本当の人生の厳しさ 2
俺は「あっ」と言って小便器から離れた。
白い便器が赤く染まっている。
血尿かと驚いたが、これはさっきの造影剤のせいだとすぐに納得した。
看護婦は黒い造影剤を点滴で俺の腕に注入し、拷問のような強い光線で俺の網膜をいじめていた。指に血糖値を測るためのクリップをはさみ、これでもかというくらいに強い光を俺の目に照射していたのだ。
それは眼底の状態を検査する機械で、その撮影画像を今後の治療に役立てるという。
検査が終わったときは気分が少し悪くて、視界が全体的に赤くなっていた。
便器をよく見ると、真っ赤ということではない。褐色に近いもので、子供の頃に使ったヨードチンキに感じが似ている。
後ずさった時に少し床にこぼしてしまったので、俺は個室からトイレットペーパーを引き出し、床を拭いて個室の便器に流した。
手を洗うと鏡には、くたびれた中年オヤジが写っていた。風采のパッとしない小柄で平凡な男。歳の割に白髪が多く、病院の独特の匂いに気おされて顔はこわばっていた。
トイレを出て待合室に向かう。ガラス戸から見えるのは病院の庭。3月の冷たい小雨が昼下がりの木々を濡らしている。やれやれ、帰るときはうっとうしいな。
大学病院の廊下にはたくさんのイスが並んでいて、診察を待っている多くの患者が音声をカットされたテレビを見ていた。
男の子が菓子を食べながら俺の方に向かってくる。そして、そのまま俺にぶつかった。そのガキは何もなかったようにトイレの方に向かう。
なんだあ、このガキンチョは! 俺は子供の方に振り向き、心の中で毒づく。
右目がほとんど見えないので距離感がなく、俺は避けるのに失敗してしまったのだ。
まったく、小学生という物は前を見ないで歩く生き物なのか。俺はガキの後頭部を蹴り倒したい衝動にかられた。
だが、40を過ぎたオヤジが大人げない。ため息で怒気を吐き出し、俺は診察室の前に行き、長いイスに腰を下ろす。エンジ色のダウンジャケットを脱ぎ、膝の上に置いた。
広い部屋には、窓際にいくつかの診察室があり、緑の厚いカーテンで仕切られていた。廊下側に長イスが並んでいて、数人の患者が医師から呼ばれるのを待っている。
検査のため朝から何も食べていないが、胃の具合が悪いので食欲はない。
俺は天井を見上げた。
蛍光灯を見ると光がにじんでいて眩しい。瞳孔を開かせる点眼液のせいだ。
俺は左目をつむって右目だけで見てみる。そこには視野全体に広がる蜘蛛の巣があった。
*
右目に異常が起きたのは1ヶ月前のこと。
2月の初め、雪が降った寒い日。視界の中央にピンクの花が咲いたようになり、その部分が見えなくなった。その花びらは右目の視野全体に広がっていき、3日後には白い蜘蛛の巣のようになり、俺の視力を奪ってしまったのだ。
近くにあるカレンダーの文字が見えない。テレビを見ても白い霧がかかっているようで、ただ何かが動いているような感覚だけ。雨の日の窓ガラスを見ているように、俺が見る風景は荒いタッチの油絵になってしまった。
放っておいても、そのうちに治るのではないか。
しかし、根拠のない期待はかなえられず、2週間たっても蜘蛛の巣は俺の目からなくならなかった。
……普通ではない。目の病気には間違いはない。手術になるのか? 入院することになるのか? 一人身の俺には介護する人間がいないのにどうしよう。恐怖心が先走る。
怖くなった俺は、工場を早退して近所の眼科に行くことにした。
眼科では最初に視力検査だった。検査機の台にあごを乗せて、額をホルダーに押し付ける。望遠鏡のような筒を覗くと気球の絵が見えて、それを見つめているだけで自動的に視力が分かるらしい。それが終わると、俺の目に3回、圧縮空気が吹き付けられた。眼圧のチェックだった。
若い看護婦が血圧を測り、採血する。
さらに検査は続き、薬で開いた瞳孔にギラギラとした光が差し込まれ、眼底の写真を撮影。その後はレーザースキャンで、赤い線が俺の網膜の水平と垂直方向を走査していた。
最後に医師の診断になるのだが、いつまでたっても呼ばれない。どうやら後の方に回されているらしい。俺の胸に不安の雲がわき上がる。
俺の名前が呼ばれたのは午後7時過ぎだった。2時間も院内にいたことになる。
医師は白衣を着てメガネをかけた30過ぎくらいの男。
「重症ですね」
最初の一言がそれだった。
「眼底出血しています。血管が破れていて出血がひどいです。それを補うために新しい血管ができていて、これが良くないんだ」
医師は少し気の毒そうに私に告げる。
俺は思考が止まり「はあ」と言うしかない。
さらに医師はパソコンの画面に眼底の断面図を表示した。
正常な左目は丸いカーブを描いているが、右目はびっくりするほど内側に膨らんでいる。
これって何?
「血管が詰まって、うっ血がひどい。血圧が高いし、多分、コレステロールも多いのでしょう。血がドロドロで血管が詰まり、そこに高い圧力で血が送られるので出血するんですね。成人病というものです」
そんなにひどかったのか。俺の口は小刻みに震えて声を出せない。
「すぐに内科を受診して、血圧の対策をして下さい」
医師の声が遠くに聞こえる。
「治療方針としては、まず造影剤で眼底を撮影し、その結果で方向を考えます。それからは眼球注射を何度も行って経過を見るというやり方ですね」
眼球注射! 眼球注射って何だよ。
そりゃ、普通じゃないとは思っていたよ。でも、薬を飲んでレーザー治療とかをやっていれば治ると思っていた。よりにもよって、目の玉に針を刺すのかよ。だいじょうぶなのか? それ。
眼球注射は保険を使っても1回5万円以上するとか、治療は3年くらい続いて、治っても後遺症が残り視力は元には戻らないとかいう説明を医師は続けているが、俺は話に割り込んだ。
「……眼球注射……しなければならないんですか」
俺の声が上ずっていたので気持ちを察したのだろう。医師は俺の目を見据えた。
「はい、放っておけば失明の危険性があります。レーザー治療は、やり過ぎると網膜を痛めるので。……眼球注射がお勧めです」
医者は冷静な口調。
そして、それがとどめだった。俺は腹の底がジンと冷えてきて耳鳴りが聞こえ、視界が暗くなった。指先がしびれる。
看護婦が飛んできて、よろめいた俺の体を支えた。そして、医師と一緒になって隣の部屋のベッドに俺を寝かせて足の下にクッションを置く。すぐに年輩の看護婦がやって来て俺の口に飴玉を入れ、酸素マスクを口に当てた。
貧血を起こしたのは何年ぶりだろう。酸素マスクを使ったのは生まれて初めてだ。俺はこんなに弱い人間だったのか。
横では看護婦が俺の血圧を測っている。
何でこんなことになったんだ……。
口の中の飴はレモン味だった。
しばらくして気分が良くなったので診察することになったのは午後8時前だった。
治療中に倒れられると困るので、大学病院に紹介状を書く、と医師は言った。
待合室に戻ると誰もいない。看護婦に呼ばれたので窓口に行き会計を済ませる。残業になったのが不満なのか若い看護婦の態度は冷たかった。
自転車を押して寒い夜道を歩く。
薬により瞳孔が開いているので、夜景がにじんで良く見えない。さらに右目は見えないも同然なので遠近感がなく、自転車に乗って帰るのは危険だ。
俺は世の中を呪った。
何も悪いことをしていないのに、どうして俺だけが不幸になるんだよ。初詣のときに健康を祈ったのに、お賽銭が足りなかったのか?
若いアベックが笑いながら俺とすれ違う。
健康な他人が恨めしい。これが歳をとるということなのか。
夕食を買うために、いつものスーパーに入る。
今までは鮨やてんぷら、コーラ、お菓子などを買っていたが、怖くてカロリーの高いものを買うことができない。健康食品や野菜サラダ、野菜ジュースなどをかごに入れた。
以前は両目がきちんと見える状態で買い物をしたスーパー。現在では良く見えない右目で買い物をしている。
アパートに帰って、ワンルームの部屋でテレビを見ながら遅い夕食を食べた。
右目はぼんやりしているので左目だけが頼り。
テレビでは人身事故によって列車が運転を見合わせているというニュースが流れた。
なんだ、死亡者は一人だけか。
俺は他人の不幸を貪欲に求めている自分に気が付いた。
「チクショー。何でこんなことになるんだよ」
今まで何も良いことがなかった。家は貧乏だし女には持てないし、この歳で独身だし。どうして俺だけが不幸せなんだよ。どうして神様は社会の底辺をさまよっているような男をぶったたくんだ?
そりゃ、健康的な生活をしてはこなかったよ。コンビニのおにぎりとカップラーメンで済ませる日もしょっちゅうだった。野菜なんか食わなくても死にはしないと思ってきたさ。
でも、いきなりはねえだろ。今までずっと医者にかからなかったのに、前触れもなく、どうして突然ガツンと来るんだよ。
「チクショー、チクショー、バカヤロー! バカヤロー。みんな死んでしまえ」
呼吸が荒くなり心がすさむ。
これでは眼底出血が進んでしまうのではないかと考え、怖くなって深呼吸した。
食べ終わって放心状態になる。トイレに行って鏡を見たが、右目に異常は見つけられない。外観からは分からないのか。
会社を休んで大学病院に行かなくちゃ。内科も探さないといけない。治療費が心配だ。少ない給料から捻出しなければならないのか。
これって、本当に俺に起こったことなのか。テレビで重病の人が報道されることがあるけど、全て別の世界のことだと思っていた。自分だけはこんなことになるはずがないと根拠のない思い込みをしていたのだ。
ふと思い出して、押入れを引っかきまわした。以前、田舎から送ってくれた神社のお札。それをやっと見つけて引っ張り出す。封筒大のお札を俺は上の棚に置いた。
「お願いします。俺の病気を治して下さい」
両手を合わせて拝む。
「俺の右目を以前のように見えるようにして下さい。お願いいたします」
お札に向かって土下座する。必死に願った。困った時の神頼みというものを真剣に実践している。
しかし、神様からの返事はなく、症状が良くなることもなかった。
明日も仕事なんだから寝ることにしよう。
冷たい布団に入って目を閉じた。
右目に虹色の渦が巻き起こる。網膜が変になっているのか、さまざまな色の砂粒がドーナッツ状に集まり、光りながらくるりくるりと回り出す。
なんだよ。きれいじゃないか、チクショー。
大学病院でも最初は視力検査だった。
右目は、視力表の一番大きな文字が見えなかったので、実習生らしい若い男は「C」という記号が書かれたボードを持って、俺が見えるように近づけたり上下左右に揺らしたりする。
俺は何とか蜘蛛の巣の隙間から記号の切り欠きが見えたので、視力は大負けに負けて0.1だった。
その後、眼底の検査のために瞳孔を開く目薬をつける。若いインターンは勢いよく点眼液をさしたので、液が俺の服の襟に飛んだ。
それから網膜を調べて、その1週間後、造影剤による検査をしたのだ。
*
ため息を付いて、俺は廊下の方を見る。
大きなドアはいつも開いているので、廊下を通る人が見えた。さっきのガキが笑いながら母親に連れられて通り過ぎる。その後に移動式のベッドで運ばれていく患者。
右目だけで見ると、眼底出血のために待合室は夕日に照らされているように赤い。
また、ため息をつく。
俺の周りには車イスに座っている老人やピンクの入院服を着た婆さん、それに老夫婦の姿があった。
ピンクの服の婆さんは入院費が大変だとか検査がつらくて仕方がないとか、隣の作業着を着た男に愚痴をこぼしていた。その男は年配のオヤジで、他人だと思うが婆さんの言うことに対して、いちいち深くうなずいている。
女性の名前が呼ばれ、愚痴を言っていた婆さんはカーテンをめくって診察室に入って行った。
医者が診察する部屋はカーテンで遮られているだけなので声が聞こえてくる。
中の婆さんは、もう入院は嫌になったとか病気が悪化したらどうしようなどと、医師の前でも愚痴を連ねていた。
「そんなことを言っても仕方がないよ」
突き放すような医者の言葉。
「誰だって死ぬときは死ぬんだよ。俺もあんたも死ぬときは死ぬ。だから、その時まで体を大事にして、なるべく長く健康で生きるように努力すれば良いんだよ」
婆さんの言葉は途切れた。同情を期待していたのに裏切られたということか。
俺は苦笑した。
そりゃ、そうだよな。人間いつかは死んでしまう。そんなもんだよな。
その隣の診察室から呼び出しがあり、俺の隣に座っていた老婆がのっそりと席を立って、そちらに歩いて行く。
普通、待合室では誰も話さないので、聞き耳を立てなくても診断の様子が耳に入ってくる。
「両目ともひどい緑内障です。緊急に手術をしないと……」
待合室の空気が張り詰める。皆は黙って、カーテンの奥に視線を向けた。
「手術ですか……」
力のない老婆の声。
医師は、すぐに入院して手術をする、2週間はベッドで安静にして様子を見る、というようなことを言っていたが、はっきりとは聞き取れない。
老婆は、夫と相談してきます、と言ってカーテンを開けて出てきた。そして、私の隣に座っていた、連れの老人の前に立った。
「ちょっと、いいかい……」
老婆は夫に向かって、済まなそうに声をかける。皺だらけの顔に焦点の合っていないような目。背中を丸めているので小柄な体は、さらにみすぼらしく感じられた。茶色の古ぼけたカーディガンと少し擦り切れた黒いズボン。
「おう、いいよ」
背の高い老人は、はっきりとした口調で答えた。黒いヨレヨレのズボンに使い込んだ茶色のジャンパー。端正な顔に懐っこい笑顔を浮かべている。そして彼は、おばあさんの後について診察室の中に入って行った。
中の医師は、症状が重いということを説明し、手術の必要性を説いた。
「手術して入院だって……」
「そうか。手術しなければならないんだったら仕方ねえだろ」
おばあさんの問いかけに、おじいさんは即答する。
「でも、入院費が……」
「なんとかなるよ」
おじいさんの声に迷いはない。
「で、先生。手術すれば治るんですか」
おじいさんの質問に医師は少し沈黙してから答えた。
「治るという保証はありません。術後の経過を見て、ということですね。……でも、手術しなければ確実に失明します」
それを聞いて俺は戦慄した。失明というと両目が見えなくなるということか。そんなひどい状況が俺の目前に存在している。
医師のきつい説明に、おじいさんは「そうか」と軽く答えた。
「よし、手術しようじゃないか。それで治るんだったら手術すれば良いんだよ」
おじいさんの声は屈託がない。
「まあ、失明したらよお、俺の目玉を片方やるから心配するな」
待合室に驚きの空気が流れた。
声は明るいが、冗談で言っているようではない。本気で片眼を移植しても良いというのか。
「俺とおまえは二人で一つだからよお、目玉も二人で一つずつだ」
おじいさんは、へへっと笑った。
「先生。もしこいつが失明したら、俺の目を使ってくれよ」
「そ、それはちょっと……」
医師も動揺していた。生体からの目の移植は倫理がどうのこうのと、口調が揺れている。
俺の胸に熱いものが湧きだしてきた。
夫婦のきずなというものは、こんなにも固いものだったのか。両親は仲が悪かったので、俺は結婚というものに理想を抱いていなかった。しかし、この老夫婦を見ていると、生涯の伴侶を得るということが、とてつもなく素晴らしいことに思えてくる。
俺の目を取り出して他人に与える。それを自分の体で考えてみると心が圧迫されるように怖くて苦しくて、とてもできることではない。そんな怖いことをそのおじいさんは、いとも簡単に決めることができるのだ。
俺は今までの自分が恥ずかしくなり壁を叩きたくなった。この夫婦は入院や手術、失明の危険性をきっちりと受け止めているのに、俺は眼球注射くらいでピーピー泣いている。なんてみっともないんだ。なんて弱っちいんだ。
待合室の中は、皆がこの夫婦に対して同情している雰囲気が漂っている。
やがて、夫婦はカーテンをめくって出てきた。おばあさんが俺の隣に座る。
「どうぞ」
俺は立って席をおじいさんに勧めた。
「ああ、別にいいよ。俺は病人じゃないからよお」
にこやかに笑って遠慮する。
「いいんです。どうぞ座って下さい」
開いている席に手を向けて、おじいさんを促す。この夫婦に対して何かをしてあげないと俺の気が済まなかったのだ。
「そうか、じゃあ」
困ったように笑い、おじいさんは連れ合いの隣に座った。
二人は小声で会話を始める。
俺は人生というものが分かったような気がした。
神様は病気を治してはくれない。しかし、病気に立ち向かう勇気を与えてくれる。
神は人に理不尽な試練を与えないという。ならば俺は闘おう。乗り越えることができる障害なら正面から挑戦してみようじゃないか。
俺はあたりを見回した。
正面には老夫婦。その左には目にガーゼを当て眼帯をしているおばさん。俺の隣には車イスに座っている老人。その足を優しくさすっている中年の女性。その老人は認知症なのか、足をさすっているおばさんの問いかけに口を半開きにして、かすかにうなずくだけ。
廊下を移動式ベッドが通る。寝ている男は点滴を受けながら看護婦達によって運ばれて行った。その後からは右足が義足の男性。背の低いその人は、下部にガムテープを巻いた古い義足で普通に歩いていた。
ああ、この世は不幸に満ちみちている。人生には苦しみが満ち溢れているのだ。
だが俺は不幸なのだろうか。
眼底出血になって右目が見えなくなったのは不幸なことに違いない。しかし、これが脳や心臓に起こったならどうだったのだろう。
脳の血管が詰まれば脳梗塞になり寝たきりの植物人間だし、心臓の血管が詰まってしまえば心筋梗塞で死んでしまう。最初に目に来たのは幸運だったのではないか。それに見えないのは右目だけで左は問題ない。これはラッキーだったじゃないか。
病気に打ちのめされた俺は、これからずっと健康に気を使って生きていくだろう。それにより、大きな病気になるリスクがなくなって長生きするということになる。この病気は生活習慣を改めて長く生きろという天命だと思うことにしよう。
人生は俺に、歳とったオヤジに何を期待しているのか。何かやるべきことがあるのだろう。それを俺は残りの人生で模索していかなければならない。
人間には生老病死の苦しみがあるという。
生きる苦しみ。年老いる苦しみ。病気の苦しみ。死んでしまう苦しみ。
だが、それは苦しみだけだろうか。
生きる楽しみもあるだろうし、病気が治っていく喜びもある。一生を有意義に過ごし、やるべきことをやり人生の使命を果たして満足した生涯を送ったならば、満ち足りた老後を迎え、やがて死ぬということも安らかに受け止めることができるだろう。
神様は病気によって、ふがいない俺に喝を与え、残りの人生を豊かにしてくれたのか……。
俺は天井を見ていた視線を下げて老夫婦を見た。
二人は軽く手を重ねている。おばあさんは目を細め口を緩やかに結び、夫に頼り切って安心したような笑みを浮かべていた。