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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第11章 護る者
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ハイエルフさんぶち切れる

ガチで怒ります。

 連合国の領海に入ると、船団は群島によって細分化された水路のような海に散開していった。

 そうやって各地で一斉に攻撃、侵略、拉致をするつもりだ。


「これで私も強大な力を得ることができる! 私が新たな国家を作り上げるのだ!」


 伯爵と呼ばれた男は旗艦の甲板で声を上げる。

 彼の脳内では、既に侵略した亜人共を従える自分の姿があるのだろう。

 下卑た笑みを憚らずに漏らす男に倣い、船員達も略奪を期待する笑みを浮かべていた。


「各自、接岸と同時に侵攻せよ! 魔道学院の占領を最優先だ!」


 作戦通りの行動をとる兵士達に、その錬度の高さが窺い知れる。


 あくまでも『対人間』を前提としているのだが…







「こんなことをして何になるんだ! こんなことをしている場合じゃないはずだ!」


 船団後方の軍艦の甲板で、苛立ちを隠せない表情の男がいた。


 年は30代後半だろうか。

 精悍な顔つきと、燃えるような赤毛が印象的な、野性味溢れるその男。

 身に纏う鎧は、見た目こそ質素だが、実用性や耐久性を重視したものだ。

 揺れる船の上においても、全くバランスを失わないのは、余程鍛えられているのだろう。


「もうすぐ収穫の季節だというのに、侵略などしていては領民が飢えてしまう! こんなくだらない争いは、やりたい奴だけやってればいいんだ!」

「男爵様、そのようなお言葉は軍法会議ものですぞ」


 嫌らしい笑みを浮かべる小柄な老人が、男爵と呼ばれた男を諌める。


「かまうものか! しかも我々を兵糧の運搬役としてしか考えていない中央の連中など知ったことか!」


 男の名はアドニス男爵。

 バラムンド南部の海岸近くを領地とする新興貴族だ。


 今回の侵攻では、海軍を保有していたことから、斥候や補給といった雑用を任されて、いや、押し付けられて・・・・・・いた。


「中央の奴等は何を考えてるんだ! どこの誰かとも判らない奴の言葉に乗せられやがって!」


 彼はつい最近のことを思い出す。


 中央にいきなり登用された宰相は見た目も若く、そこそこに強そうだったが、その目が気に入らなかった。

 そして伯爵を始めとした、中央の有力貴族達を煽るそのやり口も。


 宰相のやり口とは、貴族特有の選民思想をさらに増長させ、亜人の国であり、魔法研究でかなり先を進んでいる魔道連合を取り込むというものだ。


 しかし、そこには約定を結ぶようなことを考えていない。


 亜人は人族に劣る種族であり、人族が亜人を思う儘に蹂躙するのは当然だという驕った考えを堂々と語った。


 実際は、身体能力、魔法技術のどちらも人族は劣っているのだが、唯一勝っているのはその傲慢な考え方くらいだろう。 


「魔道連合国は我が領の秘密裏の取引先として安定した収益を上げていたのだ! 何故こんな真似をしなければならない!」

「男爵様、亜人の国などと対等な取引など、バラムンド貴族としての誇りはどうなさったのですか? 亜人など力で従えてしまえば良いのです」


 老人の言葉に明らかな嫌悪の表情を見せる。


(このジジイは伯爵の犬だ。おそらくは監視役ってところだな)


 彼はこの侵攻作戦に反対していた。

 

 農作物の輸出でそれなりの収益を上げており、尚且つ連合国系由で入手できる魔大陸の魔物素材を輸入することで、さらに利益を生み出していたからだ。

 秘密裏ではあるが、友好的な関係を築いていたものを、何故ここで壊さなければならないのか。


 しかし、それ以上に彼が反対する理由があった。

 

 それは、連合国の背後にいるのはあの・・ラウラ=デュメリリーだ。

 その噂は彼の耳にも十分すぎるほど届いていた。

 ほとんどは悪名に近いものだったが。


「しかも、あの連中は亜人を生贄に使いやがった! もしラウラに知られたら、間違いなく虐殺されるだろうな」

「そのようなことはありませんな。これだけの戦力があれば、あのラウラとて葬り去れるはずですぞ」


 それを聞いてアドニスは天を仰ぐ。

 一体何を根拠にそんなことを言うのか、呆れを通り越しているようだ。。


(頃合いを見てこのジジイを捨てて撤退するか………中央の連中への義理立ては、斥候とこれまでの補給でチャラになるだろう)


 アドニスは部下に耳打ちすると、部下は神妙な顔で頷く。

 自らの将の決断を信頼しているのだろう。


(さて…俺達が撤退するまでは交戦しないでくれよ…)


 彼は僅かな可能性に望みを繋ぐために祈る。

 その可能性こそ、彼等が生き永らえるための可能性なのだから。










 連合国領海の上空にて、航行する船団を見下ろす存在があった。

 その数は2。


 ラウラとユーリエだ。

 彼女達は学院長からの連絡を受けて、侵攻しつつある船団を食い止めるために来ていた。


「あれが連絡にあった船団だな。ぞろぞろと鬱陶しい連中だ」

「全く…どうして大陸の貴族連中はこんなに愚かなんでしょうか…」

「まあそう言うな。あれでも何かの役には立ってるんだろう」

「…それは…どのようなことに…?」

「うーん…えーと………きっと何か我々の知らないところで役に立ってるんだろ」


 ラウラは困っていた。

 何となく口から出た出任せだったのだが、まさかそこに突っ込んでくるとは思っていなかったからだ。

 正直なところ、ラウラは貴族連中に対しては全くと言っていいほどに良い印象を持っていない。

 それというのも、ガニア大陸の貴族共が魔大陸で行った拉致・略奪を忘れてはいないからだ。

 

 しかも、無駄に権力や家柄に胡坐をかく横暴な態度も気に入らなかった。

 

 日本という、平和極まりない国で過ごした頃の名残りかもしれない。

 『森』という、完全弱肉強食の環境に順応した結果かもしれない。


 そんなふざけた連中が、ラウラの庇護下にある者達を拉致するなど、どうして許すことができようか。





 ふと、ラウラの目がある一点に釘付けになる。



 船団の一部の船の周りに、鮫に似た海棲の魔物がまとわりついている。


「あれは…船が襲われているのか? 自業自得だ…な…」


 ラウラの言葉は途中で途切れた。

 何かがおかしい。

 あれだけの魔物が迫っているのに、船員は全く焦っていない。

 それどころか、まるで餌付けでもしているかのような素振りだ。



 いや、餌付けしているのかもしれない。


 船員は何かを船から投げている。

 それに魔物が喰らい付く。

 その光景を見て、船員は歓声をあげている。


「………」


 ラウラは見てしまった。

 船員が海に投げ入れたモノ・・を。



 それはエルフ、ドワーフ、魔族、妖精…連合国、魔大陸に住まう種族だ。

 皆一様に、その目を見開いている。

 灯っているべき生命の輝きは消え失せている。



 死んでいる。



 彼等の亡骸を、魔物の餌にしている。



 ラウラは自分の頭から血の気が引いていくのを感じた。

 最早、怒りは沸点をはるかに超えていた。

 

「なあ、ユーリエ? あの屑共は一体何をしているんだ?」

「……………!」


 ユーリエはその威圧感に息を呑んだ。

 これまで共に戦うことは何度もあったが、それとは比べ物にならない威圧。

 味方であると判っていても、身体の芯を抉るようなプレッシャーに身体が竦む。


(これが…ラウラ様の…本気…)


 まさに絶対零度の如き視線は、未だ歓声をあげて愚行に戯れる者達を捉えている。


「あれは旧式の転移魔法陣だな。なるほど、そういうことか」


 船の甲板に描かれた魔法陣を見て、即座に何が起こったのかを理解したようだ。


「そんなくだらないことのために、私の庇護下の者の命を使ったのか…」


 その言葉には、一切の感情の起伏が取り払われたかのような冷たさがあった。

 否、ラウラにとっては、既にあの屑共に感情を費やすことすら鬱陶しいのだろう。


 その顔には、いつも敵に向ける微笑は欠片もない。

 感情の消え失せた表情で、船団を見つめていた。








 

「おいおい! 何やってんだあいつら! どんだけ死にたいんだよ!」


 船団の最後尾で、遠見の魔道具でその光景を見たアドニスは、自分達の希望の糸がぷつりと音をたてて切れたことを知った。


 このままいけば、自分達は間違いなく殺される。

 それも想像を絶するほどの苦しみを与えられて。


「緊急停止! 白旗あげろ! 一切の戦闘行為をするな! 死にたくなければな!」


 アドニスの表情を見て、危機的状況であると知った船員達は、すぐさまアドニスの指示通りに動いた。

 ただ一人を除いて…


「アドニス様! これはどういうことですか! 重大な軍規違反ですぞ!」

「見てわからねえのか? 白旗あげて降伏するんだよ。俺はまだ死にたくねえ」

「何を言っておるのだ、男爵風情が! 貴様のことは伯爵様に報告させてもらう。どのような結果になるか楽しみにしていろ!」


 小柄な老人が強い口調で窘めるのを、冷ややかな目で見る船員達。

 やがて、アドニスはその口を開いた。


「なら、報告させなきゃいいだけだ。あんたはここで無念の戦死をしてもらう」

「な、何を言って…」


 老人の言葉は最後まで紡がれることは無かった。

 アドニスの剣が太陽の光を受けて煌き、老人の頭と胴に永遠の別れを告げさせた。

 

「おい、それは海に捨てておけ。魔物の餌にはちょうどいいかもしれん。もしかすると、性根の悪さに皆食わないかもしれないがな」


 血で汚れた甲板を掃除させつつ、白旗の準備を急がせる。


「お前ら! 武器は全て外しておけ! 暗器の類もだ! 敵対すると思わせるような言動も慎め!」


 急ピッチで武装解除していく。

 それほどまでに、アドニスは恐れを抱いた。


(出来るだけたくさんの部下を助けてぇ。だが、それには俺達が敵対行動を取らないということを知らしめる必要がある)


 アドニスは大きく溜息をつくと、これまで以上に警戒をあからさまにした。


(あの光景をラウラが見たら…間違いなく船団の連中は皆殺しにされるだろう。それどころか、本国にまで攻め込んでくるかもしれん。せめて部下や領民の命は守ってやりたい)


 これから起こるであろう惨劇がどれほどのものになるのか、アドニスには想像できない。

 彼にはもう待つことしか無かった。

 ラウラという存在が、自分達の行動に気付いてくれるかもしれないという一縷の望みが叶うことを。

本気でキレたラウラの姿はユーリエも見たことありません。


次回は19日の予定です。

読んでいただいてありがとうございます。

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