表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/124

みんなで作ろう

久々に登場します。

 その日、屋敷の厨房はいつにない不穏な空気が流れていた。

 そこには、通常ならば存在するはずのない人物がいたからだ。


「ラウラ様の故郷の味を再現すれば…私のことを褒めてくださるはずです」


 エプロンをつけたシャーリーがそこにいた。

 しかし、そこにいるもう1人の存在が不穏さを加速させていた。


「ラウラお姉さまのためなら全然協力するわ!」


 シャーリーと同じような純白の翼を持つ少女。

 一之瀬 恵がそこにいたからだ。


 

 一之瀬はあまりのラウラへの求愛の激しさに、屋敷への立ち入りを禁止されていた。

 それを皆が知っているため、何故かここにいる一之瀬に警戒しているのだ。


「大丈夫だよ、私が呼んだんだから」


 皆の緊張を解く一言は、ふらりと現れた人物によってさらなる緊張へと昇格していった。


 その人物とは…西川 楓。


 封印されし『料理』を作り出した2人に、かつてラウラを苦しめた一之瀬が加わる。

 誰もがこの場に混沌の深淵が顕現するものと戦慄した。


 しかも、何故か今は屋敷の主であるラウラの姿は見えない。

 実はラウラはメアリの畑に大豆を見に行っており、不在だった。

 残る良心はユーリエのみと、皆が縋るような視線を投げかけるが…


「ラウラ様の故郷の料理………もし美味しくできたら、どれほどのご褒美をいただけるのでしょうか」


 状況をさらに加速させる言葉を残して去っていった。

 屋敷に残った勇者達は、今日この日が自分の最期の日になるかもしれないと滂沱の涙を流していた。






「それじゃ、お願いするね、恵ちゃん」

「うん、まかせて。それで、ラウラお姉さまはどんな料理が好きなの?」


 それを聞いて、シャーリーと楓は思わず目を泳がせる。

 何故なら、2人はいつもラウラに料理を『作ってもらう』だけだったので、ラウラの好物が何かを知らなかったからだ。

 

「で、どうなの? 教えてよ」


 そんな状況など全く知らない一之瀬は、2人の様子がおかしいことを不審に思いながらも、追求を止めない。


「い、いや…その…」

「それは…その…」

「…2人とも、何か隠してない?」


 流石にその動きがおかしかったため、一之瀬は2人に問いかける。

 

「ねぇ、何か隠してるでしょ?」


 まさかここにきて『好物がわからない』などと言えるはずがなかった。

 シャーリーはアステールでの200年、楓は日本での生活、いつでもそれに気付くチャンスはあったはずだった。

 だから、今更『知りません』では自分達の立場が無くなってしまうのだ。


 挙動不審な2人に、いくら一之瀬でも2人が隠していることがかなり重要なことであることは気付く。


「ねぇ、いいかげんに…教えてくれないかな…」


 その瞳に剣呑な光が宿る。

 強さで言うならば、ラウラに近いレベルにある一之瀬である。 

 2人の背中に冷たいものが伝う。


「「 ごめんなさい 」」


 シャーリーと楓の判断は早かった。










「ま、まさかラウラお姉さまの手料理を…毎日…それは私に対する嫌味なの?」


 一之瀬のジト目が2人を射竦める。

 ラウラの手料理を毎日食べるなど、一之瀬にとってはまさに至福の境地だ。

 それを当然のように考えている2人には軽く殺意を覚えてしまうほどだ。


 だが、そこをさらにポジティブな思考で切り抜けるのが一之瀬の一之瀬へんたいたるところだ。


「まあいいわ、私の手料理でしっかりとお姉さまの胃袋を掴んでしまえばいいんだし」

「しまった! 恵ちゃんは料理が得意だった!」

「本当ですか? 楓さん」


 一之瀬はかつて、自らの好みのオジサマを落とすための手段として、料理の腕を磨いていた。

 そして彼女には、自ら『必殺』と言わしめるまでに成功率の高い料理があった。

 これを作って堕ちないオジサマはいなかった。

 

「で、でもラウラちゃんはオジサンじゃないし!」

「それなら若い女の子が好きそうな料理を作ればいいだけだし」

「でも、ラウラ様はほとんどの料理を作れますよ?」



 シャーリーが放った一言は、思いがけずに皆の希望を打ち砕いてしまった。

 よく考えてみれば、調味料の自作すらしてしまうほどの腕前の持ち主に手料理を振舞うなど、通常の女性であれば全力で拒否するだろう。


 それじゃ、どうすればいいのかというと、実は簡単なことなのだが、今の3人はそれがわからない。

 

「それなら、やっぱり新しい味に挑戦しないと!」

「そうです! 今度は新しいシチューを…」

「和食も洋食も上手となると…中華かエスニックかなぁ…」


 3人のうち2人が不穏当な発言をしていた。

 ラウラがいれば確実に止めるであろう状況だが、その本人がいないのだ。

 もはやこの事態を止められる者はこの屋敷には存在していなかった。


 

 屋敷にいた誰もが最悪の結果を思いうかべた。

 正体不明の料理たちに侵食されていく自分達を想像してしまえば、誰もが絶望にその表情を暗くしていた。

 もう救いの手など誰も差し伸べてくれない。

 そんな思いを抱いているところに、思いがけない人物が現れた。

 


「一体何をしているんですか?」



 そこに現れたのは、大量かつ多彩な食材を抱えたユーリエだった。










「ユーリエさん! まさか邪魔しに来たんですか?」

「くっ、まさか魔王がライバルになるとは…」

「うわー、すっごいイイ身体してる」


 三者三様の言葉が語られるが、ユーリエは全く意に介さない。

 食材を種類ごとに調理台にまとめていく。

 なおも食いついてこようとする3人をしげしげと眺めて、小さく溜息をついた。


「あなたたち、そんなことばかりしているから、厨房立ち入り禁止を言い渡されるんですよ?」


 そう言い切るユーリエの視線は、どこまでも冷たかった。








 ユーリエは3人を見据えると、渋々といった感じで口を開いた。


「一之瀬さんはいいとして、楓さん、シャーリーさん? あなた達は一体何がしたいんですか?」

「そんなの決まってるよ、ラウラちゃんに喜んでもらうためだよ」

「私も同じです」


 何がいけないのか全く理解していない2人に、少々呆れるユーリエ。

 特に楓については、時折見せる聡明な様子が欠片もなかった。


「これがラウラ様の魅力なのでしょうか…」


 ユーリエは嫌そうな顔をしながらも、この場を収めることを優先した。


「あなた達、それは本心ですか?」

「「「 もちろん! 」」」

「それは嘘でしょう?」


 はっきりと断言されて動揺する3人。

 なおもユーリエは続ける。


「あなた達はラウラ様に食べてもらって自己満足したいだけでしょう?」


 そう言われて、黙り込んでしまう。

 確かにラウラに食べてもらうという目的から、そうなることで他のライバルを出し抜くという目的に変わりつつあったからだ。


「このままではラウラ様に余計な手間をかけさてしまいます。それは私としても本心ではないので」


 ユーリエは早々に解決策を提示したのだった。









「おい、一之瀬、そっちの鍋の味を確かめてくれ。ユーリエはそっちの揚げ物を頼む」


 ラウラの指示が厨房に響く。

 指示を出されたユーリエと一之瀬は嬉しそうに従っている。


「あの…ラウラちゃん? 私たちも手伝いたいなー…なんて」

「私たちにも仕事をください」


 楓とシャーリーは食堂の一角で正座させられている。

 ラウラのいいつけを破った罰だった。




 ラウラがメアリから貰った食材を持って帰ってくると、厨房にいた楓とシャーリーをすぐさま拘束した。


「おまえら…あれほど厨房に入るなと言ったのに…」


 ユーリエの判断は正しかった。

 もう少し帰宅が遅れていたら、新たな混沌料理が誕生していた可能性がかなりあった。

 

「私でも手に負えない気がしましたので、時間稼ぎをしました」

「さっすが魔王、頭がキレるね」



 ユーリエが提示したのは【皆で作る】というものだった。


『皆で力を合わせて作れば、ラウラ様も評価されるはずです』


 この一言に、皆の心がひとつになった。

 そして、誰が何を作るかで話は纏まらなかった。

 だが、それこそがユーリエの思う壺だったのだ。

 ユーリエはラウラが夕食の支度までには戻ることを知っていた。

 だからこそ、そこまでこの3人に調理を始めさせなければいいのだ。


 そして思惑通り、ラウラの帰宅まで調理が始まることは無かった。


「楓は皆を呼びに行ってくれ。シャーリーは皿を並べておいてくれ」


 ラウラはしょんぼりしている2人に仕事を言い渡した。

 楓は嬉々として皆を呼びに行き、シャーリーは不服そうな顔をしながらもテーブルに皿を準備しはじめた。


(いくらシャーリーでも食器を並べるくらいなら大丈夫だろう)


 そんなことを考えながら、3人で料理を仕上げていった。








「きゃああああぁぁぁぁぁ!」


 甲高い悲鳴が食堂に木霊した。

 その声は女生徒の勇者のものだった。

 ラウラは即座に思考を戦闘モードに切り替え、厨房を飛び出した。


「どうした! 何があった!」

「あ、あああ、あああれ、あれ、あれ…」


 がたがたと震えながら、テーブルの上を指差す女生徒。

 その指差す先には………








『ヤツ』がいた。







 禍々しい漆黒は深みを増しており、そこから放たれる負のオーラはもはや風格すら漂っている。

 誰もが戦慄するそれは、堂々と皿という玉座に陣取っていた。





『シチュー』がそこにいた・・






「何でだよ! 皿を置いてただけだろう!」

「私のラウラ様への愛が奇跡を…」

「そんなもの起こすな!」



『シチュー』はラウラによって厳重に封印が施され、鞄に永遠に収納されることになった。





「やはり私の『シチュー』はラウラ様に食べていただくために存在しているのです」

「私は自分の死因を『シチュー』にされたくない」




 こうして再びどこからか現れた『シチュー』は、ラウラの鞄の中で同胞と出会い、さらなる熟成をされていくことになることを誰も知らない…

 

『シチュー』はシャーリーのいるところに出現します。

時と場所を選びません。


読んでいただいてありがとうございます。


新しい連載を始めました。

チートと戦うワケあり女子高生のお話です。

よろしければそちらもどうぞ。


http://ncode.syosetu.com/n8972cm/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ