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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第10章 狙われた魔道学院
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逆鱗

真打登場!

 一之瀬と二村が対峙するのを、ラウラは少し離れた場所から窓ごしに見ていた。と言っても、何らかの魔法を使えば感付かれるかもしれないので、視力と聴力を極限まで高めての観察だったが。


「あれは…二村か? 純粋な魔力の力押しなら一之瀬だが…二村は…性根が腐ってるからな…」


 ラウラがまだ徹であり、日本にいた頃、委員長として一番手を焼いていたのは…二村だった。


 二村は他のクラスの生徒を虐めていた。それも、自分は決して表に出ず、陰から策を講じて陥れることを好んだ。卑劣な手段を取るなど朝飯前で、発覚しそうになれば配下のような扱いの生徒に罪をなすりつけ、自分は糾弾する側に回るという始末だった。


 二村は生徒会の役員をしており、成績も優秀だった。それが教師達の評価を上げており、教師の誰もが二村の裏の顔を知らなかった。


 結局、日本では二村をどうすることもできなかった。


 以前、楓に聞いた話によると、召喚後は後ろ盾が無かった為か、大人しく佐々木に従っていたらしいが…


「あいつは本当に下衆な手段を平然とやってくるから手に負えないんだよ…」


 苦虫を噛み潰したような顔で嫌悪感を露わにする。すると、室内に動きがあった。



 傀儡と思われる少女ごと、一之瀬が剣で貫かれたのだ。しかも、一之瀬の動きがおかしく、動きが鈍い。さらにラウラの思考に衝撃が走った。


「あいつ、巫女を喰いやがった!」


 巫女が消えていく。だが、ラウラの思考を乱したのはそれだけではない。巫女が消える前に二村が零した呟き…ラウラはそれを聞き逃さなかった。


「魔大陸で…さらうだと?」


 その言葉がラウラの思考を沸騰させる。その思考は二村への怒りで塗りつぶされてしまった。魔大陸の者を攫う…それはラウラへの挑戦状と同等…いや、それ以上の意味を持つ。


 ラウラの庇護を受ける者への害意、それはラウラの逆鱗に触れるには十分すぎるものだった。


 面倒臭い配慮などはかなぐり捨て、怒りのままに外壁を殴りつける。恐らくは魔法で強化してあったのだろうが、激情に任せた一撃は容易くそれを破壊する。


 瓦礫とともに室内に入ると、二村の展開する障壁をこじ開けるように鳩尾に拳をねじ込む。さらに右膝に踵を使って蹴り込み、膝関節を粉砕して体勢を崩す。


 ラウラは130センチそこそこの小柄な身体をしているが、二村は180センチを楽に越えている。通常ならラウラの攻撃は二村の頭部には届かないが、膝を壊された二村はラウラの前に、まるで跪き許しを乞うかのような姿勢になった。


 だが、ラウラは赦しを与えるようなことをするはずもなく、手頃な高さに下がった二村の頭部、それもこめかみの部分を容赦なく拳で打ち抜いた。


 紙人形の如く、軽々と吹き飛び執務机を破壊する二村。盛大な破砕音を上げながらも、その身体は既に修復が始まっているが、思考は停止しているようで呆然としている。


「蘇生術式と治癒術式をかけておいたから、もう大丈夫だ。私の同族を守ろうとしてくれたんだろう? 一応感謝する」


 混乱している一之瀬の傍に寄り、その腕の中の少女に術式を施すが、一之瀬については一瞬だが逡巡した。


(こいつは…まあ大丈夫だろう。見た感じでは既に修復も始まってるし)


 そう考えて、一之瀬への治療は行わなかった。


「お前は…自分で何とかできるだろう? 私はあの屑に落とし前つけさせなきゃならん」


 二村の目の前に立ち、殺気を撒き散らしながら睥睨する。


「どこで誰を攫うって? いい度胸しているな、お前。喧嘩売ってるなら、言い値で買ってやるから感謝しろ」


 その言葉を聞き、漸く二村が再起動する。


「ふ、ふざけやがって! いいだろう! このままお前を支配下に置いてやる!」


 まだ立てないのか、跪いたままの姿勢で何か呪文を唱えようとするが、それは叶わなかった。ラウラの手によって、瓦礫の破片がその口に突っ込まれていたからだ。


「お前はいつもこんな下らない策ばかりだな? 正直なところ、まともに相手するのも嫌なんだが………そうだ、お前に対しては私よりも怒りが激しい者がいる。そいつに相手させよう」


 何かを思いついたような表情を見せると、ラウラは二村を拘束し、その首を掴んで持ち上げる。


「ここじゃ色々と面倒だ、場所を変えるぞ」


 そういい残し、2人の姿は掻き消えた。








 一之瀬は自分が置かれている状況を、ぼんやりとではあるが把握できていた。


 腕の中の少女はその生命を終わらせた。自身の傷はゆっくりと癒えてはいるが、行動できるようになるまでどれだけかかるか解らない。


 そして、付き従っていた巫女2人が二村に喰われた。いつも口煩い2人で、自分を拉致した張本人ではあったが、殺してやりたいと思う程でもなかった。


 そして次は自分だ…そう思い至った時、壁を吹き飛ばして入ってきた存在があった。


 その存在に一之瀬の心は鷲摑みにされた。まるで幼い頃憧れた白馬の王子様に出会ったかのようにときいめいた。


「あれは…ラウラ! 本物だ!」


 かつて見た水晶越しの映像ではない。実物がそこに居るのだ、心躍らないはずがない。しかし一之瀬の腕の中で急速に冷たくなっていく骸がそれを許さない。


(どうしてもっと早くきてくれなかったの?)


 少女の開かれた瞳孔がそう自分を非難しているように感じた。実際にそんなことを少女が思っていたはずはないのだが、自分中心で動いている一之瀬にはそう感じてしまった。




「蘇生術式と治癒術式をかけておいたから、もう大丈夫だ。私の同族を守ろうとしてくれたんだろう? 一応感謝する」



 その言葉とともに、少女は骸から命ある存在に戻っていく。戻ってきた温もりと、会いたいと切に望んだ存在の登場に漸く思考が再起動する。そしてかけられた感謝の言葉。



 ラウラと二村が消えた後も、暫くその事実に思考が追いついていかなかった。何とか思考を整理すると、一之瀬の心に、狂おしいほどの感情が生み出される。


 それはラウラへの一方的な愛情。


「やっぱりラウラは私の思ったとおりだった! ああ、あの声で可愛く鳴いてもらいたい…あの細い身体を抱き締めたい…」


 もうシリカのことも少女のことも頭に無かった。ただラウラが欲しい、その一点が一之瀬の行動を支配した。


「私も追いかけなくちゃ! 多分遠くには行ってないはず!」


 その背に純白の翼を展開して空に舞い上がると、ラウラの魔力の残滓を求めて飛んで行くのだった。









 楓達が身を潜めている島から少し離れた無人島の上空に浮かぶ人影がある。その人影は念入りに島全体に呪式を描きこんでいく。それは蝙蝠のような形の漆黒の翼を展開したユーリエだった。


 彼女はラウラがここに転移してくるであろうと理解していた。そして、自分の怒りを晴らす機会を作ってもらえるであろうことも。だからこそ、万全の準備をしているのだ。


「ラウラ様のお怒りに触れる愚か者を消し去るためには…このくらいの準備は必要です…」


 魔道に造詣の深い者が見れば、ユーリエが行おうとしていることがどれ程桁外れかを理解しただろうが、幸か不幸か、それを咎める者は今ここにいない。


「相手はそれなりの力を持った天使とのことですし…いい供物になるでしょう」


 彼女は思いを馳せる。今まで生き永らえてきて、これほどに誰かの為に動いたことはあっただろうか…と。ここまで誰かに信頼されたことはあっただろうか…と。


「孤独だった頃は…こんな自分を許せたでしょうか…いえ、そんな余裕すらありませんでしたね」


 迫害の日々、そして種族の最後の一人という孤独…それから逃れる為の魔道の研究…しかし、その研究が今、ラウラという存在のために活かされようとしている。そんな数奇な自身の運命に思わず口元を綻ばせる。


「これもラウラ様の影響でしょうか…全く寂しさがありません」


 呪式の描き込みが終了し、自分自身のことを反芻していると、空間に歪みの兆候が見え始める。やがて空間に綻びが生じ、そこから良く知る波長の魔力が流れ出る。


 その魔力は空間の綻びを押し広げ、人間が通り抜けられるくらいの大きさで固定されると、そこからは想定通りの人物が出てくる。


「ラウラ様、お待ちしておりました。その愚か者の始末はお任せください」

「ああ、思う存分やればいい」

「はい…ですが、よろしいのですか? ラウラ様も相当お怒りの様子ですが…」

「私の怒りはまだここで晴らすべきじゃない。こいつの親玉相手に晴らさせてもらう」


 そう言うと、動けない二村をユーリエに手渡す。ユーリエは汚物を触るような手つきで二村を無人島の中央付近に放り投げる。


 そのはずみで口内の瓦礫が取れた二村が声を張り上げる。


「おい! 俺をどうするつもりだ!」

「おま…」

「ラウラ様を陥れようなどという愚かな貴様には、絶望という名の終焉をくれてやろう」


 ラウラの言葉を遮り、怒りのあまりに口調の変わったユーリエが二村に最終宣告を行う。


「ラウラ様はそちらで御覧あれ、この愚者の絶望を献上いたしましょう」

「あ、ああ、そうさせてもらうとする」

(これは…魔王モードとでも言えばいいのか?)


 いきなりの変貌に少々戸惑うが、本気で怒るユーリエを見たことがないので、そんなものなんだろうと自分自身を納得させて距離をとった。 



「さて、ラウラ様を騙り、その品位を貶める貴様には如何なる理由があろうとも赦しなどは与えない。貴様に相応しい最期をくれてやろう」


 ユーリエが懐から何かを取り出した。それは、小さな布袋だった。。


 その植物を二村に向けて投げる。放物線を描くそれは二村の近くで爆ぜると、その中身を二村に纏わり付かせた。


「…ふん、こんなもの、どうってこと無い!」


 放たれた攻撃が大したことないと安堵したのか、徐々に言葉に力が籠りだす。だが、ユーリエの表情は変わらない。


「貴様には全く価値は無いが、その力は無駄に散らせるのは惜しい。こちらで再利用してやろう」


 そう言うと、パチン!と指を鳴らす。

「…今です、メアリ」

「…メアリ?」


 ユーリエの小さな呟きにラウラは怪訝な表情を浮かべる。メアリは今、『森』の中の農園で農作業中のはずだ。それに、メアリに攻撃魔法が使えるなど聞いたことはなかった。


「ラウラ様、これはメアリが常々から望んでいたことです。彼女はラウラ様の作物を任されて誇りに思っておりますが、彼女もラウラ様の配下なのです。ラウラ様と共に戦いたいのです。そして今回の一件、非常に憤っておりました。だから、勝手は承知の上で、彼女の力を借りる呪式を作りました」


 やがて島全体に巨大な魔法陣が浮かび上がる。それに伴い、島の地面が波打ち、地下水が染み出して泥沼を作りだす。


「あの魔法陣には、転移陣も組み込んであります。それは物を転移させるのではなく、魔力を転移させるだけのごく小さなものです。ですが、これから行う術式には、どうしてもメアリの持つ魔力が必要なんです」


 魔法陣が柔らかな若草色の光を放ち始める。それは間違いなく、メアリの魔力の波長だった。


「彼女の魔力を少量分けてもらい、ここで私が増幅する。勿論、彼女の持つ種族特性はそのままに………御覧ください、これが私達のラウラ様への捧げ物でございます」



 そして魔王の口により、処刑執行の合図ともいうべき呪式名が紡がれる。



「愚かなる者よ、その命を以って我が主の糧となるがいい! 『豊穣の地ハーヴェスト』」!



 ラウラとその配下の逆鱗に触れてしまった二村への処刑が開始された。


一之瀬さんの動きが…

次回は29日の予定です。

読んでいただいてありがとうございます。

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