学院生の反乱
ユーリエさんが…
魔道連合国のとある小島にある洞窟の奥にラウラ達はいた。そこには初老の女エルフも同席していた。
「久しぶりだな、メリーニ。学院立ち上げ以来だな」
「御無沙汰しております、ラウラ様」
メリーニと呼ばれたエルフが深々と頭を下げる。彼女こそ、魔道学院の学院長だ。
「で、これはどういうことなんだ? 私の偽物がいるらしいじゃないか」
「…ちょっと待ってください、結界を張ります」
ラウラは極力魔力を抑えて話しかけたつもりだったが、あまりの怒りに僅かに漏れていたようだ。だが、ラウラの魔力量から考えると、漏れた量もかなりの量になるので、ユーリエが慌てて結界を張る。魔力探知される恐れがあったからだ。
「ラウラ様、もう少しお怒りを鎮めてもらえませんか? 魔力が漏れています」
「あ、ああ、すまない。…ふう、とりあえずは落ち着くか…腹が減ってるせいかもしれない」
大きく伸びをすると、腹のあたりをさすりながら言う。考えてみれば、7日もまともな食事を摂っていないうえに、下船してからも食べるチャンスを失っている。これでは腹が立っても仕方ないと自分を納得させたようだ。
「鞄の中に何かあったかな…」
鞄に手を突っ込んで中身を漁り始める。すると、結構な量の鶏肉と卵が出てきた。以前、探しにいったものの、保存のために鞄に入れたままにしていたのを忘れていた。
「鶏肉だ! これを焼いて食べよう!」
皆が空腹だったので、その意見には誰も反対しなかった。
「で、どういうことなんだ、メリーニ?」
漸く腹も膨れ、落ち着きを取り戻したラウラが改めてメリーニに問う。流石に今回は魔力を漏らすような真似はしていない。
「それが…私にもよくわからないんです…。いきなり生徒達が反乱を起こしまして…気付いた時には捕縛される寸前でした。何とか拘束魔法発動前に逃げ出すことは出来ましたが…」
「反乱ってことは、煽ってる主犯がいるってことだろ?」
「はい、ですが、主犯は学院長室に入ったまま出てきません。補佐のような男性が代わりに指示を伝えているようですが…」
情報量の少なさに歯噛みするラウラ。ユーリエは先ほどから物静かになっている。時折、「神罰」とか「制裁」とか不穏な単語が聞こえることから、彼女の怒りもそろそろ限界のようだ。
ラウラは強硬手段をとることも出来る。ラウラとユーリエならば瞬時に制圧どころか焦土に変えることすら容易いのだが、今は楓達も同行している。それに、何故こんなことが起こったのか原因究明もしなければ今後も足元をすくわれかねない。
「それに、私が学院にいるという噂も聞いたぞ?」
「その噂については憶測の域を出ませんが、どうやらラウラ様の名を騙っている者が存在するのでしょう…学院…いや、連合国を乗っ取るつもりなのでしょうか?」
連合国についてはユーリエの方が詳しいので、意見を聞こうとしたラウラだったが…
「ユーリエ、お前はどう考える?」
「ラウラ様の慈悲にて存続しているものを…乗っ取る? …いいでしょう、そのような者は私が絶望の淵に叩きこんでやります。神に逆らうという愚かな行動を、死ぬまで後悔させます。…ええ、簡単には死なせません。絶命と同時に蘇生と回復を行い、後悔させ続けます。輪廻転生してもその愚かな行為を忘れないように魂に刻みつけてあげましょう」
ユーリエはキレていたようだ。
「それに、アドルフはどうした? それに総督府の荒み具合も酷いものだったが…」
「総督府は建物の修繕を後回しにして、その予算を他の施設の充実に回していました。その分、アドルフの植物操作魔法によって蔦を絡ませて補強していたのですが…」
「術者がいなくなったから…元に戻ったってことか…」
「彼は連合国の発展を第一に考えていましたから…自分達の施設は後回しにしていたんです」
「で、当の本人はどこに行ったんだ? まさか…」
「いえ、彼は騒ぎが起こる前に異変に気付いたようで、詳しいことを調査すると言って自分の国に戻りました。おそらくは後任の評議長に関することを調べに行ったのでしょう」
ラウラはほっと一息つく。ユーリエが無言なのが不気味だ。
「しかし、敵ながら随分と手際がいいな。魔法馬鹿の院生が考え付くとは思えないが…」
メリーニは少々考え込むと、意を決したように話しだした。
「実は、カーナからの魔物素材を巡って、素性の知れない商人が跋扈するようになっていました。彼らは資本力に物を言わせて素材を買い漁りましたが、その分こちらも利益を得ることができたので…」
魔道連合国での素材の売価はかなり高い。これは一部の権力者等が買占めをすることを防ぐ為だったのだが、かと言って売らないという訳ではない。
その金額を出すことが出来れば買えるのだが、まさかその金額でほいほい買っていくとは思っていなかった。
「だが、一介の商人にそれほどの資金力があるとは思えないんだが…」
「はい、その商人は末端にすぎません。その裏にいるのはバラムンドです。その商人はバラムンドの間諜の可能性が高いと思われます。生徒の後ろ盾になっているのでしょう」
ラウラは深い溜息をついた。メリーニの話には辻褄が合っている。バラムンドは農業が盛んで、国力も高い。事実、国交は開いていないが、連合国はバラムンドの商人からかなりの農産品を輸入している。それで得た伝手で素材を買い漁る…魔法技術では後進のバラムンドとしては魔道学院の知識と技術も欲しい…手を出してくるには十分すぎる理由があった。しかし…
「どうも胡散臭いんだよ…辻褄が合いすぎてる。確かにバラムンドが動くのは理解できるが…」
確かに理解はできるが、何故今なのかが納得できなかった。もし動くなら今じゃなくてもいいはずだ。もっと早く動いているべきなのだ。
「いかにもな流れなんだがな…ミスリードを誘っているのか、それとも単なる馬鹿なのか…」
ラウラが思案しているところに、隣からどす黒い魔力が漂ってきた。その発生元は…ユーリエだ。
「ふふふふふ…ラウラ様の名を騙るだけでも許し難いのに…ラウラ様が作り上げたものを掠め取ろうなどとは…バラムンドはとうとうその歴史を終わらせる覚悟が出来たということでしょうか…」
ユーリエはぶちキレていたようだ。
「ユ、ユーリエ、少し落ち着こう、な、ほ、ほら、私は怒ってないぞ?」
「ラウラ様にこんな無用な心配をかけさせるなんて…許すという選択肢はすでに消滅しています…どの選択肢を選んでも滅び以外は有り得ません…」
既にユーリエのリミッターは振り切れているようで、ラウラが宥めても火にガソリンを注いでいるようだった。
「そ、そうだ! ユーリエ、お前には学院の様子を探ってきてほしい! 私から逃げることが出来たとか言って学院の状況を調べてくれ!」
「なるほど…そしてラウラ様の偽者を塵に変えればいいのですね? わかりました、逆らう者も含めて塵に変えましょう」
「ちーがーう! 状況の把握だけでいいんだ! 生徒のことも考えないといけないだろ?」
「…そうですね、生徒のことも考えないと…ラウラ様に逆らった生徒はその脳を弄って従順な下僕として…」
「それはどこのマッドサイエンティストだ? いいから少し落ち着け!」
あまりのユーリエのキレっぷりに、普段の冷静なユーリエしか見ていない楓達は呆気に取られている。ラウラはユーリエのそばに寄ると、その頭を撫でる。
「お前が私のことで怒ってくれるのはありがたい。だが、状況が掴めていない今、お前が暴れるのは危険だと思ってる。それに…その鬱憤を晴らす場面は私が用意してやる」
「ラウラ様…」
頭を撫でられて気持ち良さそうに目を細めるユーリエ。どうやら落ち着いたようだ。
「それで、私はどうすればいいのですか?」
「お前は学院に向かってくれ。生徒達と一緒に学院の内部を探って欲しい。さっきの小僧の口調だと、お前は私に人質にされているようだから、隙をついて逃げ出してきたとか言えばうまく入り込めるだろう」
「では早速向かいます。ところでメリーニ学院長、他の教師はどうなりましたか?」
メリーニは口を噤んでしまう。…しばらくして、漸くその口を開く。
「他の教師は…真っ先に隷属させられました。…私を捕縛しようとしたのは…隷属させられて操られた教師達でした…」
「…なんだと…」
ラウラは隷属魔法を固く禁じている。過去の侵略に使われた経緯もあり、その方針は連合国でも受け入れられている。なので、連合国の者がそれを使うことは考えにくい。
「連合国は隷属魔法は禁忌にしているはずだ!」
「はい、ですから学院生が使ったものかと思っていましたが…」
「おい、まさか教師が学院生の隷属魔法に負けたっていうのか? それに、学院生は魔力制限を施してあるはずだ。禁忌の隷属魔法など発動できる訳がない」
「それが…魔力制限を受けていない者が数人いるようでして…その者達が他の生徒の魔力制限を解除しているようです」
申し訳なさそうに言うメリーニ。ラウラは大まかに考えを纏める。
まず、連合国の歴史を知る者は隷属魔法を使うことはない。となれば歴史を知らない小僧共ということになるが、魔力制限を受けている生徒に使える魔法ではない。となれば…
「やはり…バラムンドですね」
「いや、まだ早いぞユーリエ。バラムンドにここの教師を押さえ込めるほどの強力隷属魔法があるとは思えない。学院の教師は仮にも私達が選んだ実力者であり、生徒如きが束になろうとも勝ち目など無いはずだ。それに、魔力制限を受けてない生徒がいきなり魔力が強くなるなんて有り得るのか? 魔力制限を受けていないということは、基礎魔力が制限するに値しないということだぞ?」
ラウラの指摘に息を呑むユーリエ。ラウラが言いたいことが判ってしまったからだ。弱い魔力の者が急激に魔力が強くなる…それは魔力の強い者を取り込んだ結果…
「まさか…天使がバラムンドを?」
「その可能性は高い………」
天使共が国家を操ることに何の意味があるのか…そう考えたユーリエとメリーニは、ある事実に辿り着く。それは1000年前に引き起こされた世界規模の惨劇…
「ま、まさか…」
「ああ、奴等は『世界戦争』を再び起こそうとしてるのかもしれない。大国が勝手に潰しあうのは構わないが、私の庇護下にある国を狙うことは許さない」
今までとは次元の違う濃密な殺気がラウラから漂ってくる。ユーリエはうっとりとラウラを見つめ、メリーニはその殺気に中てられて体を震わせている。ラウラは強い口調で宣言する。
「くだらない火種は潰すに限る。小賢しい悪知恵働かせるしか能のない連中の好きにさせてたまるか!」
偽者はじきに登場します。意外な人も登場します。
次回は17日の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。