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恐竜の子供

 庭で遊んでいた息子が、息せき切って玄関に駆け込んできた。


「お父さん、大発見だよ! 恐竜の子供を見つけた!」


 見ると、手の中に何かを大切そうに包み込んでいる。


 小さな指と指の隙間から、細いねずみ色の尻尾が見えた。


 ああ、懐かしいな、トカゲだ。確か、正式にはカナヘビだったかな。


 私が子供の頃にもこいつで遊んだものだ。そう、今の息子と同じ様に、恐竜の子供と信じていた。


 これが大きくなると、図鑑で見た恐竜になるに違いないと。


 庭で見つけては、そいつの尻尾をつかんで振り回すと尻尾だけが切れて…


 その尻尾がクルクル跳ね回ってるうちに、本体は逃げるのだったな…


 ふふっ、子供ってのは残酷だからな。でも、本人はそれには気づかない。


 それと気づくのは大人になってから。そうやって人は大きくなっていくんだな…


「お父さん、ほら、見て! あっ!」


 息子が手を開いた処で、トカゲは今だ! とばかりに手の檻の中から逃げ出した。


「ちくしょう! 逃がさないぞ!」


 息子は玄関の床に張られたタイルの上に落ちたトカゲ目掛けて、サッと足を振り下ろした。


 素早い動きのトカゲではあるが、息子の素早さも決して負けてはいなかったようだ。


 尻尾の部分をその小さな運動靴で踏んで、トカゲの動きを抑えることにどうやら成功したらしい。


「あれっ?」


 ところがトカゲは尻尾だけを残して、本体は玄関から外へと、あっという間にその姿を消してしまった。


 タイルの上では、そのねずみ色の細い尻尾だけが、ゼンマイ仕掛けのオモチャの様に回転している。


 私は尻尾の事を息子に説明した。あれは逃げる為にわざと尻尾を切ったんだよと。


「そうなんだ。ちくしょう! 恐竜の子供に逃げられた! でも」


 なぜか息子は残念がっているだけではないように見えた。


「でも、なんだい?」


「うん。さすがに恐竜だと思ってさ。あんなに小さいのに自分で尻尾を切って逃げるなんてすごいよ」


「ああ、そうだな」


「ぼく、この尻尾を記念にとっておくよ。保育園の友達にも見せなくっちゃ」


「あのな、その恐竜の子供だけど、ほんとはね…」


 夢中になってトカゲの尻尾をいじっている息子にその声は上手く届かなかったようだった。


「え? お父さん、今何か言った?」


 私はちょっと考えてから言った。


「ううん、なんでもない。でも、あんまりの乱暴は慎みなさい。相手は生き物なんだからね」


「は~い」


 そう言うと息子は玄関先からサッと姿を消した。その素早さはトカゲさながらだ、と私は思う。


 多分息子はこれからもトカゲを捕まえようとするだろう。子供らしい残酷さを持って。


 今から三十年近く前、私が随分酷い事をしたトカゲの子孫たち。


 様々な困難に耐えて、脈々とその命の系譜を繋いできたのだな、と思うと、なんとなく胸が熱くなった。


 どれどれ、私も久し振りに奴らに挨拶でもしてみようか。


 玄関を出ると、真昼の太陽が目に沁みた。


 一度瞑った目を開ければ、そこには三十年振りに見る、ジュラ紀の密林が存在していることだろう。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 子供の頃同じことしてたっけな~と、思わず笑みのこぼれる作品でした。
[良い点] 繰り返される、父と息子の歴史。 大人の男に成長する過程としてかつて自分が歩んだ道を息子が同じようにして歩むのを見たとき、その男の胸は懐かしさとともに感慨深さでいっぱいになることでしょう………
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