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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第12章 誰がために鐘は鳴る
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死者の笑う夜②

何とか間に合いました。


因縁の戦いです。

 バリケードの隙間から見えるのは、ゾンビ達が業火に焼きつくされていく光景だった。

 炎に纏わりつかれながらも動き続けるのは大したものだったが、それもやがては動かなくなり、灰すら残さず燃え尽きる。


 それだけではない。

 所々に混ざっていた食人鬼グールまでもが炎に焼かれていた。

 しかし、そこはゾンビよりも格上の食人鬼だけある。

 炎から何とか抜けだした数体が、その身体から煙をあげながら突入してきた。

 だが、ダメージは深刻なようで、その動きは緩慢になり、ゾンビと大して変わらなかった。

 その様子を見た少女は、ハンス達に微笑みかける。


「私はこれから親玉を叩いてくる。ここでゆっくりしていろ」


 そう言うなり、鞄から水の入った樽と干し肉の入った袋を取り出す。


「これでも食べて大人しくしていろ。結界を張るからあいつらが中に入ることはない。念のために動いてるヤツは潰していくから安心しろ」


 無造作にバリケードを移動させると、待ちかまえていた食人鬼が躍りかかる。

 しかし、その爪が、牙が少女に触れることはなかった。

 少女の持つ棒が食人鬼を両断していた。

 その光景を見たハンス達は、恐る恐る少女に話しかける。


「…一人で大丈夫か?」

「お前らが私と同じように戦えればかまわないが、そうでもなければ死ぬだけだ。私としてはここで待っていてもらったほうが助かるが」

「お前が死んだら、この結界も解けるんだろう?」

「この結界には魔石を使ってある。夜明けまで解けることはない」


 それだけ言い残すと、建物の外へと消える少女。

 そして次々と消えていく食人鬼達のうめき声。

 やがて辺りは木々の焼け爆ぜる音が小さく響くのみとなった。

 人肉の焼ける異臭が鼻をつくが、そんなものは気にならないほど、彼らは疲弊していた。


「大丈夫なのか?」

「助かるのか?」


 そんな呟きが男達から漏れる。

 あの少女を信じていいのか、心の中でせめぎ合ってるようだった。


「どうせ拾った命だ、信じろ」


 ハンスの強い言葉が皆の呟きを止めた。


「あの娘がいなければ皆死んでいたんだ。足で纏いの俺達は、彼女の邪魔にならないようにするだけだろう」

「で、でも、あんな子供にだけ戦わせるなんて、冒険者としての…」

「プライドで死ぬわけにはいかないだろう? はっきりと認めろ、彼女は我々とは強さの次元が違うと」


 ハンスは彼女の正体を探りあぐねていた。

 これほどの実力者であれば、王族のお抱えでもおかしくないが、そういう実力者の噂は聞いたことがない。

 ならば、彼女はこの大陸の人間ではないのかもしれない。

 では、一体どこに属しているのか…


(やめておこう、それを知ってどうなるというんだ)


 彼女の正体を知ったとて、どうすることも出来ないのだ。

 一介の冒険者風情に出来ることなんて、たかが知れている。


(…死ぬなよ)


 ハンスはただ少女の無事を祈ることしか出来ない自分を恨んだ。








「ぎぃぃっ!」


 飛びかかる食人鬼を両断しながら、ラウラは教会へと急いだ。

 既に偽装は解除してある。

 探った限りでは、もう生きている人間は宿にいる連中だけだった。

 そして、彼らは宿から出られない。

 もう目撃者の心配をする必要はなくなった。

 これから遭遇する元村人は全て殲滅してしまえば、ラウラのことが露見することはないのだから。

 それを証明するように、ラウラは食人鬼を殲滅していった。






「しかしまぁ、よくもこれだけの数を集めたな…」


 ゾンビを炎で焼き、食人鬼を棒で両断。

 まるで単調な作業のように、同じことを繰り返していた。

 冒険者達なら梃子摺る食人鬼も、ラウラから見れば幼児の遊戯にしか見えない。

 元人間の食人鬼誰一人として戦いの基礎を持ったものはいなかった。

 素人が分不相応な武器を貰ってはしゃいでいる。

 そんなものが集まってくる。

 あまりの鬱陶しさに気分が滅入っていた。


「仕方ないな、ちょっとだけ派手にやるか」


 繰り出される剣や槍の攻撃を華麗にかわしながら、ラウラは魔法を発動する。

 周囲に吹き始めた風は次第に大きくなり、それは大きな竜巻へと育っていく。


 竜巻は周囲のゾンビや食人鬼を巻き上げながら、その場で大きくなっていく。


 するとラウラは棒の先に黒い球体を作り出し、竜巻の中に投げ込んだ。

 竜巻が球体を飲み込んだ瞬間、竜巻は漆黒の渦となって、取り込まれたモノを浸蝕していく。

 死者故に叫び声をあげることはなく、竜巻の齎す轟音だけが支配していた。

 そして轟音が治まった時、そこには何も残っていなかった。


「これで粗方片付いただろう。さて、親玉にお目通りといくか」


 ラウラの視線の先には教会。

 かつては栄えていたのだろう、それなりに大きな教会だった。

 窓からは灯りが見えている。

 村ではあのような惨事があったというのに、教会付近は平穏そのものだった。

 

「これはどう見ても罠…だよな」


 あまりにも不自然な静寂。

 窓には人影も見える。


「罠だと分かってても…か」


 まるでラウラがここに来ることを知っているかのように、教会への道は何の気配も無かった。

 しかし、教会の中心部分には、先ほどまでは見られなかった強大な力の存在を感じられた。

 それはかつて感じたことのある力の気配だった。

 だが、当時よりもはるかに巨大だった。

 その気配を感じ取ったラウラは、珍しくその顔を怒りに歪める。


 ゆっくりと歩みを進めるラウラは、全く妨害されることなく礼拝堂の扉の前についた。

 一瞬の間をおき、その扉を開く。

 祭壇には無数の蝋燭が灯され、この地でかつて崇められていた女神の像が浮かび上がる。

 その女神の足元に跪くのは初老の神父。

 まるで敬虔な信者のように、その頭を垂れている。


「迷える子羊よ、貴女の旅はここで終わりです」


 まるで舞台俳優のように、大袈裟なしぐさで振り向く神父。

 しかし、振り向いた時にはその姿は神父ではなかった。

 それはラウラも知った顔。

 知っていた・・・・・顔。




「大根役者の三文芝居なんて見たくもない。いつから教師から転職したんだよ、佐々木・・・

「教師はもっと敬うものじゃないの?」

「前々から子供だと思っていたが、気持ち悪いぞ、その喋り方」


 30歳近い年齢ながら、まるで高校生のような口調。

 ラウラは警戒を深める。


(元々あった抑圧された感じがない。むしろこっちが本性か?)


 ラウラは佐々木の変化を見抜いた。

 しかし、佐々木はそんなことを全く意に介さず、勝手に喋り続ける。


「それからさ、僕の名前は『佐々木』なんかじゃないよ。僕の名前は『蓼沼一樹』だよ。名前を間違えるなんて酷いんじゃない?」


 蓼沼がその姿を変えてゆく。

 神父の服はそのままに、その背からは純白の3対の翼が展開される。

 

「僕はこの世界の神に選ばれたんだ! 東山君、いや、ラウラ=デュメリリー! 君の力を取り込めば、僕は神にまた一歩近づくんだ!」

「お前を選ぶ神なんているわけないだろう? 寝言は寝て言え。尤も、これから私が永遠の眠りにつかせてやるが」

「生意気な子供にはお仕置きが必要かな?」

「生きてる長さでいえば、お前のほうが遙かに子供だけどな」


 どこからともなく取り出した大剣を構える蓼沼に対し、棒を構えるラウラ。


「そんなもので僕の剣を防げるとでも?」

「さあ、どうだろうな」


 鋭い踏み込みは、その衝撃で床石を粉々に踏み砕く。

 その勢いを全く殺さずに放たれる打ちおろしの剣閃。

 ラウラは棒を斜めに構えて、大剣の刃先を滑らせる。

 自分の横を通り抜けていく大剣の刃の側面を打ちおろして、刃先を床にめり込ませる。

 その隙を逃さずに踏み込んで棒での突きを放つが、首を横に倒して避ける…が、それを予想しないラウラではない。


「がっ!」


 首を倒した側からの後ろ回し蹴りをまともに喰らって蹲る蓼沼。

 追い打ちをかけるべく棒を横殴りに振るうが、その一撃はすんでのところで大剣に防がれた。

 おそらく相当な力を籠められた剣なのだろう、ラウラの棒とまともに打ち合えている。

 体勢を立て直した蓼沼は、ラウラに好奇の目を向ける。

 それは決して好敵手を見る目ではなかった。

 この戦いの先にあるものを想像したが故の視線だった。

 そのおぞましさにラウラの全身に鳥肌が立つ。


「…まさか君がこんなに可愛くなってしまうなんて、誰も想像できなかっただろうね」

「…ああ、自分が一番戸惑ったからな」


 蓼沼の軽口をさらりと流す。

 当初はかなり戸惑ったが、今はさほど違和感を感じてはいない。

 それだけ長い年月をかけて馴染む努力をしてきたのだから当然だろう。


 2人の戦いは膠着状態になっていた。

 蓼沼の力は今までに屠ってきた天使とは明らかに違っていたからだ。

 与えられた力を特別に優遇されているのだろう。

 基礎など全く無い蓼沼だったが、与えられた力だけで何とかできるまでに成長していたのは確かだ。


 ラウラは両手の棒を鞄にしまうと、軽くその拳を握り締めて力を確認する。

  

「武器も無くて平気なのかな?」

「使い慣れないものを使っても不利になるだけだからな。元々武器を使っての戦いなどしたこともないしな」


 ラウラは自分の記憶に染みついた戦い方を選択した。

 元々日本で武器を使うことなど無かった。

 兄の巻き添えで狙われることもあったが、武器を使うと過剰防衛になりかねないので、いつも素手だった。

 所謂『素手ゴロ』である。

 それは日本で兄から教えられた数少ない宝物でもあった。


 蓼沼からやや距離をとり、警戒しながらもゆっくりと身体を解していく。

 この場においては、魔法を使ってつけ入る隙を与えるつもりは無かった。

 蓼沼がラウラの魔法を警戒しているのは十分に感じ取れたので、態々相手の土俵で戦ってやる必要もない。

 もしこれが、『森』の住人からの挑戦であれば、ラウラは相手に土俵で戦うだろう。

 それほどまでに、ラウラは蓼沼にいい感情を持ち合わせていなかったのだ。

 

 だからこそ、力の差を見せつけて勝ちたかった。

 与えられた力で好き放題する馬鹿を許せなかった。

 大事な庇護者を無惨に殺した張本人を…



「格の違いってやつをその身体に叩きこんでやるよ」


 ラウラは微笑みながら、半身に構える。

 前方に出した左手で小さく手招きする。

 その姿に、蓼沼がその顔を怒りに染める。


「ふざけんじゃねぇ! 勝つのは僕だ!」


 怒りにまかせて床を蹴る蓼沼。

 身動ぎ一つせずに待ち受けるラウラ。

 蝋燭の灯りに照らされた女神像が見守る中、2人の戦いは佳境に入っていった。



ラウラさんは素手ゴロでの喧嘩が得意なんです。

次回は24日くらいの予定です。


読んでいただいてありがとうございます!

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