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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第12章 誰がために鐘は鳴る
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刻まれた記憶

更新休んですみませんでした。


 デュメリリーの森の最奥、12本の精霊樹が囲む中心部分に座り込む少女の姿があった。

 その瞳は固く閉じられ、可愛らしい顔には珠のような汗が浮かんでいる。

 時折、思い出したかのように苦しげな表情を浮かべていた。


 そこにいるのはラウラだ。

 座禅を組み、瞑想状態に入っているようだった。

 何故そんなことをしているのか?


 ユーリエから昔話を聞いた後、とにかく『世界戦争』についての詳細が必要だと思ったラウラは資料を探した。

 だが、その成果は芳しくなかった。

 そこで、ラウラはあることに思い至った。


『世界戦争』当時の状況を把握している存在があることを。

 それはラウラ自身、いや、厳密に言えば先代のラウラだ。

 つまり、吟がラウラだった頃だ。


 吟と同時に召喚された者が引き起こしたのが『世界戦争』だとしたら、吟はその情報を確実に知っていたはずだ。

 だが、吟はラウラにその情報を一切教えなかった。

 何故教えなかったのかをラウラは理解していた。

 

 吟は知られたくなかったのだ。

 どれだけ自分が凄惨な戦いを繰り広げてきたのかを。

 どれだけの命を奪ったのかを。

 最愛の弟にだけは知って欲しくなかった。

 だから、受け継いだ知識の中に抜け・・があっても、ラウラはそれを指摘するようなことは無かった。



 だが、今はその情報を知る必要があった。

 もしユーリエの知る御伽話が本物であれば、『神に祝福された村』というのはアンデッドの村だ。

 それも、生前と全く遜色の無い動きをするアンデッド。

 もしかするとそれはリッチクラスのアンデッドだったのかもしれない。

 村人皆がリッチと化した村を起点として起こった戦争。

 通常の兵士や騎士、魔道士では到底太刀打ちできなかっただろう。

 


 吟が話すのを拒むほどの戦いを、再び起こすわけにはいかない。

 その思いでラウラは瞑想していた。


 確かに知識を受け継ぐことはしなかったが、ラウラとしての身体は同じ身体を使っている。

 ならば、記憶には無くなっても、この身体に刻みつけられた当時の記憶があるのではないかと思い至った。

 刻まれた記憶を呼び戻すべく、ラウラは自身の魔力の源泉ともいうべき場所で、襲い掛かる悪夢のような光景に耐えていた。


(これは…吟兄が私に教えなかった理由が解るな…反吐が出る光景だ)


 まるで昔見たゾンビ映画のように、彷徨う死者達が新たな同胞を産みだし続ける。

 それを高みから見下ろす男。

 死者の軍勢はその数を爆発的にふやしつつ、進軍していく。

 ラウラは吐き気を催しながらも、何とか耐えつつその記憶を見続けた。


 魔大陸は魔物の巣窟だが、アンデッド系の魔物は数えるほどしかいない。

 リッチやレイスのような高位のアンデッドは存在するが、低級のゴーストやスケルトン、ゾンビなどは出現しない。

 これはラウラがそういった魔物の発生を防ぐための処置を施しているからである。

 死しても尚、その魂に残る意志を貫くために変異した魔物ならば話は別だが、ただ死ぬことが出来ないだけの魔物など命に対しての最大の侮辱として考えているからだ。


それ故、魔大陸には下位アンデッドが発生しないのだ。


 ラウラは、気を抜くと思考が止まってしまいそうになりながらも、何とか気力を振り絞って過去の記憶を見続けた。






 一通りの過去の記憶を何とか見終えたラウラは、酷い精神疲労に見舞われていた。

 しかし、そんな精神疲労を吹き飛ばすほどの怒りがその身を支配していた。


 その戦争の悲惨さももちろんだが、それよりも優先的に怒りの矛先が向いた相手がいた。

 それは、その一軍を率いていた将だった。


 吟と同時に召喚されたであろうその男は、一度としてその身を前線に置くことはなかった。

 敵に攻め込まれると、まだ生きていた女子供を盾にして逃げ延びた。

 その行動は、あまりにも醜悪で直視することすら憚られた。


 結局、ルーセントの聖女に追い詰められ、呆気なく敗北したのだが、追い詰められるまでが兎に角酷かったのだ。


 まだ生きていた民間人に呪詛を埋め込み、瀕死の重傷を負わせて放置すると、攻めてきた敵は人道的な立場から生存者を何とか助けようとした。

 しかし、救いだされる直前に息絶えるように傷つけられた彼らは、敵の目の前でアンデッドとなり、敵兵を屠り仲間にしていった。


 結局、その戦いにおいて生存者はたった1名だった。

 聖女が将を追い詰めると、恥も外聞もなく逃げ出そうとし、聖女の魔法一発で塵も残さず消えたのだ。

 そして残ったのは聖女一人。

 それ以外は全てアンデッドと化し、浄化によって塵も残さず消滅した。


「こんな作戦、まともな人間の思考では導きだせない。それほどまでに壊れていたのか…」


 その表情を歪めながら、身体中の汗を拭いて着替えるラウラ。

 全身から噴き出す脂汗が、その精神をどれだけ削っていたかを物語る。

 

「関係ない者を巻き込むとは…私とは生涯相容れない連中だな…」


 ついそんな呟きを漏らしてしまった。


 ラウラの戦いは、無関係な者を巻き込むことを是としない。

 戦いとは、1対1の決闘が最も適しているとラウラは考えている。

 無関係な者に被害が及ぶということは、単に自身の実力不足でしかないのだ。

 戦略と言えば聞こえはいいが、実力が足りていれば単身で敵の将をしとめることも出来るのだ。


 実際には、そう簡単に割り切れることができないのが戦争なのだが、ラウラにはそんな考えは微塵も無かった。


 ラウラは戦争そのものを嫌悪していた。

 戦争での武勲を誇る貴族達など、生きる価値もない存在だと考えている。

 罪の無い人々を略奪し、犯し、殺す。

 そんなもののどこが武勲だというのか。

 


「少なくとも、私を相手にそんなことは許さない」


 ラウラは考えを巡らせる。

 どうすれば確実に敵将をしとめられるか、どうすれば対象だけを確実に殺すことが出来るのか…を。


「やはり…単身攻め入るしかないんだろうな」


 ぽつりと呟くと、その場を後にした。












 数日後、バラムンドの王都から衛星都市に向かう馬車が街道をひた走る。

 王都で流行の装飾品や工業品を衛星都市に運び、農産品などを仕入れる商隊だ。

 その荷台に、フードのついた深緑のローブを纏い、フードを目深にかぶる少女がいた。


「こんなに順調に進むとは思わなかったな。これじゃ護衛料金ももうちょっと下げてもらわないとな」


 商隊のリーダーらしき男が少女にそんな声をかける」


「しかし、魔道士てのはすごいな。いきなり襲ってきた蜂共を魔法で一撃かよ」

「それにこんなに若いとはな…」

「そうだな、最初は戦えるかどうかは心配だったが…」


 少女は護衛の冒険者たちの話に全く耳を貸そうとしなかった。

 少女に向けられる視線にも一切動じない。


「おい! 何とか言ったらどうなんだよ1」


 男達の一人がラウラの素気ない態度に痺れを切らしたかのように立ちあがると、その胸倉をつかもうとした。


 次の瞬間、男の巨体は軽々と宙を舞い、馬車の外に放り出される。

 

「私は眠いんだ。余計なことで私の睡眠を妨害するな」


 少女の放つ殺気が冒険者達を強かに射ぬく。

 

「それとも、この場で皆を皆殺しにしてしまったほうがいいか?」


 物騒な物言いに、冒険者達の顔色は青くなっている。

 これ以上関わりあいを持ちたく無いといったところだろうか、皆馬車の荷台の隅の方で小さくなっていた。


「全く、弱い物にしか威厳を保てないなんて盗賊以下じゃないか。返り討ちにされないだけありがたく思え」


 ラウラはもう巻き込まれたくないとばかりに、荷台を諦めて御者台に出た。

 それと時を同じくして、御者が大声で叫んだ。


「何かいるぞ! あれは…馬車だ!馬車が盗賊に襲われているぞ!」


 その声を合図にでもしているのか、冒険者全員が荷台から飛び出してきた。

 高ランクの彼らにとって、誰かの馬車を襲う盗賊というのは、ご褒美だった。

 盗賊は一様に報奨金が支払われる。

 その中に指名手配でもいれば、さらに金額は増加する。

 しかも、それが商人の隊商ならばもっと身入りがいい。

 謝礼として何か貰える可能性まであるからだ。


「おら! さっさとくたばれ!」


 まるでどっちが盗賊かわからないような声を上げる護衛の男。

 ラウラは冒険者達の実力…というよりも盗賊達の弱さを確認したラウラは、自分が出るまでもないと思い、荷台に入ると隅で不貞寝してしまった。


 盗賊を倒し、隊商から謝礼を貰った冒険者たちの笑い声が聞こえた。

 ラウラはその全てを辞退した。

 今さらそんなはした金を貰うつもりもさらさら無かったし、変に実力を見せて付纏われても面倒だったからだ。

 

 今はそれよりもやることがあった。

 ラウラは噂を聞いた。

 放棄された廃村が蘇ったという噂を。

 まるでおとぎ話のような村。

 符号する点が多すぎるその噂を確かめるべく、単身で探りにきたのだ。

 そのために、幻視の魔法を使って、エルフの姿を誤魔化してまで。


 今のラウラの姿は、ただの魔法使いの少女に見えていることだろう。

 腕前も、そこそこに腕の立つくらいの魔法使いと言う感じに手加減している。

 その分、かなりの鬱憤が溜まってきているのだが…


(このストレスは黒幕にぶつけて解消するとしよう)


 そんなことを考えつつ、鞄からサンドイッチを取り出して腹ごしらえすると、周りの連中の声から避難するように馬車の隅にてフードをさらに深く被り、昼寝してしまった。




 それから2日後、馬車は大きなトラブルもなく目的地に近づいていた。


 やはり噂は広まりつつあるらしい。

 この2日ですれ違う旅人は皆、いきなり復活した村を通過してきたようで、その内容をこちらが聞くよりも前に話してくれた。


 そこでは、皆が笑顔で歓迎してくれる上に、豪華なもてなしの宴を開いてくれていたようだ。

 それを語る旅人の目はどこか陶然としており、他の連中はその村の素晴らしさに心を奪われていると感じていた。

 

 だが、ラウラだけは全く別の思いを抱いていた。



「さて、一仕事するか」


 最後の野営地で皆が寝静まった頃、ラウラは起き出す。

 目覚めないように、全員に睡眠の魔法をかけ、さらに外敵に襲われないように結界も施す。

 

「全く、くだらない小細工しやがって…」


 そう言い残し、ラウラは自分達が来た方向へと戻っていった。

 そして夜明け前、何食わぬ顔で戻ってきたラウラは一切を気付かれることなく、目的地らしき村に着いた。




『ようこそ、奇跡の国へ』


 そう書かれた看板の前で、笑顔で出迎える村人一同。

 皆一様に、同じ笑顔を浮かべていた。

 出迎えの歓声の中、ラウラは馬車の中で寝転んでいた。

 昨日の夜の出来事を思い出し、忌々しげに呟く。



「下らないペテンにかけやがって…その奇跡の裏側、しっかりと暴いてやる」 

 

  

 

皆様も体調にはくれぐれも気をつけてください。


次回更新は14日を予定しています。

読んでいただいてありがとうございました。

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