聖女様の一日
みんな大好き? 一之瀬さんの日常です。
かなりアレなのでご注意を…
険しい山々が連なる山脈。
およそ人間が暮らす場所とは思えないそこに、白亜の神殿があった。
一際高い山の中腹に建立されたそれは、荘厳な雰囲気を醸し出している。
今は夜明け前、人の気配も見当たらない。
ここはルーセント教国の国教、ルーセント聖教の総本山だ。
そして、その最奥に一際大きな部屋がある。
部屋の中央には大きな天蓋付きのベッドがあり、部屋の隅には小さなベッドがいくつも並んでいた。
ここはルーセント聖教の象徴とも言うべき存在、『聖女』の居室である。
そしてこの部屋の主こそ、新たな聖女となった召喚者、一之瀬恵だ。
総本山の朝は早い。
巫女見習いの少女達が朝のお勤めをするために、夜明けには起床するからだ。
だが、聖女である一之瀬の朝はもっと早い。
「さて、今朝も堪能しようっと」
一之瀬は部屋の隅に置かれたベッドに近づく。
この部屋には、一之瀬と共に、巫女見習いの少女が複数暮らしている。
もちろん、聖女である一之瀬の身の回りの世話をするためだ。
では何故、その巫女見習いよりも早く起床しているのか。
「やっぱり可愛い女の子の寝顔は堪らないわ…」
一之瀬は彼女達の寝顔を堪能するためだけに早起きしているのだ。
さらに…
「…お、おはようごじゃいます」
「うん、おはよう」
まだ年端もいかない少女のため、寝起きで呂律が回っていない。
そんな少女の寝惚け眼や置きぬけの乱れた寝間着、そしてぼーっとする表情なども堪能していた。
だが、これだけでは終わらないのが一之瀬の凄さだ。
「はい、ばんざーい」
「あ、あの…一人でできますから…」
「だーめ、言う事聞きなさい」
少女達の着替えを一人ずつ手伝っていく。
だが、決して怖がらせることのない様に、あくまで優しく接している。
皆の着替えが終わると、少女達は朝のお勤めをするために部屋を出て行く。
それを残念そうに見送る…かというと実はそうでもない。
まだまだ彼女にはここで堪能しなければならないことがあるのだ。
「ぴょーん」
いかにもな擬音を口走りながら、少女たちが今まで使っていたベッドにダイブする。
まだ温もりの残るベッドで、毛布の残り香に包まれて至福の時間を堪能する一之瀬。
だが、この時間も永遠ではない。
少女達が食事の支度を整えるまでしかないのだ。
だからこそ、全力で堪能するのが一之瀬の主義だ。
「お食事をお持ちしました」
巫女見習い達が食事を用意して入ってくる。
一之瀬には肉や魚に果物などが用意されているが、少女達には粥のようなものだけしか用意されていない。
「それじゃ、食べましょう」
「「「「「 はい 」」」」」
「はい、あーん」
「あ、あの…自分で…」
「ほら、この果物も美味しいわよ」
「い、いえ、あの…」
「ほらほら、肉とか魚も食べないと大きくならないわよ?」
一之瀬は少女達に自分の分を食べさせていた。
少女達は畏れ多いと畏まっているが、半ば強引に口に入れられた食べ物の美味しさに、戸惑いながらもうっとりとした顔をしている。
(か、可愛い!)
一之瀬はそんな姿を堪能しながら、心の中で身悶えていた。
ちなみに、一之瀬は少女達の残した粥を食べていた。
「そ、そんな…残ったものなんて…」
「何言ってるの? もったいないでしょ?」
「は、はい!」
この行動に、他の巫女や多くの信者は
『食べ物を無駄にしないどころか、ご自分の分まで施すとは…』
と、聖女様に対する信仰心を爆発的に向上させていった。
しかし、残り物を食べる一之瀬の心情は…
(かわいい女の子の食べ残し…こんな幸せが存在するなんて!)
と、煩悩にまみれていた。
それを知る者はごくわずかだったが…
朝食後、一之瀬は総本山を後にする。
純白の翼を広げ、物理法則を無視した速度で大空を翔ける。
その行き先は…『デュメリリーの森』のラウラの屋敷だ。
「お姉さま! 遊びにきました!」
「…また来たの? 恵ちゃん…」
露骨に顔を顰める楓を他所に、一之瀬は勝手に厨房に入っていく。
楓はラウラから厨房への立ち入りを禁止されているので、忌々しげな視線を投げかけることしかできない。
そんな視線も一之瀬を止める力にはならない。
「おう、一之瀬。よく来たな」
「お姉さま、今日は何を作ってるんですか?」
「今日は『パエリア』を作ろうと思ってるんだ、手伝ってくれ」
「はい! お姉さま!」
ラウラはみじん切りにした玉ねぎと米を炒めて、そこにスープを注ぐ。
一之瀬は魚介類を捌いている。
「よし、具材を入れてくれ、私は味付けをする」
「はい、お姉さま」
鍋に具材を入れながら、一之瀬は今このひと時の幸せに浸る。
隣に並ぶのは憧れの存在。
そして共同作業。
至福のひと時を思う存分堪能していた。
だが、一之瀬の至福は留まらない。
「…よし、いい味だ。お前も味見してみろ、ほら」
「は、はい、お姉さま」
ラウラから無造作に差し出される、味見のスプーン。
そこには料理途中のパエリアが乗っているのだが、一之瀬の意識は別のところにあった。
(これって…『あーん』してもらってるってことよね…)
ラウラが向けているのは、スプーンの先だ。
まさかここから手づかみで食べろということではないはずだ。
となれば、この状況が表す行動は一つしかないだろう。
「ほら、早くしろ、冷めるぞ」
「は、はい! …あーん」
一之瀬は至福の絶頂にいた。
まるで恋人どうしのようなこの状況。
今この場には2人だけしかいないのだ。
「どうだ、いい味だろう?」
「は、はい…もうとろけそう…」
無邪気な笑顔を見せるラウラ。
その眩しい(一之瀬にはそう見える)笑顔に、完全に心を鷲掴みにされていた。
思わずその場に立ち尽くしてしまうほどに…
結局、一之瀬はその場に立ち尽くしたままトリップしてしまった。
ラウラが声をかけても覚醒しなかったので、一之瀬をそのままにして皆で昼食を済ませてしまった。
後で正気に戻った一之瀬は、既に食べ終わった食卓を見て号泣した。
一之瀬はその後、すぐさま総本山に戻った。
その手には、ラウラが一之瀬のために取り分けておいたパエリアが入った器があった。
(さすがはお姉さま、私の分をしっかり確保してくれるなんて…これも愛ね)
勝手な想像をしながら、総本山へと急ぐ。
何故急ぐのか、それはおやつの時間だからだ。
「ただいまーっと、良かった、間に合ったみたい」
ちょうど巫女見習い達がおやつを持ってきたところだった。
おやつは素朴な焼き菓子で、日本での食生活に慣れた一之瀬には物足りなかったが、それを補ってあまりあるほどの『ご馳走』がそこにあった。
そこには、焼き菓子を頬張りながら極上の笑顔を見せる少女達。
まだ年端もいかない少女達にとって、お菓子というのは幸せを呼ぶ食べ物なのだろう。
そして、その姿は一之瀬にも幸せを呼んでいた。
「聖女様? 食べないのですか?」
「うん、私はおなかいっぱいだから、あなたたちで食べなさい」
お菓子がもっと食べられることに、さらに笑顔になる少女たち。
それを見つめる一之瀬は流れ出る鼻血を拭うのに忙しかった。
その後も一之瀬にとっての至福の時間は続く。
巫女見習いの少女達に魔法を教える時間だ。
尤も、彼女にそこまでの専門知識があるわけではないので、ラウラの屋敷でラウラとユーリエに教えてもらっていた。
一之瀬にとって、成熟した女性であるユーリエとの時間は苦痛でしかないが、目を輝かせて教えを乞う少女達の姿を思えば耐えることができた。
「聖女様、これはどういう意味ですか?」
「これはここの呪式をこの方法で応用するのよ」
(真剣な表情も………堪らない…)
真剣に魔法の勉強をする少女達に、密かに身悶えする一之瀬だった。
「あーあ、嫌だなあ」
「そんなこと言わないでよ。こっちは毎日あんなのの相手してるんだから」
「それはそうだけど…」
一之瀬と並んで廊下を歩くのは、巫女長の座についたサラだ。
彼女は現在、教団の中心となって再生を図っている。
しかし、聖女を狙って色々な輩が近づいてくる。
主に聖女を利用しようとする貴族連中ばかりだったが。
「だってあいつらの下心駄々漏れなんだもの…」
「そんなのわかってるわよ…」
これから向かうのは会食専用の食堂だ。
今日の会食相手は、教団に縋りついてきた貴族だ。
教団に降臨した聖女の噂を聞きつけたらしい。
扉を開けると、そこには醜く太った男がいた。
年齢は50を過ぎたところか…
(これは…無いわぁ…)
いくらオジサマ好きの一之瀬でも、これは守備範囲を大きく外していた。
完全にOBゾーンである。
「これはこれは、聖女様も巫女長様もお美しい…」
(うわー、こいつ、何て想像してんのよ…)
この貴族はどうやら2人の容姿に邪な想像をしたらしい。
一之瀬にとってはこの程度の相手の思考を読むなど造作もないことだった。
それからのおよそ2時間は、一之瀬にとっては拷問に等しかった。
サラはかつての教団からの指令で精神的に鍛えられていたため、表情を崩すことは無かった。
それを見せられては、巫女長よりも立場が上の一之瀬としては、我慢するほか無かった。
もしこれが一之瀬だけだったら、その嫌悪感のままに瞬殺していただろう。
「…2度と来ないように暗示かけておいて」
「…わかったわ」
サラからの指示に全く反論することなく、食事を摂りながら暗示をかける。
これでこの醜い豚がここに来ることはないだろう。
全く味のしない夕食を終えた一之瀬は、これから始まる一大イベントに集中するべく気持ちを切り替えた。
「はい、髪の毛をあらいますよー」
「聖女様の髪、すごく綺麗です…」
「気持ちいいです…」
一之瀬と巫女見習い達は入浴時間だった。
本来ならば一之瀬の身体を洗うのが巫女見習いのお勤めだったのだが、何故か一之瀬が少女達を洗っていた。
一糸纏わぬ少女達に囲まれての入浴という極上の時間に、先ほどの豚とのどうでもいい記憶が消されていく。
いつもは畏まる少女達も、入浴は気持ちいいのか伸び伸びとしている。
そんな無邪気な姿も一之瀬の心の琴線を刺激しまくっていた。
「はあ…堪能したわ…」
「御髪を乾かしますね」
少女達に髪を乾かしてもらいながら、入浴の余韻に浸る一之瀬。
少女達は各々就寝の準備を始めている。
「本当は添い寝でもしたいところだけど…」
一之瀬は決して少女達に手出しをしていない。
今の一之瀬には、ラウラという最愛の『お姉さま』がいるのだ。
そんな自分が、ラウラ以外の相手と関係を結ぶことはラウラへの裏切りになってしまう。
そう考えた一之瀬は、少女達をただ愛でるだけに留めていた。
尤も、愛でるだけでもかなり満たされているのだが…
「それでは、灯りを消します」
「ええ、おやすみなさい」
部屋が闇に包まれる。
やがて、部屋には寝息の音だけが響く。
総本山の夜は遅い。
ただし、それは一之瀬にのみ当てはまる。
「うふふふ…可愛い寝顔」
一之瀬の一日は、寝入った少女達の寝顔を楽しむことで終わる。
ようやく満足したのは夜明けに程近い時刻だった。
睡眠時間などほとんどとれていない。
一度それを心配したサラがその身を案じた時、一之瀬はこう言った。
「大丈夫、聖女の力で平気だから」
聖女の力を完全に無駄遣いしている一之瀬。
今日もルーセント総本山は平和だった。
一之瀬さんの最愛はラウラです。
実は一途な一之瀬さんです。
読んでいただいてありがとうございます。
新しい連載を始めました。
チートと戦うワケあり女子高生のお話です。
よろしければそちらもどうぞ。
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