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味の探求者 味噌への道

ちょっとした幕間です。

「ラウラ様、いかがされましたか?」

「いや、ちょっと暇つぶしにな」


 蓼沼を倒して『森』に戻ってきたラウラは、メアリの農園に来ていた。

 メアリはその力を順調に向上させており、制御できる力が増えたことにより様々な種類の作物を生育させることができるようになっていた。


 また、その作付面積も以前とは比べ物にならないほどに広くなり、当初与えられた麦畑だけでなく、水田、果樹園、菜園と一大農園と化していた。


「ずいぶん力をつけたな、ここまで出来るとは…」

「これもひとえにラウラ様が私を拾ってくださったからです。もしあの時、ラウラ様が私を訪ねてきてくださらなかったら、私はあの時に死んでいたのですから」


 2人で並んで歩きながら、畦道沿いに植えられたトマトのような野菜を収穫していく。

 艶やかな赤色が、その実りが確かなものであることを実感させられる。


「かなり良い出来だな、重みといい、肌の張り、艶といい、最上級のものだ」

「はい、色々と種子を集めていただいたので、是非とも素晴らしいものをと頑張りました」


 ラウラはあらゆる方面から、農作物の種を入手していた。

 葉もの野菜や芋などの根菜類、そして茄子や胡瓜のような野菜。

 林檎や蜜柑、桃に梨などの果樹類。

 そして、様々な豆類。

 

「この豆はそろそろ収穫ですね」

「ああ、とても楽しみだ」


 今2人がいるのは、大豆のような形の豆が育っている畑だ。

 見た目、味ともに大豆そのもので、ラウラが最も期待している作物だった。


「この豆から調味料ができるなんて信じられません」

「まあ普通はそうだろうな」


ラウラの表情は明るい。

 それも当然だろう。

 大豆があれば、日本人の故郷の味である『味噌』と『醤油』ができる。

 そのために必要な『麹菌らしきもの』も見つけてある。


(…麹みたいなものをを見つけるのに、まさか100年近くかかるとは思わなかったが)


 ラウラはその道のりの困難さを思い出し、遠い目をしていた。










「くそ! また失敗だ! これも違うのか!」


 魔大陸の覇者たる地位を確立したラウラは、自らの食への渇望を満たそうとした。


 ラウラは自分で見つけた豆のような植物の種を使って味噌の製作にとりかかっていた。

 ソースやケチャップなどの、煮詰めるタイプの調味料は既に再現しているが、発酵食品でもある味噌や醤油、ひいては酒類はまだ再現できていない。

 

 というのも、一番の問題は発酵の主役となる『コウジカビ』の作用を代行するカビを探す作業が最も難航しているからだ。

 実は魔法にも、有機物を分解させる魔法というものが存在していた。

 それを使って出来上がった『味噌モドキ』を試食したラウラは、まる1日書斎から出てくることは無かった。

 あまりの不味さに、精神的なショックが大きかった為だった。


「私の考えが甘かった…あの魔法は『腐敗』を促進させる魔法だった。ただの腐った豆を食べてどうする…」


 それが料理などとは口が裂けても言えないであろう物体は、ラウラの精神を極限まで削った。

 

「ああ、ラウラ様…そんな凹んだ姿も堪りません…」

「…シャーリー、ちょっと10年ほどお使いを頼まれてくれるか?」


 うっとりとした表情のシャーリーにジト目で嫌味を言うラウラ。

 何か実力行使したいところだが、そんな気力もないのが現実だった。


「そ、そんなにラウラ様成分を断たれたら…再会したときに滾る想いを抑えきれるかどうかわかりません…」

「…少し大人しくしていろ…」


 まさか身内から貞操を失う恐怖を感じることになるとは思わなかったためか、疲れた表情で溜息をつく。

 そんなラウラの姿を見て再び悶えるシャーリーを視界から外すと、机に広げていた本に視線を落とす。

 それはかつて召喚された者が残したとされる料理の文献だった。

 だが、ラウラが望んだようなものは書かれていなかった。


「まさかパン好きだとは思わなかった…」


 日本の発酵食品については何も書かれていなかった。

 それどころか、イースト発酵させるパンの作り方すらなかった。

 

「結局、自分の手で探し出すしかないのか…」


 しかし、作り方は日本でさんざん本を読みまくったおかげで記憶に残っている。

 本当に何もないところから始めるわけではないので、ほんの少しだけではあるが気が楽になったと喜んでいた。

 そして、ラウラは味噌造りに専念していく…










「楽になるなんて考えてた私を殴ってやりたい。全力で」


 ラウラは無数に並べられた失敗作を前に頭を抱えていた。


 悪臭を放つもの、サイケデリックな色あいに変色したもの、何か新しい生命体が誕生しそうなもの…

 直視するのも憚られるような物体がそこに並んでいた。



 ラウラは甘かった。

 発酵にはコウジカビのようなカビが必要なのは知っていた。

 だが、世界にはどれほどのカビが存在しているというのか。

 ましてや、ここはアステールだ。

 地球と同じカビが存在しているとは限らない。


 つまり、全くの最初から始めなければならないのだ。

 気が楽になるなどというのは、もはや戯言ですらない。

 もし今のラウラが他の誰かにその言葉をかけられたのなら、そいつを死すら生温い責め苦に遭わせるだろう。


「また最初から始めなければいけないのか…」


 ラウラは駄目だった組み合わせにバツ印をつけながら、新たな組み合わせを考えていた。

 何が悪いのか、新しい着眼点はないのか、などを考慮しながら。

 

 ラウラの作り方はごく一般的なものだ。

 茹でた豆に塩と麹を混ぜる方法だ。

 その時に混ぜる麹は麦をベースにした麦麹を使う予定だった。

 その麦麹が作れないのだ。


 悩むラウラは、失敗作の処理をシャーリーに頼むと、ふらりと屋敷を出て行ってしまった。



 

 





 

「何かいい方法はないだろうか…」


 独り言を言いながら、ラウラは魔大陸南部の『森』を彷徨っていた。

 やや汗ばむ亜熱帯気候に近いこの辺りは、南国の果実も見受けられるような場所だ。


「こんな気分でなければ、いいバカンスになるんだろうけど…」


 そこいらに実る果実を手にとっては頬張りながら、半ばジャングルのような『森』を進む。

 だが、そこには明確な目的は存在していない。

 最早目的すら見失いかけている様子だった。

 

「日本の味噌の歴史を舐めすぎたのかな…」


 思わず弱音が出てしまったその時、ラウラの鼻腔をほのかなアルコール臭がくすぐった。

 おそらくは相当に糖度の高い果実なのだろう、完熟を通り越したのかもしれない。

 だが、それほどの甘味であれば、他の料理に使えるかもしれないと思いつき、その匂いの方にふらふらと歩いていった。









「これは………発酵してる………よな?」


 ラウラが見たのは、バナナのような、マンゴーのような果実が岩の上に落ちていた場所だった。

 だが、ラウラは果実自体は目に入っていなかった。

 ラウラの目を釘付けにしたのは、その果実に起こっている現象だった。

 

 ただの果実が、泡立っている。

 果実の糖分が発酵してアルコールを作り出していたのだ。

 そこでようやく、あるやり方に辿り着く。


「これで駄目なら完全に行き詰る…」


 ラウラはほぼ腐り切っているその果実を鞄にしまうと、屋敷へと転移していった。









「おおお…ついに…ついに…」


 もう最後まで言葉を紡ぐことすら出来なかった。

 目の前には『味噌モドキ』が鎮座していた。

 材料も大豆ではなく、発酵にも酵母を使ったマガイモノだ。

 だが、そこから発する香りは明らかに味噌に酷似していた。

 


「では…味見を…」


 恐る恐る人差し指の先に少し取ると、ゆっくりと口に含む。

 噛み締めるようにしっかりと味わう。


「材料の違いかもしれないが、これはかなり近い…」


 ラウラは頬を涙が伝わるのを感じた。

 日本のことを考えることはあったが、そこまで渇望している訳ではないと思っていた。

 だが、己の意思を無視して流れる涙は、自分の心が弱くなっているの証左かもしれなかった。





「これは…大事にしよう…」


 味噌モドキの入った樽を大事そうに抱えて部屋を出ようとするラウラがシャーリーとすれ違った時、ラウラはその両目を大きく見開いた。


「シャーリー…お前…その匂いは?」


 すれ違ったシャーリーから感じたのは明らかな味噌の香りだった。


「…どうしてお前がその香りを身につけているんだ?」

「え? ああ、これですか…以前ラウラ様からのいいつけで変な豆の入った樽の片付けをしたとき、地下実験室に一時保管していたんですけど、つい忘れて放置してしまいまして……

後日思い出して行ってみたら、何やら美味しくなっていたんです」

「…なん…だと?」


 ラウラは確かにそんな指示を出したのを思い出した。

 完全に思い出すよりも早く、ラウラは地下実験室に向かった。

 そして実験室の扉を開けたとき、そこはカオスだった。

 


 味噌の匂いもするが、ほとんどは腐敗していた。

 だが、一番菌が入っていないであろう樽からは明らかな味噌の香りがした。


「なんてこった…完全に無駄足じゃないか…」


 ラウラは膝から崩れ落ちる。

 あれほど捜し求めたものが、自分の屋敷の地下にあったとは思ってもいなかった。

 その味も、ラウラが先ほど食べた『味噌モドキ』とは、比べることすらおこがましいと思えるほど、味噌だった。

 ラウラは味噌に会えた喜びと、これまでの精神疲労が纏めてきたようで、何とか書斎まで辿り着くと、備え付けのソファでうとうととし、やがては完全に寝入ってしまった。









「しかし、これでようやく食生活充実が進んだ。これは新たな一歩だ」

  

 メアリの隣でやや興奮気味に話すラウラ。

 味噌が出来たということは、引き続き醤油の製造にも光明が見えたということだ。

 メアリはそんなラウラを頼もしげに見つめていた。

 これまで色々な経験をしてきたが、ここまで食べ物に執着する存在を見たことがなかった。

 

 だからこそ、面白い。

 生きることが楽しく思えてくる。

 もっとこの方の傍で生きていきたい。

 この方の創る未来を見てみたい。


「この『大豆』があれば『豆腐』だってできるぞ? なんてこった、作りたい料理が増えてしまう! 」


 まるで子供のようにはしゃぐラウラ。

 その姿には、『森』の頂点たる存在としての威厳は欠片も見られない。

 だが、この姿もラウラの真実なのだ。

 

 己の護る存在に危害が及ぶことがあれば、その怒りは等しく絶望を降り注がせる。

 この世界の常識を波立てる存在。

 人族にとっては、まさに『悪夢』だろう。

 そして…自分達庇護される者にとっては、これほどの『希望』はない。


「よーし、これから忙しくなるぞ! メアリにももっと頑張ってもらうことになる。すまないが、頼むぞ」

「はい! おまかせください!」


 そんな2人を見守るように、優しい風がゆっくりとそよいでいた。 


これから数話、幕間を挟む予定です。


割烹にも書きましたが、これからしばらく更新が不定期になります。

仕事がとても忙しくなる期間に入りますので…


というわけで、更新予告は控えますが、出来るだけ週1回の最低ラインは守りたいと思います。

読んでいただいてありがとうございます。

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