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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第11章 護る者
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蹂躙する者たち

切れてます!

 海上で繰り広げられている光景を、ラウラは無表情で見つめる。

 その胸中はユーリエにも推し量ることはできない。


「ユーリエ…誰も逃がすなよ。竜共を呼んでも構わない」


 それだけを言い残し、姿を消す。

 ユーリエは漸くプレッシャーから解放されたが、安堵の息を吐くことは無かった。


 眼下で行われている行為は、ユーリエの怒りにも火をつけている。

 本来ならばラウラの手足となり、愚か者を滅するのが自分の役割であると自負している。


 だが、今は違う。


 自らの主からの勅命が下された。

『誰も逃がすな』と。

 ならば彼女の取る行動は決まっている。


 如何なる手段を以てしても、あの愚者共を逃がさない。


 竜達を使えとも言われているが、彼女にはそんなつもりは毛頭ない。


 主から直々に下された命令を、何故他の者に分けてやらなければならないのか。

 主の信頼を受けるという至上の悦びを独占するのは自分だけだ。

 他の誰にも分けてやるものか。

 瞳に強い意志が宿る。


 ユーリエは己の魔力を全開させる。

 ここまで解放するのはいつ以来だろうか。

 これだけの解放であれば、自身にも少なからず影響は残る。

 だが、そんなものは今の彼女を止める理由には為り得ない。


 その顔に妖艶な愉悦の笑みを浮かべながら、魔王は己の術式を完成させていく。


「ラウラ様の勅命です。ここからは誰一人逃がしません。あの方の手で苦しんで死ねるなど、何という慈悲でしょうか」



 ユーリエの術式は完成した。


闇の迷宮ダークメイズ



 辺りがまるで黄昏時のような薄闇に包まれる。

 それは捉えた者を永久に迷わせる闇。

 術者を除いた全ての存在に作用する魔法。 


 だが、彼女は信じている。

 自らの主はこの程度の術式など意に介さないと。

 

 その信頼に応えるが如く、薄闇の中を縦横無尽に飛びまわるラウラ。

 本来ならば、自らの術式が通じないことを悔しがるのだろうが、今の彼女にはそれすらも愉悦になる。


「流石はラウラ様………私程度の術式など何の妨げにもなりません」


 恍惚の表情を浮かべてその身をよじる。

 今の彼女は至福の境地にいる。


 何故なら、敬愛する主の活躍(蹂躙)を特等席で見ることが出来るのだから。







 ラウラは先頭を航行する一隻の甲板に降り立った。


「何だ? いきなり暗くなったぞ! 物見兵! どうなっている!」

「船の舵が効きません!」


 突然の状況にパニックに陥っている船上には、ラウラに気付く者などいない。

 ラウラは甲板に横たわる亡骸を鞄にしまう。

 既に魔物に喰われてしまった亡骸には瞑目して謝罪する。


 それは、庇護者としての責務を果たせなかったことへの謝罪。

 二度と迫害などさせないという誓いを破ってしまったことへの謝罪。


 

 漸く甲板員がラウラの存在に気付く。

 

「貴様! 何者だ! これは貴様の仕業か!」


 一様に剣や槍を構えてラウラを取り囲む。

 だが、ラウラは全く意に介さずに、問われたことに返答する。


「私は知らん。これは魔王の仕業だ。貴様等を一匹たりとも逃がさない為のな」


 その顔には全く感情が無い。

 感情を籠めて対応することが無駄だと言わんばかりだ。


「逃がさない…だと? 馬鹿め! それはこちらの台詞だ!」


 兵士達の顔に下卑た笑みが浮かぶ。

 見目麗しいエルフの少女が目の前にいる。

 最早ラウラを見る目は、欲望の捌け口として考えている目だ。


 

 そのおぞましい視線がラウラを反応させる。


「鬱陶しい、そんな目で私を見るんじゃない」


 無造作に向けられた掌から、何かが放たれる。


 一陣の風が兵士達の間を吹き抜けると、何が起こったのか判らないといった表情のまま、兵士の首が転がる。

 断面から噴水の如く噴き出す鮮血の飛沫がラウラに飛び散る。

 それは透き通るように白い肌に付着して、無表情の顔をさらに際立たせていく。


「お前達は皆、ここで死ぬ。それ以外の選択肢は存在しない」


 冷酷に告げられる末路に、兵士達の顔は憤りに歪む。

 だが、ラウラの放ち続ける威圧の前に、指先すら動かせない。

 その先に確実な死が待ち受けていると理解していても…





「ふむ、ユーリエを疑うわけじゃないが、このままのペースでは取りこぼしが出るかもしれん。少しペースを上げるか」


 船の縁に歩み寄ると、自らの手首を噛んで血を流す。

 その血は海面に滴り落ちていく。

 やがて、船の周辺の海域に変化が現れた。


 これまでは小型の鮫のような魔物だけしか見られなかったが、そこに違う魔物が混じり始めた。

 それはワニのようなものやタガメのようなもの、ヤゴのようなものなど、明らかにこれまでと違う、強い魔物だった。

 それを証明するかのように、鮫のような魔物は次々に捕食されている。


「お前達にも、捕食されるという経験を与えてやろう。そう味わえる経験じゃないんだ、感謝しろよ」


 そう言って宙に浮くと、その手に光の珠を生み出した。

 軽い所作でそれを甲板に叩きつけると、船は瞬時に腐食していく。


「そのままだとお前達まで腐ってしまうぞ? 海に逃げれば、運が良ければ助かるかもしれん」


 仲間が船の腐敗に巻き込まれ、生きながらにその肉体が腐っていくのを見た兵士達は、我先にと海に飛び込んでいく。


 しかし、そこで待っているのは『死』という名の解放だった。


 鰐のあぎとに、タガメの口吻こうふんに、ヤゴの下顎したあごに、またピラニアのような肉食魚の牙にかかり、等しくその命を散らす。


 突如始まった血の饗宴に、さらに新たな魔物が姿を見せる。


「…来たな」


 ラウラの呟きに呼応するように、巨大な影が海面に浮かび上がる。

 船よりも遥かに巨大なその影は、徐々に明確になってその実体を衆目に晒した。


 まるで島が動いていると錯覚させるほどの巨体。

 だがその動きは決して鈍重ではなく、海という領域を支配する上位の魔物であることを実感させた。

 巨体に似合わない小さな目からは、獲物を前にした猛獣のような捕食への喜びの感情が見て取れた。


「そいつらを喰っていいぞ。私が指示した船は遠慮なく喰ってくれ。残すなよ?」


 ラウラが言うと、その魔物はぶるぶると巨体を震わせていたが、その威圧が自身に向けられたものではないと知ると、その目に歓喜の色を浮かべて船に向かっていった。


 それは、巨大な鯨の魔物だった。


 無力な人間を大中小の魔物が喰らい、その全てを巨大な魔物が飲み込んでいく。

 海というフィールドで繰り広げられる魔の饗宴を、ラウラは表情を変えずに見つめ続ける。


 ふと視線を外すと、あるものをその目に留めた。


「あいつは………何か知ってるかもしれん」


 魔物達の饗宴を後にして、目的の場所に向かった。








 

 次々に船が消えていく状況に、アドニスは生きた心地がしない。

 いつその矛先が自分に向くか分からないのだから、それは仕方のないことなのかもしれないが。


「何だよ…あれは…」


 平和といっても過言ではないガニア大陸では、ここまでの数の魔物が集まることなどない。


 それどころか、海の魔物だけでなく、鳥のような魔物、蜂や蚊のような魔物が饗宴に加わろうと頭上を飛んでいく。

 彼らには、頭を抱えて平伏す以外に取れる行動は無かった。


 ただひたすらに、魔物が自分達を見つけないことを祈るだけだ。






「おい、アドニス。久しぶりだな」


 アドニスは、頭上からかけられた場違いな少女の声に、一瞬ここが阿鼻叫喚の場であることを忘れた。


 だが、すぐにその意識は覚醒する。

 この場において、少女の声がするなど、可能性は一つしかない。

 それは、この地獄絵図を引き起こした張本人であり、魔物達の頂点に立つ存在。


「…ラウラ=デュメリリー」


 アドニスはそれだけ言うのが精一杯だった。


 そんなことお構いなしとばかりに、ラウラは無造作に甲板に降り立つと、状況を認識したのか、若干ではあるが威圧を弱める。


「お前はあいつら・・・・とは違うようだな」


 アドニスはその言葉の意味をすぐさま理解し、慌てて首を縦に振る。

 違うというのは、転移魔法を使っていないということ。


「お、俺達は先遣隊として自力でここまで来た。戦闘にも参加させてもらえない補給部隊だ。あんな真似・・・・・してるのは中央の腐れ豚連中だけだ」


 アドニスはラウラの持つ力を知っている。

 非公式ではあるが、魔大陸の魔物素材を扱っているのだ。

 その出所の主を知らずに済むほど甘くない。


「あいつらの目的は、あんたらの作った魔法と、魔力を持った奴隷の調達だ。新しく就任した宰相の口車に乗せられてるんだよ」

「ほう、裏で操ってる奴がいるのか…」


 震えながらも何とか話すアドニスから聞いた内容に、ラウラの表情が一瞬曇る。


「ああ、俺も一度会ったが、変な野郎だった。変な名前だったな、確か…ペルシカリアとかいう名前だったはずだ」

「そうか…そいつが今回の首謀者というわけか。…ところで…」


 いきなり威圧が強まる。周りを見れば、すでに失神している者や失禁している者までいる。

 かくいうアドニスも、本人が元高ランクの冒険者でなければ、彼らと大差ない醜態を見せていただろう。

 必死に耐えているところに、氷の如き冷たさの声がかけられる。


「まさか…お前もあいつらと同じなのか?」


 ラウラの見つめる先には、甲板に残る大量の血痕。


「その血は小賢しいスパイを斬った血だ。 旗艦でふんぞりかえっている伯爵子飼いの軍監だ」

「………わかった、お前がそんな奴じゃないというのは理解している。ここからすぐに撤退しろ、巻き込まれて死にたくなければな」


 ラウラは手短に言い残すと、魔物達の饗宴の中心へと飛んだ。

 威圧から解放されたアドニスは、すぐさま撤退行動を開始する。

 それこそが、彼にとっての最善の行動なのだから…。


 そして、未だに繰り広げられている魔の饗宴を遠くに見つめながら、他の貴族達の命運が既に尽きていることを実感した。


「あんたらのことは残念に思うが、助けはしねぇぞ。ここは既に弱肉強食の領域だ。弱いくせにつけ上がる馬鹿に冥府の底まで付き合ってやる義理も無いからな」


 憐れむような言葉だけを投げかけ、彼らは自国へと帰っていった。


アドニスさんはラウラを理解しています。


次回は23日の予定です。

読んでいただいてありがとうございます。

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