1. 出会いから
2013年2月14日。奇しくもバレンタインデーだったこの日に、私は初めて友達にメールでカミングアウトした。
『私、もしかしたら女の子かもしれないんだ』
たった一文がなかなか打てなかった。メールを送信するときも、携帯を持つ手は震えていた。どう思われるか不安で、とにかく恐怖が襲ってきた。なのに、5分経って返ってきた返事はあまりにも意外なもので、私は拍子抜けしてしまった。
『話してくれてありがとう。私も実は、心は男かもしれないんだ。』
混乱を招かないように始めに言っておくが、私は男の体で産まれ、男として育てられてきた。しかし心はれっきとした女の子。いわゆる“性同一性障害”というやつだ。最近は“性別違和”という言い方に変更されて、果たして浸透しているのかいないのか。ちなみに、カミングアウトした友達と初めてまともに会話したのはカミングアウト前日のこと。今は高校で同じクラス同じ部活だが、会話を交わすことは今までなかった。なぜ誰にも言えなかった秘密をそんな人に言おうと思ったのか、自分でもさっぱりわからない。でも、今思えば必然の行動だったのかもしれない。
その友達、明は高校では普通に女子の制服を着ている。ショートヘアでボーイッシュな印象はあったけれど、可愛い制服を身に纏っている上に背が低いせいか、可愛さがあった。まさか明も同じような悩みを持っていたとは……驚きを隠せない。
しかし何にせよ、今の私はカミングアウトに成功したことが嬉しかった。ほっとした旨をメールに書いて返信した。
次のメールの返信はすぐに来た。やっと少し緊張が和らいできた私は、このメールを開くと再び一気に脈が早くなるのを感じた。メールにはこう書かれていた。
『今までもだけど、カミングアウトを聞いたらますますあなたのことが好きになりました。もし良ければ……付き合ってくれませんか?』
どういうことだ?こいつは何を考えているんだ? 待って、一旦落ち着こう。メールには続きが書かれている。
『急にごめんね。でも衝動とか適当な気持ちとかではなくて、本気で、これは運命だなって思った。まだ昨日初めて話したばかりだし、急には無理だと言うなら、友達付き合いからでも嬉しいです。』
唐突すぎるよ!しかも何だこのキザな文言は! だけど……なぜだろう。なぜか私も、この人となら付き合えそうな気がした。
3か月後。ついに高3になり、進学校である私の学校では本格的に学年全員がガリガリと勉強していた。私は私大を目指し、アキラは国公立大を目指すので、今年のクラスは別になった。そうそう、アキラというのは明のことである。女性名が嫌なので、本名の明を自ら読み替え、友達などには明と呼ばせているらしい。いつの間にか私達は、お互いを「アキラ」「しーちゃん」と呼び合う仲になっていた。しーちゃんというのは私の本名の翔平から、頭文字をとってつけたものだ。「まさかお前のこと翔平とは呼べないわー」と言って、アキラがつけてくれた。この呼び方を使うのもアキラだけ。
「しーちゃん、明日さ、息抜きにカラオケ行かね?」
私が一人で教室の自分の席に座っていると、突然アキラが教室に来て小声ぎみで話しかけてきた。
「うーん……」
「いいじゃんか、たまにはしーちゃんに会いたいの! クラスもまるっきり別で、部活も引退しちゃったからなかなか会えないし。」
「まあねー。いいよ行こ。でも息抜きも何も、あんたろくに勉強してないでしょ(笑)」
「バレた? 勉強しようと思うといつも考え事しちゃって、全然捗らないんだよな。」
そういえば、いつかのメールで言ってたな。毎日パソコンを開いて、セクシュアルマイノリティ関連の記事やブログを見て気持ちを落ち着かせないと勉強できないって。あたかも能天気な感じでカラオケに誘ってくるアキラも、どこかで闇を抱えて生きているのかもしれない。
「じゃ、明日カラオケね! 細かいことは後でメールで!」
そう言って、上機嫌でアキラは教室を出ていった。
あっさりカラオケの約束したけれど、一応これって初デートってことだよね? 一応付き合っていることになっていて、毎日のようにメールはしていても、二人だけで一緒にどこかに行くのは初めてだ。若干、緊張しなくもなかった。
「よっしゃあ!思いっきり歌うぞー!」
翌日、一緒にカラオケに向かう道中。アキラのテンションはすこぶる高かった。よっぽど歌いたいんだろうな、目もすごくキラキラと輝いている。実は私も、アキラの歌声を聴くのは楽しみだ。アキラはごく稀に軽音部のライブでボーカルをしていた。本人は否定するけど、けっこう上手い。少なからず私のボーカルよりは上手いに違いない。
カラオケを始めると、案の定アキラは勢いよく歌い始めた。しかも1曲目から、激しいロックの曲を入れている。
「いいな、高い声出るの羨ましい。」
アキラの歌声を聴いていた私は、思わず曲の間奏の合間に呟いた。私は男声としても低めの声だから、高い声が出せるのは羨ましかった。ついでにアキラの中性的な歌声が密かに好きだったし、音程がバッチリとれるのも羨ましかった。
「高い声ねー。俺はむしろ、しーちゃんの低い声が欲しいくらいなんだけどな。」
アキラはそう呟き返しながらマイクを構え直し、再び歌い始めた。
このときからだろうか。ぼんやりと「二人で体を入れ替えられたらいいのに」と思い始めたのは。まあ、そんなことあるわけがないんだけどさ。
その後も私とアキラは、交互に歌い続けた。意識してのことなのか、アキラは時折プロポーズのような歌を混ぜてきた。でも気にしない。恋愛の歌というのはたくさんあるものだ。無意識に選ぶことも普通だろうし、きっと私も無意識にそういう歌を歌っていたことだろう。
何事もなくカラオケを終えて、二人で夕焼け空の下を歩いた。付き合っているということは、この辺で手でも繋げばいいんだろうか。……いや、よくわからないから止めておこう。今は、アキラの隣を歩けているだけで幸せだ。