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transex  作者: 蓮夜
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7. 人間は皆人間

 アキラは口元だけ笑顔のままで続けた。一番怖いタイプの笑顔だ。

「でしたらお母さん、想像してみてください。ある日の朝、あなたが目覚めると、体が男になっていた。」

「は?」

「あなたは周囲に、男として生きることを強要されます。耐えられますか?」

 突如アキラが言い出したことをまるで飲み込めていない母親。頭の上に“?”がたくさん浮かんでいる。

「……何が言いたいの?」

「翔平さんは常に、逆の性別で生きることを強要されているということです。その苦しさを、少し想像してもらえませんか?」

 淡々と続くが重みがあるアキラの言葉に押されて、ついに母親は黙ってしまった。出たこれ。アキラの言葉攻め。言葉攻めと言っても、決して変な意味で言っているのではない。アキラの言葉には、なぜだか猛烈な説得力があるのだ。地味な技だと侮ることなかれ。日曜日の朝に某ヒーロー達が繰り出す技レベルの力はあるだろう。

「想像していただけましたか? そうしたら、もうひとつお願いしたいことがあります。聞いていただけますか?」

「え、ええ。」

「どうか、翔平さんそのものを見てあげてください。男として生まれたなら男として生きなくては絶対に不幸だ、ということはないんです。逆に、男として生まれて男として生きても絶対に幸せになれるわけではない。幸せになれるかどうかは、性別とは関係ないでしょう。」

「まあ……。でも心配なのよ。それに、ずっと息子として育ててきたのに娘だったなんて認めたくなくて。認めたら……」

「認めたら?」

「認めたら……私がしてきたことは全部間違ってたとか、私がこの子を産んだのは間違いだったのかとか……考えちゃいそうで怖くて……。最低な母親よね。」

 聞いて呆れるよ。本当に最低だ。自分のことしか考えていないんだな。そう言いたくなった。喉元までは言葉が出てきた。けれど、ぐっと飲み込んだ。今は口を挟むべきではない。アキラは私のために動いてくれているのだから、それを崩すようなことをするのは論外だ。

「……お母さんは何も悪くありませんよ。だから、もっと翔平さんのことを誇りに思ってください。性別より、一人の子として、一人の人間として見てみてください。こんなに優しくて、かつ信念を持てる人を私は素晴らしいと思います。そんな人を育てたお母さんもすごいと思うんです。」

 母親はまた黙りこくっている。攻撃するのではなく、誉めて何も返せなくしたというわけか。アドラーの勇気づけともとれる。

 他にも冷静に聞いていると、アキラの話術の凄さがわかる。簡単な頼みごとを承諾してもらい、今まで私が言っても聞かなかったような本当のお願いをして聞き入れてもらう。フットインザドア・テクニックって言ったっけ? もちろん言葉も見事に操っている。心理が大好きで、かつ国文学部にいるアキラだからこそ成せる技なのかもしれない。

「今の翔平さんの思いを理解しろなんて横柄なことは言いません。ただ、少しだけでも許容してもらえませんか?」

 アキラは真っ直ぐと母親の目を見ている。母親は少し俯いて、ふぅと息を吐いた。

「許容って言ったって、すぐには無理。でも親として子どもの見方でありたいとは思う。だから時間はかかるだろうけど……ちゃんと翔平のことを認めたい。」

「ありがとうございます。」

 この先本当にこの言葉通りになるのかどうか分からないけど、私は少し希望が見えた気がした。確信は持てないけれども、きっと大丈夫だと思った。母親の今の言葉は忘れられない言葉だ。それにしてもなぜ、母親の言葉に対してアキラがお礼を言うんだか。

「二人とも、あ……ありがとう。」

 私の口からもお礼の言葉が突いて出てきた。私なんかのために、初めて会った二人はぶつかり合ってくれた。アキラはもちろんのこと、母親もなんだかんだで、私のことを考えてくれていたんだなと多少は思えた。


「ところで……、あなたは何者?」

 母親が笑顔で、かつ不思議そうにアキラに問う。そういえば始めに紹介し損なっていたんだっけ。アキラはいつの間にか普通の笑顔に戻って、答えた。

「私ですか。実は……翔平さんとお付き合いさせてもらっています。」

「えっ……!もしかして翔平レズなの?」

「いや、私は彼氏なので。異性愛ですよ。」

 私が反論しようとして口を開くよりも先に、アキラはあっさり、かつ堂々と言い放ってしまった。

「は?どういうこと!?」

 母親は再びプチパニックだ。

 この後どうなったかはご想像にお任せしよう。ただ、不思議なことに不穏な空気になることはなく、むしろアキラと母親は意気投合していったようだ。


 お互いに帰宅した後のこと。日付が変わるくらいの時間に、私とアキラはいつものようにLINEで会話した。

『今日は本当にありがとう。アキラがいなかったら未だに家に帰ってなかったかも。』

『お役に立てたならよかったです。それにしてもしーちゃん、お母さんの気持ちも汲まなきゃダメだよ? 相手の気持ちも考えた上で、自分の気持ちをぶつけなきゃ。』

 図らずも説教タイムになってしまった。けれど全てごもっともだと思う。“レズ”って言葉がぽんと出てくるぐらいには、母親は母親なりに勉強していたらしいし。親だからって偉大なわけではなくて、親も一人の人間なんだなと、今日になって初めて思い知らされた。一応“レズ”という呼び方は蔑称だけど、それでも言葉そのものすら知らなさそうな人だったから、知ってるだけ充分だ。むしろ素晴らしい。そんな母親の気持ちを、もう少し考えればよかった。

『今度会ったとき、何かお礼するよ。ハンカチも借りっぱなしだし忘れないうちに返したい』

『お礼なんていいよ、好き勝手言っちゃっただけだし』

『それは何だか申し訳ないもん』

『そんなに言うなら、今度会ったときキスさせて』

 ん……?えっ!何ですと!キスってあのキスですか!頼み方ストレートすぎませんか?

 混乱する頭でよくよく思い返すと、そういえばアキラと今まで一度もキスなんぞしたことがない。抱きつくのも今日が初めてだったくらいだ。付き合っているという割にはむしろ何もしてこなさすぎたのか。

『いいよ、キスしよ』

 うわあ、次に会うときは一体何が起こるのだろう? 未知数すぎてちょっと怖い。でも楽しみ。


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