死者の笑う夜①
更新が遅れてすみません…
酒場の灯りが消えて間もなく、村に変化が見られた。
「もう動き出したか…1晩くらいは様子見かと思ったんだが…」
月明かりに照らされたのは、宿屋の前に集結しつつある村人達。
その目には一切の生気はなく、虚ろな目は視点が定まっていない。
しかし、その村人達を統率しているだろう数人は、明らかに意志を持った瞳を持っていた。
それは先ほどまで酒場で女給をしていた娘や、昼間広場を走り回っていた子供だった。
操り人形のような村人達とは違い、楽しそうに笑っている様子も見受けられた。
「どこかで見たような光景だな…あいつの考えそうなことだ」
その子供たちの身のこなしは相当高いレベルだ。
しかし、そこには違和感が感じられた。
「チートな力にはしゃぐのはどの世界の子供でも一緒か…」
ラウラはその子供たちと、皇城でのクラスメイト達を重ねて見ていた。
子供たちには既に生命の気配がない。
すでに不死者へと変貌を遂げた後だったようだ。
「あれは食人鬼か? いや、リッチか…」
敵の本質に目星をつけると、周囲の気配を探る。
生きている人間の気配はそんなに多くない。
宿屋にいるのは冒険者と商人。
そして、宿に向かう全く異質の気配。
「神父か…」
教会から宿屋に向かう足取りに焦りなど見られない。
堂々としたその歩みは、今起こっている現象を知らぬ者とは考えられない。
そして、神父の向かう先からは激しい剣戟の音が聞こえてきた。
「もう始まったのか、でも…かなり劣勢みたいだな。まぁ無理もないか、人間という制限のかかった者とそうでない者の差は歴然だからな」
ラウラは樹上から目を凝らしてその様子を眺めていた。
ゾンビ程度ならば助太刀不要かと思われたが、状況はそうも言っていられないようだ。
その証拠に、剣の打ち合う音が少しずつ減ってきている。
この村に来た冒険者達はベテランではあるがランクは中級だ。
それに商人も混ざっているとあれば、戦い辛いだろう。
一応、念のためにゾンビ化を防ぐ薬を渡しておいたのだが、楽観視はできない。
ラウラとしても、あからさまに敵を作るような行動をとりたいわけではないのだ。
少なくとも、今ここで彼等を見捨てるという選択肢は、早々にラウラの脳裏から消えていた。
「仕方ない、あいつらが神父の手に落ちる前に救出するか…」
下を見れば、瞳に光の無い村人が集まっていた。
昼間は巧妙に隠されていたのか、その身体の各部は欠損しており、腐敗が進んでいる箇所も見受けられた。
昼間には見かけなかった数が集まっている。
「大方、どこかに隠していたんだろう。多分…教会だろうがな」
蠢くゾンビ共を一瞥すると、濃緑のローブを脱いで鞄に仕舞いこむ。
その下に着ていたのはイエローのトラックスーツ。
そして鞄から2本の棒を取り出した。
長さは2尺、太さは1寸ないくらいの何かの素材の棒に、持ち手部分には布を巻いてある。
その棒にゆっくりと魔力を通すと、棒が黒い靄のようなものに包まれていく。
「まさかこれを使う時が来るとはな…」
それは古代竜の骨より作り出した『棒』だった。
その表す色は『黒』
かつてラウラに挑み、敗れた者のうちの一体だ。
そして、その者はかつての魔大陸の王とまで呼ばれていた者だった。
自らの寿命を悟り、その最期の相手にラウラを選び、そしてラウラもそれを受けた。
そしてその古代竜の望みとして、その遺骸から武器を作り出し、携行しているのだ。
「悪いが…手加減してやるつもりは無い。仕掛けた相手が悪かったと諦めろ」
ラウラはゾンビの群れの中に飛び降りると、無造作にその『棒』を振るう。
すると、その軌道上にいたゾンビ達が消えた。
いや、正確に言えば消えたのではなかった。
その黒い靄のようなものが触れると、瞬く間に浸食していたのだ。
そのスピードがあまりにも速かったため、消えたようにしか見えない。
「魔法で焼き払ってもいいんだが、あまり派手にやるわけにはいかないからな」
ラウラが『棒』を振るうたびに、音もなくゾンビが消えていく。
黒い靄に喰われていく。
闇の底に引きずり込まれていく。
それがこの武器の特性でもあるのだが…
「しかし、本当に魔力を無駄遣いするな、こいつは」
凄まじい威力のこの武器だが、発動させるための魔力が莫大だった。
少し魔力が多い程度の者が発動させようとすれば、魔力どころか生命力すら吸い尽くされてしまう。
それ故に、ラウラ自身も滅多に使わない、近接戦闘の奥の手の一つだった。
音もなくゾンビ共を消滅させると、その先には剣を構えてこちらに向かってくる子供の姿が見えた。
「お姉さん、強いんだね。でも、ここでおしまいだよ。僕らの仲間になってもらおうかな」
自分の身の丈以上の大きさの剣を構える少年。
その瞳には嗜虐の光が灯る。
「お前…食人鬼か…そのまま眠っていればよかったものを…」
「神父様は僕らを生き返らせてくれたんだ。神父様がお姉さんを欲しいんだって。だから、大人しく仲間になってよ」
「ナンパするような年齢でもないだろ。下手すぎて話にならない」
面倒臭そうにその場を抜けようとするラウラを剣が遮る。
剣呑な視線を投げかけるが、少年は愉しそうに笑う。
「やっぱり神父様の言う通りだね。言う事きかないなら殺しちゃってもいいみたいだから、死んで?」
「そうか…」
ラウラは無造作に『棒』を構える。
それも片手のみ。
それを見た少年がその顔を怒りに歪めた。
「僕のことを馬鹿にしてるの? 僕は選ばれたんだよ?」
「選ばれた? 既に死んでる時点で落選だろう?」
少年の怒りなど全く意に介さず、ラウラは少年の言葉を斬り捨てる。
そんな駆け引きなど知らない少年は、怒りの感情を爆発させる。
「もういいよ! お前は殺して持っていくから!」
「全く…本当にどうしようもないな…」
少年が剣を構えて地を蹴った。
その瞳にこれから自分が行うはずの蹂躙の光景を映すために…
「はあ…いい加減に飽きたんだが…」
「う、うるさい! 何で死なない!」
「…それはお前が弱いからに決まってるだろう?」
ラウラは数分、少年の剣を避け続けた。
人間という枷を外した少年の力はかなりのものだ。
並の冒険者程度ならば瞬時にその命を刈り取られてしまうだろう。
だが、ラウラは負ける気配を感じなかった。
それは、かつてのクラスメイト達に感じた違和感の正体を知っていたからだ。
目の前の少年にも感じるその違和感…
「どうした? チートに振り回されているぞ?」
「何だよ! チートって!」
確かに少年は食人鬼の身体能力と強すぎる剣技を所持していた。
だが、それは少年が元々持っていた力ではない。
生き返らせて貰い、さらに与えてもらった力。
それを支える為の努力など全くしていない。
力に振り回されて無様な剣舞を披露している。
それがラウラの少年に対する評価だった。
「さて、私も忙しい身なんでな、下手なダンスはもう見飽きた」
「な、なん…」
少年の抗議の声は最後までラウラに伝わることは無かった。
少年の剣を避けた流れで軽く振った『棒』により、上半身を消失させられて…
「無駄な時間を使ったな。さっさと行くか」
闇に侵食されて消えていく少年だったモノには一瞥もくれず、ラウラは剣戟の音の響く場所へと急いだ。
宿の入り口には夥しい数のゾンビが集まっていた。
冒険者のリーダーであるハンスは、侵入されそうな扉や窓にベッドでバリケードを作り、篭城していた。
しかし、それは望んで行ったわけではなく、こうするしか方法がなかった。
バリケードの隙間から入ろうとするゾンビを倒しつつ、夜を明かすという手段を望んで行うには何もかもが足りなかった。
水も食料も、人手も武器も何もかも。
(まさか仲間がゾンビになってしまうなんて…やはりあの少女に渡された薬のおかげで助かったということか…)
事の発端はつい先ほど、酔いつぶれた商人の一人を宿で介抱している時に起こった。
商人はいきなり吐血すると、昏睡状態に陥った。
そして彼が目覚めた時…ゾンビとなってハンス達に襲い掛かってきたのだ。
被害が大きくならなかったのが不幸中の幸いといったところだろうか。
(昔、ゾンビ討伐に参加したときの経験が役に立ったな。あの時にゾンビにやられて死んだ奴が似たような状態だったからな)
ハンスがその商人の状態を逸早く看破したため、即座に対応できた。
しかし、状況が悪くなっていることは確実だった。
このままではいずれ多勢に押し負ける。
果たしてこのまま夜明けまで持ちこたえることができるか…
(くそ! 何か方法はないのか!)
周りを見れば、皆青褪めた表情を見せている。
バリケードが破られることは、即ち自分達の死に直結するのだから無理もない。
外ではゾンビ共が壁にぶつかる音が鳴り続けており、それが冷静な思考の邪魔をしてくる。
すると、突然その音が止んだ。
それどころか、ゾンビ共の呻き声すらしなくなった。
まさに静寂…
そこに響いてくるのは、石畳を歩く靴の音…
「皆さん、随分と頑張りますね」
バリケードの隙間からハンスが見たものは…
昼間と同じ柔和な笑みを浮かべた初老の神父がゾンビ共を従える姿だった。
「何故あんたがこんなことをするんだ!」
「何故? 不思議なことを言いますね。私は彼等に永遠の幸せを与えたんですよ? 昼間の彼等はとても幸せそうだったでしょう?」
「馬鹿な! もう死んでいるじゃないか!」
「ええ、もう死の恐怖に怯えることが無いんですよ? 素晴らしいでしょう? 貴方達にもすぐにその素晴らしさがわかりますよ…」
ハンスには神父の言葉が理解できなかった。
さらに神父は続ける。
「しかし…おかしいですね? あれだけ我々のもてなしをあれだけ受けたのに、変わったのがたった一人とは…もう少し投与する量を増やしておくべきでしたか…」
「何だと…一服盛ったのか?」
「ええ、今まで来られた方々は皆すんなりと同志になっていただけたのに…」
そこまで聞いて、ハンスはあることを思い出した。
ハンスにこの村の危険を訴え、自分達に薬をくれた魔法使いの少女。
ゾンビ化してしまったのは、泥酔したために薬を飲ませることができなかった商人のみ。
「…魔法使いの女の子はどうしたんだ?」
「ああ、彼女は大切なゲストですから、丁重におもてなししていますよ? 彼女は特別ですから」
ハンスは彼女がこの宿にいないことは確認していた。
あれだけ警戒していた彼女がそうそう敵の手に落ちるとは考えられないが、先ほどから魔法を使われた形跡が全く無い。
この村はそんなに規模が大きいわけではないので、村内で魔法が使われれば音や衝撃でわかるはずだ。
特にゾンビ達には火属性の魔法が効果がある。
なのにその気配すらないのが不安を煽った。
「いずれ彼女にも会わせてあげますよ。その時には貴方達も仲間になっているでしょうけれど…」
ハンスの反応が望んだ通りのものだったのか、満足げな表情を浮かべていた神父の様子が変わった。
一人の少年が何かを耳打ちしたからだ。
「…全滅ですか? 魔法を使われた形跡はありませんでしたが…」
「…しかし、指定の場所には誰一人おりませんでした」
「…わかりました。私は教会に戻ります。貴方はここの指揮を頼みます」
それだけ言い残し、踵を返す神父。
後に残った少年は忙しそうに指示を出している。
(そうか…彼女は無事か…)
神父は「いずれ」と言った。
つまり、今はまだその時ではないということ。
それは未だ少女が抵抗を見せていることの証左にほかならない。
ほっとその胸を撫で下ろそうとしたその時…
「よう、頑張ってるみたいだな」
ハンスが場違いな声質の声に驚いて振り向く。
そこには濃緑のローブを纏った魔法使いの少女がいた。
少女は全く危機感を感じさせない笑顔を見せる。
誰もがその笑顔に一瞬緊張を解くも、状況としては悪化していると思った。
この少女がここにいるということは、バリケードに穴があるということだ。
ならば、ここが陥落するのも時間の問題だからだ。
しかし、そんな状況にあってハンスは不思議と危機感を感じていなかった。
あれほどこの村を警戒していて、尚且つ自分達に薬までくれたこの少女が、このまま自分達と道連れになるなど考えられなかったからだ。
だから、つい聞いてしまった。
「なあ、何か生き残る手段はあるのか?」
誰もが生存に絶望的なこの状況において、こんな場違いな問いはあるだろうか。
そして少女の回答も、皆が想像している通りの言葉だった。
「ん? 生き残る手段? そんなものは無いな」
『何だと!』
これからゾンビの仲間入りをするにしては、あまりにも危機感のない話し方。
思わず皆が声を荒げるのも仕方のないことだ。
だが、ハンスだけは少女の言葉の意味を何となく理解した。
「…生き残るんじゃないのか?」
「何言ってるんだ? お前らはもう生き残ったんだよ」
そう意って微笑む少女。
次の瞬間、宿の周囲一帯が爆炎に包まれた。
ハンスさんはまだ少女=ラウラだと知りません。
次回更新は20日あたりになりそうです。
読んでいただいてありがとうございます。