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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第10章 狙われた魔道学院
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黒幕?

遅くなって申し訳ありません。

 港町パロットの倉庫街、その一つの倉庫に、明らかに周りから浮いた一団が身を潜めていた。


 身なりは統一されたローブを着込んでおり、連合国に居を構える者であれば、誰もがその正体を知っていた。


 そのローブこそ、魔道学院の生徒であることを証明するローブだった。


「何で俺達がこんなところに隠れなきゃいけないんだ!」

「…それが、少々予想外な事がありまして…」


 そのローブの集団の中心にいた少年が、苛立ちを隠さずに声を張り上げる。それを宥めるのは、中年の男性。


 うだつの上がらない商人らしい風貌だが、見る者が見れば、端々に見られるその身のこなしは相当鍛えこまれたものだとわかるだろう。


 だが、少年にはそのような慧眼を持っている訳ではないので、ただの商人という認識しかしていなかった。


 そのやりとりを同じローブを纏った少年少女が見守るが、連合国の人間がそれを見れば、その状況の異常さがわかるだろう。


 何故なら、ローブの少年少女は皆、亜人種と呼ばれる種族なのだが、商人は『人族』だ。連合国の人族、それもあからさまな商人が表立って接触することはまず有り得ない。まして、学院の生徒とは何の接点も持てない筈だからだ。


「何故僕たちが逃げ回らなきゃいけないんだ! 僕たちは魔道技術を有効利用しているだけだろう!」

(ちっ! 面倒臭い餓鬼共め! 場合によってはこいつらを捨てていくか…)


 世間知らずを絵に描いたような生徒達に手を焼く商人。生徒達は解っていない。この商人が彼等を引率しているのは、決して優遇するつもりなのではない。


 生徒達が持ち出したのは、古い転移術式だ。しかし、それを使いこなすには、複雑な術式制御と膨大な魔力が必要とされる。


 ラウラやユーリエであれば問題なく起動できるが、人間では到底不可能だ。術式が極限まで魔力を吸ってしまうため、人間が使用すれば確実に死に至る。

 魔力が無くなれば、不足分を生命力で補おうとするからだ。


 だが、学院の生徒ならば、普通の人間よりも魔力が多い。その彼等を術式起動のための生贄にするつもりなのだ。


(どうする? あまり我儘通されるのも鬱陶しいし、ここで全員隷属させちまうか…)


 商人が懐から隷属の首輪を取り出して、生徒達に向き直ろうとしたとき、不意に声がかけられた。


「おや? 変わった物をお持ちですね? それは連合国では所持しているだけで処罰される禁制品ですよ?」


 穏やかな女性の声。しかしその声には、はっきりとした敵意が籠っていた。


「誰だ!」


 商人が振り向くと、そこには初老の女性が独り。


 柔らかな金髪ブロンドを腰まで伸ばし、清楚なイメージの白のブラウスに若草色のロングスカート。そして、特徴的なローブを羽織っていた。

 もう少し見た目が若ければ、世の男どもの垂涎の的となったであろうその貌は、大きな包容力を感じさせた。


「…学院長…」

「私の役目はあなたたち生徒を守ることよ。学院設立からずっとね」


 生徒達は学院長の言葉の意味を理解していない。当然ながら、つい先ほど自分達に向けられた悪意にすら気付いていない。


「どうして学院長がここに? それよりも、俺達を守るってどういうことだよ! 俺達はそんなに弱くない!」


 憤りを隠さずに怒鳴る生徒達。学院長はやれやれといった感じで首を横に振る。


「あなたたちは所詮、守られた環境での強さしか持っていない。外の世界の汚さも知らない。自分達がしでかしたことの影響の大きさも知らない。

…これは私の教育不足としてお叱りを受けても仕方ないわね」


 その会話の隙をついて、商人が脱出を試みる。とても見た目からは想像できない俊敏な動きに、生徒達は唖然とする。だが………


「逃がしませんよ? 貴方はこの国の住人ではないでしょう? 身分証を拝見させてください。外国からの入国者には、一様に身分証が発行されますから」


 商人の足がいつの間にか膝下まで岩で固められていた。


 全く予兆を見せずに、しかも岩石の生成速度も尋常ではない。尚且つ、商人が動くまで全く覚らせない隠密性。そして商人の動きを完全に見切っていた予測。


 そのどれもが生徒達の想像を超えていた。


「これが…実戦…」


 どこからか零れてきた呟きに、学院長はにっこりと微笑む。


「くっ! 私は唯の商人だ! 拘束される謂れはない!」

「ならば早く身分証を提示してください。正規な入国であれば拘束は解きますし、謝罪もします」

「そ…そうだ、紛失したんだ! 再発行して貰うつもりだったんだ!」

「ならば総督府に行きましょうか。再発行であれば、以前発行した写しがあるはずですから」


 正規の手続きであれば、必ずその形跡があるはずで、それが無いということは、この商人が密入国者であるということだ。


 連合国では、国交を開いていない国の商人は、特例として入国が許されている。しかし、それには厳重な審査を行われた上で発行される身分証が必要なのだ。


 連合国での人族を嫌悪する風潮は非常に強い。身分証があればその安全は総督府が保証するが、密入国者は一切保証されない。もし殺されても、その犯人の捜査すら行われない。


 たかが商人が、そんな危険な場所に来るというのに、身分証を紛失するなどあり得るだろうか?


「おい…お前は一体…」


 生徒の一人が不審に思い、商人の肩を掴もうとする。


「やめなさい! 迂闊に近寄っては…」


 学院長の声も間に合わず、次の瞬間、その手首から先が落ちた。


「ほえ?」


 間の抜けた声をあげて、自分の手を見る生徒。その断面からは、噴水のように血液が放出され始めている。


「まずいわ! 『凍結フリージング』!」


 学院長は即座に手首と落ちた手を氷結させると、暴れないように生徒の後頭部に手刀を叩き込んで気絶させる。

 生徒の対応は何とかできたが、そちらに集中するあまり、商人に対する集中が途切れ、拘束が解除されてしまった。気付けば、商人の姿はどこにもない。

 学院長は溜息を吐くと、商人が落としていったであろう首輪を拾い上げる。


「貴方達、これが何か解りますか?」

「………いえ、解りません…」


 今までにないほどに険しい表情の学院長と、今起こったことに、生徒達は萎縮してしまっている。


 それは無理も無いことで、生徒達は自分の国に戻れば、蝶よ花よと育てられている、言わば箱入りだ。その彼等が、手首を斬り落とされる場面に遭遇するはずもない。


 衝撃的な光景に気圧されてしまっていると、学院長はさらなる言葉で追いうちをかける。


「これは『隷属の首輪』よ。貴方達も歴史の講義で散々聞いたでしょう? それに、貴方達の自国でも。これを所持している者がどういう人族かということも」


 一様に顔を青褪めさせる生徒達。


 連合国の歴史は、ガニア大陸の国々から侵略されたという忌まわしき過去がある。その際に、多くの住人が奴隷として攫われていったことも、歴史を学ぶ時に最初に教えられる。


 侵略された時、使われたのが『隷属の首輪』である。それ故、連合国において『隷属の首輪』を所持しているということは、『侵略の意志あり』と見做される。


「あの男は、貴方達を『商品』として売り払うつもりだったのよ? その後の扱いがどうなるかまでは解らないけど、少なくとも今より幸せな生き方ではないはずよ」


 生徒達は皆、茫然自失で立ち尽くしている。まさか自分達が売り物とされる予定だったなど考えてもいなかったのだから、無理もないのだろう。


「さて、彼の手当てをしなければなりませんし、貴方達からも詳しい話を聞かなければいけません。あの男を取り逃がしたことは…お叱りを受けてしまうかもしれませんが」


 そう言いつつ、転移魔法陣を構成すると、生徒達を陣に促す。さらに、生徒が全員入るのを待つ間に、ラウラに念話を送る。


(ラウラ様、生徒達の安全を優先したので商人を取り逃がしました。その男は『隷属の首輪』を多数所持していましたから、生徒達を売り捌くつもりだったのでしょう。恐らくは生徒を運搬する船が待機していると思われます)

(…分かった。後は任せろ。ご苦労だった)


 そうしているうちに生徒が全員、陣の中に入った。そして光を放ち始める魔法陣。


「さて、あの商人の末路は決まりました。今度は貴方達が罰を受ける番ですから、しっかりと反省してください」

「…末路って…どうなるんですか?」


 不穏な表現に、生徒達が訝しげな表情を見せる。だが、学院長は平然と言い放つ。


「ラウラ様に刃を向けようとする愚か者の末路など、一つしかないでしょう?」


 そうにこやかに微笑む彼女を見て、この初老の女エルフもまたラウラの関係者であることを、改めて実感した生徒達だった。










 連合国の群島海域を抜けた海上に、数十隻の帆船が停泊していた。


 木造の巨大帆船は数門の大砲を備えており、所謂「ガレオン船」に近い形の巨大帆船だ。

尤も、この世界では火薬は全く知られておらず、大砲は鉄の玉を「爆発エクスプロージョン」の魔法で吹き飛ばすという方法をとっている。


 その船の甲板は、異様な光景が広がっていた。


 船員達が慌しく走り回っている中、その甲板の中央部分に寝転がっている人影。その数はおよそ十数人。それがどの船の甲板にも一様に見られることだ。


 その人影は全く動きを見せない。しかし、目は開いているため、眠っている訳ではない。

虚空を見つめる瞳には光はなく、その身体には生命の温かみが全く感じられなかった。



 絶命していた。



 エルフ、ドワーフ、妖精、魔族…その姿は様々だったが、共通するのは2つ。



 そこには人族の姿がないことと、『隷属の首輪』を嵌めていること。




 一際巨大な帆船の甲板に立つ、豪奢な鎧を着た壮年の男と、それに付き従う数人の男。その姿こそ他の船員に近いが、その所作は一線を画していた。

 その中に、学院長の拘束を逃れて逃走した商人の姿があった。


「申し訳ありません、閣下。亜人共を捕獲しようとしたのですが、邪魔が入りまして…」

「ふん、かまわん。これからいくらでも手に入るのだからな。これも貴様が持ち帰った『転移魔法術式』のおかげだ。今回は大目に見てやろう」


 商人が申し訳なさそうに謝罪すると、閣下と呼ばれた男は鷹揚に応える。


「伯爵様、これからは如何いたしましょう?」


 横から、太った男が声をかける。神官風のゆったりとした服装でありながらしっかりと腹が出ているあたり、相当に腹回りにぜい肉をつけているのだろう。


「うむ、これから連合国に奇襲をかける。戻るための転移魔法に使う生贄も調達しなければならないからな。全軍に伝えよ、前進だ!」


 伯爵と呼ばれた男は甲板にて仁王立ちしている。その眼下には死体がそのままになっており、一瞥すると顔を顰める。


「亜人共の死骸を何とかしろ、目障りだ」

「そ、それが、そういう訳にもいかないんです」


 一人の船員が畏まりながら応える。


「この海域には海棲の魔物がたくさんおりまして…死骸を海に捨てれば、そいつらが寄ってきてしまいます」

「…どこまでも厄介な連中だ。仕方ない、危険海域を抜けたところで棄てろ」

「は、はい!」



 駆け出す船員の背中を見ながら、伯爵は思いふける。


 魔法という技術において、ガニア大陸の国々は遥かに遅れている。宮廷魔道士クラスの魔法ならば、魔道連合国では学生でも使いこなすという。


 もしその技術を我が物に出来れば、大陸を征服することも夢ではない。

 事実、転移魔法でこれだけの船を転移させることに成功したのだ。



 尤も、そのために奴隷を使い潰して・・・・・しまったが。



「だが、そんな心配も無くなる。これから大量に手に入るのだから。そして『魔大陸』を手に入れれば、私に歯向かう者など存在しなくなる…」


 そう呟いてほくそ笑む伯爵は、潮風に吹かれながら、自らが全てを手に入れる姿を妄想していた。 




 彼は知らない。


 これから進む先に、何が待ち受けているのかなど…。

学院長も『森』出身のエルフなので、弱くはありません。

生徒に対して反撃しないのは、反撃すれば生徒は重傷以上必至だと理解しているからです。


次回は16日の予定です。

読んでいただいて、ありがとうございます。

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