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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第10章 狙われた魔道学院
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新たな訪問者

まさかのあの人が登場です。

 ラウラ達がその身を潜ませている頃、パロットの繁華街を歩く1人の女の姿があった。フードのついた外套を纏い、そのフードも目深にかぶっている。その表情は完全には窺えないが、その口元はだらしなく緩んでいる。

 その女は露店で果実水を買うと、とある建物によりかかりながら果実水で喉を潤す。しかし、フードの奥の目は爛々と光り、街行く少女達を追っていた。


「こ、ここは天国? こんな場所があったなんて…」


 女は1人呟く。その間も少女達を目で追うことは止まらない。


「やーん、何ココ? ネコ耳にイヌ耳、ウサギ耳にキツネ耳、それにあの小さい子はドワーフかしら? あのエルフの子も可愛いし、あっちの子は魔族かしら? みんなすごく可愛くてどうにかなっちゃいそう」


 少女を見て悶える女と、それを遠巻きに冷ややかな目で見つめる女2人。悶える女はルーセントの聖女こと一之瀬恵だった。一之瀬は、とある情報筋からラウラが連合国に滞在しているのを知り、いてもたってもいられずにやってきた。


 当然、2人の巫女は反発したが一之瀬を止めるには至らず、仕方なく遠巻きに護衛という名目の監視をする羽目になった。


「全く…あのお方の趣味も困ったものよね」

「でも、ラウラを堕とせればいいんじゃねーの?」

「あれがそう簡単に堕ちるとは思えないのよね」


 街行く少女達を眺めながら身悶えしている一之瀬を見ながら、2人の巫女は大きな溜息を吐く。2人はラウラが連合国にいるらしいという情報を掴んだのだが、それをうっかり一之瀬に聞かれてしまったのだ。ラウラに一目ぼれした一之瀬が連合国に来たのも当然の結果だった。


「なあ、そろそろ本題に入ってもらわないと…まずいんじゃねーの?」

「そうよね…いつまでも遊んでもらうわけにはいかないのよね」


 巫女は決心したように一之瀬に近づくと、耳元で囁く。


「ラウラは魔道学院に滞在しているようですね」

「本当? それじゃ早速魔道学院ってとこに行きましょう! 待っててね、ラウラ!」


 一之瀬はいきなり走り出した。それを追う巫女。


「魔道学院の場所、知ってんのか?」


 巫女の言葉にぴたりと足を止める一之瀬。ぎぎぎーっと音がしそうな程ぎこちなく振り向く。


「わかんない…」

「はあ…とりあえず魔道学院行きの馬車に乗ったほうがいいわね…」


 呆れた表情の巫女とは裏腹に、一之瀬の表情は明るい。少し我慢すれば憧れのラウラに会えるのだ、暗い表情などするはずもない。


「それなら早速、その馬車に乗ろう! 早くしないと私がラウラを愛でる時間が無くなる」


 ハイテンションの一之瀬と、対照的に暗い表情の巫女は乗合馬車のステーションに向かった。








 魔道学院の学院長室、その室内のしつらえのいい椅子に座る少女の姿があった。

その耳は長く、明らかにエルフであることがわかるが、その表情は虚ろで瞳に意志の輝きは見られない。その首には巧妙に装飾具に偽装された隷属の首輪が填められており、本人の意思がここに存在しないことを物語っていた。


「いいぞ、この調子でいけ…『ラウラ』よ…」


 部屋の隅に立っていた仮面の男がそう呟く。すると、重厚な扉をノックする音とともに、エルフの少年が入室してきた。


「ラウラ様、申し訳ありません。偽者を取り逃がしてしまいました」


 仮面の男は少女の様子を伺う。少女は何かを呟くと、仮面の男が少年を労う。


「ラウラ様は君の無事を大層喜ばれている。偽者とはいえ油断はできない相手だ、もし反撃されればただでは済まないはずだからな」

「は、はい! ありがとうございます!」

「報告はそれだけかね?」

「はい、以前よりこの学院で教鞭をとられていたユーリエ先生が、偽者の所から脱出してきました。学院で保護してもらいたいとのことです」

「…わかった、丁重におもてなししろ」

「はい! ありがとうございます!」


 そう言うと、エルフの少年は退室していく。それを見送りながら仮面の男は楽しげに一人呟く。


「…ついに腹心の登場か…信頼していた配下を失うという絶望、愉しんでくれよ? ラウラ=デュメリリー…」


 仮面の男の呟きにも少女の表情は変わらず、相変わらず何かを呟いている。その呟きの真実を知るのは仮面の男のみだった…。










「それではこちらにどうぞ」


 エルフの少年はユーリエを学院内の貴賓室に招きいれようとした。しかし、ユーリエはそれをやんわりと拒絶する。


「いえ、あなたたちの手を煩わせるわけにはいきません。私は研究室に向かいます。どうしても調べたいことがありますので…」

「…わかりました…そのかわり、外出はなさらないでください。見たところ、顔色が優れないようですから…」

「…心配していただいて申し訳ありません」


 そう言うと、ユーリエは踵を返して自分の研究室に向かった。



 学院内でも外れにある校舎、外観は老朽化し、いつ崩壊してもおかしくないようなオンボロ校舎がユーリエの研究室だ。既に使われていない校舎を研究室に希望したところ、この校舎を割り当てられたのだった。

 その中の1室、様々な魔法書や研究資料がうず高く積まれた部屋こそがユーリエのメインの研究室だ。ユーリエは入るなり、身に纏っていたローブを脱ぎ捨て、ショートパンツと小さめのシャツというラフな姿になる。


「全く…何という屈辱でしょうか…形だけとはいえ、ラウラ様を偽者と呼ばされるとは…」


 先ほどの少年が心配していた通り、ユーリエの顔色は蒼白だった。元々悪魔族特有の、雪のような白い肌が、血の気を失ったように蒼白だった。しかし、それは体調が優れないせいではなかった。


「ですが、ラウラ様の御命令ですし…この怒りを晴らす場を設けていただけるそうですから…我慢しましょう」


 ユーリエは激怒していた。その美貌から完全に血の気が引いてしまうほどに…。それを何とか抑えつつ、学院内部に入り込むことに成功した。


「さて…まずは様子を探ることから始めましょうか…来なさい、我が僕よ…『召喚サモン』!」


 ユーリエの足元に小さな魔法陣が無数に浮かび上がる。そこから出てきたのは様々な色の小鳥達だ。ハチドリのようなその小鳥達はユーリエの周囲にホバリングする。


「まずは学院内の状況を把握することを優先しましょう。何かの呪式が組まれている可能性も捨てきれません。行きなさい、お前達」


 ユーリエの指示に了解の意を表すかのように、彼女の周りを飛び回った後、壁をすり抜けるように飛んで行く小鳥達。全ての小鳥が出て行くのを確認すると、引き出しから沢山の水晶を取り出して机に並べる。その数は飛んで行った小鳥達と同数だ。


「あの子達が何を見つけるかによって対処方法が変わります。慎重に行きましょう」


 ユーリエは椅子に腰掛けると、その水晶に映し出される光景を真剣に見つめる。










 半刻ほど水晶を見続けていたが、特に変化は見られなかった。学院内に特に異常なものも見当たらない。おそらくは嗅ぎ付けられることを懸念してのことだろうか。


 ちなみに学院長室には小鳥を近寄らせていない。間違いなく何か仕掛けがしてあるであろう場所に向かわせれば、探る間もなく戦闘になる可能性がある。背後関係すら明確ではない現状でその行動は全てを台無しにしかねないからだ。


「ひとまずは各自その場所で待機です。異常があればこちらに信号シグナルを」


 ユーリエは水晶に指示を出すと、ティーセットを取り出して魔法具のポットに魔力を通す。これはユーリエが学院で講師をすることが決まった際に、ラウラから送られたものだ。ポットには水と火の魔法陣が組み合わせて描きこまれており、魔力を通すだけで湯が沸くという優れものだ。


 ティーポットに茶葉を入れ、そこに湯を注いで数分待つと、室内に香茶の良い香りが漂い始める。ティーセットからカップを取り、香茶を注いで一口含むと、周りにある物達を見て感慨にふける。


「いつの間にか…私の中にこんなにラウラ様を想う気持ちが占めていたとは…」


 先ほどの魔法具もそうだが、今使っているティーセットは勿論、茶葉もお菓子も、室内の調度品もラウラに貰ったものだ。むしろユーリエが自分で手に入れたものは最早愛用のマントと魔女帽子と杖しか無かった。


 ユーリエ自身もそんな自分が好きになっていた。


 既に種族は自分だけ、純粋な子孫を残すことなど不可能だ。ならばと迫害を乗り越えて好き勝手に生きてきた。


 最初は『森』に住み着き、ラウラの庇護者の一人だった。彼女にとってラウラは満天の星空に在りながら、追随を許さぬほどに輝きを放つ星だった。迷い人に救いの手を差し伸べる道標だった。


 そんなラウラの行いを穢す魔王を滅したとき、ユーリエには魔王を襲名する気などなかった。自分にはそんなものは不要と考えていた…しかし、その考えは簡単に払拭された。


 ラウラが自分を訪ねてきたのだ、魔王としての自分を。しかしラウラと話しているうちに、魔王としてではなく、ユーリエ=マオラムとして必要とされていることに気付く。


 まさに天に昇るとはこういうことを言うのか…と感激にむせび泣いた。その時から、ユーリエは魔王を名乗る決意をした。それはラウラと並び立ちたいという思いがそうさせた。だからこそ、頼られている今、彼女はとても満足していた。


「出来ることなら、ずっとこのままでありたいですね…久しぶりにあれ・・をやってみましょう」


 ユーリエの持つ魔法の鞄マジックポーチから、凄まじい魔力を放つ水晶玉が取り出される。それを優しく磨き上げると、敷布に乗せて魔力を籠める。


「宝珠よ…我が行く末を映し出せ…」


 それはユーリエが持つ特殊能力だった。それは『未来視』。ユーリエ自身にこの先起こるであろう事象を映し出す能力だ。ユーリエは『森』に来るまでは、この能力を使って迫害を避け、自分の命を繋いできたのだ。故にこの能力に寄せる信頼は絶大だった。しかし…


「…おかしいですね…久しぶりなので鈍りましたか?」


 確かに『森』に来てからは使うことはなかった。だからうまくいかなかったのだろうと思い、再度試すことにしたのだが…


「どうして…どうして映っているのが私じゃないんでしょうか…。もう一度確認したいところですが、今日はもう無理ですね」


 彼女の『未来視』は凄まじくチートな能力だ。未来がわかれば対処できてしまうのだから。それ故、この能力は1日に2回しか使えない。さらに、その後3日は反動で使うことが出来ない。


「それにしても…何故あんな『未来』が視えたのでしょうか…」


 彼女が視たのはそう遠くない未来のこと。なのにそこに映ったのはユーリエではなかった。



「何故、私を視たのに…楓さんが映ったのでしょうか…」 


本能、いや煩悩のままに生きる女、一之瀬さんの登場です。

彼女も今後の展開に深くかかわります。

次回は19日の予定です。

読んでいただいてありがとうございます。

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