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transex  作者: 蓮夜
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8. 新たな一歩を

 私もアキラも、なかなかに忙しい毎日を送っていた。私は授業も多めにあり、軽音サークルの練習もありという感じ。授業ではしょっちゅう実験のレポート課題が出る。アキラは私が思うに授業を取りすぎだ。教職課程と司書課程を取っているらしく、見るからに(聞くからに?)忙しそう。

 しかもそろそろ夏休みが近づいてきたので、お互い徐々に期末試験や期末レポートに追われつつある。ハンカチは未だに返せずじまいだ。


 レポートの息抜きにLINEで話していて、不意に思い立ったので質問してみた。

『アキラってサークル入ってるの?』

 今まで授業の話しか聞いたことがなかったと気づいたのである。

『入ってるよー、ジェンダー研究会に』

『なんじゃそりゃ』

『ジェンダーを研究する会』

 それは名前でわかるっつーの。そんな部の存在なんて全く知らなかったから「なんじゃそりゃ」だ。話を聞くところによると、メンバーの半分くらいは男か女で二分できない人達らしい。アキラは受験の時から知っていて「この大学に入学したらここに入る!」という勢いだったらしい。私ももし入試の時点で知っていたら、アキラと同じ大学を選んでいたかもしれない……かもしれない。

『何なら、こっち来てみる?』

 少し間を置いて、そう返ってきた。行ってみたいかと聞かれると、行きたいのは確かだ。

『まあハンカチも返さなきゃだし…行こうかな』

 ハンカチを口実にしつつ、アキラに会いたいのもありつつ、でもサークルへの純粋な興味もあるから行こうかと思った。何せ学校間は徒歩30分。歩く時間さえ惜しまなければ問題ない。

『でも、もうこのまま期末を終えたら夏休みだよね? しかもしーちゃんのほうが休みの始まりが早いし』

 ……そうだった。もう今期中は行く暇が無い。

『忘れてた(笑) 夏休み明けに持ち越すか』


 そうして迎えた夏休み明け。

 え?夏休みは何かなかったのかって? 何にも無かったんだな、それが。強いて言うならサークルの合宿があったことぐらいだ。合宿の内容そのものは充実していたものの、部屋割りとか……“男”であることを実感するという面で辛かった。アキラとは何か無かったのか?と聞かれても、何があったわけでもない。だから夏休みのことはさて置いて、夏休み明けの話をする。


 夏休みが明けてから、ようやく私はアキラが所属するサークルにお邪魔することになった。私の授業が早く終わる曜日で、アキラも空いている時間を選んだ。

『来るとき、途中まで迎えに行こうか?』

 前日になったときにアキラがそう言ってくれた。まあ道は単純だし一人でも行けなくはないけれど……

『うん、迎えに来てー』

 甘えておこう。道が云々よりも、二人で一緒に過ごす時間が欲しい。そんなことはただ内心で思っていただけだけど、アキラはそれを察してなのか、二人の学校の中間地点まで来てくれることになった。


 ついに今日はアキラに会える。この日までが長かった。朝から気持ちよく目覚め、借りっぱなしのハンカチも忘れずに鞄に入れて家を出た。授業終わりが待ち遠しくてたまらない。

 授業は3限までだった。授業が終わると、さっさと荷物をまとめて教室を出た。ここから自分の大学を出るまでに徒歩10分近くかかる。いつもは広々としたこの大学が好きだが、今日はこの広さが鬱陶しい。早足で歩いていると暑くなってきた。まだまだ残暑だし、動けば汗が滴る。

『着いたよー』

 アキラから連絡が入る。お互い同じ時間に学校を出たはずなのに……歩くの速すぎだろっ。でも、もう会える。あと数分で会える。そう思うと、脚の動きがどんどん軽くなった。


 集合場所に着くと、プリントTシャツにジーパンという何ともラフな格好のアキラがいた。私の姿に気づいて、パッと笑顔になった。

「おっ、来た来た。行こか。」

「うん。」

 ただ黙々と歩いた。会えた嬉しさより、早く目的地にたどり着きたい気持ちでいっぱいだった。動いていると外は暑すぎる。涼みたい。もしかしたら今は、会話せずとも、相手が隣にいることだけで十分なのかもしれなかった。

 アキラが通う大学に着いた。ここに来るのは初めてだ。私も受験した学校ではあるが、受験するキャンパスが違ったためここには来なかった。

「うわー、コンクリートジャングルだー。」

 つい感嘆してしまった。大学に着いて門をくぐり、私が真っ先に感じた素直な感想だった。

「え?じゃあそっちの学校は何なの?」

 アキラは突然の一言に驚きつつも、笑って質問してきた。

「こっちは…街だな。規模がでかすぎて。」

「何てこった。そっちにはまだ行ったこと無いんだよなー。未知の世界だわ。」

「来てみたらいいよ、とてつもなく広い。」

「いつか行ってみたいとは思ってる。学食も食べてみたいし。」

「出た、食いしん坊アキラ。」

「食いしん坊は否めないなー。」

 全然話さなかったくせに、話し出したら止まらない。他愛ない会話をしながら迷路のような道を歩き、建物の中に入って階段を上る。初めて来る身としてはややこしい。

 階段を上りきると、研究室が立ち並ぶ中に明るい部屋があった。“ジェンダー研究所”と書かれた看板がある。部屋の中に人の姿は見えない。アキラはその明るい部屋の中に入っていった。

「こんにちはー。」

 挨拶をするアキラに続き、私も中に入っていく。すると「いらっしゃーい」という柔らかい声と共に、奥から一人の女性が出てきた。話には聞いていたから、誰だかすぐに分かった。ここの研究所の職員の岩田さんだ。“どこかの親戚のおばちゃんっぽい雰囲気”と聞いていたが、まさにその通りの見た目をしている。

「あなたがしーちゃんね。私、ここの職員の岩田です。よろしくね。」

「あ、よろしくお願いします。」

 つい緊張して、ガチガチの挨拶をしてしまった。

「今って、メンバー誰も来てないですかー?」

 アキラが岩田さんに聞いたが、誰も来ていないとのことだ。

 これもあらかじめアキラから聞いた話だが、実はジェンダー研究会とジェンダー研究所は別々の組織だそうだ。活動方針が似ているので、研究会のメンバーは研究所の場所を借りて自由な時間に集まっているらしい。

「まあ、とりあえず座って座ってー。」

 岩田さんに促され、私とアキラは、部屋の長机のところの椅子に隣同士で座った。向かい側に岩田さんが座る。

「せっかくだから、いろいろお話聞かせてよ。」

 にこにこしながら岩田さんが言う。まさに、人の好い親戚のおばちゃんのイメージだ。

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