なんだけどね……」

 その言葉に、彼は先ほどの俺の反応に合点がいった様子だ。


 そうやってしばらく瑞葉と話しこんでいると、


「やあ、君たち」

 よく肥えた男子が手を振りながらやってきた。


「あっ、君は……」

 彼も先日に共闘した執行人(エージェント)だ。

 異能力で飛行しながらボウガンで牽制していた。

 でっぷりと太った彼が宙を舞う絵面があまりに印象的だったので、よく覚えている。


「君と会うのは2回目だね。僕は太田北斗。中等部の3年生さ」

「よろしく。俺は日比野陽介。君と同じ中3だよ」

「こちらこそ、よろしく」

 そう言って、彼は脂肪たっぷりの愛嬌のある顔をほころばせる。


「異能力は【鷲翼気功(ビーストウィング)】で、【機関】のコードネームはポークだ」

「ポーク……」

 丸々と太った彼につけられた二つ名に、思わず絶句する。

 小夜子と瑞葉は苦笑する。

 だが本人はとりたてて気にしていない様子だ。


「名前覚えにくかったら、業務外でもポークでいいよ。そういうの本当は推奨されないんだけど、異能力と直接関連しないコードネームなら黙認されるから」

 良いのか!?

 思ったより自由なんだなあと【機関】の意外な一面に驚いていると、


「いたいた! アニキ!」

 中等部の制服を着たボーイッシュな女の子がやって来た。


「お弁当忘れてるよ。アニキったら、人一倍食べるんだから忘れたらダメだろ!」

「すまんすまん、おかげで飢えずに済んだよ」

 丸々とした彼とはまるで似てないスレンダーな妹は、兄に風呂敷包みを押しつける。

 そして俺たちに一礼すると、小走りに去って行った。


「ま、瑞葉君のお姉さんと比べて僕が勝っているところがあると言えば、妹に劣等感を与えないでいてやれることかな」

「自分で言うのか……」

 朗らかに笑うポークに、俺はハハハと苦笑する。


「ひょっとして、今の話を聞いてたのかい?」

「いんや? けど瑞葉君はいつもそういう話をしてるからね」

 そう言って笑う。

 その気さくさは紛れもない彼の長所だと思った。


 こうして俺は、異能力者の仲間たちと思わぬ再会を果たした。


 それぞれの姉や妹との関係は様々だ。

 だが異能力者の仲間たちは、みんな気のいいやつらばかりのようだ。


 そして俺と小夜子は2人と別れ、自分のクラスにやって来た。

 瑞葉は1年だし、ポークも別のクラスだ。


 なので、いつもと同じホームルーム前。


「やあ」

「……あ、キムじゃないか。学校には慣れたかい?」

 美麗な転校生が俺の前にやって来た。

 女子は相変わらず黄色い声をあげる。


 そういえば彼が転校してきたのは昨日のことなんだっけ。

 その昨日が、ずいぶん昔のことのように思える。

 昨日の1日で、いろいろなことがありすぎたからだ。


 小夜子は先日のこともあってか居づらそう――というか嫌そうに身を縮こまらせる。

 悪いなキム、小夜子は人見知りなんだ。

 と、わけもなく優越感に浸るが、


「キミ、日比野陽介君だったね」

 彼は俺に用があるようだった。


「僕に何か用かい?」

「キミは妖怪じゃないだろ?」

 キムの返しに、女子の間にどっと笑いがおこる。


「……失礼。この国の言葉にまだ慣れてなくて」

 麗人は照れ笑いを浮かべながら、


「キミのこと、気になるんだ」

「えっ?」

「君みたいな人、他にもいるのかい? もしいるのなら会ってみたいな」

 キムの言葉に狼狽する。

 そんな俺を見やり、キムは肩をすくめて笑みを浮かべる。


「それじゃ、また」

 そう言って去って行った。


 彼なりのジョークのつもりなのだろうか?


 あるいは、まさか僕の異能力のことを……?

 あるいは【機関】のことを……?


 正直なところ、俺には何もわからない。

 出会ったばかりの彼のことも、目覚めたばかりの異能力のことも【機関】のことも。


 だから、どうしていいのかわからなくなって、思わず小夜子を見やる。だが、


「陽介君、両刀使いなんだ……」

 小夜子はジトッとした目つきで睨んできた。


 俺はどうしようもなくなった。


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