三つ巴?
一之瀬を書くのが楽しい…やばいです
楓から放たれた衝撃的な内容は、一同を静寂に包み込んだ。
「わ、私が目的? それって、もしかして…」
「うん、捕まったら色々されちゃうかもしれないよ」
「色々って?」
「うん、色々…」
ラウラは一之瀬を見た時から止まらない悪寒の理由が、少しだけ理解できたような気がした。
これまでラウラを攻撃してきた者は、明らかな敵意や害意を持っていた。しかし、一之瀬にはラウラに対する敵意、害意はない。あるのはラウラへの偏執的な愛情だ。
シャーリーやメアリ、ユーリエ等はラウラへの畏敬の念が変化して好意を抱いている。だからこそ、若干の自制は持ち合わせている。あくまでも若干だが…
しかし、一之瀬は自制などしないだろう。もし捕まれば、行き着くところまで行ってしまうかもしれない。ラウラはこれまで、ここまであからさまに欲望の対象として見られたことがない。さらに、これまでの天使共とは一線を画すその力が、より一層ラウラの不安を煽る。
「吟兄が滅しきれなかった天使を喰らった一之瀬………厄介な相手だな…」
思わず呟きを漏らすラウラに、楓が追い打ちをかける。
「それにね、恵ちゃんはちょっとMなところがあるの。小さい女の子に冷たくされたりすると嬉しいんだって。だから、もしかして…」
「…下手に痛めつけると…悦ばせるだけかもしれない…か」
戦い方を組み立てていたラウラは歯噛みする。あれほどの力に正面からぶつかれば、周囲に与える影響は計り知れない。だからこそ、接近しての直接攻撃で動きを鈍らせてから、ゆっくりと始末するつもりだった。
だが、痛みが一之瀬を縛る鎖にならないのであれば、その方法は悪手でしかない。かといって、魔法勝負などするわけにもいかない。そんなことをすれば、連合国が焦土と化す。それに、並大抵の魔法では防がれる可能性が高い。相手は吟が倒しきれなかった敵だ。
「瞬殺することは難しいのですか?」
目を覚ましたユーリエが参加してきた。
「出来れば万全を期したいところなんだが…恐らくは学院の中にいる奴と一戦交えるはずだ。それを見て対策を練るか…」
未だに不安を拭いきれないラウラ。敵対してくる者の行動ならある程度は予測できるのだが、全く敵意を持たない敵と戦うのは初めてだからだ。
「しかも学院の関係者に影響を及ぼさないようにしなければ…あれだけの魔力、暴走させる訳にはいきません…」
ユーリエが不安な表情を隠せない。いつもの冷静な顔に冷や汗が浮かぶ。ユーリエも一之瀬の魔力を感じ取っていたのだから、仕方ないとも言える。
「そうなんだよ、それが問題だ…」
「…それなら、私が何とかできるかもしれないよ?」
「本当か? 楓!」
いきなりの楓の発言に、皆が驚く。
「しかし…楓を危険な目に遭わせるわけには…」
「…ユーリエさん、遠くから見ることは可能ですか?」
「それなら、私の使い魔を用いれば可能ですが…」
「ラウラちゃんと私の念話は繋がるの?」
「ああ、それは問題ない」
「それなら大丈夫、私が行かなくても指示できるから。安心して!」
どうだと言わんばかりに胸を張る楓。ラウラ達に手段が無い以上、楓の案に乗るしかないのが現状での最善策というのが一抹の不安として残った。
「今は楓に頼るしかないか………不安は残るが、ここでいつまでも時間をつぶす訳にはいかない。行ってくる」
それだけ言うと、ラウラは足取り重く洞窟の外に出る。転移を感知されないように、短い転移を繰り返す為のルートを思い描く。
「…よし、行くか」
ラウラの姿はその場からかき消える。
魔道学院に学院長室で対峙する一之瀬と二村。一之瀬の背後には2人の巫女が付き従う。
「こいつは私がやるから、あんたたちはシリカを守ってて」
「了解したわ」
「わかったよ」
言い切る一之瀬。言葉だけなら格好いいのだが、二村を片付けた後の事を妄想しているのか、だらしなく緩んだ表情が全てを台無しにしていた。
「まずはあのエルフの子を治癒して、それから…まずはお話からよね! あ、でもシリカちゃんがいるし…もう2人まとめて面倒見ちゃお!」
「…本当にやる気なのか?」
「…当然でしょ? こんな可愛い子にこれだけのことをしたんだから。しかも隷属? モテないからって奴隷にして無理矢理なんて…本当に屑ね」
(…まさかこいつがここまで力をつけていたなんて…)
二村は内心、舌打ちする。二村の今回の行動は、桐原の指示によるものだった。
桐原は自分達が動きやすくなる環境を整えるため、その基盤にバラムンドを選んだ。バラムンドはティングレイと接しており、ティングレイの侵攻により、度々食料の略奪が繰り返されていた。それ故に、魔道学院の魔法技術や、隷属させた学院生達による魔法戦闘能力の向上という「武器」を手に入れれば、国内の戦争支持者を増やすのも容易いと判断したからだ。
その為に利用したのがラウラの「名声」だ。
ラウラ=デュメリリーの名は世界中に広まっているが、その姿を見知る者は意外と…というかほとんどいない。それこそ大国の首脳でもその顔を知らない者がいるほどだ。事実、ティングレイの皇帝ですらラウラの顔を知らなかった。ただ、エルフという事実だけが一人歩きしているとも言えた。
そこで、桐原が二村に命じたのは、ラウラの偽者を使い、魔道学院…いや、魔道連合国そのものをバラムンドの支配下に置くというものだった。
バラムンドのとある貴族を洗脳し、魔道連合国に農産物を非公式で輸出している商人を紹介させた。その際、その貴族の屋敷で飼われていたエルフの奴隷を手に入れた。
そのエルフは貴族の子弟の慰み者になっており、既に精神は壊れていた。その為、洗脳するのに大して手間はかからなかった。
「これよりお前はラウラ=デュメリリーだ。わかったな」
桐原より与えられた洗脳する能力により、ラウラになりきるエルフの少女。しかし、二村はその少女をさらに別の目的に使用していた。
それは、洗脳の増幅器。
その少女の持つ魔力を利用して、多くの学院生や連合国の民衆を洗脳していく。その少女がどれほど危険な状態になろうとも、全く気にかけない。
エルフにとって、魔力枯渇は生命維持に深刻な影響を与える。魔力枯渇によってその命を落とす者も少なくない。かろうじて命を繋いだ者も、重い後遺症のため、早々にその命を落とす。
だが、二村はそんなことは知らない。知ろうとも思っていない。エルフの奴隷が一人壊れようと、どうでもよかった。ただ、桐原の命令さえ達成できればよかった。
一之瀬如きに止められることは許されなかった。だから…
「悪かった! 一之瀬! 俺はどうかしてた! この子も途中で保護したんだが、ちょっと苛々して当たっちまった。ほら、お前さえ良ければ、連れ帰ってくれていいぞ」
「え? そ、そうなの? それなら遠慮なくお持ち帰りさせ…て…」
二村に背中を押されてエルフの少女が一之瀬の胸に飛び込んでくる。それを受け止めようとした一之瀬の腹部に焼けるような痛みが走る。
「その程度の奴隷はお前にやるよ。そのかわり、本物のラウラを奴隷にでもすればいいからな」
一之瀬はエルフの少女ごと、二村の剣で貫かれていた。
「ははははは! いい様だな、一之瀬! お前も俺に従っていればそんなことにはならなかったんだぞ?」
見下した目で呆然とする一之瀬を見る二村。その顔には醜悪な笑顔が浮かぶ。
「…あんた…なんてことを…」
腹部の剣を何とか抜くと、自らの傷を省みずに少女の治癒を行う。だが、その傷口は全く塞がる兆候を見せず、大量の出血を続けている。
「何で? どうして?」
「お前の力は凄いが、結局は俺達と同系統の力だ。ちょっと考えれば阻害するくらい造作もないんだよ」
勝ち誇ったように喋り続ける二村。確かに一之瀬と二村の力は強さの差はあれど、同じ存在から分離した存在を取り込んだ結果だ。ならばその力に干渉するのは容易い。
一之瀬の腕の中で急速に生命の温もりを失いつつある少女。しかし、一之瀬にはそれを眺めていることしかできない。
「さて、あまり派手にやって失敗するわけにはいかない。お前の力は魅力的だが、あの方への忠誠は難しそうだし、洗脳も無理っぽい。だからこのまま死ねよ、死んだら俺が道具として使ってやるよ」
「…ふざけんじゃ…ないわよ…」
「無理すると死期が早まるぞ? さっきの剣には俺達の力を阻害する術式を組み込んである。体内に散った阻害術式を全て除去する前にお前は力尽きるんだ」
悔しさを滲ませながら、少女を抱きしめる一之瀬。それを見た二村は部屋を後にしようとする。
「またどこかでエルフの奴隷を見つけてこないとな…いっそのこと、魔大陸で攫うか?」
薄ら笑いを浮かべて退室しようとする二村を2人の巫女が遮るが、呆気なく弾き飛ばされてしまう。
「この程度か…まあ少しは俺の役に立てるだろう。ありがたく思えよ?」
「な…何を…」
「や…やめろ…」
動けない2人の巫女に二村が手を翳すと、巫女の身体が光に覆われていく。
「「…………!」」
巫女の全身を光が覆い尽くすと、その声すら聞こえなくなる。やがてその光は二村の手に吸い込まれるようにして消えた。後には何も残っていない…。
「な…何したの?」
「お前もこうやって力をつけたんだろう? 俺はクラスの奴等を喰ってきたんだよ」
二村は自我を乗っ取られた生徒や、自制はできるが力の弱い仲間を喰らっていた。そうやって力をつけて、桐原に認められようとしていた。
その時、一之瀬の腕の中で少女が完全に脱力する。一之瀬は必死に足掻くが、力を乱されて動くこともできない。
「お前を喰えば…もしかすると…」
何かを思いついた二村が一之瀬にその手を向けた時、学院長室の壁が弾け飛んだ。その瓦礫は二村に向かうが、障壁を出して防ぐ。
と、その時、小さな人影が瓦礫と共に入り込むのを一之瀬は見つけた。しかし、二村はそれに気付いていない。
「な、なんだ! 一体何が…」
その言葉を最後まで紡ぐことは出来なかった。何故なら、二村の鳩尾には小さな拳が捩りこまれていた。
思わずよろけたところに、膝への蹴りが入る。踵を使ったその蹴りに膝を折ると、低くなった頭、それも即頭部めがけて拳が振りぬかれる。
派手な音を立てて執務机に突っ込むと、それを跡形も無く破壊してしまった。何が起こったのかを理解できずにいる二村を他所に、それは一之瀬の腕の中の少女に術式を施す。
「…え? あ、あれ?」
「蘇生術式と治癒術式をかけておいたから、もう大丈夫だ。私の同族を守ろうとしてくれたんだろう? 一応感謝する」
一之瀬は目を丸くしてその光景を見ていた。そこにいるのは、自分が探してやまなかった人物。
「お前は…自分で何とかできるだろう? 私はあの屑に落とし前つけさせなきゃならん」
そう言い残し、未だ状況を把握できていない二村の前に立つと、強烈な威圧を放ちながら静かに語りかける。
「どこで誰を攫うって? いい度胸しているな、お前。喧嘩売ってるなら、言い値で買ってやるから感謝しろ」
そこにいたのは、まぎれもなくラウラ=デュメリリー本人だった。
一之瀬は強いですが、それ以上に二村が卑怯です。
次回は26日の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。




