再会
主人公の隠された性格が…
徹は目の前で起きている事を頭が認識できていないことを直感した。ならばやることはいつもと変わらない、情報を一つ一つしっかりと噛み砕いて理解すればいいだけなのだ。
未だに混乱から抜け出せていない頭を軽く振ってリフレッシュを促す。
まず一つ目、目の前の少女はハイエルフである。アステールにはエルフがいると聞いていたからこれは問題ない。ハイエルフはエルフの至高種っていってたようだが、これはとりあえず今は関係ないものだと判断した。
二つ目、この少女が自分の「身体」になるという。この少女はそれに納得しているのかどうかが心配になってしまった。それに、男が女の身体になるのは問題ないのだろうか。
三つ目、少女は自分の兄の名を語った。自分の兄はいつから姉になったのだろうか、それも少女に。
それに…自分の兄はこんなに声も見た目も可愛くなかったはず。
結論………徹はより一層混乱してしまった。
「おーい、徹だろ? 俺だよ。吟だよ。中学の修学旅行で女子風呂覗こうとして天井裏に忍び込んで、うっかり天井破って風呂にダイブした東山吟だよ」
その言葉を聞いて徹の頭は再起動した。今の話は兄の黒歴史だ。どんな親しい友人にも話さなかった文字通り墓場まで持っていくべき話なのだ。ようやく徹は少女と向き合う。かなりの美少女だ。大きな瞳は思わず吸い込まれるような錯覚さえ覚えてしまう。
「…本当に…吟兄?」
「ああ、本当だ。こんな姿してるけど、中身はちゃんとお前の兄貴だ」
「………好きだった女の子に告白するために、川原に捨ててあったマネキン相手に一晩中練習してて通報された……吟兄?」
「そ、そそそ、そうだぞ…ていうか…何故お前が知ってるんだ…」
「…成人式に友達と風俗に行って、自分だけ50過ぎのおばさんが相手だった…吟兄?」
「ぐふっ! ……そうだ……しかもそのままお相手してもらった…東山吟だ…」
「それが意外と良くて、しばらく常連になった…吟兄?」
「……………」
ハイエルフの少女はその場に倒れ伏し、ぴくぴくと小刻みに痙攣を始めた。
「それから…そのまま熟女フェ」
「…もうやめてあげて下さい…」
なおも確認のために古傷を抉ろうとする徹を、声の主は憔悴しきったような声で止めた。実は最初は面白がって見ていたのだが、相手の心の傷をピンポイントで確実に抉るその手腕に末恐ろしいものを感じるとともに、流石にこのままではいけないという自制心が働いたのだ。吟に対しての哀れみも若干入っていた。
「この的確な猛毒舌、間違いなく徹だな」
「ここまでやってもすぐに立ち直れるなんて…本当に吟兄なんだね…」
すぐさま復活してきたハイエルフの少女に兄の面影があったのかどうかは判らないが、ようやく徹は少女が兄であることを認識したようだ。
「徹! 徹! ごめんな! 兄ちゃんいきなり死んじまって、すごく苦労掛けちまって、本当に…本当にごめん!」
「吟兄! 吟兄ぃ…。あれから…ひとりで…ううう…」
泣きながら抱き合う二人を、天使達が生温い目で見つめている。なんというシュールな光景だろう。
本来ならば兄弟の再会という感動的な場面なのだろうが、先ほどのやり取りで全て台無しだった。一部の天使達からは、
「あれは一種の精神攻撃か? あんなものを人間が放つなど…」
「もしやあの攻撃が『罰』なのか? なんという恐ろしい『罰』だ」
「ああ、あれなら首を刎ねられるほうがまだ幸せかもしれん」
という戦慄の眼差しを向けられていた。
「自分がこうなった原因を作った方たちに向いちゃうかもしれませんね…」
そんな呟きに天使達は顔を引き攣らせる。持ち逃げを見落とした天使達だ。呟いたのは、徹のパートナーになるはずだった天使だ。彼女はすでに徹に心酔していた。そんな彼女にとっては、以前見せた無様な姿でさえも「痘痕も笑窪」な状態になってしまっていた。そんな彼女が、ミスをした天使達を許せるかと言えば、当然否だ。できることならこの場で滅してやりたいくらいだったのだが、声の主が処罰しないかぎり動けないので、鬱憤が溜まっていたのだ。露骨にうろたえる天使達を見て、少しスッキリしたようだった。
声の主はその様子を興味深く見ていた。まさか『彼』と徹が兄弟だとは知らなかった。だが、事態はいい方向に向かっている手応えも感じていた。
「そろそろよろしいですか?」
声の主は漸く落ち着いた二人に声をかけた。
「お二人が揃ったところでこれからのことをお話しします。まずは…徹君、あなたはもうおわかりでしょうが、かつて地球より召喚された4名は、あなたのお兄さんを含めた4名です」
「はい。兄を除いた3名が『処罰』されたんですね」
「ええ、その通りです」
「それで兄が『罰』を受けているとのことですが…兄は何で『罰』を受けてるんですか? 兄が何をしたんですか?」
真剣な表情で問う徹に対して、吟が答えた。
「徹…俺は何かしでかしたから『罰』を受けてるんじゃない。何もしなかったから『罰』を受けてるんだ」
「それってどういうこと?」
「ここに来るまでに色々と聞いたが、お前すごく頑張ったんだってな。力が偏らないようにしようなんて、普通は自分のことで精一杯でそこまで考えつかないぞ」
「でも、結局この有様だよ」
「そこなんだよ。俺はあの時、力が偏ることの重大さを解っていなかったんだ。俺以外の3人は力が貰えるって分かって有頂天になってた。俺は残りの力でいいって思ってたんだが、あの3人は力を4等分するつもりは無かったんだ」
表情を硬くしながらも吟は続ける。
「最初は4等分っていう話があったんだが、そのうちにあの3人が揉め始めた。自分ならこの世界に貢献できるからもっと力を寄越せってな。でもそんな理屈が通るわけが無い。そこで奴らが目をつけたのが俺の分だったんだ。当然俺は拒否したんだが、あまりにも鬱陶しくてな…だから好きにしろって言ったんだ。ま、残り物でもいいやなんて軽く考えてた俺が拙かったんだが、連中は根こそぎ持っていきやがったんだ。そして、根こそぎ持っていったことで…問題が起こったんだ」
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