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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第12章 誰がために鐘は鳴る
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神に祝福された村

新年1回目の更新です。

閑話を入れるつもりが、本編を書いてしまいました…


新章に入ります。

 バラムンドの王都より、今は使われていない細い街道を馬で3日。

 木々もまばらな砂漠地帯を抜けると、やがて緑の少ない山岳地帯へと景色は変わる。

 だが、その周囲には人の気配がない。


 さらに山道を徒歩で2日ほど進んだ山の中腹に、そこそこの規模の村があった。

 しかし、その村には生活の営みは見られない。

 数年前に起こった干ばつによる飢饉と、運悪く重なった流行り病により村人は死滅していた。

 

 今は旅の商隊や国々を渡り歩く冒険者が一夜を過ごす避難所くらいにしか使われておらず、家々も崩れ落ちる寸前だ。

 

 だが、唯一教会だけは違っていた。

 古来より大陸に伝わる古い神を祀った教会で、その教義も既に失われて廃れた宗教のものだ。

 だが、廃れているにはその建物は明らかに人の手により管理されている形跡があった。

 それを証明するかのように、建物の中で動く人影があった。


「ふーん、勇斗はここを拠点にしてたのか…それでこんなに手入れがいいんだね」


 場違いなほどに陽気な声で周囲を探る男。

 

 蓼沼一樹だった。

 そして、彼の後ろを付き添うように歩く数人のメイド達。

 その瞳には生命の光は宿っておらず、その肌も生者の持つ温かみは感じられない。

 まるで夢遊病者のように蓼沼の後をついていくだけだ。


「さて、君達にはここでやってもらいたいことがある」


 徐に振り返ると、蓼沼はメイド達一人一人に指示を出していく。


「君と君はここで僕のサポートを、君達は壊れかけの家の修繕を、それからそっちの君達は村を出てここに寄る人たちのために食材集めだ。それじゃ、解散」


 その言葉も終わらないうちに、これまでとはうって変わった俊敏な動きを見せるメイドたち。

 家の修繕を任されたメイド達はてきぱきと家を直していく。


「それじゃ、僕たちは教会で受け入れの準備をしよう。まずは…着替えかな」


 礼拝堂らしき部屋の片隅にあった木箱を開けると、そこには新品のような神父の服と尼僧の服が数着。

 蓼沼はメイド達に補助をさせながら、神父服を身に纏う。


「じゃ、君達も着替えてね。終わったらここの掃除を頼むよ」


 指示を出して、一人で奥にある部屋へと入る。

 そこには執務机と木製の椅子、やや大きめの寝台があり、机の上には古ぼけた1冊の本が置いてあった。

 

 その本を手に取りページを捲ると、そこに記してある内容を確認して目を細める。

 その表情は、あたかも面白い玩具を手に入れた子供のようだった。

 机の上に両足を投げ出すような格好で読み進めると、その心情をつい零してしまう。


「流石は勇斗、こんな面白いことを見つけてたなんて…やっぱりすごいや。こうやって生きた人間・・・・・を操れるなんて想像もしなかった」


 ページが進んでいくにつれ、その表情は嬉々としたものに変わっていく。


「ここはそれなりに使用される場所らしいし、ここを使うのはかなりの有力者や実力者みたいだから、僕の目的にはうってつけだ。あとはどれだけ集められるかだけだね」


 本に栞を挟んで閉じると、小脇に抱えたまま窓を開けて外を見る。

 陽も沈みかけ、辺りは夕闇に染まっている。

 しかし、その暗さにも全く逡巡することなく、メイド達は作業を続けている。


「彼女達には疲労というものがないから、作業が捗るよ。このままいけば、そう遠くないうちに戦力を整えられそうだ」


 動き回るメイド達を満足そうに見ながら、一人呟く。


「東山君相手にするには相応の戦力が必要だ。彼の性格からすれば、近いうちに何らかの行動を起こすはずだから、それまでに必要なものは揃えておかないとね」


 蓼沼の瞳には嗜虐的な輝きが宿っていた。










 うず高く積み重ねられた書物の山々の合間にて、ラウラはとある文献に没頭していた。


「ラウラ様、そんなに根詰められてはお体に障ります。一息入れてください」


 ユーリエがお茶の支度を整えてやってきた。

 今2人がいるのは学院の書庫の中でも、学院長とユーリエ、そしてラウラ以外には立ち入ることの許されていないエリアだ。


 半ば迷宮ダンジョンと化した通路と何重にも重ねられた結界を抜けて漸く到達できるこの場所には、この世界の有史からの文献で実在するもののほとんどが集められている。

 そのほとんどがユーリエとラウラにて集められたものだ。

 ちなみに、このエリアにはラウラとユーリエが開発し、その影響の大きさを考えて封印した禁呪クラスの魔法も多数保管されている。

 それを狙って賊が入り込むことは稀にあるが、その全ては通路の防衛システムにより創造された魔物の餌食になっている。


「ああ、すまん。ちょっと休むか」


 眉間を指で軽くマッサージしながら、差し出されたカップを受け取るラウラ。

 自分自身でも気付かぬうちに相当無理をしていたのか、かなり目元に疲労がたまっていたようだ。

 受け取ったカップ越しに伝わる茶の温かさと、立ち上る湯気に乗る茶の香りが、磨り減った精神状態を穏やかに修復していくのが実感できたようで、自然と口元が綻んでいた。


「目的のものは見つかりましたか?」

「ああ、大体目星はついた。あとは裏づけが欲しいところだな」


 ずずず、とお茶を啜りながらユーリエの問いに応える。

 啜るという行為がこの世界には存在していなかった為、ユーリエも当初は顔を顰めていたのだが、実はラウラが猫舌だということを知ってからは、まるで小動物を見るような温かい目で見るようになった。


「裏づけ…ですか?」

「ああ、今の状態は推測でしかない。より確信に近くはなったが、確定したわけじゃない」


 ユーリエは主の悩み事を解決するための助力が及ばないことに心を痛めていた。


「申し訳ありません、私の力が及ばないばかりに…」

「何言ってるんだ、お前が気に病むことじゃない」


 消沈した表情のユーリエを気遣い、言葉をかけるラウラ。

 ラウラが探している文献はその存在自体が曖昧なもので、所謂口伝と呼ばれるものが御伽話のような形で伝わる程度のものだ。

 ユーリエが集めた文献は魔法技術に関するものがほとんどだったため、力になれないのも当然といえば当然なので、ラウラとしてはそこまで気に病むユーリエが心配になってしまった。


「それにしても、本当に見つかるのでしょうか、『世界戦争』以前の文献は…」

「各地に伝わる御伽話としては僅かにだが存在してる。それも僻地の小さな集落に残っている程度だ。だが、今はその程度でもいいから情報が欲しい」


 静かな口調だったが、傍で共に戦うことが多かったユーリエだからこそ、その言葉の裏に潜む本気を窺い知ることができた。

 それこそ、ラウラがこれからの戦いにどれだけ心血を注いでいるのかを測り知るに足るものであり、それ故に助力になれない自分が悔しかった。


「もしかすると、『世界戦争』以前という時代に拘るのもまずいかもしれない。『世界戦争』も含めて、何か違和感のようなものを探したほうがいいんじゃないか?」


 ラウラが『世界戦争』に拘るのは、二村がバラムンドとつながりがあったからだ。

 かつて吟が直面した『世界戦争』は、吟と同時に召喚された者達が天使に取り込まれ、戦争を引き起こした国の後ろ盾として暗躍したことで発生した。

 だとすれば、今回も同様に火蓋が切られるのであれば、その前に何らかの兆候を掴んで事前に潰しておきたいと考えていた。


「違和感…ですか?」

「ああ、どんな些細なことでもいい。その前後に起こったことで、ちょっと気に掛かる程度のものでもいい」


 ユーリエは思案を巡らせる。

 それならば、自分が各国を放浪していた時に耳に入れているかもしれないからだ。

 自身の記憶の海をくまなく探っていくと、以前大陸に住んでいたというとある部族の長老に聞いた御伽話が思い浮かんだ。


「一つだけ、ちょっと気になる話を思い出したのですが…」

「何だ? 遠慮なく話してみろ」

「いえ、あの、直接関わりがある話とは思えないのですが…」


 ユーリエは少しばかり逡巡した。

 もしこの話がラウラの目的からかけ離れていたらどうしようかと思っていたからだ。

 そんなことをすれば、主に余計な手間をかけさせてしまうのではないか。

 関係ない話で主を惑わせてしまうのではないか。

 そんな思いがユーリエを躊躇わせた。

 しかし…


「どんな話でも無駄にはならない。今はどんな情報でも欲しいんだ。そこらに転がる噂話程度なら聞く価値もないが、お前は長い年月をかけて世界中を回った経験がある。その経験を踏まえた上でその話に違和感を感じたんだろう?」


 ラウラはユーリエの不安を見透かしたかのように、優しく声をかけた。

 ユーリエは無言で小さく頷く。


「なら、是非話してくれ。お前の持つ『知識』と『経験』というふるいにかけられて残った情報だ。それだけでも聞く価値はある」


 その言葉を聞き、ユーリエは小さく呼吸を整えると、意を決したかのように話し始める。


「これはとある部族の長老に聞いた御伽話なのですが、『世界戦争』に直接関わりがあるのかどうか理解に苦しむ内容だったのですが…」

「ああ、かまわない。続けてくれ」


 ラウラが話の続きを促すと、ユーリエは頷いて話を進めた。


「その話の題名は『神に愛された村』というものですが…内容があまりにも信じがたいものでした。何故なら、死んだ人間が生き返って、村を作り幸せに暮らすという突飛な話だったからです」

「それは…ただ不死者アンデッドになっただけ…じゃないのか?」

「はい、私もそう思ったのですが、それであればもっと恐れられる話になると思いまして…」

「わかった、その話を聞かせてくれ」


 ユーリエは促されるままに、その話を語り始めた。







 昔々、あるところに小さな村がありました。

 その村はある日突然、流行病に襲われました。

 村人は次々に息絶えて、残ったのは幼い子供達だけになってしまいました。


 生きる術を持たない子供達は、少し離れた隣村に逃げました。

 隣村の人たちは、子供達を哀れに思い、村に受け入れました。


 しかし、一部の村人はそれを拒みました。

 子供達と一緒に流行病が自分達の村にも入ってくる。

 その前にその子供達を殺してしまおう。

 その考えは、瞬く間に村を支配しました。


 村人は子供達を捕えて、動けないように縛り付けると、油を撒いて火をつけました。


 

 あついよ

 たすけて

 おかあさん


 

 子供たちの叫び声は、炎が大きくなると消えていきました。

 

 村人が子供たちの亡骸を処分しようとすると、空から神様の御使いが現れました。


 

 なんという仕打ちをする人間共だ

 この子供たちは私が連れていこう

 お前達の村に返してやろう

 


 御使いは子供たちの亡骸を抱きかかえると、子供たちの村に飛んでいきました。


 その後、村人が子供たちの村に行って見ると、そこには焼け死んだはずの子供がいました。

 それどころか、病で死んだ人もいました。

 皆、幸せそうな顔をしていました。

 

 夜、村人が自分の村に帰ると、村は流行病に襲われていました。

 次々に死んでいく人たちを見て、村人は逃げ出しました。


 村人は子供たちの村に逃げ込もうとしました。

 しかし、何故か入ることができませんでした。

 そこに御使いが現れました。



 この子供たちや村人達は苦しんで死んだ

 何の罪もないのに

 故に神が祝福を授けた

 お前は生きている

 故にこの村には入れない



 村人は持っていた松明で自分の身体に火をつけました。



 これで俺も苦しんで死ぬ

 だから村に入れるだろう



 しかし、村人は村に入れませんでした。

 やがて村人は力尽き、その身体は灰も残さず燃え尽きました。



 お前は子供たちを焼き殺した

 そのような罪人が神の祝福を受けられるはずがないだろう



 御使いはそのまま消えていきました。

 子供たちと村人達は、そのまま永遠に幸せに暮らしました







「このような内容の話なんですが…」

「胡散臭いな…それ」

「そうなんですが、この村は実在したと言われているんです」

「…本当か?」

「はい、実際にその村の名も伝わっていましたが、過去に同名の村があったこともわかっています。ただ…その村は今は消滅しています」

「消滅? それは穏やかじゃないな。消滅した理由も判っているのか?」

「はっきりとした理由はわかりませんが、予測はできます」


 ユーリエは一息つくと、ラウラの目を真っ直ぐに見据えて言った。


「その村のあったとされる地域が、『世界戦争』の発端となった地域だからです」

 

 

いよいよ対蓼沼戦が始まります。


次回更新は8日あたりを予定しています。

ただ、仕事がかなり立て込んでいるので、少々遅れるかもしれません。


本年もハイエルフさんをよろしくおねがいします。

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