蹂躙される者たち
ややグロあります。ご注意ください。
バラムンド王国の貴族達が保有する軍艦による大船団。
それは勇猛として知られる帝国とすら互角以上に戦えると噂されていた。
当然、その船に乗り込む兵士達もその噂は聞き及んでいた。
事実、彼らは数々の戦いにおいて、比類なき強さを見せていた。
ただし、対人族という制限の内においてだが…
彼等はその光景を呆然と見ていた。
それは兵士としてはあるまじき失態なのだろうが、それを咎める者は、今この場においては存在していなかった。
何故なら、誰もが同じように、呆然としていたのだから…
ラウラはその表情を全く崩さず、まるで機械のように淡々とその作業を繰り返した。
甲板の亡骸を回収し、瞑目すると近くの兵士の首を落とし、船に腐敗の呪式をかける。
兵士の血の臭いに釣られた魔物が、新たな饗宴を繰り広げる。
まるで世界の終焉を具現化したようなその光景は、兵士達の精神を砕くには十分すぎた。
ほとんどの兵士はラウラが船に降り立つと、その精神を破壊されてしまった。
目の前のエルフの少女の標的は自分達の乗る船…そう気付いた瞬間に、心を壊されていた。
ある者はひたすら命乞いをし、ある者は全てを諦念したかのように笑い出す。
ただ呆然と虚空を見つめる者、引き攣った顔で失禁する者、そして自らその恐怖から解放されるべく、魔物の蠢く海に身を投げる者。
それを一切の表情を変えずに見つめるラウラは、兵士達にとっては既に恐怖の象徴だった。
悪魔、死神、そして魔神…
彼等が知る限りの恐怖を齎す存在が、ラウラに当てはまって見えた。
それは等しく人知を超越した存在であり、その前においては人間など塵芥ほどの価値すらない。
それを理解してしまったからこそ、抗う心は恐怖に塗りつぶされてしまった。
そして、兵士達のそんな感情を意にも介さず、ラウラは新たな恐怖を撒き散らすべく、新たな船へと向かう。
船団の旗艦となっている軍艦の甲板に、怒りで顔を紅潮させる男。
伯爵と呼ばれたこの男は、バラムンドにおいて、いや、大陸における「貴族」という人種を体現しているような男だった。
己の家柄に胡坐をかき、気に入らない者は排斥する。
隙あらば上位の貴族を罠に嵌めて出し抜き、さらには王族にまで食い込もうとする。
まともな手段であれば褒め称えられそうだが、その手段はほぼ全てが後ろ暗いものばかりだ。
今回の侵攻も、手に入れた魔法技術を献上して爵位を上げようとするのが目的であり、その技術如何によっては自ら王族を排斥し、王として君臨することも考えていた。
他者から盗んだ技術でのし上がろうとはおこがましい考えだが、その男にとっては魔道連合国の住人は家畜同然としか認識されていない。
当然ながら、今目の前で起こっている現実を黙って受け入れられるはずが無かった。
「おい! 何をしている! あんな亜人の小娘1匹、さっさと始末しろ!」
「は、はい! 魔道士隊、あのエルフを殺せ!」
付き従う彼等は皆中央で私腹を肥やす貴族の従者達で、数にものを言わす作戦しかできない。
盗賊や地方の領主軍相手であれば十分すぎる戦力だった。
だが、彼等はラウラという存在を理解していない。
その力がどれ程なのかということを。
その逆鱗に触れるという行為が齎す結末を。
魔道士達の攻撃は全く通らず、弓兵や槍兵の攻撃は全て届かない。
まるで好物を一番最後に食べる子供のように、周囲の船を魔物の饗宴の餌食とし、徐々に旗艦に近づく様に、兵士達は恐慌状態に陥った。
「やめろぉっ! くるなぁっ!」
「助けてくれぇっ!」
阿鼻叫喚の地獄絵図と化した甲板に降り立つと、ゆっくりと周囲を睥睨するラウラ。
既に大多数の兵士は戦意を喪失している。
「この船が無くなると、お前達の愚行を思い知らせる方法が無いな。少し趣向を変えるか」
ラウラは片手を空高く上げると、どこからともなく黒い影が彼女の周りを飛び回る。
――― ヴォン… ヴォン… ―――
重低音の唸りが不気味さを加速させる。
よく見れば、黒い影は子供の頭ほどの大きさの何かの集合体だった。
「そう焦るな。お前達のエサは逃げたりしない」
その言葉に、喜びを表したかのように一層激しく飛び回る黒い影。
「お前達にはメッセンジャーになってもらう。きちんとこちらの意志を伝えてもらうぞ」
ラウラがその手を振り下ろすと、待ち兼ねたかのように兵士達に群がっていく黒い何か。
それは、黒い蜂だった。
それはジガバチのような性質を持つ蜂で、魔大陸の一部に生息する。
特色としては、地球のジガバチのように巣穴に獲物を持ち込むことはしない。
卵を産みつけられた動物は、特殊な物質を注入されて半不死となる。
だが、不死といっても、自由に動ける訳ではない。
その動きは親蜂や強い魔力を持つ者によって操作される。
ラウラは蜂を従えることで、卵を産みつけられた動物を操る方法を編み出していた。
蜂に産卵させることで、今回の侵攻の黒幕にこちらの意志を伝えるつもりだ。
無数の蜂達に産卵され、虚ろな目で立ち尽くす兵士達。
そんな光景に一瞥もくれず、ラウラは伯爵と呼ばれた男の元へと歩みを進めた。
「な、何だ、貴様は! この私にこのような仕打ちをするなど、無礼だぞ!」
「煩い雑魚だな。この場においては貴様が一番弱い。弱い奴が吠えるな、見苦しい」
「な、何だと! 私は王国より伯爵の位を…」
「ここは王国じゃない。そんなものは何の意味も為さない」
自らの爵位を振りかざそうとするが、あっけなく吐き捨てられる。
事実、この場においてそのような権力は何の意味も無かった。
魔物には地位などという腹の足しにならないものは無価値なのだから。
「お前には色々と役目があるんだよ。生きたまま祖国に帰してやるから感謝しろ」
その声に呼応するかのように、蜂達が伯爵に群がる。
「や、やめ…たすけ…」
あっという間に全身に産卵された伯爵と兵士達は、甲板に呆然と立ち尽くしている。
蜂達は満足したのか、ラウラの周りを数回飛び回ると、そのまま空に消えていった。
「さあ、お客さんの御帰りだぞ」
甲板に描かれた魔法陣に魔力を通す。
ラウラほどの魔力量を持つ者ならば、正確に起動させることなど児戯にも等しかった。
やがて船は光に包まれると、船はラウラの指定した座標に向けて転移した。
バラムンド王国の王都バラムにある王城、その中庭にいた者達はその目を見張った。
いきなり空間が光ったと思いきや、次の瞬間には巨大な帆船が現れたのだから無理もないだろう。
そして、その甲板には、勇んで王都を出発していった貴族の姿があったからだった。
王城の謁見の間に連行された兵士達。
「この度の侵攻作戦の報告をせよ」
「う…ぁ…」
宰相の言葉にもまともな反応を示さない兵士達。
不審がる一同を余所に、兵士達は皆一様にまともな反応をしない。
すると、伯爵と呼ばれた男が声を荒げて叫び出した。
「ざ…ざざぎぃぃっ! いや、だでぬまぁぁっ! おぼえでおげよぉぉっ!」
それだけ言うと、体のあちこちが瘤のように盛り上がってくる。
それは、他の兵士達も同様だった。
やがて瘤は破れ、そこからは黒い蜂が現れた。
蜂が出てきた者達は、その中身のほとんどを喰いつくされているようで、かろうじて残った肉体も、羽化したばかりの蜂達のエサになり下がっていた。
さらに蜂は城内の者達に襲いかかろうとしていた。
しかし…
『火炎嵐』
宰相の放った魔法によって、ほぼ全てが焼き殺された。
その様子を見つめながら、宰相は口元に歪な笑みを浮かべる。
「やはりここまで辿り着いちゃったか。ちょっと遊び過ぎたかもしれないな」
まるで他人事のように呟く。
兵士達の亡骸に皆が目を背けるが、彼だけは笑みを崩さない。
「でも、流石はラウラ=デュメリリーということかな」
それだけ言うと、自分の執務室へと戻り、部屋の鍵を締めて寛ぐ。
部屋には彼の他に、割り当てられたメイドのみ。
そのメイドも、恐怖に顔をひきつらせていた。
これから自分に訪れる未来を知っているかのようだ。
「お願い! 助けて! 何でもしますから!」
必死に命乞いする声。
やがて、部屋に響き渡る、若い女性の断末魔。
だが、強固な結界によって、室内の音は外に漏れることはない。
豪奢な天蓋付きの寝台には、先ほどまで生命の温もりを持っていた「メイド」が横たわっていた。
その隣には満足そうな表情を浮かべる宰相…ではない人物が座っていた。
「なかなかいい悲鳴を聞かせてくれてありがとう。キミの器は有効利用してあげるから安心して」
陽気な声がその異常さを物語る。
そこにいたのは、ラウラが、楓が、前島がよく知る人物。
佐々木一樹、いや、蓼沼一樹がそこにいた。
「さて、東山君は随分と可愛い姿になったんだね。その顔が恐怖に引き攣るのを想像しただけでイキそうだよ」
舌舐めずりをしながら、己の獣欲を満たせる相手を見つけた悦びを露にする。
「いつでもおいで。いっぱい楽しいことしてあげるから」
メイドだったものの頭を撫でながら、蓼沼は想いを馳せていた。
魔物達の饗宴もそろそろ終焉を迎えようとしていた頃、ラウラとユーリエは自分達の塒へと帰っていく魔物達を見送っていた。
「ラウラ様、ずいぶんと魔力を使われたようですね」
「ああ、ケチって失敗するよりはいいだろう」
「それはそうですが…ところで、送り返したメッセンジャーは働いてくれたでしょうか?」
「それは大丈夫だろう。きちんと名指ししておいたからな」
「名指し…ですか?」
「ああ、わかりやすい偽名を使ってくれたおかげで黒幕がわかった。勿論罠だろうがな」
ラウラは表情を崩さずに、次なる戦いに向けた策を考え始めた。
そこには、いつもとは違った表情があったのだが、ユーリエにもその表情の真意はつかめなかった。
ここから数話の閑話をはさんで、因縁の対決となる予定です。
次回は27日の予定です。
年末なので、お仕事が忙しいのです。
すみません…。