新たなお仕事
楓と前島先生が消えた後、徹はもう一つ、知りたくない事を知ってしまった。それは、精一杯やったから後悔しないなんてのは、今の自分にとっては完全に嘘だということだ。
徹は自分の行いを反芻した。どこかに間違いがあれば、自分のこの結果も正面から受け止められるからだ。しかし、どこをどう調べてみても、徹に落ち度は見られなかった。それが解ると、猛烈な怒りが湧き上がってきた。先ほどは楓と前島先生を、その前はクラス全員を無事に安全に守るために尽力していたため、自分のことを考える暇が無かったのだ。
しかし、もうこの先何も考える必要がないのに、色々と考えてしまう。暇だからこそ考えてしまう。何で自分だけがこんな目に遭ってしまうのだ、と。誰のせいでこんな目に合わなくてはいけないのか、と。本来の徹であれば、このような感情は人前では絶対に見せない。しかし、今ここにいる人間は徹だけなのだ。だから、徹は心の澱を気ままに吐きだした。
はっきり言って無様だった。先ほどあれだけ情報を引き出し、地雷となる質問を避け続けた人物と同一人物なのかと天使達は疑ってしまったほどだ。
しかし、よく考えてみれば彼はまだ16なのだ。たかだか16年しか生きていない人間があのレベルで駆け引きや探り合いを出来てしまうことが異常なのだ。それに気付いたからこそ、天使たちは徹の姿を無様だとは思えなかった。何も悪くないのに結果的に消滅させられる。自分の行いは報われない。そんな理不尽をつきつけられれば、無様に感情を吐き出すようなことも当然だ。
実際に徹に難癖つけられた天使もいた。
「俺のことを無様なやつだと思ってるんだろう?」
そう言われても天使達には返す言葉が無かった。元はと言えば、自分達がきっちり監視しておけばこんなことにならなかったのだ。佐々木をはじめとする召喚者による持ち逃げを許してしまった結果なのだ。しかも持ち逃げした者は新たな人生を謳歌し、一人残された者はただ消え去るという理不尽を押しつけているからだ。罪人を裁くこともせず、調律に奔走した協力者を無実の罪で処刑しようとしているようなものなのだ。
しばらくすると徹はおとなしくなった。否、話さなくなった。理由は、自分があまりにも無様なことに気付いたのと、吐き出す負の感情が楓と前島先生に向かおうとしたので、何とか止めたのだ。話さなくなったのは、徹が思考を放棄したためだった。考えてしまうから負の感情が湧き上がる。ならば考えなければいい。そのような結論に至るのも当然といえば当然だ。
思考を放棄した徹はまさしく「抜け殻」だった。その瞳からは完全に光が無くなり、澱んだ目は自分が通り抜けるはずだった扉を見つめていた。
「あ、あの…本当に…何とかならないんでしょうか?」
天使のうちの一人が声の主に問いかける。その天使は徹を担当するはずだった天使だ。彼女は徹のことが大変気に入っていた。これまでも何度か召喚者のサポートに付くことはあったが、その誰もが声の主の真意を見抜けず、中途半端な情報で召喚されてしまい、皆一様に悲惨な結末を迎えた。
そんな中、徹という少年はこれまでの召喚者とは明らかに一線を画していた。
実はサポート役の天使達は召喚者のことをすぐ傍で姿を消して観察していた。当然、不正を防ぐためであり、尚且つその召喚者の適性や危険度などの情報を声の主へと集めるためだ。彼女もすぐ傍で徹を観察していた。
最初に佐々木と呼ばれた大人が話し始めた時、彼女は失望していた。「またいつもと同じような馬鹿共が来た」と。全くやる気が起きなかったが、仕事なので仕方なく徹の傍に付いていた。
ところが、その少年が質問を始めると、その少年と、そばにいた二人の女性の流れが変わっていた。少年の対応は実に見事なものだった。声の主の機嫌を損なうような質問を「地雷」と称して悉く回避していく。必要な情報は的確に聞き出していく。その情報は皆で共有できるものにしぼられていく。声の主も賞賛を送るその手際の良さ、思考の柔軟さ、危機回避能力に感嘆の声をあげていた。こんな素晴らしい能力を持った少年が召喚されれば、どれほどの恩恵を与えるだろうか。そのサポートが出来ることに感動すら覚えていたのだ。
しかし、実際は他の天使達のミスで召喚出来ないどころか、その存在が消滅してしまう。実は最初の部屋にいる段階でそのことが判明していれば、徹を地球に返して「転生」という手段が取れたのだ。
彼女は事の原因を作った天使達を睥睨した。さすがに問題行動を見過ごした自覚はあるようで、皆表情を固くしていた。
声の主もこの状況を快く思っていなかった。自分から見ても、徹と呼ばれた少年の対応に何の間違いがなかったのだから。実は徹が「地雷」と呼んでいたものは声の主のトラップだったのだ。もしそのトラップにかかれば、そこで質問は強制終了され、碌な事前知識も無いまま送り出されてしまう。
徹はその真意を最初から認識していたかのようだった。ぎりぎりのところで地雷をかわしていく。極限状態でありながら…。だから彼には期待していた。他の者には内緒で重要なヒントを出した。それは今回の召喚者の命運に関わる重要なものだったが、彼はそれすらも正しく理解してくれた。
最後に彼が質問してきた「力」に関する質問。あれは通常であれば完全にアウトだ。どのタイミングで質問しても正解にはならない。ただし、徹があのタイミングでその質問をした場合のみ、それは正解だった。重要なヒントをしっかりと理解できたからこその、あのタイミングだった。しかも、そこからさらにこちらの管理しやすい方向になる様に提案してくれたのだ。
声の主は考える。間違いなくあの佐々木という馬鹿とその取り巻きは問題を起こす。徹のおかげで前回のような力の偏りはないが、力を持つべきではない人間が力を得てしまったのは確かだ。ならば、今回の召喚の「後始末」をしなければならない。偏りを無くさなければならない。それなら――
「アステールの『彼』を呼んでください」
その言葉に天使達に動揺が走る。
「しかし『彼』はまだ『罰』を受けてる途中で――」
「かまいません。それに、今のこの光景を見せたほうがもっと『罰』になりますよ」
「―――わかりました」
数名の天使がその場を後にする。声の主は徹に優しく語り掛ける。
「徹君、今回は我々の不手際でこのようなことになってしまって申し訳ありません。このままあなたが消滅してしまうのは我々にとっても不本意なのです。あなたの選択肢は何もまちがっていない。私が保証します。それどころかこちらの真意を汲み取っていただけた…事態の悪化をふせいでくれた…本来なら謝礼を以ってその行動に報いるべきなのです」
徹の瞳に僅かではあるが、意思の光が戻る。
「しかし、本来ならここに残った魂は消滅するのが規則なんです」
徹の瞳が急速に輝きを取り戻してくる。声の主の言葉に続きがあることを理解したからだ。
「ここで、前回の召喚で作った『特例』を使用したいと思います。力の偏りは絶対に修正しなければなりません。そこで、あなたに今回の召喚の『後始末』をお願いしたいのです」
「後始末――?」
「はい。方法は問いません。持ち逃げされた力を回収してほしいのです。…とまあ堅苦しい言い方をしましたが、あなたに解りやすく言うと、あなたをこんな状況まで追い込んだ者たちを『お仕置き』してほしいんです」
「後々、何か問題になる可能性は――」
「それは否めませんね…それならこうしましょう。私からあなたへの仕事の依頼です。内容は持ち逃げした召喚者からの力の回収。方法は問わず。お仕置きしていただけると尚可。期限に指定なし。仕事を遂行するための身体は貸与します。その身体が持つ能力を存分に駆使してください。ちなみに仕事完了時には貸与した身体はそのままあなたのものになります。また、今回の件のお詫びと謝礼としていくつか力を付与します。また、仕事中および仕事完了後は我々はあなたの行動に基本的に関与しません」
徹は内容を反芻する。条件としてはかなりいい。むしろお願いしたいくらいである。特に召喚者へのお仕置きというのが琴線に触れた。もちろん楓と前島先生はお仕置き対象外だ。
「もちろん完全無関与という訳にはいきません。ちょっとやりすぎな感じであれば注意しますし、こちらがまた仕事をお願いしたい時には手伝ってほしいんです。勿論報酬は出しますよ。仕事の依頼なんですから」
「やります。いえ、是非やらせてください。お願いします」
徹はその場に正座し、両手を付いて平伏した。所謂「土下座」である。これには声の主も驚いた。
「やめてください。本来ならこちらが頭を下げねばならないのですから。………そろそろ来たようですね。あちらが今回あなたに貸与する身体です」
そこにはプラチナブロンドの髪に碧眼の少女がいた。耳が長い。
「もしかして…エルフですか?」
「ちょっと違います。彼女はハイエルフです。通常のエルフより少し耳が長いです。エルフの至高種であり、アステールの最後のハイエルフです」
天使に連れられてやってきたハイエルフは徹の顔を見ると驚愕で目を見開いていた。そしておもむろに叫んだ。
「徹! お前、こんな所で何やってるんだ?」
「………? あのー、多分僕たち、初めましてだと思うんですけど……」
「へ? ああ、この格好じゃ判らなくて当然だな。俺は東山吟、お前の兄貴だ」
声こそは少女だが、口調は間違いなく、尊敬する兄のものだ。何故死んだ兄が異世界でハイエルフなのか……………徹は混乱した!
やっとハイエルフさん登場です。
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