表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

終曲

 もしも誰かがこのノートを読んでいるなら、私はもうこの世にはいないでしょう。

 このたび私は、これ以上生き長らえている自信がなくなったために、自殺を決意いたしました。

 やっぱりなー、と思っている人がほとんどだと思います。

 やっと死んだのか、と思っている人もいるかもしれません。

 すみません。

 死ぬのが遅れてしまってすみません。

 ようやく私は、晴れて自殺を決行することができました。

 すみません。

 今まで生きていて、本当に申し訳ありません。

 今まで迷惑をかけてきて、本当にすみませんでした。

 ようやく私は、みんなの前から姿を消します。

 ようやく、自殺を決意することができました。

 安心してください。

 しかし、私が自殺を決意するまでの経緯を全然知らない人も、ごく一部にいるかもしれません。

 私が自殺をするような事情を、全く理解できない人がいるかもしれません。

 私のクラスの人たちは、気付いていましたか?

 私とすれちがった人は、私のことをどれだけ見ていましたか?

 私の、親に当たる人たちは、私が今までどういうことを経験していたのか、知っていましたか?

 両親には知られないようにしていたので、今、このノートを見ていたらさぞ驚いていることでしょう。

 それとも、知っていましたか?

 知っていて、わざと知らない振りをしていましたか?

 そうだとしたら、私の演技力不足でした。

 そうやって、愚かな私を(わら)っていましたか?

 だとしたら、嘲われても仕方がありませんね。

 私は自己の稚拙(ちせつ)な演技力に満足していたのですから。

 バレバレの演技で、必死に平常心を装っていたのに、必死に気取られないように心掛けていたのに。

 私はまだ子どもでした。

 だからこんな結末を迎えてしまいました。

 こんな結末を迎えざるを得ませんでした。

 こんな結末しか知りません。

 私が子どもだったために、こんなふうになってしまいました。

 両親には、折角養ってもらっていたのに、無駄金を使わせてしまいましたね。

 ごめんなさい。

 これからは、自分たちのためだけに、自分たちが稼いだお金を使ってください。

 だから、葬式はやらなくて結構です。

 お金がかかりますから。

 だから、お墓も作らなくて結構です。

 お金がかかりますから。

 だから、一番安上がりな方法で、私の死体を処分してください。

 そのほうが、あなたたちも幸せでしょう?

 他の人たちは、私が自殺を選んだ理由がわかりますか?

 どれだけの人が、私の自殺を理解できますか?

 もしかしたら、このノートが警察の方に見られることがあるかもしれないので、私が今回自殺をする理由を、今まで私が経験してきた自殺に結び付くであろう事柄を、できる限り詳細に書きたいと思います。

 ノートの前のほうにも、その日にあったこと、私が自殺に向かう可能性のありうる、私があまり良いと感じなかった出来事を、すぐに書くようにしていたので、そちらも参考にしてください。

 自殺の理由を端的に言えば、いじめということになります。

 自分から、私はいじめられていました、というふうに書くのはとても不自然な気がしますが、それが周囲にとって一番安易で、最もわかりやすい表現だと思うので、そういう単語で書いておきます。

 小さい頃からいじめはありました。

 いじめと言うにはとても小規模な気がしますが、覚えているだけのことを書いておきたいと思います。

 幼稚園の頃にあったのは、仲間外れにされたことです。

 みんなが遊んでいる中に、私はどうしても入れてもらえませんでした。

 遊ぼう、と言った時に、たぶん、ダメ、と言われていたような気がします。

 昔のことなのでよく覚えてはいませんが、みんなが遊んでいる輪の中に、どうしても入れてもらえなかったという記憶だけは、今でもあります。

 だから、幼稚園の庭の隅のほうで、一人で突っ立っていたと思います。

 遊び方のわからなかった小さい頃の私は、おそらく何もしないで、ただ立っていただけで、ただみんなのほうを見ていただけでした。

 あるいは、地面に木の棒か足を使って一人で絵を描いていたり、地面に散らばった木の実を集めて、時間を潰していたかもしれません。

 小学生のことは、もっとよく覚えています。

 仲間外れにされることはなかったと思いますが、みんな、私にだけ、偏った扱いをしていたように思います。

 サッカーで遊んでいたときは、ボールを渡されたことがありませんでした。

 これは、ただ単に、私が下手なだけだったかもしれません。

 でも、ボールが遠くに行ったときは、いつも拾いに行かされました。

 いつも、私に取りに行ってくるようにと、言っていました。

 最初は取りに行くようにしていました。

 そしてボールを取ってきたら、すぐに誰かにボールを渡さなければいけません。

 渡さないと怒られます。

 ど突かれます。

 殴られます。

 もう仲間に入れてもらえません。

 その時の私は、まだ子どもだったから。

 その時の私は、まだ単純だったから。

 仲間外れにされることが嫌でした。

 仲間外れにされることに(おび)えていました。

 きっと、幼稚園にいたころにみんなから仲間外れにされていたことがトラウマになっていたのかもしれません。

 だから、何とか仲間外れにされないようにと、必死になっていました。

 必死になって、みんなが楽しくサッカーをしているときは邪魔にならないようにしていて、必死になって、ボールがどこか遠くへ行ったときにはみんなを待たせないようにボールを取りに行って、そして急いでボールを誰かに渡して、そして急いで邪魔にならないようにみんなから離れたところに待機していて、いつでもボールが遠くへ行ってしまったらすぐに取りに走れるようにしていました。

 野球のときも、だいたい、球拾いの役でした。

 いつも外野にいて、ボールがこなくてずっと立ちっぱなしだったときもありました。

 ボールが遠くに飛んで行ってしまったときは、やっぱり私が拾いに行きます。

 他にも外野の人はいたのですが、どうやら球拾いの役は私なのだと、もう最初から決まっていたみたいです。

 野球ボールはサッカーボールよりもずっと小さいので、探すのに苦労しました。

 何もないグラウンドの途中で止まってくれるのが一番いいのですが、ほとんどの場合、ボールは草むらの中に入ってしまい、なかなか見つけることができませんでした。

 それでもボールを見つけないとみんなから怒られるので、何とか見つけようとしました。

 でも、ほとんどの場合、ボールが遠くに行ってしまうということはホームランになっているということで、私がボールを見つけたときには、私のチームは大失点をしているわけで、だからボールを持って戻って行っても、結局みんなから怒られて、私をもう仲間に入れてくれないと言い出します。

 だから、私は一生懸命になって謝ります。

 そしていつも、学校が終わった後の帰りの荷物持ちなんかをやらされます。

 小学生の時はまだ子どもだったので、仲間外れにされたくない一心で、私はみんなの命令に素直に従っていました。

 打者をやらせてもらったことは、一回もありませんでした。

 みんなは、私の順番が運悪く回ってこなかっただけだと言うかもしれません。

 つまり、それは私がいつも最後の打順で、順番を飛ばしてもいいような人だったということなのかな。

 いろいろなあだ名をつけられました。

 今でも覚えています。

 ここに書いてもいいのですが、書こうとすると、そのときの気持ちが思い出されてしまうから、ここには書きません。

 私はそのあだ名が嫌いでした。

 中学校のときは、それまでの経験から、人と関わったらいじめの対象になるとわかっていたので、いつも一人でいました。

 そういうふうに考えられるようになっただけでも、私は少し利口になったのかな。

 誰とも話をしないで、休み時間もずっと自分の席にいて、目をつけられることはしないようにといつも周りの様子を(うかが)って、変な因縁をつけられてもすぐに謝って、ちょっかいを出されても気にしない素振りをしていました。

 おかげで、中学のときは何もありませんでした。

 それは、私にとって人生最大の至福のときでした。

 そして、高校が私の人生の中で最悪のときでした。

 高校に入った時も、最初のうちは誰とも関わらないようにしました。

 できるだけクラスのみんなの近くにはいかないようにして、できるだけ話しかけられないようにして、できるだけ間違ったことをしないようにして、できるだけ変なことをしないようにしていました。

 できるだけ普通にしていようとしました。

 できるだけみんなに気に()められないようにしていました。

 できるだけ意識していました。

 それが、私が高校に入学したときの、最初の目標でした。

 でも途中から変えました。

 変えてしまいました。

 変えなければ良かったのに……。

 でも変えてしまいました。

 私が生きている間に、私の両親にあたる人たちからよく言われたことですが、私はあまり口を利かないそうです。

 社会に出たら、沢山の人を相手に話をしていかなければならない、嫌な人とも折り合いをつけていかなければならない、と言われました。

 いつもその人たちには静かにするように言っていたのですが、それを受け入れられたことはありません。

 家の中では、いつもその人たちに反抗していました。

 でも、学校に行ったらもっと周りと関わらなければいけないのかな、と思いました。

 そう感じている自分がとても嫌いでした。

 だってそれは、自分の今までの生き方を否定することになってしまうから。

 折角築き上げてきたものが、ようやく手に入れた幸福な生活が、全てダメになってしまうから。

 でも、学校にいる間中、誰にも話しかけられないようにビクビクしながら過ごしていて、ようやく学校から解放されて安心して誰とも関わらないように家に着いても、私の親に当たる人たちから、しつこいくらい、くどいくらい、他人と仲良くするように、他人と話をするように、と言われます。

 人と関わるようにと、止めてと言っても止めてくれません。

 誰かと仲良くするって、どういうことなの?

 誰かと話をして、何が楽しいの?

 誰かと関わることが、どうして義務みたいに言うの?

 毎日毎日、親には反抗していました。

 無言で、無視をして、あの人たちが何かを言ってきても何も言わないで、何も返さないようにしていました。

 反抗していると、いつもあの人たちは私はダメだとか、そんなんじゃ生きていけないとか、私が黙っているのをいいことに、ベラベラと余計なことばかり言って、勝手に私の人生を決めつけます。

 はっきり言って、私はあなたたちが嫌いでした。

 あなたたちと一緒にいることが耐えられませんでした。

 そこで、二学期からですけど、高校からバスケを始めました。

 少しでも、人と関わっている私であって欲しいんでしょ?

 そんな反抗意識から、部活を始めてみようと思いました。

 かっこいいことをしたいという莫迦らしい憧れでした。

 そこでいじめを受けました。

 きっといじめと言ってもいいと思います。

 ボールを渡されないということはありませんでした。

 むしろ、ぶつけられました。

 あの人たちは間違えて当たった、わざとじゃないと言っていましたが、私にはそうは思えませんでした。

 そして、私がバスケをほとんどできないのをわかっていて、無理なドリブルをさせられたり、シュートを強要させられたりしました。

 そのたびに、みんなにジュースをおごることを強要されたり、体育館の掃除を一人でさせられたりもしました。

 部室に置いてあったみんなの財布を盗んだという濡れ衣を着せられたことがありました。

 もちろん身に覚えはありませんでしたが、あの人たちが練習していたときに部室にいたというだけで、私が犯人にされました。

 そのときも、あの人たちからありもしないコールドスプレーを持ってくるように言われて部室にいました。

 スプレーがないと言って殴られて、財布を盗んだと言って蹴られて、挙句(あげく)、私の財布は没収されました。

 その日から、歩いて帰る日が多くなりました。

 何かしら理由をつけては最後の掃除を私に押し付けて、あの人たちは私が残っていることを知りながら、部室を閉めてさっさと帰ってしまいます。

 部室には、私の着替えや鞄が置きっぱなしです。

 電車通学の私は、あの人たちから財布を隠されて、一時間以上も歩かされて家に帰ることになりました。

 クラスのみんなが、私に関わらなかったことを、責めたりしません。

 それは、当然のことだったと思います。

 それは、正しいことだったと思います。

 みんなは、普通の人生を送ってください。

 いつも死にたいと思っていました。

 でも、このノートを書いていた間は、私は生き延びていたのだから、その分、私は臆病者です。

 こんなダメな私は、地獄に落とされるでしょう。

 地獄から、みなさんの栄光をお祈りして、自分自身の愚かさを、浅はかさを、永遠に呪い続けることでしょう。

 天国って、どんなところなのかな?

 地獄にしか行けない私にはわかりませんけど……。


 郡内和人(ぐんないかずと)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ