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ハイエルフさん罷り通る!  作者: 黒六
第10章 狙われた魔道学院
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不穏な連合国

 魔道連合国は大小の島々が集まって出来た国家だ。島はそれぞれ異なった部族が統治しており、その島の代表が最大の島である魔道国パロットに集まって国家を形成している。


 ラウラ達は島々により迷路のようになった水路を進み、パロットの主要港であるモルファに到着した。



「…やっと着いたな…長い苦しみから解放された…」

「…ええ、そうですね…」


 船酔いに苦しめられていたラウラとユーリエは、下船すると大きく伸びをした。


「陸地がこんなに有難いものだとは…」


 桟橋から移動し、土の大地を踏みしめると、感慨深そうに目を細めるラウラ。その顔は7日間の船酔いとの戦いで憔悴しきっていた。結局、7日間一度も船酔いを克服できなかったのだ。その間の食事といえば果汁とバナナのみで、ラウラは食感のある食べ物に飢えていた。


「お、いい匂いがするな。串焼きか?」


 屋台の串焼きに思わず釘付けになってしまうのも無理はないだろう。しかし…


「何だこれは! ネズミじゃないか! しかも野ネズミならまだ分かるが、これは下水に集まるネズミだろう! こんなものを食わせるなんてお前は何を考えてるんだ?」


 いい匂いは外側に塗られた調味料が焦げていただけで、その肉からは脂はおろか、肉汁の一滴も滴っていない。周りを見れば、そんな肉に引き寄せられたラウラを珍獣でも見るかのような目で遠巻きに眺める地元民がいた。


「おいおい、あの肉を食うのかよ…」

「顔は可愛いのに…残念な子…」


 そんな囁きがどこからともなく聞こえてくる。ラウラは恥ずかしさがこみ上げてくるが、何とかそれを誤魔化そうと、屋台の主人に怒りの矛先を向けた。


「おい、お前! 私にこんなものを食べさせようとしたな? ただで済むと思っているのか? 覚悟は出来ているんだろうな?」


 熊の獣人と思われる屋台の主人は、目の前で喚くエルフの少女を見た目のままで判断しているのか、鼻で笑う。


「ふん、食いたくなきゃ食うな。こんな肉でも食えるだけありがたく思え。肉なんざほとんど手に入らねえんだからな」

「…なん…だと…」


 屋台の主人の嘲りにラウラの怒りの糸が切れそうになる。まともな食事への渇望が怒りの沸点をだいぶ下げてしまっていたようだ。

 誰もが惨劇を想像した。サラ達は既に屋台の主人の冥福を祈っていた。…だが、それを阻止したのはユーリエだった。


「待ってください、どうして肉が手に入らないのですか?」

「こ、これはユーリエ様! …実は学院の方で食材を買い占めておりまして…その…」

「学院がそのようなことをする利点が見当たりませんが…」

「それが…偉い身分の方が入学されてるってことで、その方の為の食事を作るために食材が買占められているようなんです…」


 屋台の主人は丁寧に説明する。この差は一体何なのだろうと憤りを感じたが、よくよく考えて見れば、月に数日だが、非常に有意義な魔法の講義を行うユーリエが知名度があり、尚且つその講義の人気の高さから町の人々にも人気があるのは当然だった。


 対してラウラは学院創設時に援助をしたくらいで、実質的な素材販売ルート等の面倒を見たりもしたのだが、それは表立っての活動ではなかった為、名前と姿が一致するようなことが無いのは当たり前だった。


「しかし、この魔道連合国にそんな特別扱いするような存在がいましたか?」


 ユーリエは魔道連合国の基本的な考え方を思い出す。連合国は種族差による身分の高低を良しとしない。種族が違えばその主義主張も異なるという思想から、あらゆる種族の平等を説いている。だとすると、学院が身分の高い者を歓迎するために買占めを行うなど、国の思想を否定するようなものだ。何しろ、学院では王族と平民が肩を並べて勉強をするような光景が日常茶飯事なのだから。


 だが、屋台の主人が、畏れ多いとでも言うように、声を落として言った言葉に皆は絶句した。




「それが…そのお方っていうのは…あのラウラ=デュメリリーだそうで…」



『 はあ? 』



 皆の言葉が綺麗なハーモニーを生み出した。










 パロットの中心部には連合国の政府とも言うべき建物、総督府がある。各部族の取り纏めを行う組織のため、様々な種族が働いている。


 実は魔道連合国には人族が存在しない。勿論、非合法に入国した者はいるが、正式には存在しないことになっている。ここにいるのは獣人・エルフ・ドワーフ・魔族・妖精等等…様々な種族だ。かつてガニア大陸からの侵攻により、獣人を除いた多数の種族が奴隷として連れ去られたという過去の因縁が未だに根強く残っているため、人族の国との交流を拒絶している。


 しかし、近年では種族の差を全く問題視しない冒険者達の努力により、その拒否感も和らいできている。魔大陸からの魔物素材による交易が始まったのも理由の一つだ。

 だが、古くからの因縁は簡単に払拭しきれるものではないのも事実だ。


「ねえ、凄い視線を感じるんだけど…それも悪意の…」

「ああ、以前寄った時もこんな感じだったな…」


 サラの問いにマークが応える。今、ラウラ達はパロットの総督府に向かって移動しているが、その道すがら、住人達の視線が人族の面々に突き刺さる。そのほとんどは奇異の視線だが、中には凄まじい憎悪の念を籠めた視線もあった。


「仕方ありませんよ、この国は人族からの侵略で人口の6割が奴隷として連れていかれました。その遺恨は永遠に消えることはありません」

「連れていかれた人達はどうなったの?」

「ラウラ様がそのほとんどを連れ帰りました。その為、ラウラ様はこの国では英雄です」


 どうだと言わんばかりに胸を張るユーリエ。だが一同には先ほどの屋台の主人の態度がどうしても気になっていた。


「さっきの熊のおじさんはラウラちゃんだって気付いてなかったみたいだけど…」


 楓が不思議そうに聞いてくる。他の皆もそれに同意しているようだ。


「あー、それは色々あってな…」


 ラウラが言いよどむ。まさか自分達が作った設定に騙されているだけとは言えない。当然書き換えられた記憶のため、ラウラの姿形までは認識できていないので、先ほどのようにラウラのことを分からない者もいる。尤も、国の中枢部にいる者は知っているはずなのだが…


「私は表に出ないように動いたから、一部の重要人物しか私の顔は知らないはずだ。持て囃されるのは好きじゃないんでな」

「重要人物って?」

「総督府の評議長や学院長なんかが知ってるはずだ。あいつらは昔から私のことを知ってるから。2人ともエルフだし」


 だが、どうにも解せないことがあるようで、しきりに首を傾げている。そんなラウラを促すように、ユーリエが先頭に立ち総督府へ向かった。



 総督府は一言で言えば地味な建物だった。建物は大きいのだが、木造のそれは所々木材が傷んでおり、みすぼらしいとも言える。まるで廃校になった過疎地の学校の校舎のような印象だ。


「何でこんなになったんだ? そもそも、以前はこんなに汚れてなかったはずだろう?」

「私もここに来るのは1ヶ月ぶりですが、何故こんなになってしまったんでしょうか?」

「とりあえず中に入ってみよう。何かわかるだろう」


 ラウラの提案で中に入ってみることにしたのだが…



「は? ラウラ? 貴女が? そんなはずないでしょう? あの英雄ラウラ様がこんなちんちくりんな訳ありません!」

「ち…ちんちくりん?」


 受付嬢にラウラだと身分を明かしたところ、いきなりこんなことを言われてしまったのだ。確かにラウラの背は低いが、面と向かって「ちんちくりん」と言われたことは無かった。そんな度胸のある者は『森』には存在しなかった。


「私は魔道学院で講師をしておりますユーリエ=マオラムです。評議長と面会したいのですが、アドルフ評議長はいらっしゃいますか?」


 未だにショックから立ち直れないラウラに代わり、ユーリエが話を進めようとするが、受付嬢の答えにユーリエも唖然となった。


「アドルフは失脚して行方不明になりました。現在は新しくルフォイ評議長が管理しています。ルフォイ評議長はただいま不在ですので、ご用件を承ります」

「…いえ…結構です…」



 それだけ言うと、その場を後にして外に出た。


「明らかにおかしい…アドルフが失脚なんて有り得るのか? あいつが私と約定を結んだおかげでここは発展したんだぞ?」

「先月まではこんなことありませんでしたし、私はルフォイなる人物を全く知りません。アドルフを探したほうがいいかもしれませんね」

「ああ、だがその前に学院に行ってみよう。学院長なら何か知っているかもしれない」

「はい、急ぎましょう」


 一同は中心部から郊外に向かって移動する。偶々学院行きの乗合馬車があったため、情報収集を兼ねて乗り込む。学院までは馬車で約3時間ほどだ。


「なあ、御者の兄ちゃん、アドルフ評議長はどうしたんだ? 久しぶりに来たらいなくなってて吃驚したよ」

 

 いかにも旅のエルフといった感じで御者に聞いてみる。すると、御者はやけに誇らしげに語りだした。


「何だよ、知らないのか? アドルフの奴はラウラ様の私財に手をつけたんで失脚したんだよ。今は罪人として手配中だ。魔道学院の学院長と組んで悪さをしてたらしい。そこで我らのラウラ様の登場だ、ラウラ様はその不正を暴いて奴等を糾弾したのさ。そいつらは逃亡中らしいが、いずれ捕まるだろうよ。学院の生徒も捜索に参加してるからな。…生徒達もかわいそうだよな、本来は能力があるのに、反逆を恐れた学院長が力を封じてたんだそうだ」


 犬の獣人であろう御者は心酔したように話す。その尻尾がちぎれそうなほどに振られているから、とても嬉しいんだろう。


 ラウラとユーリエは顔を見合わせる。ラウラの私財など、連合国には存在しないし、仮にあったとしても、ラウラはアドルフに任せているので、もし本当に自分で使っていたとしても責任追及をするつもりはない。むしろ色々と事務処理を丸投げしていたので、好きに使ってほしいくらいだった。


 それに学院長のことも初耳だ。確かに力の制限をしているとユーリエから聞いたことがあったが、それは興味本位で禁呪を使おうとする馬鹿が数名、命を落とす事故があったため、解読すら出来ないように力を制限しているというものだったはずだ。


 それに、力の制限は基礎魔力を鍛えるためには必要な措置であり、何らおかしいところはない。


「…何か嫌な予感がするな」

「…激しく同意します」

「ねえ、ラウラちゃん? 前に人がいっぱいいるけど…あれって…学生?」


 前方数百メートル先に、魔道学院の生徒の証である濃紺のローブを纏った集団がいた。先頭に立つ金髪のエルフの少年がこちらに向かって叫ぶ。


「そこの馬車! 停まりなさい! 貴方達はラウラ様の名を騙る偽者だということはわかっています。ユーリエ先生を人質に取るなんて卑怯な真似はやめて、おとなしく投降しなさい! さもなくば、僕達の魔法で攻撃します! 」


 こいつは何を言ってるんだろう…それがラウラの素直な感想だった。自分がラウラの偽者で、ユーリエを人質にして何か悪さをしようとしている…冗談にしては笑えない。


 ラウラが微笑みを浮かべながら馬車を降りようとした時、ユーリエは視界の隅に見慣れた顔を見つけた。その人物はハンドサインで何かを伝えるとすぐに姿を消したが、ユーリエはその意味をしっかりと理解した。ユーリエはラウラを背中から抱き寄せると、すぐさま転移術を展開した。


「ラウラ様、ここは一旦引きましょう。当事者が詳しい話を聞かせてくれるそうですから」


 ラウラの同意を確認せずに、ユーリエは指示された場所に全員で転移した。馬車ごと転移したが、不思議そうな表情の御者だけはその場に残されていた。

偽者の登場…定番ですね。

次回は15日の予定です。

読んでいただいてありがとうございます。

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