2. 受験生の日常
受験生は忙しい。特に進学校に通っているからなのだろう、朝イチで補習を受け、通常の授業を受けたら授業後に再び補習。学校の授業と補習だけでも、1日最大10時間ほど勉強できる。やりたくないけど。まだ、自ら取りたい補習を選んで取る仕組みなのが幸いかもしれない。強制ではなく自発的に受けているから文句はないし。けれど、やっぱり肉体的にも精神的にもキツイ。
そんな状況でも、アキラとのメールのやりとりは相変わらず毎日のように続いている。そんな状況だからこそと言ったほうが正確かもしれない。どこかで息を抜かないと、勉強なんてやっていられない。
今日ももちろんメールをしている。アキラから返信が返ってきた。
『勉強集中できん。今日もパソコン開いちゃってる。』
マジか。開いちゃうのか。止めはしないけど受験生的にどうなのよ?
『あらら』
とりあえず返信しておいた。自分も今から英単語を覚えにかからないと。と思った矢先にまた返信が来た。早すぎだろ。
『セクマイの人のブログとか見て元気づけられてからじゃないと、やる気スイッチ入らない。』
はいはい。“セクマイ”というのは“セクシュアルマイノリティ”、つまり性的少数派のことね。うーん……。受験が終わってから悩めばいいじゃんって思うけど、そうもいかない気持ちは私もよくわかる。
アキラは自分の将来のことを悲観しているらしい。大学に行けたとしても、その後セクマイであることを隠さずに働くのは、今の日本ではほぼ無理だ。でも女性扱いされるのは耐えられないだろう。ただでさえ進路が決まっていないアキラは、受験勉強をする目的すらも見失っているということか。
私も正直、将来の不安は大きい。けれど、今の状況に耐えるだけで精一杯な節もある。家族に本当の自分を隠さなきゃいけないのが一番辛い。それに学ランを着るのも辛い。学ランについては、高校卒業までは着ると割りきってはいるけれど。あと、髪の毛が最近やっと肩につきそうなくらいまで伸びてきたのは嬉しいが、家族も友達も「早く切れ」と言ってくる。体が男だと、髪を伸ばすと悪い印象しか与えない。体が女なら短髪でも、現代においては何の問題もないのに。
MtFとFtM、抱える悩みの大きさは同じかもしれないけれど、抱える問題は全く違う。はぁーとため息をついて、私は単語帳を開いた。
夏が過ぎ、冬服の制服を着る人が増えてきた。この時期になるといつも感じることがある。女子は男子に比べ、冬服への移行が早いということだ。男女の新陳代謝の違いだろうが、意外にかなり差がつく。下手すると、教室を見回したら女子がほとんど冬服で男子がほとんど夏服、なんてこともあるくらいだ。
なので私は今回、女子のタイミングに合わせて衣替えをしてみた。学ラン勢の中では、学年でも一番か二番に早く衣替えしたと思う。まだ教室を見回しても、冬服の黒は目立つくらいだった。まだちょっと暑いけれど、大した問題ではない。
同じことを考えているのかいないのか、アキラの方は、女子がほとんど冬服になっているにも関わらず、まだブレザーの上着を着ていない。長袖のブラウスは着ていても、肘のあたりまで袖をまくっている。男子のほとんどが学ランを着るようになってもその調子だから驚きだ。寒くないのだろうか?
「ん?平気だよー?」
たまたま顔を会わせたときに聞いてみたら、そう言われた。
「だって新陳代謝いいからー。末端冷え性だけど体は暑い。」
おお、そうなのか。強いなあ。
さて、そろそろ受験校を具体的に決定しなくてはならない。待ち構えるは担任面談。とはいっても私の担任はゆるいし、自分が行きたい学部も心理学部一筋だから問題ない。受験校の確認をして、模試の志望校の判定の話をして終わり。いたってシンプルだった。しかし私とは対称的に、アキラの面談はとてつもなく長かったらしい。1時間くらいは話したとのこと。
『そんなに長い時間で何を話したの?』
とりあえずメールで聞いてみた。面談なんぞ10分やそこらで終わってしまう私としては、1時間も内容がもつのがすごいと思ってしまう。
『聞きたい?笑』
もったいぶった返信が来た。
『聞きたい(笑)』
『あのね、端的に言うと、担任にカムした(笑)』
ほう、もったいぶった割にはあっさり答えを返してくれるのね。けど……え?
『カムってあれだよね?カミングアウトのカムだよね?』
『もちろん。そのカムです(笑)』
えっ!担任にカムしたんですか! 私はとにかく驚いた。そして、カムしてしまうアキラの勇気に脱帽した。話によるとアキラは担任に、勉強に身が入らないと話したらしい。すると当然「どうして?」と聞かれ、カムをしないと話が始まらないからカムしたと。
『怖くなかったの…?』
私はまだ、誰かにカムをする勇気なんてない。大人に対してならなおさらだ。
『あの先生なら大丈夫だなってのが何となくあったから。でも初めて大人にカムしたから、怖くなかったわけではないかな。』
まあ確かに、アキラの担任なら大丈夫なのかな。私の放任主義な担任だったらわざわざ言おうとは思えない。それと
『2年の時の担任にだったら絶対言えないわ(笑)』
『俺も、その先生には言わないね。女子びいきする人だから無理。』
『うん。』
『最近は平気でカムできる俺でも、言う人は選んじゃう(笑)』
『だよね(笑)』
『うん(笑)』
何にせよアキラの行動はすごいや。いつか私も、ありのままで生きたい。けれど、私がそうなれるのは何年先なのだろうか。道のりは相当長い。