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そうで、海へ行こう 後編

メシテロの予感…

 ラウラがマグロモドキの解体に夢中になっている頃、皆はそれぞれに海を満喫していた。がっつり泳ぐ者、水辺で戯れる者、砂浜で遊ぶ者、そして、寝そべって身体を焼く者。どうやらこの世界では海水浴というレジャーが存在しないらしい。それにはきちんとした理由があるのだが、召喚されてきた勇者達はそんなことを知る由もない。


「おーい! ここの人魚は肉食系だから気をつけろよ!」


 ラウラが大声で注意を促す。しかし…


「肉食系女子? 仲良くなってお持ち帰りされたい!」


 などと言って人魚の棲む入り江に近づいていく数人の男。


「きゃー、オスよオス。生殖できるかな?」

「でも…あまり好みじゃない」


 そんなことを言われても気にせずに声をかける男達。


「お嬢さん、僕たちとあそびませんか?」

「俺達と楽しいことしようよ」


 それを聞いた人魚達の顔が喜色に染まる。


「それなら…食べていい・・・・・?」


 想定外の返しにきょとんとする男達だが、そんなことはお構いなしにと近づいてくる人魚達。そしてその口には…まるで鮫のような、鋭利な歯が並んでいた。


「あなたたち…美味しそう。全部残さず食べるから…」

「ひいいいいいいぃぃぃぃぃ」


 慌てて逃げ出す男達を遠目にみながら、ラウラは呆れたように言う。


「だから言っただろうが…ここの人魚は肉食系だって…」


 この世界で海水浴というレジャーが無い理由は、海そのものが魔物の巣窟でもあるからだ。特に沿岸海域はその傾向が顕著で、実はここに生活している人魚も、れっきとした魔物だった。その歯はとても強靭で、サザエくらいなら噛み砕いてしまう。


(後でお菓子でもあげて大人しくさせておこう)


 そんなことを考えながら、着々とバーベキューの準備を整えていく。






「さて、粗方の下拵えも済んだことだし、あとは竈の準備だな」


 徐に鞄から、魔法陣の描かれた鉄板を数枚取り出すと、魔法陣を下に向けて砂山の上に置いて固定する。


「おい、誰か、この鉄板に魔力を通してくれ」

「それじゃ、私がやるよ!」


 楓が立候補し、鉄板に魔力を注入していく。すると、徐々にではあるが、鉄板が熱くなってきているようだ。


「ここに色々と置いておくから、好きに焼いて食べていいぞ」


 鉄板の傍に、人魚達に貰った魚介類を置いておく。色とりどりの魚に海老、貝などが入っている籠を見て、一同のテンションはうなぎのぼりだ。そんな皆の姿を見ながら、ラウラはふと思い出す。


(そういえば、レヴィアタンの肉がたくさんあったよな…)


 鞄から少し肉を取り出して、味付けせずに鉄板で焼いて食べてみる。その味を確かめるように、しっかりと味わって食べる。


(これは…もしかして…いや…まさか…)


 その味はラウラの記憶の奥底におぼろげに残っていた。それはまだ徹だったころの味の記憶、およそ200年以上も前に味わった記憶が蘇ってきた。


「これは…鰻だ!」








 

「アレが鰻の味だとすると…試してみる価値はあるな」


 ラウラは用意した小鍋を鉄板に乗せると、魚醤と酒精と砂糖を入れてゆっくりと煮詰めていく。その間に、レヴィアタンの肉を厚めにスライスし、鉄板で焼く。レヴィアタンの持つ脂が放つ香りが漂うと、皆の視線がラウラに集まる。それを無視するかのように、料理に没頭していくラウラ。


 程よく焼き色をつけると、酒精を振りかけてすぐに蓋をする。こうすることで肉の臭みをとり、なおかつ肉に水分を供給してふっくらと蒸し焼きにする。


「よし、いい感触だ。あとは…」


 蓋を取ると、小鍋で煮詰めたタレを肉に絡めるように焼く。甘辛い魚醤味の香りが辺り一面に漂うと、皆が集まってきた。


「これで…よし、レヴィアタンの蒲焼風だ。鉄板で焼いたり、タレを絡めたりと作り方は邪道だが、味は蒲焼に近いものになってると思う」


 レヴィアタンの肉と聞いて、思わず伸ばした手を止める一同。楓と森の住人達は全く気にも留めずにその手を伸ばす。


「美味しい! まるで鰻みたい! ご飯が欲しくなる!」

「流石はラウラ様ですね、いとも簡単にこんな美味なものを作るなんて…」

「…おかわりをお願いします…」

「ふーん、なかなかいけるわね」


 一方、複雑な表情を見せるのはルーセント出身の3人だ。


「…まさか守護獣を食べる日が来るなんて、思ってもみなかったわ」

「本当に食べて大丈夫なのか?」

「でも、食べたら魔力が上がりそうな感じがするわ」


 それを見て、他の連中も漸く食べ始める。味については問題ないようだった。


(米を持ってきていれば丼にできたんだが…いや、そんなことより今はアレを完成させるのが先だ!)


 ラウラは皆が舌鼓を打つのを横目に見ながら、自分の願望を実現させるべく行動を開始した。


(くくくくく、今に見ていろ…抗えない力…思う存分味あわせてやるよ…)








 ラウラは1人、鉄板に向かう。魔力を通して熱された鉄板に液体をたらすと、次第に煙を上げ始める。


「…いい頃合だな、さて…次はお前達の番だ。存分にいためつけて・・・・・・やるよ」


 無惨にこま切れにされたそれを、鉄板に無造作にぶちまける。まるで拷問のような仕打ちだというのに、ラウラは薄ら笑いを浮かべて、焼かれていく光景を見つめている。それどころか、両手に棒を持って焼かれているそれを弄ぶ。


「いいぞ…その音! もっと! もっと私を愉しませろ! 何だ、もう終わると思ったのか? …残念だったな、お前達にはコイツ・・・を味わってもらおう」


 ラウラは鞄から、細い触手のようなものを取り出して、焼かれているそれに纏わりつかせる。棒で弄ばれながら、触手に纏わりつかれていくそれはその身を触手に埋もれさせていく。


「…いいぞ、いいぞ! もっと馴染んでいけ! いいか? これからお前達は私の手によって恐るべき力を得ることになる! 準備はいいか? さあ、私に染め上げられて暴虐の限りを尽くすがいい!」


 ラウラは鞄から壺を取り出した。その中には、どす黒い液体が入っていた。触手と一体化したようなそれは、その黒い液体を待ち望むかのように、その身を細かく震わせている。


「何だ? おねだりとは随分馴染んだな。 安心しろ、これがお前に更なる力を与える。その身を新たな姿へと進化させろ!」


 液体が投入されると、それはその身を次第に黒っぽい色に変化させていく。まるで無垢な存在が邪悪に染まるかのように、それは昏い色に侵食されている。そして、新しく生まれ変わったことを喜ぶかのように、与えられた力を惜しげもなく解放させていく。


「あははははは! 素晴らしい! …おっと、そのままではお前も恥ずかしかろう? お前にお似合いの飾りをつけてやる」


 ラウラは鞄から、赤いものを取り出してそれに飾り付ける。すでにその力は留まることを知らず、辺りに満ちはじめる。




「さあ、お前の力を私に見せてみろ! 創造主たる私に!」





 最初、それに気付いたのはほんの数人の勇者達だった。それの力は、彼らを瞬時に侵食してしまった。それの力に抗うこともできずに思考を侵食された彼らは、まるで夢遊病のように、それの元へと集まり始める。その力は留まることを知らず、次々に思考を侵食していった。それに気付いた楓は、慌ててラウラの元に駆け寄ると、ラウラによって産み出された存在を確認した。








「わあ、美味しそうなソース焼きそば・・・・・・・だね!」







 ラウラは満足げに頷くと、緑色の粉を振り掛ける。


「メアリがいい小麦を用意してくれたから、中華麺を作ってみたんだ。ただ、夏の海といえば焼きそばだろう? だから、焼きそば用の麺を作ってきたんだ。勿論ソースも手作りだ。それに、人魚達が『アオサ』を取ってきてくれたから」


 アオサとはアオサノリのことだ。一般的には「青のり」と言ったほうが馴染みはいいだろう。ラウラは人魚達にアオサノリを探してもらっていた。そして今日、それが手に入ったので、焼きそばを作るまでの間、天日乾燥させていたのである。


「やっぱり、ソース焼きそばには紅しょうがと青のりは欠かせないからな!」


 満足した表情のラウラに、皆が群がる。


「「「「「「 早く食べさせて! 」」」」」




「美味しい! やっぱりラウラちゃんは凄いね!」

「凄いです…ラウラ様」

「ふーん、なかなかやるじゃない」

「…おかわりをお願いします」


 楓、メアリ、ルビー、ユーリエはそれぞれ感想を零す。それもそのはず、ラウラの作った麺は、かん水を使った本格派だ。それを二度蒸ししてコシを強くしたので、野菜から出る水分や、強い熱にも決して負けたりしない。


「でも、このソースの味は久しぶりね、よくここまで再現したわ」


 前島でさえ、その懐かしい味にうっすら涙目になっている。


「ラウラちゃんなら当然だよ!」

「だから、何故楓が胸を張るんだよ…」


 呆れながらも、自身の作った逸品の味に満足するラウラ。食べ終わると道具を片付け、パラソルを出して日陰に寝転ぶ。


「こんな平和がずっと続けばいいな…」

「大丈夫だよ、そのために頑張ってるんだから…」


 いつのまにか隣に寄り添うように寝ている楓。反対側ではメアリとユーリエが火花を散らしている。


「ラウラ様の隣は私が! ユーリエさんは遠慮してください!」

「それは聞けない相談ですね。このような機会はそうそうありませんから」


 その様子をちょっぴり引きながら見ていたのだが、ここであることを思い出した。


(そういえば…シャーリーのお土産はどうしようか…)


 立ち上がると、周りに指示を出すラウラ。


「もうすぐ帰る時間だ! そろそろ準備しろよ!」


 そしてラウラは1人、海へと向かっていった。










「お帰りなさい、ラウラ様。随分と満足そうですね…」


 屋敷に戻るなり、見事な膨れっ面で出迎えるシャーリー。


「私はちゃんと留守番してましたよ? ええ、それはもう静かでした。何も起こらず、誰もおらず、大変静かでしたよ?」

(これは…相当根に持ってるな…)


 明らかに不機嫌な様子のシャーリーに、ラウラは懐柔策を出す。


「ちゃんとお土産があるぞ、ほら」


 そういって出したのはまだ生きている魚介類だ。


「えっと、青い紋様のタコに、すごいトゲのある小魚、それに巻貝だ」

「ラウラ様? これ…全部猛毒持ってますよ? これをどうしろと…」


 ラウラが採って来たのは全て猛毒をもっており、海の魔物からも恐れられている生物だった。尤も、ラウラはそんなことは知っていた。てっきり冗談で返してくると思っていたら、意外にも本気だったので焦ってしまった。


「じょ、冗談だよ。実はマグロみたいな魚を獲ってきたんだ、これは後で料理するんだが…」

「で、皆と一緒に食べるんでしょう?」


 ジト目で見てくるシャーリーに一つ大きな溜息をつくと、仕方ないとばかりに秘策を出す。


「お前には土産として、その魚で一番美味い部分を御馳走してやろう」

「…本当ですか?」

「ああ、お前には色々世話になってるし、たまには…な」


 悪戯っぽく笑うラウラに、シャーリーの表情もほころぶ。


「それじゃ、私も何か一品作りましょうか?」

「いや、お前のための土産なんだ。お前が働いたら意味がないだろう? ここは私に任せておけ」

「それは…そうですね! では、お言葉に甘えます」


 ラウラは内心、ほっとしていた。シャーリーが作れば、また不思議料理が誕生してしまうかもしれなかった。危機を回避した自分を褒めてあげたくなった。



海といえばソース焼きそばでしょう!

次回は9日の予定です。

読んでいただいてありがとうございます。

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