死者の笑う夜③
少々短めです。
蝋燭の灯りに鈍く輝く剣閃がラウラを襲う。
時には突き、時には斬り払う剣筋は驚異的な速度でラウラに迫る。
それをかわし続けるラウラ。
それはお世辞にも優雅とは言い難いものだった。
「ずいぶん無様だね、これがあのラウラ?」
「……………」
かつて虚仮にされた皇城でのことを未だに根に持っているらしく、ラウラの避ける姿を嘲笑う。
だが、ラウラはそれには応じない。
ぎりぎりのところで何とか避け続けている。
そこにはいつもの華麗な体捌きは全く見られない。
まるで蛙のように床に伏せる。
後ろに倒れるように避ける。
時折バランスを崩す。
だが、何とか避け続ける。
「それとも、僕の力が君を上回ったのかな?」
「……………」
歪な笑みを浮かべる蓼沼を無言で見るその目には、感情の動きが全く見られなかった。
無様な舞いを披露しているくせに、そこには一切の絶望がない。
いや、それどころかこの戦いにすら興味がないような視線に、蓼沼は苛立っていた。
「くっ! しぶといね! さっさと僕に倒されろ!」
「………………」
煽る台詞を投げかけているつもりが、全く反応のないラウラに逆に自分が冷静さを失っていく。
冷静でなくなる度に、剣筋が乱れていく。
ほんの僅かではあるが、確実に。
乱れた剣筋だからなのか、あとほんの数ミリのところで剣が空を切り続ける。
もし蓼沼が冷静さを失っていなかったら、それが異常であると気付いたかもしれない。
ラウラは無様に避けながらも、一度として剣に触れていないのだから。
「いい、加減に、倒れろ、よ!」
「……………そろそろ…だな」
蓼沼の剣筋が大きく乱れたのを視認すると、ラウラは呟く。
すると、途端にラウラの動きが見違えるようなキレを見せ始めた。
剣を避ける所作は流れるような優雅さを見せ、切っ先のほんの数ミリ先にいるはずのラウラに全く届かない。
まるで、そこに相当な距離が開いているようにすら感じていた。
「何で! どうして!」
「そりゃそうだ。狙ってたんだからな」
優雅に舞い踊りながら、ラウラは淡々と言葉を連ねる。
「今度はこちらから行こう」
一際大きな振りをかわしたラウラは、蓼沼の視界から消えた。
いや、消えたように見える程の踏み込みにより、蓼沼の懐にもぐりこんでいた。
剣が引き戻されるよりも早く、ラウラの右肘が蓼沼の顎を跳ね上げる。
一瞬意識を飛ばしたのだろう、蓼沼はその手から剣をとり落とした。
その隙を見逃さず、ラウラの左拳が蓼沼の眼前に迫る。
思わず両手で顔を覆ってしまう蓼沼だったが、想定していた打撃が来ないことに意識を乱してしまった。
次の瞬間、蓼沼の頭を華奢な白い2本の手が掴むと、すぐさま顔面に膝が飛んでくる。
避けることも出来なくなった蓼沼はその打撃をまともに喰らい、整った鼻が「ぐちゃり」という嫌な音とともに潰れる。
「……………!」
言葉も発せずに苦しむ蓼沼だが、ラウラの攻撃は苛烈さを増す。
膝蹴りの勢いのまま、蓼沼の頭を両足でホールドすると、反動をつけて体を回転させた。
変形のウラカンラナのような形で蓼沼を床に転がすと、即座にその腕に取り付いて十字固めで肘を壊す。
腕からの攻撃を封じ終わると、次は自分の足を中心に足を交差させた。
一度決まると外せない関節技、「足4の字固め」だ。
「ふ、ふざけるな! 馬鹿にしてるのか!」
激痛に悶絶しながらもラウラに悪態をつく蓼沼。
ラウラが仕掛けたのはプロレス技だ。
これはラウラの蓼沼に対する挑発だった。
元よりいつもの戦いをするつもりなどない。
確実にここで仕留めておかなければならない。
だからこそ、常に自分に相手の意思を釘付けにしておく必要があった。
もしここで逃がせば、それは新たな犠牲者を増やすだけなのだ。
「この程度で…僕を倒すつもりかい?」
「………!」
一瞬体を走った悪寒に、即座に足を解いて距離を取る。
ラウラが離れると同時に、蓼沼が懐から取り出したナイフが蓼沼の足を分断する。
「こうすれば…いいんだよ…」
分断した足を切り口に近づけると、断面から出てきた触手のようなものが足を接合していく。
その姿は、最早人間という範疇を超えてしまっていた。
再び立ち上がると、いつの間にか修復した腕でナイフを構える蓼沼。
その周囲に魔力が集まっていく。
「もういいよ、君なんかいらない。君のかわりに西川さんを貰うよ? 彼女だって『勇者』の一人だから」
集まった魔力は、既に視認できるほどに集束している。
その色は、どす黒い色をしていた。
「そんなこと…させるかよ!」
ラウラは己の魔力を解放させる。
しかし、ただ解放するのではなく、まるでヴェールを纏うように、自身を包んでいく。
「楓に手を出す奴は…許さん!」
蓼沼の魔力を包むようにラウラの魔力が展開される。
「な、なんだよ! これは!」
蓼沼の表情が驚愕に変わる。
どす黒い魔力が、ラウラの魔力によって圧縮されている。
徐々にその大きさを減らしているのだ。
「私の魔力でお前の魔力を削り取っているだけだ。お前がもっと研究熱心だったら、いくらでも私に勝つ方法はあったはずだが…所詮は分不相応なチート能力だったってことだな」
蓼沼の顔が苦しげに歪む。
だが、その禍々しい魔力は底をつく様相を見せない。
尚も抵抗しようとする蓼沼が、ナイフを振りかざす。
「…ちっ」
ラウラは小さく舌打ちすると、大振りに振るわれたナイフをかわしつつ懐に潜り込むと、体の回転を活かした左ボディブローを肝臓に、返す右ボディブローを腎臓にねじ込む。
「ぐぇぇ…」
体をくの字に折り曲げて悶絶する蓼沼。
だが、ラウラはその両拳を不思議そうな表情で見つめていた。
(…何だ? 今の感触は?)
蓼沼はようやく悶絶から復活すると、再びラウラにナイフを振るう。
だが、先ほどまでの鋭さは見られない。
しかし、その体からあふれ出る魔力は留まることはない。
繰り出されるナイフの悉くを避けながら、的確にその拳を叩き込んでゆくラウラ。
その拳から伝わる感触の変化に露骨に表情を曇らせる。
(まるで活力が無い。本当に血が通っているのか?)
まるで腐りきった肉を叩いたような、全く張りのない肉の感触。
到底生きた人間の感触ではない。
しかし、蓼沼にそれを違和感として考えるという気配は無かった。
そして頭の片隅で主張しはじめる、ある結論。
それをラウラが認識すると、先ほどまでの決意が、怒りが徐々に治まりつつあった。
「なぁ、蓼沼。お前、気付いてないのか?」
「…何のことだい?」
蓼沼の顔には、ラウラの質問に対する純粋な疑問の表情が浮かんだ。
それを見て、ラウラはあることを確信した。
(そうか、こいつも哀れな奴だな)
そんな感情さえ浮かんでしまう。
「お前を殺すのは不可能のようだな…」
「今更気付いたの? 僕が君程度に殺されるなんてありえないよ!」
蓼沼の返した言葉があまりにも滑稽すぎて、逆に悲しくさえなってくる。
あまりにも無様すぎて。
ラウラの皮肉に全く気付いていない。
(確かに、殺すことは不可能だ…)
ラウラはそう実感した。
蓼沼の様相は、ラウラの仮説を肯定する明確な判断材料だった。
(もう死んでいる者を殺すのは…不可能だからな)
そう、蓼沼は既に死者だった。
卑しいアンデッドに作りかえられていたのだった。
本人の全く知らぬ間に…
彼が親友と慕う者の手によって…
真面目な話は難産です…
次回は28日あたりを予定しています。
仕事の都合上、更新がずれるかもしれません…
読んでいただいてありがとうございます。